第57話
そして翌朝、トミヤス道場前―――
フギが門前に立って道場を覗き込んでいると、中から門弟が出て来た。
「おはようございます」
「はい。おはようございます。はあ、ここがトミヤス道場」
「はい。何か御用でしょうか」
「うんうん。私、三傅流のヒデノブ=フギと申します。カゲミツ君、いる? ああいや、カゲミツ様、おられますか?」
う! と門弟が目を見開く。
この老人、森戸三傅流宗家か!
「はい・・・」
「あ、そうそう! 今、柔鋼流の人、来てるんだって? ジロウさんから聞いたの。居るかな?」
「ああ、マスダ先生。おられます。師範代を務めておられまして」
「師範代! カゲミツ君、柔鋼流まで入れちゃうつもり!?」
「さ、そこは私には何とも・・・ご案内致します」
「宜しくお願いします」
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さらりと道場の戸が開く。
「やれやれ。最近は客が」
多いな、と、カゲミツが言いかけ、入って来たフギを見て、ぎくりと身を固めた。
森戸三傅流のフギではないか。
カゲミツが首都に居た頃はまだ宗家ではなかったが、既に指名はされていた。
師、コヒョウエのシュウサン道場と三傅流道場は親交もあり、当然、カゲミツも知っている。
「ん、おほん!」
カゲミツが咳払いして、ぴ! と身を正す。
「わざわざのお運び、ありがとうございます」
頭を下げたカゲミツに、門弟も、ジンゴロウも、マスダも、ナガタニも、皆が驚いた。
誰だ? と思ったが、とにかくカゲミツがこれ程になる者。合わせて頭を下げる。
「や! カゲミツ君、久し振り! 貫禄出て来たねえ!」
「畏れ入ります」
フギが笑顔で頭を下げて、
「森戸三傅流のヒデノブ=フギと申します」
う! とジンゴロウとナガタニが身を固めた。
すぐに驚いた身を正し、頭を下げる。
「お初にお目にかかります。サカバヤシ流夢想派、ジンゴロウ=サカバヤシです」
「一剣流ゾエ派、ナタノスケ=ナガタニです」
マスダはあぐらのまま、頭を下げる。
「柔鋼流、ショウジ=マスダだ」
ぱしん! とカゲミツがマスダの頭をはたき、
「マスダさん! すげえ人だから! ちゃんとしてくれ!」
「んん・・・」
マスダが正座になり、頭を下げる。
「失礼。柔鋼流の、ショウジ=マスダです」
「あははは! いやいや、凄い顔ぶれじゃない!」
「は! 運に恵まれまして!」
フギがにやにや笑う。
「息子さんのお陰じゃあないの? んん?」
「は!」
「何々、道場、上手くいってるそうじゃない。馬術まで始めちゃったとか?」
「は!」
「んふふ。いやあ、柔鋼流の人が居るって聞いてびっくりしちゃったけど、サカバヤシ流の宗家まで居るなんて、聞いてなかったよ! それにゾエ派の一剣流! 本土じゃあ滅多に見られないね!」
「は!」
「畏れ入ります」
「まだまだでございますが」
「・・・」
「カゲミツ君とは積もる話もあるけど、まずは・・・皆さん、どう? ちょっとだけ」
ちょっとだけ、とフギが指を作り、片目をつむる。
頭を下げたままのカゲミツ。
緊張した顔を見合わせる、ジンゴロウとナガタニ。
その3人を見る、マスダ。
「どうでしょう? 他流派との交流って、悪くないと思いますけど。勿論、出せる範囲で構いませんし」
んく、とカゲミツが喉を鳴らし、
「で、では・・・おい、ナタノスケ。折角だから、勉強させてもらえ」
「自分ですか!?」
一番手!?
指名されたナガタニが、ぎょっとして声を上げた。
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ナガタニは木剣。
フギは竹刀。
道場の真ん中に立ち、頭を下げる。
「宜しくお願いします」
「宜しくお願いします」
フギがひょいと構えた瞬間、ぐ! とナガタニの身体に緊張が走る。
何と言う威圧感!
