第53話
トミヤス道場にて、マスダが空手世界王者、マガチに教える。
マガチの腕に満足はしたのか、マスダの機嫌は中々。
「お前は足が悪い」
「足すか」
「何、稽古方法は簡単だ。簡単だがな。足運びってのは、才能は全く関係ねえ。どれだけ歩いたかで決まる。勿論、正しくな。下手な足運びでいくら歩いても、下手のまま。当然だよな」
「うす」
「続けるぞ。これが出来ると、まず入りやすくなる。次に、突きが伸びる。次に、突きの威力が上がる。上手く出来るようになると、全然疲れなくなる」
「まじすか!」
マスダが腕を横に向けて出す。マガチの間合いぎりぎりの所。
「まず、この腕掴んでみろ」
「はあ」
す、とマガチが手を伸ばすと、ほんの少しマスダが引く。ん、とマガチが手を伸ばす。
「分かるか? 伸びたな」
「え?」
マガチがフルタとササイの方を向き、
「伸びた?」
はて? と2人が首を傾げる。
「ははは! 最初は分からねえさ。手え離せ」
「はい」
「軽く突き出してみろ。軽ーくだぞ。突くって言うより、まっすぐ伸ばすだけだ。丁度、腕がぎりぎり届く所で、何か掴む感じで」
「はい」
ほい、とマガチが腕をまっすぐ伸ばす。
マスダはそこから1尺(30cm)程先に手を出し、
「ここに手え乗せろ。前屈みになるなよ」
前屈みにならずに・・・
足を軽く1歩。
「それだよ、それ。それで良いんだよ」
「は?」
「お前、足、腰と回してから、最後に手え出すな。違う。先に手を伸ばしてから足を出すんだ。そうすると、どうなるか分かるか」
「え? どうなるんすか?」
「足が浮く。浮いて、前に出たら? 拳に全体重が乗るんだ。楽だろ? 手、伸ばすだけで、重い突きが出るんだ」
「・・・」「・・・」「・・・」
マガチ達3人が顔を見合わせる。
どういう事? と、皆の顔が語っている。
「だから、腕は振り回さなくて良いんだ。体力なんか全然使わねえ」
「あっ!」
ササイが声を上げ、
「分かりました! だから、手は真っ直ぐ! 曲がってると、力が逃げるから!」
「そおだよ! かくん、て肘が曲がっちまうと、ただ手え置いただけになるだろ。だからな」
マスダが真っ直ぐ伸びたマガチの手を取り、腹に持って来る。
そして、半歩下がる。
「さあ、そのまま、踏み込んできて当ててみろ。腕は真っ直ぐのまま」
「はい」
ほい、と足を上げ、どっすん、と拳が当たる。
「今、肩から抜けてったな。分かったか? 肘はしっかり伸びてたが、肩が決まってねえからだ。じゃどうするか」
マスダが今度は1歩下がる。
「こんだけ離れたぞ。1足で当てろ」
「ん」
マガチがぐいっと踏み込む。遠くまで踏み込んだから、身体はほとんど真横。
「あ!」「それか!」
フルタとササイが声を上げた。
真横に手を伸ばしたような形。
「あ、すご!」
当たった拳から、肘、肩、と来て、腹までどっすんと入って来た。
それだけの力が入ったのに、手は真っ直ぐ。
「おお、良い突きだな! がっつり乗ってるぞ!」
マガチが腹を叩き、
「今、反動がここまで響いた! ここまで来た!」
「まあじで!?」
ササイは目を丸くして頷いている。
マスダはマガチの手をどけて、
「目指す所はここだって、分かりやすく見せただけだぞ。今みたいにのんびりやってたら、実戦じゃ使えねえからな」
「はい!」
「それと。今は、俺が相手だから、お前の身体に力が返っちまった。重さが全然違うからだ。だが、同じ程度の重さが相手なら、どうなったと思う? 力は返らねえ。もろに全部入るんだ」
にやり。
「ぶっ飛ぶぜ」
「やっば!」
「簡単だろ? 要はだな、体当たりと同じだ」
「ああ!」
ササイが声を上げ、
「その重さが、拳に固まるから、凄い威力が出る! 腕は突く必要はない! 伸ばしておくだけで良い!」
「その通りだ! さ、犬、猫くらいなら1発で倒せる突きが出来たぞ。急所に入らなくても、間違いなく動きは止めれるぜ。後は好きに出来る」
「はあー!」
「凄いっすね!」
マガチとフルタが声を上げ、ササイは凄い勢いでノートにペンを走らせる。
「でだ。実戦で使うにはどうするか。足だよ」
「はい!」
「これはなあ、練習方法は簡単。ええと・・・」
マスダが門弟を見て、
「おい、お前。木刀か竹刀か杖か、何でも良いから、真っ直ぐな棒、持って来い」
