第56話
フギは門弟3人に稽古を終えた後、急いでジロウの元を去って行ったが、町に着いた頃にはもう夕刻。
「しまったなあ」
これではトミヤス道場に着く頃には、もう夜。
ぶつくさ独り言を言いながら、宿を探していると、同心と目が合った。
フギは笑顔を浮かべ、軽く手を挙げ、同心に歩いて行く。
「あ、ちょっとごめんなさい」
「なんでえ」
犬族の同心は、ささ、とフギを下から上に見やり、目を細めた。
「爺さん・・・何者だ? あんた、何かやってるな?」
「あ、分かりますか。これを」
フギが刀を握る手を作り、上下に振る。
「ふうん。トミヤス道場に殴り込みってか」
「そうそう! ははは! でも、もう遅いでしょ。宿って何処かなって。ね」
「宿、な。真っ直ぐ戻って、左手の緩い坂道を上がってけば、突き当りにあるぜ」
ホテル・ブリ=サンク。
このオリネオは田舎町ではあるが、国に名の知れた高級ホテルがある。
特にレストランが有名で、貴族もわざわざ休暇をここに楽しみに来るのだ。
「あ、そうですか。ありがとう」
フギはぺこりと頭を下げて、懐手で歩いて行った。
「ふん」
大柄な老人の後ろ姿を見送る同心、ハチ。
マサヒデ達とも親交のある同心であったが・・・
(カゲミツ様に敵うわけねえだろうが)
にやりと笑い、歩いて行くフギを見送る。
ブリ=サンクに泊まれるわけもあるまいに。
マサヒデに教えていた三傅流宗家とは露知らず。
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「・・・」
フギは同心に教えられた通り、坂を登ってきたが、途中で足を止めた。
先に見えるのは、どでかいホテル。
口をへの時にして、後ろを振り返る。
(何だい、あの同心)
あんなホテルに泊まれるわけもない。
ふん、と鼻を鳴らし、振り返ろうとした時、ぴくりと手が動いた。
左手が、すす、と小さく鞘を前に。さり気なく鯉口も切られている。
何者かに見られている・・・
「おう! 爺さん!」
す、とそちらに目をやると、屋台の親父が手を招いている。
こいつだ。ただの屋台の親父ではない。
す、す、と歩いて行くと、親父がにっこり笑った。
「三傅流宗家のフギ様でございますな」
「あなた、誰」
「クレール様の元で働いております。この先のホテルを、我らの泊地としておりますので」
「・・・」
間違いなく忍である。言っている事を鵜呑みには出来ない。
「ご心配はなされますな。我らを信用出来なければ、職人街には、イマイ様の店もござりまするゆえ、そちらでも」
「あっ」
コヒョウエ、ジロウ、トミヤス道場、と、楽しみ盛り沢山でうっかりしていた。
そうだ。ここにはイマイの様子も見に来たのだった!
研師となったイマイは、昔は三傅流道場の門弟であったのだ。
「しまった! すっかり忘れてた!」
拍子抜けして、気の抜けたフギを見て、くす、と忍が笑う。
「ふふ。イマイ様は、夜中まで仕事をしておられ、朝は寝ておられる、という感じでございます。今も店は開いております」
「ありゃりゃ。イマイ君、そんな生活してるの」
「しかし、腕は知る人ぞ知ると有名ですぞ。近隣の貴族や美術館からは、引く手数多と言った所で、何ヶ月待ちもおかしくないという繁盛ぶり」
「ほう! 頑張ってるんだねえ!」
「お部屋は手配しておきまする。かのホテルは、レストランが有名で、国でも名の知れた店。宜しければ是非にも」
「ええ・・・どうしようかな? この格好でも大丈夫?」
「大丈夫でございます。レイシクランの客でございます」
フギがにっこりと笑った。
「じゃあ、イマイ君の様子見に行ったら、また戻って来ます。で、店はどこ?」
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イマイ研店。
看板こそ出ているが、小さく、狭い長屋のような店。
橋の向こうから、酒場の賑やかな声が聞こえてくるが、それに混じって、刃物を研ぐ音が確かに聞こえる。
(ここでねえ)
首都のイマイの研ぎの師匠、サガワの店、研英堂とはかけ離れているが、それでも何ヶ月も待つほどに注文が来る店。
「ふうん・・・」
がらり。
「お邪魔しまーす」
「はーい」
イマイの声。久し振りに聞く声。
道場をやめて研師になると言い出した時は、止められなかった。
元々、自分で研いだ刀の具合を見る為に、刀の扱いを知るべきと道場に来た。
