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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
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第56話


 フギは門弟3人に稽古を終えた後、急いでジロウの元を去って行ったが、町に着いた頃にはもう夕刻。


「しまったなあ」


 これではトミヤス道場に着く頃には、もう夜。

 ぶつくさ独り言を言いながら、宿を探していると、同心と目が合った。

 フギは笑顔を浮かべ、軽く手を挙げ、同心に歩いて行く。


「あ、ちょっとごめんなさい」


「なんでえ」


 犬族の同心は、ささ、とフギを下から上に見やり、目を細めた。


「爺さん・・・何者だ? あんた、何かやってるな?」


「あ、分かりますか。これを」


 フギが刀を握る手を作り、上下に振る。


「ふうん。トミヤス道場に殴り込みってか」


「そうそう! ははは! でも、もう遅いでしょ。宿って何処かなって。ね」


「宿、な。真っ直ぐ戻って、左手の緩い坂道を上がってけば、突き当りにあるぜ」


 ホテル・ブリ=サンク。

 このオリネオは田舎町ではあるが、国に名の知れた高級ホテルがある。

 特にレストランが有名で、貴族もわざわざ休暇をここに楽しみに来るのだ。


「あ、そうですか。ありがとう」


 フギはぺこりと頭を下げて、懐手で歩いて行った。


「ふん」


 大柄な老人の後ろ姿を見送る同心、ハチ。

 マサヒデ達とも親交のある同心であったが・・・


(カゲミツ様に敵うわけねえだろうが)


 にやりと笑い、歩いて行くフギを見送る。

 ブリ=サンクに泊まれるわけもあるまいに。

 マサヒデに教えていた三傅流宗家とは露知らず。



----------



「・・・」


 フギは同心に教えられた通り、坂を登ってきたが、途中で足を止めた。

 先に見えるのは、どでかいホテル。

 口をへの時にして、後ろを振り返る。


(何だい、あの同心)


 あんなホテルに泊まれるわけもない。

 ふん、と鼻を鳴らし、振り返ろうとした時、ぴくりと手が動いた。

 左手が、すす、と小さく鞘を前に。さり気なく鯉口も切られている。

 何者かに見られている・・・


「おう! 爺さん!」


 す、とそちらに目をやると、屋台の親父が手を招いている。

 こいつだ。ただの屋台の親父ではない。

 す、す、と歩いて行くと、親父がにっこり笑った。


「三傅流宗家のフギ様でございますな」


「あなた、誰」


「クレール様の元で働いております。この先のホテルを、我らの泊地としておりますので」


「・・・」


 間違いなく忍である。言っている事を鵜呑みには出来ない。


「ご心配はなされますな。我らを信用出来なければ、職人街には、イマイ様の店もござりまするゆえ、そちらでも」


「あっ」


 コヒョウエ、ジロウ、トミヤス道場、と、楽しみ盛り沢山でうっかりしていた。

 そうだ。ここにはイマイの様子も見に来たのだった!

 研師となったイマイは、昔は三傅流道場の門弟であったのだ。


「しまった! すっかり忘れてた!」


 拍子抜けして、気の抜けたフギを見て、くす、と忍が笑う。


「ふふ。イマイ様は、夜中まで仕事をしておられ、朝は寝ておられる、という感じでございます。今も店は開いております」


「ありゃりゃ。イマイ君、そんな生活してるの」


「しかし、腕は知る人ぞ知ると有名ですぞ。近隣の貴族や美術館からは、引く手数多と言った所で、何ヶ月待ちもおかしくないという繁盛ぶり」


「ほう! 頑張ってるんだねえ!」


「お部屋は手配しておきまする。かのホテルは、レストランが有名で、国でも名の知れた店。宜しければ是非にも」


「ええ・・・どうしようかな? この格好でも大丈夫?」


「大丈夫でございます。レイシクランの客でございます」


 フギがにっこりと笑った。


「じゃあ、イマイ君の様子見に行ったら、また戻って来ます。で、店はどこ?」



----------



 イマイ研店。


 看板こそ出ているが、小さく、狭い長屋のような店。

 橋の向こうから、酒場の賑やかな声が聞こえてくるが、それに混じって、刃物を研ぐ音が確かに聞こえる。


(ここでねえ)


