第54話
「ほなら、宜しくお願いします」
縁側でマスダと対面したフルタが、えらく丁寧に頭を下げる。
自身も空手をやっていた事もあり、柔鋼流という古流空手に対する尊敬や憧れもあり、マスダという虎族の武術家に対するリスペクトも大きい。
2人の横では、マガチとササイが正座して座っている。
ササイはペンを持ち、一言一句逃すまい、と集中している。
「おう。何でも聞け」
「まずひとつ。どおーしても分からん事があります」
「何だ」
「何処で柔鋼流を習ってはりましたか、ちゅう所です」
「あー、皆それ聞くな。魔の国でだ」
「魔の国?」
「俺が習ったのは道場でじゃあねえ。柔鋼流を破門になったオヤジが魔の国に来た。で、山ん中で襲いかかった俺をぶちのめし、俺を拾った」
「ちょ待って下さい。襲って、拾ったちゅうのは、あれですか。マスダ先生は、盗賊とか山賊みたいので、才能を見た的な感じで?」
「いや、違う。俺は捨て子でな。獣同然に、山で裸で走り回ってた。親の顔も知らねえ。いつ捨てられたのかも覚えてねえ。それを、オヤジが拾い、読み書き、言葉を教えてくれて、武術を仕込んでくれて、ショウジという名も、オヤジがつけてくれた」
「んー!」
「壮絶というか、いや、僕らには想像も出来ないすね」
「ほんまやな・・・」
マスダが煩そうに手を振る。
「で! オヤジが死んで。山を下りて。その後、色々あって、ここに来た」
「その、お父上は、最初はどうしてその山に?」
ぷ! とマスダが吹き出し、口に手を当てた。
「く、くくく・・・わ、笑うなよ!?」
「は?」
すふー、すふー、とマスダが呼吸を整え、何とか笑いを納めたが・・・
「あ、あのな・・・ぶーっ! がははは!」
堪らず、大声で笑い始めてしまった。
「て、て、天狗! 天狗探しに来たんだと!」
「ぶっ!」
「あははは! 何すかそれ!」
「んく・・・くくく」
マスダはばしばし膝を叩き、
「ひひ、ひ、ひ・・・俺がな、居た山の中さ、俺が獣だけじゃなく、人も殺しちまってたんだ! で、こりゃあ天狗かもって、オヤジが聞いて!」
すう、と皆の笑いが引く。
「人、殺してたんすか?」
「ああ」
「・・・」
ちょいちょい、とマガチがフルタの袖を引き、
「フルタ。お父上が拾ってくれるまで、動物と同じに暮らしてたんやで」
「あ、せやな。仕方ないな・・・」
む、とマスダがそっぽを向く。
「仕方ないだろ。俺は自分は獣だっていうか、獣も人も区別なんかつかなかったんだぜ。ただ、この縄張りじゃ、他より強いぞって自覚しかなかったんだ」
「すません」
と、そこにずかずかとカゲミツが歩いて来て、マスダの後ろにしゃがみ、ぽん、と肩に手を置いた。
「面白え話してるな。お前のオヤジさん、天狗探ししてたのか」
く! とマスダがまた吹き出す。
「くはははは! そうなんだよ!」
カゲミツがにやっと笑って、
「天狗って本当に居るんだぞ」
「はーははは! トミヤス流も天狗の教えってか!」
「ははは! トミヤス先生、そらないすわ!」
マスダ達4人はげらげら笑ったが、カゲミツは首を振り、
「前にマツさんが死霊術で呼び出した事があるぞ」
皆の笑いが止まった。
「・・・」
「おっそろしく強いらしくてな。竜を呼び出すより魔力使うそうだ。あのマツさんが、数秒しか呼び出せないんだぞ。人の国でも最高峰の魔術師が。山ひとつ、更地に出来るくらいの魔術師でも、ほんの数秒、呼び出すのがやっと」
「まじすか」
「ああ。本当の話だぜ」
「・・・」
皆の顔が固まり、脇の下に嫌な汗が垂れていく。
「ちなみに、俺が死んでたなら、死霊術で10分くらいは呼び出せるんじゃねえかってな。それが数秒。分かるか? 天狗の強さ。ちなみにな、天狗って、種族の名前みたいなもんなんだ。正式な呼び名じゃなくて、鍛冶族、みたいな通称だけどな」
フルタが手を挙げ、
「じゃあ、トミヤス先生、あの、たまに開祖が天狗に教わったとかいう、流派とかありますけど」
カゲミツがにやりと笑って頷く。
「ああ。有名どころだと、鹿神流とか、サキョウ八流がそうだな。大体ホラ話が多いだろうが・・・もしかしたら! だろ?」
「まじすか!」
「うわ、浪漫すね!」
「ほんまやな・・・」
「もしかしたら、だぞ。実際にその開祖の人ら、死霊術で呼び出して聞いてみたら、分かるかもしれねえな。後で箔付けに作られた話とかもあるだろうしよ。だがな。俺は、マスダさんのオヤジさんは、本気で探してたんだと思うぜ」
「オヤジがか」
カゲミツが目を細める。
「マスダさんよ。あんた、オヤジさんに届いてると思うか」
ぎくりとマスダが身を固める。
「柔鋼流道場を飛び出て、魔の国に来てまでだ。100年以上前だぞ。今みたいに、のんびり安全な船旅で、なんて簡単に行ける時代じゃねえ。バカ高い金も掛かったはずだ。そこまでして、強さを求めた男。天狗に教えを請おうって考えてても、全く不思議じゃねえな」
