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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
55/134

第55話


 その日、アブソルート流シュウサン道場―――


 がらりと道場の玄関が開いた。


「頼もーう!」


 しばらくして、門人が出て来て、綺麗に正座して頭を下げる。


「お待たせ致しました」


「あ、どうも。私、三傅流のフギと申します」


 ぴく、と門人の顔が固まる。


「三傅流の、フギ様?」


「そう。多分、今、思い当たった人ね」


 門人が言葉を失い、玄関に立つ大柄な老人を見つめる。

 森戸三傅流の宗家!?


「今日は息子さんの・・・そうそう、ジロウさん、居るかな? 冒険者ギルドに行ったかな?」


「おります。しばし、しばし!」


 ばたばたと門人が駆けて行き、どたどたとジロウが出て来て、手を付いた。


(ほう)


 頬に引っ掻かれたような大きな傷跡。だが、良い顔だ。

 これは修羅場をくぐった者と見える。


「ジロウ=シュウサンです!」


「どうも。ヒデノブ=フギです。上がらせてもらって良いですか? お父上にひとつって頼まれちゃって」


「父上に」


「コヒョウエ先生とは、昔からの馴染ってやつ。私の道場はね、首都だから。コヒョウエ先生も、首都に居たでしょ?」


「は」


「実は昨日、コヒョウエ先生の所に行ってきたの。トミヤスさんから、場所聞いてたから」


「マサヒデ殿に・・・」


 はは、とフギが笑って、


「トミヤスさん、うちで少し出稽古もしてくれたし。私も教えたし。じゃあうちの息子にも一手! なんて言われちゃって! 来ちゃいました」


「ありがとうございます!」



----------



 門弟は3人。


 マサヒデがオリネオに居た頃は1人しか居なかったが、冒険者ギルドで稽古をつけているうち、2人の冒険者が入ってくれたのだ。どちらも、実戦を重ねてきた経験者。


 元からいる1人、コメタロウも、今の腕こそ、この2人に劣るが、コヒョウエからは『才がある』と太鼓判を頂いている。


「ははあ・・・」


 フギが並んだ3人をちらりと見て、にやりと笑う。


「なるほど。コヒョウエ先生と同じ方針でやってるんだ」


「は?」


「うんうん、これは一剣流とも似てる。そうか。そういう方針か。2000回の素振りとかやらせてるの?」


「あ、いや。そうではなく・・・」


 ん、ん! とジロウが咳払いをして、


「いや、2000回はやらせますが、別に出来ねば入門させぬではなく、土台の身体作りにと・・・単に、名が知られていない上に、この田舎ですので」


「あっ」


 ぱちん、とフギが白髪の坊主頭を叩く。


「ごめんね」


「ああいえ! 今は、オリネオの冒険者ギルドで出稽古を務めさせて頂き、収入も門弟も増えました」


 増えて3人か・・・

 フギが苦笑して、


「商売、下手みたいだね」


「恥ずかしながら」


「カゲミツ君、見習うといいよ。何処かの大会に出るとか。御前試合に出てみるとか。そういうのに興味はないと思うけれども、看板って大事だよ。ジロウさんには、コヒョウエ先生の息子っていう看板がもうあるけどね、誰も見てくれてないから」


「お言葉ですが、食うには十分のたつきは得ております」


 フギが手を振り、


「駄目駄目。良いの? 君の代で、ツムジ先生の正統のアブソルート流、途絶えちゃって。才のある人は少ない。多く人を呼んで損はない。どかどか増やせって事じゃないんだよ。やめていく人は、そのまま出しちゃえば良いの。何らかの才のある人が残る。残った人達は、自然と磨き合って才が光ってくる。そこから次の代を選べば良いの」


「は!」


「自分だけ食えれば良いって、勿体なくない? アブソルート流、小さな所はぽつぽつあると思うけど、大きな道場って、もうサキョウにしかないでしょう。このままだと消えちゃうから」