「はい!」
ばたばたと門弟が走って行き、壁に掛かった木刀を持って来て、マスダに渡す。
マガチが少し身を引き、
「え、ちょっと」
「殴りゃしねえ。足運びがちゃんと出来てるかの確認に使う」
「あ、はい」
「少し離れた腰の高さの手すりに、上からじゃなくて、真っ直ぐ伸ばして、手え乗っけるみたいにしろ」
マガチが下を向いて、手を越しの高さに上げる。
「こんな感じすか」
「そうだ」
「はあ」
「右手を出してから、右足を出す。左手を出してから、左足を出す。手を出してからの、足だ。手に引っ張られる感じで」
「あー!」「ナンバ歩きや!」
「いや、ううん、まあ少し違うが、まあそういう事、かな。真っ直ぐ出さなくてもいいぞ。最初は下段突きくらいの高さで良い。やってみろ」
マスダが離れて、木刀を正中線の前にぴったり立てる。
「おい、おまけの2人。空手王者さんの後ろから見てろ」
「おまけて」
「・・・」
2人が立ち上がり、マガチの後ろに立つ。
「ほら。この木刀に向かって、手え出して、足。手え出して、足だ。まあ、手を伸ばす、くらいでも良いぞ。そうだな・・・横にした梯子に手を伸ばす感じだ。手に引っ張られる。前に出した手で、残った身体を引っ張ってくる感じ。腰は浮かせるなよ」
「はい」
ほい、と手を出して、足を上げ、とん。
ほい、と手を出して、足を上げ、とん・・・
「あ!」
マガチが驚いて声を上げた。
手を出して、足。
手を出して、足・・・
「あ、すげえ!」
ぶん! と後ろのフルタ、ササイに振り返り、
「見てた!?」
「え、何?」
「何かあったんか?」
「いやいや! 全っ然、横にブレへんねんて!」
「かはははは! ほれ、下がってもう1回! あいつらに見せてやれ!」
「はい!」
マガチが下がって、もう1度。
手を出して、足。
手を出して、足。
手を出して、足・・・
残った身体を、前に出した手で引っ張るように。
向こう側でマスダが木刀を立てているので、はっきり分かる。
マガチの頭の中心と、木刀の先が全然ズレない!
「うーわ、まじや! 達人みたいな動きなってるー!」
「ヤバいでこれ!」
フルタとササイが声を上げ、目を丸くする。
とん、とん、とん。
マガチがマスダの前に来て止まった。
「ブレねえとどうなるか分かるか」
「起こりが、全然なくなる、すか」
「おお、勉強してるな。出来る奴ほど起こりに敏感だが、これはまず分からねえ。これで突きを出しても、まあ中々避けられねえ。しかも伸びる。気付いたら拳が目の前だ。思いっきり腕を振るみたいな事はねえから、体力も減らねえな」
「やば!」
「こんなの、初歩の初歩だぜ。基本以前の練習だぞ」
マスダが木刀をマガチに押し付け、
「まだ上下の揺れはあるから、腰がしっかり据わってない。足が上に浮きすぎだ。まだまだ出来てないぞ。出来るようになると、こんな事も出来るようになる」
マスダが拳を上げ、手の平を外に向け、つんつん、と長い爪で手の甲をつつく。
次の瞬間。
ぶうん! と思い切りねじられた拳が、マガチの顔の横を掠めた。
遅れて、ふわ、とマガチの髪が揺れる。
「こんな頭もカチ割れる突きを出しても、避けられねえようになる。つっても、ほとんど、だぞ。中には避けるような人もいる。カゲミツ先生とか。マサヒデさんもな」
ごっくん、とマガチが喉を鳴らし、後ろでフルタとササイが仰け反った。
「勿論、引く時もこれで引けるから・・・」
ひゅ、とマスダの手がねじられながら引かれた。
開かれた手が、ぴたりとマガチの後頭部で止まり、
「避けられても、これで殺せる」
殺せる・・・すうー、とマガチの顔から血の気が引いていく。
ぽん、ぽん、とマスダがマガチの後頭部を軽く叩き、にやあ・・・と笑った。
「くくく・・・そんなビビんじゃねえ。殺しゃしねえ。今はな」
「い、今は、すか」
「俺は弱い者いじめが嫌いだからな! かはははは! 強くなったらやろうぜ。本気の立ち会いってやつをよ」
「いや・・・いやいやいや、ほんま勘弁して下さい」
「これが柔鋼流の突きなんだぜ。言っとくが、基本だぞ」
「基本・・・」
「ま! 古い空手ってのも、面白いもんだろ?」
面白くない。恐ろしい。
「押忍! マスダ先生! あざした!」
これ以上は怖い! と思い、マガチは頭を下げた。