「・・・」
「オヤジさん、死んでとっくに100年だな。あんたも腕は磨いてたが、とっくに飛び越してていい年月は経ったはずじゃねえのか」
マスダは拳を握り、がっくりと項垂れた。
「返す言葉もねえ」
ばん! とカゲミツがマスダの背を叩き、立ち上がった。
「水差しちまったな! マサヒデの野郎との立ち会いでも話してやれよ!」
「え」
フルタが小さく声を上げ、次いで、マガチとササイもカゲミツを見た。
カゲミツが2人ににやりと笑って、
「マスダさん、マサヒデの野郎の大ファンだったのさ! こう見えて、ミーハーな所があるんだぜ! ははは!」
項垂れていたマスダが慌てて顔を上げ、カゲミツに悲壮な顔で手を伸ばす。
「カゲミツ先生! やめてくれ!」
カゲミツはひょいとそれを避け、
「俺との立ち会いもあるし、サカバヤシ先生との立ち会いもあるし、ナタノスケとの立ち会いもあるし、ジロウさんとの立ち会いもあるし! お前さんにゃ面白い記事のネタはいくらでもあるだろ! ははは!」
笑いながら、カゲミツは稽古に戻って行った。
手を伸ばしたままのマスダを、マガチ達3人が見つめている。
マスダはフルタに向き直り、はあ、と息をついた。
「何でも聞けよ」
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「マフィアの闘技場すか!? あるんすね、そういうの!」
「そうだ。で、そこの親玉がまた腐った野郎でな。マサヒデさんに、俺と立ち会わなきゃ、町の人殺すぞって脅しかけたのさ」
「まじすか!」
「で、そいつの頭潰してゴミ箱に・・・」
「や、ちょっとそれ記事に出来ないす・・・」
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「サカバヤシ先生は全然無理! 気付いたらここに刀がよ」
「まじすか!? マスダ先生の目でも分からんかった!?」
「おお! 全く見えねえ!」
「はあー! マガチ、次サカバヤシ先生決定やで」
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「ナガタニさんなあ。もうちょい欲しい! でも、こないだぐんと強くなったぞ。ジロウさんとの立ち会いでな。やり合ってると、急にぐんと上がる時があるんだ」
「はあはあはあ! やっぱ実戦すか!」
「ああ、得物は木刀、木剣だったが、当たり所が悪けりゃ簡単に死ぬだろ。そこを本気でやり合ったからな。最中にいきなり化けた! 足運びが急に良くなって・・・」
ナガタニが門弟達に怒鳴り声を上げながらも、ちらちらとそれを聞いている。
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「ジロウさんは、前はマサヒデさんと五分くらいだったらしいがな。今は負けちまってるよ。だがなあ、あれは、きっかけあれば、ばんと伸びると見た」
「その、さっきから出てるジロウさんて人、どんな人なんすか」
「カゲミツ先生の師匠の息子さんだ」
「は!? まじすか!?」
「オリネオの冒険者ギルドで聞いてみろ。マサヒデさんがオリネオ出る時に、冒険者の稽古、頼んでった程の腕前だぞ」
「うーわ! ここどんだけ達人おんねん!」
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話は長く続き、夕方になってしまった。
「マスダ先生、貴重なお話、ほんまにありがとうございました」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
フルタ、マガチ、ササイが頭を下げる。
「また、なんか伸び悩んだりしたら、ここに来い。俺が分かる範囲で、何か教えてやれる事があるかもしれねえ。俺がここに居なくても、ナガタニさんあたりが連絡してくれるだろ」
見た目も言動も恐ろしいが、今やマスダも師範代。
こういった所も見せてやれるようになった。
マガチは顔を上げ、マスダの顔を見てから、改めて手を付いて、頭を下げた。
「ありがとうございます」
「俺が教えたんだ。試合は勝て。お前の実力は見た。人族相手なんか、楽々勝って当たり前だ。お前には、狼族も砕ける拳があるんだ。それを殺さねえようにな」
「押忍!」
「お前は俺だけじゃなく、色んな人に教えを受けてる。その人達の期待が、お前の拳に全部掛かってんだ。忘れるなよ。お前の拳は、重い拳なんだ」
「押忍!」
マガチが拳を握りしめた。
ぐっと上げた顔には、火が入っていた。
「良い顔だぜ」
マスダがにやりと笑った。こいつはもっと強くなる。