「は・・・」


 くす、とフギが笑って、


「トミヤスさんも、さり気なく上手だよね。色んな道場回って、技術交流です、なんて宣伝してくんだから。お陰で、私もここに来たわけだしね」


 ジロウが深く頷く。


「マサヒデ殿には感謝してもしきれません」


「じゃあ、話はここで一旦きり上げて。一手、やりましょうか。ね?」


「は!」


 ジロウが大きく返事をすると、門弟の1人が頷き、立ち上がって竹刀を持って来た。

 フギの前で一礼して竹刀を置き、ジロウの前にも置く。


「よしと」


 フギが竹刀を持って立ち上がり、ジロウも立ち上がった。

 2人が道場の真ん中に立つ。


「ふふふ。ちょっと意地悪な事、言っちゃおうかなあ」


「何か?」


 フギが顎を撫でながら、にやりと笑う。


「トミヤスさん、初めて私と立ち会った時、一本取ったよ」


 マサヒデの使う無願想流という珍しい剣を見て、わざと手を抜いて出させていた、というのは秘密だ。


「・・・」


 ジロウは竹刀を握りしめ、唇を噛む。

 冒険者ギルドでマスダと立ち会った時も言われた。


「先日も、旅先のマサヒデ殿と立ち会ったお方に言われました。今の私は、マサヒデ殿に遥かに及ばぬと」


「ほう。その人、誰か興味あるけど、話は後。ね。まずは立ち会ってみましょう」


「は!」


 フギがにっこり笑って、すいっと正眼に構える。


(やはり)


 そうだろうとは思っていた。

 構えた瞬間にもう敵わないと分かってしまったが、それも当然。

 父の馴染で、首都でも指折りの道場の道場主で、宗家。

 敵うわけもないが、教えてもらうのだ。


 ぐ、とジロウも正眼に構える。

 先日、思い付いたこの技術、通じるか。通じまい。

 是か否かだけでも。

 せめて驚かす事は出来るか。


「参ります!」


 す! とジロウが上段に振り上げる。

 フギがにっこり笑った。


「ああ、良いね! うん、良く出来てる!」


 間の外で、く、とほんの少しだけ、ジロウの頭の上の柄が動いた。


「む」


 ぴく、とフギの竹刀が動き、笑みが消えた。

 拍子を外せたか! 間をおかず、ジロウの竹刀が動いた。


 だん!


 ジロウが踏み込んだ時、フギの姿が消え、竹刀は空を斬り、途中で止まった。


「あっ!?」

「なんと!」

「おおっ!」


 門弟達が声を上げる。

 ジロウが振り下げた竹刀の下、左右の小手の間から、フギの竹刀の先が突っ込まれていた。

 フギは片膝を付くようにして、下から竹刀を突き出している。


「ふっふっふ」


 フギが笑いながら竹刀を引っ込め、門弟達の方を向き、


「座ってて危ないと思うでしょ?」


 言いながら、ジロウの竹刀に手を当てて、すっと下ろすと、竹刀はフギにぎりぎり届かずに落ちていく。


「ほら、こうなっちゃう。真っ直ぐ下に座るだけでも、到達点が違うから、当たらないんだね」


 ぱち、ぱち、ぱち・・・

 門弟達は、目を丸くして、呆然と口を開けて拍手。


「勿論、動けないといけないよ。覚悟決めてる人だと、喉突き刺されながらも、突っ込んで斬り返してくるかもしれないし、鎧相手じゃ、首当てで止められちゃうかもしれないし。これは下から入るから、大体通るけど・・・動けないとね」


 すぱ! とフギが立ち上がる。


「ほら。ぱっと立ち上がれる」


 もう一度フギが沈んで、左右にとん、とん、と動き、後ろにも。


「ほら。この姿勢なら、じゃがんだまま横にも後ろにも動ける」


 フギは呆然としたジロウに、笑顔を向けた。


「どうこれ? 使えない? 簡単でしょ?」


 は! とジロウが顔を上げた。

 ジロウは慌てて竹刀を引き、ば! と礼をした。


「ご指南、ありがとうございました!」


「いやいやいや・・・ジロウさんもね。今のは良かった。弓引き斬りだ! 来る! と感じたもの。弓引き斬りだって分かってなくても、あれは釣られちゃうよ。良いと思うよ。弓引き斬りで溜めてると、ぐっと入ってるのが分かっちゃうから、まず騙されるね。そんな使い方、よく思い付いたね」


「は。先日、一剣流ゾエ派の方と手合わせ致しまして、その時に閃いたのです」


 ジロウが苦笑いを浮かべ、頬に手を当てる。


「その時、虎族の方も一緒におられまして。この頬は、その時」


「へえ! 虎族! 珍しいね! 見た事ないよ」


 ジロウの笑みが、苦笑いから、楽しげな笑みに変わった。


「柔鋼流使いのお方で、トミヤス道場で師範代をしております」


 今度はフギの顔が、笑顔から驚愕に変わってしまった。


「ええー!?」


「トミヤス道場にも行かれますなら、一度」


 トミヤス道場も、最近は客が多くて大変だ。


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