 首都のイマイの研ぎの師匠、サガワの店、研英堂とはかけ離れているが、それでも何ヶ月も待つほどに注文が来る店。


「ふうん・・・」


 がらり。


「お邪魔しまーす」


「はーい」


 イマイの声。久し振りに聞く声。

 道場をやめて研師になると言い出した時は、止められなかった。

 元々、自分で研いだ刀の具合を見る為に、刀の扱いを知るべきと道場に来た。

 まさに傑物であったのだが、イマイにとっては、剣術はその程度であったのだ。


 さらりと襖が開く音がした時、くい、と笠を目深にする。

 とたとた・・・

 イマイが框に正座して、頭を軽く下げた。


「こんばんは!」


「はい、こんばんは」


 ぎく、とイマイの身体が固まった。

 声を覚えていてくれたか。

 嬉しくなり、フギがにやりと笑って、笠を上げる。


「や。久し振り」


 イマイは目を丸くして、フギを指差し、口をぱくぱくさせて、


「や、や、やっぱり! フギ先生!? 何で!?」


「何でって、君の仕事ぶりを見に来たんじゃないか」


「その為に、わざわざ!?」


「あと、コヒョウエ先生に会いに来た。トミヤスさんから聞いちゃってね。久し振りだもんね」


「あ、ああー・・・ああ、ああ、ああ!」


 フギが奥を指差し、


「上がって良い? イマイ君の仕事ぶり、見せてよ」


「あ、はい! どうぞどうぞ!」



----------



 がた、とイマイが引き出しを開け、一振の袱紗に包まれた短刀を出した。


「これが、最近では渾身の」


 袱紗の上に置かれた白鞘の短刀を、フギが取って、くいっと抜く。


「ん、ん、んん・・・」


 唸って、言葉が出なくなった。


 茎にある、芋虫のように4つ連らなった、特徴的な目釘孔。

 鎺元から、切先に向けて広くなっていく焼き。

 直刃に小乱れ。


 一目で分かった。

 これはミツクニ!

 戦乱期の初期にウキョウで長く活躍した刀工である。


「これ、シオヤマミツクニじゃないの? でしょ?」


「はい」


 ここ、シライ領の隣の領地、キラ領の美術館に保存されている『名物』と言われる一品。重要文化財である。


「そうか・・・こんなの任される腕になったのか・・・」


「恥ずかしながら」


 見事。

 差表1寸半の所、差裏1寸の所。

 ミツクニ肌と呼ばれる、鍛えの弱い点がきっちり残されている。

 一見、擦れて出来たような瑕にも見えてしまうが、実は違う。

 これがミツクニの味、というもので、見所のひとつなのだ。


「武術の世界じゃ、短刀の上手い人には近付くなって言うけどね。職人の世界じゃ、短刀の上手い人って、名刀工だよねえ。お近付きになりたいよねえ」


「流石、先生」


「私も短刀好きだもの」


「僕もなんですよ」


 これはいつまでも見ていられるが、もう日は沈んでいる。長く時間は取れない。

 鞘に納めて、一礼して返す。


「ありがとう。イマイ君、いやあ、良い出来だよ」


 イマイも受け取り、深く頭を下げる。


「ありがとうございます」


「もっと見ていたいけど、時間がね。そろそろ宿に戻らないと・・・明日には帰らないといけないし・・・あ! そうだ!」


 フギが急に態度を変え、にや、と笑った。


「イマイ君、ちょっと仕事頼んで良い? サガワ先生には頼みづらいのがあるの。ちょっと物騒な物でね」


「師匠に頼めない? 物騒というと、もしや・・・何か宿っているような?」


「いやいやいや。そういった意味で、物騒な物じゃないの」


「と、言いますと?」


「ハルバード」


 イマイが固い笑顔を浮かべる。確かに物騒だ。


「い、いや・・・確かに、物騒ですね・・・」


 あんな形状の物は、研ぐのが大変過ぎる。


「いやねえ、これが凄く面白いんだよ? 凄く良いの。ちょっと試してみて、もう気に入っちゃった。イマイ君が出てった後にさ、入って来た子、スケヒロ君ていう子がいるんだけど。試しにって色々持って来てくれるの。困っちゃうのもあるけどね」


「先生、色々武器やられますからね」


「うん。ハルバード術とかは作らなくて良いかな? 意外と、杖とかとほとんど使い方は同じだからさ。戻ったら、こっちに送るから。急がなくて良いからね」


 決定なのか!

 断ることは出来ない流れ。


「じゃあ、イマイ君も仕事中だし。これでね。元気な顔が見れて良かった」


「ああいや! わざわざ来てくれて、本当、ありがとうございました」


「うん。またこっちに来る機会があったら寄るから。君も、首都に来る事があったら来てね。もう宗家になってとか言わないからね」


「は・・・」


「じゃあね!」


 頭を下げるイマイの肩に手を置いてから、フギは店を出て行った。

 しばらくして、イマイが頭を上げ、渋い顔で腕を組む。


「ハルバードは研いだ事がないなあ・・・ホルニさんか、カゲミツ様、持ってるかなあ」


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