第55話
その日、アブソルート流シュウサン道場―――
がらりと道場の玄関が開いた。
「頼もーう!」
しばらくして、門人が出て来て、綺麗に正座して頭を下げる。
「お待たせ致しました」
「あ、どうも。私、三傅流のフギと申します」
ぴく、と門人の顔が固まる。
「三傅流の、フギ様?」
「そう。多分、今、思い当たった人ね」
門人が言葉を失い、玄関に立つ大柄な老人を見つめる。
森戸三傅流の宗家!?
「今日は息子さんの・・・そうそう、ジロウさん、居るかな? 冒険者ギルドに行ったかな?」
「おります。しばし、しばし!」
ばたばたと門人が駆けて行き、どたどたとジロウが出て来て、手を付いた。
(ほう)
頬に引っ掻かれたような大きな傷跡。だが、良い顔だ。
これは修羅場をくぐった者と見える。
「ジロウ=シュウサンです!」
「どうも。ヒデノブ=フギです。上がらせてもらって良いですか? お父上にひとつって頼まれちゃって」
「父上に」
「コヒョウエ先生とは、昔からの馴染ってやつ。私の道場はね、首都だから。コヒョウエ先生も、首都に居たでしょ?」
「は」
「実は昨日、コヒョウエ先生の所に行ってきたの。トミヤスさんから、場所聞いてたから」
「マサヒデ殿に・・・」
はは、とフギが笑って、
「トミヤスさん、うちで少し出稽古もしてくれたし。私も教えたし。じゃあうちの息子にも一手! なんて言われちゃって! 来ちゃいました」
「ありがとうございます!」
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門弟は3人。
マサヒデがオリネオに居た頃は1人しか居なかったが、冒険者ギルドで稽古をつけているうち、2人の冒険者が入ってくれたのだ。どちらも、実戦を重ねてきた経験者。
元からいる1人、コメタロウも、今の腕こそ、この2人に劣るが、コヒョウエからは『才がある』と太鼓判を頂いている。
「ははあ・・・」
フギが並んだ3人をちらりと見て、にやりと笑う。
「なるほど。コヒョウエ先生と同じ方針でやってるんだ」
「は?」
「うんうん、これは一剣流とも似てる。そうか。そういう方針か。2000回の素振りとかやらせてるの?」
「あ、いや。そうではなく・・・」
ん、ん! とジロウが咳払いをして、
「いや、2000回はやらせますが、別に出来ねば入門させぬではなく、土台の身体作りにと・・・単に、名が知られていない上に、この田舎ですので」
「あっ」
ぱちん、とフギが白髪の坊主頭を叩く。
「ごめんね」
「ああいえ! 今は、オリネオの冒険者ギルドで出稽古を務めさせて頂き、収入も門弟も増えました」
増えて3人か・・・
フギが苦笑して、
「商売、下手みたいだね」
「恥ずかしながら」
「カゲミツ君、見習うといいよ。何処かの大会に出るとか。御前試合に出てみるとか。そういうのに興味はないと思うけれども、看板って大事だよ。ジロウさんには、コヒョウエ先生の息子っていう看板がもうあるけどね、誰も見てくれてないから」
「お言葉ですが、食うには十分のたつきは得ております」
フギが手を振り、
「駄目駄目。良いの? 君の代で、ツムジ先生の正統のアブソルート流、途絶えちゃって。才のある人は少ない。多く人を呼んで損はない。どかどか増やせって事じゃないんだよ。やめていく人は、そのまま出しちゃえば良いの。何らかの才のある人が残る。残った人達は、自然と磨き合って才が光ってくる。そこから次の代を選べば良いの」
「は!」
「自分だけ食えれば良いって、勿体なくない? アブソルート流、小さな所はぽつぽつあると思うけど、大きな道場って、もうサキョウにしかないでしょう。このままだと消えちゃうから」
「は・・・」
くす、とフギが笑って、
「トミヤスさんも、さり気なく上手だよね。色んな道場回って、技術交流です、なんて宣伝してくんだから。お陰で、私もここに来たわけだしね」
ジロウが深く頷く。
「マサヒデ殿には感謝してもしきれません」
「じゃあ、話はここで一旦きり上げて。一手、やりましょうか。ね?」
「は!」
