第52話
時は少し遡って、フギがコヒョウエの元へ向かっている頃。
トミヤス道場へも客が来ていた。
「押忍! お久し振りです!」
「や! これはこれは!」
門前で、迎えに出た門弟と、3人の男が礼を交わしていた。
空手世界王者マガチと、同行する2人、フルタとササイ。
この3人は各地の武術の達者を尋ね、学びながら、それを本にして出版している。
「ささ、どうぞ中へ! 新しい先生が来ております」
「え、新しい先生?」
「いやあ、空手のマガチ殿は、きっと驚きますぞ」
「いやいや、トミヤス先生でめっちゃ驚いたんすけど」
「古流空手の先生ですから、ご参考になる事があるやも」
「まじすか!」
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「すー・・・」
揃って道場に入った3人であったが、萎縮して肩をすぼめていた。
「おうおう! 久し振りじゃねえか!」
カゲミツがにやにや笑っている。
その隣には、2人の獣人族。
柔鋼流のショウジ=マスダと、サカバヤシ流夢想派のジンゴロウ=サカバヤシ。
このマスダに、3人が圧倒されている。
「今日はどうしたんだい?」
「あー・・・とすね、そろそろ試合近いんで、首都に戻る途中で・・・挨拶っす」
「おお、そうか! じゃ、新しい師範代、紹介するか! マスダさん」
にやあ・・・とマスダが凄い笑顔を向け、ひ、と3人が更にすぼまる。
「柔鋼流のショウジ=マスダってんだ」
「え」「まじすか」
マガチのみでなく、空手経験者のフルタも声を上げた。
柔鋼流は門外不出、他流試合禁止。
見る事が出来る機会はまずない。
「あ? なんだ」
「いやいや、柔鋼流すか!?」
「そうだ」
「まあじっすか!?」
「そおだ! つってんだろ! くどい!」
少し怒りが浮いたマスダであったが、ぱ! とマガチが立ち上がり、頭を下げた。
「押忍! イサミ=マガチです! 空手世界王者やってます!」
「空手? 世界王者? ・・・ああっ!」
マスダの顔から怒りが消え、驚愕の顔に。
マサヒデに聞いていた、人族で、狼族の骨を砕く拳を持つ男! この男か!
「あんた、もしかして、マサヒデさんとこの、狼族の女と、立ち会ってねえか?」
「うす」
ぱあ、とマスダの顔に恐ろしい笑顔が浮かぶ。
「あんたがあ! 会いたかったんだぜ! すげえ空手家がいるってよお! マサヒデさんに聞いてたんだ!」
うわ、とフルタとササイが身をすくませ、マガチもちょっと引き気味。
「まじすか。全然凄くないすけど」
「いやいや、確かに俺らよりは弱えかもしんねえがだ!」
「あ、はい」
「お前さんの拳、狼族の骨、折ったそうだな!」
「え、そうだったんすか?」
マガチはイザベルとの立ち会いの後、すぐ帰ってしまったので、知らなかった。
自分も拳を砕いてしまったが、イザベルに入れていたのか。
「なんだ、自分で気付いてなかったのか?」
「知らんかったっす。あん時、僕の拳も砕けちゃったんで、感覚分かんなくて」
後ろからフルタとササイの小さな声のツッコミ。
「お前な、そこは気付いとけ」
「そうやな」
「狼族っちゃ、人族の遥か上だろ。その骨折るんだ。そりゃあすげえ空手家だ! って、マサヒデさんもベタ褒めしてたんだぜ」
マガチが少し照れて、頭に手を当てた。
「まじすか? やー、恐縮というか・・・」
「いや! 俺もすげえと思うぞ! 胸張っていいぞ!」
「あざす!」
ふ、とカゲミツが苦笑して、ぱん! と手を叩く。
「はい! マスダさん、そこまで! 後にしてくれ。サカバヤシ先生」
ジンゴロウも苦笑しながら、す、と頭を下げる。
「サカバヤシ流夢想派の、ジンゴロウ=サカバヤシと申します」
「押忍! イサミ=マガチす! 空手世界王者やってます!」
「待て待て! すません」
後ろから、フルタの慌てた声。
「ちょっと! ちょっと良いすか。サカバヤシ流言うたら、あれちゃいます? トミヤスさんと立ち会った、サカバヤシの・・・あれすか? お父さん?」
「はっはっは! 息子が情けない姿を晒しましたな!」
「まあじすか!」
「はあー!」
「やば!」
「はっはっは!」
「マガチ来たでこれ! 購読者増えるで! よしゃ立ち会お!」
「死ぬわ!」
「ははは! お前さん所は、相変わらず賑やかだな!」
カゲミツが喜んで手を叩き、マスダを見て、顎をしゃくる。
「ほら、マスダさん、出番だぞ」
「ん?」
「まともに立ち会っちゃ、まあ相手にゃならねえけどさ。何か教えてやれよ」
「俺が?」
「そうだ。あと、後ろのでかいの、あれがフルタさん。話、聞かせてやれ。お前さんの話が本に載るかどうかは分からんが、聞いてて面白いはずだ」
「本?」