ただでさえ大柄なフギの身体が、異常に大きく感じる。
気圧されて、す、と引く。
す、とフギも出て来る。
引く、出る、と数歩。
(いかん!?)
もう背中に壁を感じる。
1歩下がったら終わりだ。
が、気圧されて手が出せない。
「ほい」
竹刀が動き、正眼から切先が少し上がった。
は! と木剣を上げたが、その瞬間、ばしん! と脇腹に入った。
「うっ」
「はい。そう力まないで。手を出して下さい」
(それは無理です!)
脇腹への撃ち込みは軽いもの。大して痛くもないが・・・
「ナタノスケ! 呼吸を整えろ!」
カゲミツの声。
「はい!」
フギが頷き、す、す、と下がる。
すうー、ふうー、すううう・・・ふううう・・・
ゆっくり呼吸を整えると、幾分はマシになった、気がする。
完全に飲まれているのは分かっているが、分かっていてもどうしようもない。
それほどに威圧感がある。
これは割り入って擦り落とし、など出来るものではない。
「ん! お見事! 見せて下さい!」
ではせめて!
八相に構え、ささ! ささ! と左右に動く。
左右転之秘太刀。
ここで拍子を変え・・・
もう一度左に動いた時、ぴたりとナガタニの足が止まった。
踏み込めない。
フギの竹刀の切先は、ぴたりとナガタニの正中線を捉え、動く。
「う」
「面白いね。さあ見せて」
一目で見切られた。完全に捉えられている。
「む!」
そのまま八相から袈裟に振り下ろす。
フギも打ちに行く。
かん!
木剣と竹刀。
ぶつかって互いに弾いたが、竹刀が負けた、と見えた。
フギが横に押された。
が、押されるまま横に動いて、弾かれた竹刀はフギの頭の上でくるりと回る。
弾かれた木剣に振られ、少し崩れたナガタニのこめかみに、ぴたり。
「こういう事なんですね。分かった?」
「参りました」
ナガタニが身を起こすと、フギがにこにこ笑っている。
「初めて見る歩法だねえ。うちの千鳥足に少し似てるかな」
「は」
「完全に飲まれてるな、と思ったけど、よく動けた。胆力が練られてる証拠。ね」
「畏れ入ります」
「うんうん。全然一剣流に見えなかった。あれに擦り落としも入るんだね! いやあ、面白い!」
「は」
ナガタニが一礼して下がって行くと、カゲミツが、ちらちらとジンゴロウ、マスダと見る。ジンゴロウが目を細めて頷いた。
「私が行こう」
そう言って立ち上がり、すたすたと歩いて行き、模擬刀を2本持って来た。
「フギ先生」
「おっ! やっぱりそうきた! いや私もね。興味あったの」
そう言って、フギがにやりと笑うと、ジンゴロウもにやりと笑った。
フギは木刀を壁際に置いて、帯に模擬刀を差し、下緒をくるりと巻く。
ジンゴロウも同じように、下緒をくるりと巻く。
「うちもね。抜き打ちは売りのひとつだから。いやあ、サカバヤシ先生の抜き打ちなんて、見れるもんじゃないもんね! お互いに見せましょう。ね」
「まだまだ修行の身。ご満足頂けるか分かりませぬが」
「まあたまた!」
そう言ってフギが笑うと、ジンゴロウもにやりと笑った。
2人がすたすたと歩いて行き、道場の真ん中に立つ。
ジンゴロウが懐に入れていた右手を抜く。
これだけでも門弟達は驚いてしまった。
ジンゴロウは懐に手を入れたままでも、いつ抜かれたか分からない抜き打ちをしてくる程なのに・・・
一礼して上げた2人の顔からは、笑みが消えていた。
ぴん、と空気が張り詰め、皆が息を飲む。