まさに傑物であったのだが、イマイにとっては、剣術はその程度であったのだ。
さらりと襖が開く音がした時、くい、と笠を目深にする。
とたとた・・・
イマイが框に正座して、頭を軽く下げた。
「こんばんは!」
「はい、こんばんは」
ぎく、とイマイの身体が固まった。
声を覚えていてくれたか。
嬉しくなり、フギがにやりと笑って、笠を上げる。
「や。久し振り」
イマイは目を丸くして、フギを指差し、口をぱくぱくさせて、
「や、や、やっぱり! フギ先生!? 何で!?」
「何でって、君の仕事ぶりを見に来たんじゃないか」
「その為に、わざわざ!?」
「あと、コヒョウエ先生に会いに来た。トミヤスさんから聞いちゃってね。久し振りだもんね」
「あ、ああー・・・ああ、ああ、ああ!」
フギが奥を指差し、
「上がって良い? イマイ君の仕事ぶり、見せてよ」
「あ、はい! どうぞどうぞ!」
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がた、とイマイが引き出しを開け、一振の袱紗に包まれた短刀を出した。
「これが、最近では渾身の」
袱紗の上に置かれた白鞘の短刀を、フギが取って、くいっと抜く。
「ん、ん、んん・・・」
唸って、言葉が出なくなった。
茎にある、芋虫のように4つ連らなった、特徴的な目釘孔。
鎺元から、切先に向けて広くなっていく焼き。
直刃に小乱れ。
一目で分かった。
これはミツクニ!
戦乱期の初期にウキョウで長く活躍した刀工である。
「これ、シオヤマミツクニじゃないの? でしょ?」
「はい」
ここ、シライ領の隣の領地、キラ領の美術館に保存されている『名物』と言われる一品。重要文化財である。
「そうか・・・こんなの任される腕になったのか・・・」
「恥ずかしながら」
見事。
差表1寸半の所、差裏1寸の所。
ミツクニ肌と呼ばれる、鍛えの弱い点がきっちり残されている。
一見、擦れて出来たような瑕にも見えてしまうが、実は違う。
これがミツクニの味、というもので、見所のひとつなのだ。
「武術の世界じゃ、短刀の上手い人には近付くなって言うけどね。職人の世界じゃ、短刀の上手い人って、名刀工だよねえ。お近付きになりたいよねえ」
「流石、先生」
「私も短刀好きだもの」
「僕もなんですよ」
これはいつまでも見ていられるが、もう日は沈んでいる。長く時間は取れない。
鞘に納めて、一礼して返す。
「ありがとう。イマイ君、いやあ、良い出来だよ」
イマイも受け取り、深く頭を下げる。
「ありがとうございます」
「もっと見ていたいけど、時間がね。そろそろ宿に戻らないと・・・明日には帰らないといけないし・・・あ! そうだ!」
フギが急に態度を変え、にや、と笑った。
「イマイ君、ちょっと仕事頼んで良い? サガワ先生には頼みづらいのがあるの。ちょっと物騒な物でね」
「師匠に頼めない? 物騒というと、もしや・・・何か宿っているような?」
「いやいやいや。そういった意味で、物騒な物じゃないの」
「と、言いますと?」
「ハルバード」
イマイが固い笑顔を浮かべる。確かに物騒だ。
「い、いや・・・確かに、物騒ですね・・・」
あんな形状の物は、研ぐのが大変過ぎる。
「いやねえ、これが凄く面白いんだよ? 凄く良いの。ちょっと試してみて、もう気に入っちゃった。イマイ君が出てった後にさ、入って来た子、スケヒロ君ていう子がいるんだけど。試しにって色々持って来てくれるの。困っちゃうのもあるけどね」
「先生、色々武器やられますからね」
「うん。ハルバード術とかは作らなくて良いかな? 意外と、杖とかとほとんど使い方は同じだからさ。戻ったら、こっちに送るから。急がなくて良いからね」
決定なのか!
断ることは出来ない流れ。
「じゃあ、イマイ君も仕事中だし。これでね。元気な顔が見れて良かった」
「ああいや! わざわざ来てくれて、本当、ありがとうございました」
「うん。またこっちに来る機会があったら寄るから。君も、首都に来る事があったら来てね。もう宗家になってとか言わないからね」
「は・・・」
「じゃあね!」
頭を下げるイマイの肩に手を置いてから、フギは店を出て行った。
しばらくして、イマイが頭を上げ、渋い顔で腕を組む。
「ハルバードは研いだ事がないなあ・・・ホルニさんか、カゲミツ様、持ってるかなあ」