「ああ。あいつら、本出してんだ。色んな武術家に会いに行って、色々教えてもらって、話聞かせてもらって、時には立ち会ってな。それを記録に残してんだ」
「ほーん!」
「ダジャレか?」
く! とジンゴロウが口を抑え、マガチ達も顔を逸らす。
「違うって! おい、王者!」
「ぷ・・・はい!」
カゲミツが苦笑しながら、門弟達を見回す。
「よおし、体術組も一緒に見とけ。他、稽古始めろ」
「「「はい!」」」
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体術をやっていた門弟達と、フルタとササイが、マスダとマガチを囲む。
マガチも背は高い方だが、マスダは7尺もある上、分厚い。
並ぶと、マガチも小さく見える。
「よし。じゃあな、まず、お前の空手を見たい」
「僕の空手すか」
「ああ。空手は随分変わっちまったって聞いた。俺は他の空手を見た事がない。ここ、空手やる奴いねえしな。手は出さねえから、攻めてこい。俺は虎族だぞ。いくら当たっても平気だから、思い切り打ち込め」
「押忍! 宜しくお願いします!」
ぐ、とマガチが構え、とん、とん、とステップを踏み、す、と構える。
マスダは棒立ち。所謂、自然体。
「む」
軽い足運び。
たまに、ふらり、ふらり、と両手をだらだらさせながら・・・
(ほう)
緩やかな動きだが、目が取られる。
これはイザベルの動きから学んだ動きを、マガチが苦労して取り入れたものだ。
「良いじゃねえか」
マガチが右に、左に、と動く。
その動きを、マスダがじっと追っている。
「・・・」
フルタが顎に手を当て、ううむ、と唸る。
普段は煽るような事ばかり言うのだが、真面目すぎる顔。
フルタも空手経験者で、引退はしたが、元世界王者なのだ。
「ササイ先生、あかんで。全く隙ないわ。あれは入れへんぞ」
「まじか」
「んん~~~~・・・おい無理でも手え出せ! まず見てもらわなかんやろ!」
「しゃあ!」
ばん! マガチの拳が入ったが・・・
「んん? こんなもんじゃねえだろ」
マスダの身体は微動だにしない。
「こんなんで狼族の骨折れるか? 真面目にやれ」
「押忍!」
そのまま近間で、すとん、と肩を抜き、下からねじり上げるフックのように。
力は抜いて、肩甲骨を落とせば、手は自然に出る。その勢いに乗せて!
ごす。
これは入った。マスダが少し驚いた。
「む! むう・・・なるほど、これか。よし。ちょっと離れろ」
「うす」
マガチが引くと、棒立ちだったマスダが構える。
両手を前に。左手は顎。右手は下腹くらい。
「今度は動くぞ。手は出さねえし、強く払ったりもしねえから。安心して攻めてこい」
「押忍! いきます!」
フルタが首を傾げる。
「何やろ、あの構え・・・見た事ないな。古流て聞いて、伝統派みたいな感じ想像してたけど、全然ちゃうな」
「どゆこと?」
「伝統派だと、相手に対して垂直みたいな、ぴったり真横向いた構えする人が結構多いねん。あと、最初みたいな構えなしのノーガードな」
「そうなんか。全然ちゃうな。がっつり守りに入ってる感じか」
「いや、膝見て。緩いやろ。手はがっちり前に出して守りに見えて、身体の重心、構えのぴったり真ん中や。固い守りに見えるけど、動けるで、あれ」
「はー・・・」
攻め口を見つけられないマガチが、前蹴りを出してきた。
「っし!」
ぱん、とマスダが受ける。
火が点いたように、次々とマガチが前蹴りを出してくる。
しっかり線をずらし、右構えにしたり、左構えにしたりして蹴りを出す。
が、マスダはほとんど動かず、全部受けられてしまう。
「おい、フルタ、凄いな。届きもせえへんぞ。何で? 全然動いてへんのに」
「手があって入れんねん。ぎりっぎりで入れんねん。向き変える所、足、見とき。前足中心やったり、後ろ足中心やったりするやろ。しゃあけど、全然体重傾かんやろ。完璧フラットや」
「あ、ほんまや!」
「な。重心の中心が全く崩れてへん。普通、どっちかに寄ってまうねんけど。しかも距離も角度も絶妙すぎんねん。種族とか関係なしに、ほんまの達人やで。構えで分かるわ。巧すぎや。あれ、顔だけ怖いんとちゃうぞ。ガチのほんまもんやで」
「はー・・・」
しばらくマガチが蹴り、突き、マスダが全てを受けて、流して・・・
マガチの息が上がってきた所で、マスダが頷いた。
「よし、もういいぞ」
「はあ! あざす!」
息を切らせるマガチを前に、マスダが腕を組む。
「ううむ、こういう感じになってんのか。これが空手か・・・ふうん」
「ど、どすか」
にやりとマスダが笑った。
「中々上手いな。だが、このままじゃ100年経っても中々止まりだ。俺が基本を教えてやる」