ジロウが大きく返事をすると、門弟の1人が頷き、立ち上がって竹刀を持って来た。
フギの前で一礼して竹刀を置き、ジロウの前にも置く。
「よしと」
フギが竹刀を持って立ち上がり、ジロウも立ち上がった。
2人が道場の真ん中に立つ。
「ふふふ。ちょっと意地悪な事、言っちゃおうかなあ」
「何か?」
フギが顎を撫でながら、にやりと笑う。
「トミヤスさん、初めて私と立ち会った時、一本取ったよ」
マサヒデの使う無願想流という珍しい剣を見て、わざと手を抜いて出させていた、というのは秘密だ。
「・・・」
ジロウは竹刀を握りしめ、唇を噛む。
冒険者ギルドでマスダと立ち会った時も言われた。
「先日も、旅先のマサヒデ殿と立ち会ったお方に言われました。今の私は、マサヒデ殿に遥かに及ばぬと」
「ほう。その人、誰か興味あるけど、話は後。ね。まずは立ち会ってみましょう」
「は!」
フギがにっこり笑って、すいっと正眼に構える。
(やはり)
そうだろうとは思っていた。
構えた瞬間にもう敵わないと分かってしまったが、それも当然。
父の馴染で、首都でも指折りの道場の道場主で、宗家。
敵うわけもないが、教えてもらうのだ。
ぐ、とジロウも正眼に構える。
先日、思い付いたこの技術、通じるか。通じまい。
是か否かだけでも。
せめて驚かす事は出来るか。
「参ります!」
す! とジロウが上段に振り上げる。
フギがにっこり笑った。
「ああ、良いね! うん、良く出来てる!」
間の外で、く、とほんの少しだけ、ジロウの頭の上の柄が動いた。
「む」
ぴく、とフギの竹刀が動き、笑みが消えた。
拍子を外せたか! 間をおかず、ジロウの竹刀が動いた。
だん!
ジロウが踏み込んだ時、フギの姿が消え、竹刀は空を斬り、途中で止まった。
「あっ!?」
「なんと!」
「おおっ!」
門弟達が声を上げる。
ジロウが振り下げた竹刀の下、左右の小手の間から、フギの竹刀の先が突っ込まれていた。
フギは片膝を付くようにして、下から竹刀を突き出している。
「ふっふっふ」
フギが笑いながら竹刀を引っ込め、門弟達の方を向き、
「座ってて危ないと思うでしょ?」
言いながら、ジロウの竹刀に手を当てて、すっと下ろすと、竹刀はフギにぎりぎり届かずに落ちていく。
「ほら、こうなっちゃう。真っ直ぐ下に座るだけでも、到達点が違うから、当たらないんだね」
ぱち、ぱち、ぱち・・・
門弟達は、目を丸くして、呆然と口を開けて拍手。
「勿論、動けないといけないよ。覚悟決めてる人だと、喉突き刺されながらも、突っ込んで斬り返してくるかもしれないし、鎧相手じゃ、首当てで止められちゃうかもしれないし。これは下から入るから、大体通るけど・・・動けないとね」
すぱ! とフギが立ち上がる。
「ほら。ぱっと立ち上がれる」
もう一度フギが沈んで、左右にとん、とん、と動き、後ろにも。
「ほら。この姿勢なら、じゃがんだまま横にも後ろにも動ける」
フギは呆然としたジロウに、笑顔を向けた。
「どうこれ? 使えない? 簡単でしょ?」
は! とジロウが顔を上げた。
ジロウは慌てて竹刀を引き、ば! と礼をした。
「ご指南、ありがとうございました!」
「いやいやいや・・・ジロウさんもね。今のは良かった。弓引き斬りだ! 来る! と感じたもの。弓引き斬りだって分かってなくても、あれは釣られちゃうよ。良いと思うよ。弓引き斬りで溜めてると、ぐっと入ってるのが分かっちゃうから、まず騙されるね。そんな使い方、よく思い付いたね」
「は。先日、一剣流ゾエ派の方と手合わせ致しまして、その時に閃いたのです」
ジロウが苦笑いを浮かべ、頬に手を当てる。
「その時、虎族の方も一緒におられまして。この頬は、その時」
「へえ! 虎族! 珍しいね! 見た事ないよ」
ジロウの笑みが、苦笑いから、楽しげな笑みに変わった。
「柔鋼流使いのお方で、トミヤス道場で師範代をしております」
今度はフギの顔が、笑顔から驚愕に変わってしまった。
「ええー!?」
「トミヤス道場にも行かれますなら、一度」
トミヤス道場も、最近は客が多くて大変だ。




