第51話
翌日の事―――
魔術師協会前に、馬車が止まった。
高い馬車ではなく、荷馬車がマシになった程度の物で、貴族の物ではない。
戸が開き、すさり、と大柄な老人が静かに下りる。
(ここが、トミヤスさんのね)
ぴく、と老人の眉が動く。
(あれ。何か居るな?)
1人、2人ではない。数人。殺気は感じない。
(ああ、なるほど。留守の間の護衛・・・かな)
一応、いつでも抜けるように気を張りつつ、魔術師協会の玄関を開ける。
「おはようございまーす」
「はあーい」
ぱたぱたぱた・・・
ぴく! と老人の手が動き、目が鋭く光る。
「あなた、護衛の方?」
マツそのものの姿の忍も、ぴくりと眉を動かす。
「はい」
ちら、と老人が後ろを見て、からからから・・・と玄関を閉める。
忍が頷き、
「森戸三傅流の、ヒデノブ=フギ様でございますな」
「そうです」
「失礼を。私、レイシクラン家に仕えております忍でございます」
「ああ! ああ、そういう事!」
頷いて、フギの緊張が消えた。
忍ではあるが、ここにいるなら嘘はつくまい。
「で、本物のお方は? 挨拶に寄ったんだけども」
「大変申し訳もございません。他出しておりまして・・・」
ううむ、と忍が首を傾げる。
「どうでしょうか・・・4、5ヶ月は戻らぬかと」
フギが驚く。
「ええ!? そんなに!? と言うより、あなたがた、放ってここに居るの?」
「あいや、私はお留守の間の、影武者でございます」
「影武者! 何で?」
「ちと、マツ様がここを離れると、まずい事になるやもしれませぬので」
「まずい事? 何それ? 聞いても良い事?」
「構いませぬが・・・まあ、長くなりますので端折りますが、マツ様がここを離れると、戦になる恐れがあるとの事」
ぎく、とフギが身を固める。
「何て言った? 戦?」
「はい。その恐れがある、ですが」
「ああ、そう・・・それで、影武者で、ここに居ると」
「は。近日中には、魔の国から、この日輪国に、少しだけ兵が送られます。演習をしまいか、戦術、戦略の講義をとの名目。さすれば、戦の脅威は消えます。数人でも正式に送られた魔の国の兵がおれば、決してとはいいませぬが、中々戦は仕掛けられませぬ故」
「ああ・・・あ! もしかしてファッテンベルクさん? 送ってくれた?」
「は。如何にも。ご安心下さって結構です」
かあ! とフギが腕を組み、うんうん、と頷く。
「ううん! 助かるねえ! 帰って来たら、色々教えてあげよう」
忍が笑顔を浮かべて頷く。
「ふふ。これもマサヒデ様の人脈のお陰でございます」
「いや、全くだよね。知り合いが多いって、いざって時に助かるから。奥方が居ないなら、挨拶は仕方ないね。じゃあ、道、聞いていいかな? 忍の方なら、この辺、詳しいよね」
「何処へ参られまするか」
「知ってるかな? コヒョウエ=シュウサン先生」
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フギがコヒョウエの隠宅に着いたのは、夕刻になってからであった。
大きな徳利をぶら下げて、隠宅に歩いて行く。
縁側には、こちらに背を向けて、ひらり、ひらり、と団扇で仰ぐ老人。
「どちら様かな」
「ふふふ。どちら様でしょう」
コヒョウエが身を起こし、あぐらでフギの方を見た。
怪訝な顔で、顎に手を当て、覗き込むように、にやにや笑うフギを見る。
「はて・・・? 貴殿は、何処かで・・・いや。確かに・・・」
にやりとフギが笑うと、
「あっ!」
と、コヒョウエが声を上げ、
「もしや、フギ殿か!?」
「お久し振り」
フギがにこにこ笑いながら、縁側に歩いて来て、どかっと座る。
「やあ、これはこれは! なんと珍しい客が来られたものじゃ!」
「はっはっは! トミヤスさんから生きておられたと聞いてね」
「わざわざ、首都から参られたのか?」
「そうだよ」
「なんとまあ! 呆れたものじゃ! ははは!」
フギが徳利を上げると、コヒョウエが笑顔で頷き、中に入って行って、お猪口を持って来る。
とん、とん、と置くと、ぽん! とフギが徳利の栓を開けて、とくとくと注ぐ。
「ううん、良い所、見つけたねえ」
「で、ございましょう。引退した爺には、ぴたりの場所」
2人が徳利を上げ、こん、と合わせて、くいっと煽る。
「おっと、これは三浦酒天で買って来ましたな」
「その通り。いやあ、これは聞いた以上に美味いねえ! 帰りにいくつか買って行こうかな」
「お弟子さんには会われたのかな? 研師をやっておるが」
「いや、それは帰りにね。うん、美味い。ああ、抜けるなあ! すっと入るね」
「はっはっは! 過ぎませぬように」
「んん! 歳もくったしね」
「そうでございますな。歳をくった」
「最初、私の事、分からなかったでしょう」
「それはそうでございますな。もう20年ぶりになりますので、ご勘弁下され」
「20年! ううん、そんなになるかあ」
「なりますぞ・・・あ、そうそう、泥鰌をもらいましたでな。鍋でもと思い、下ごしらえは終わっておりますが、如何」
「ん! 泥鰌鍋! いただきましょう」
「では、少々お待ち下され。この酒に泥鰌鍋に。堪りませぬぞ」
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日も沈み、2人の老剣客が鍋を挟んで、酒を呑み、話を弾ませる。
「コヒョウエさん、首都に来たトミヤスさん、あんまり知らないでしょう」
「ううむ、活躍はちらほら耳にしたが」
「凄かったんだから。現時流のシンノスケ=ナカタって知ってる?」
「いや」
「駄あ目だよお! 一流の剣客の名は知っておかないと! 排斥派の暗殺者」
ぴたりとコヒョウエの箸が止まり、つるっと泥鰌が落ちた。
「何? もしやして、これか」
ふ、とコヒョウエが箸を振る。
「そう! 今まで誰にも負けた事のなかった達人だね」
「なんと!」
「立ち会いの様子も聞いたよ。いやあ! あれは凄い! 凄いね!」
「どう? どう勝ったので?」
「ふふふ」
フギが、ぐ、とお猪口を空け、たあん! と置く。
「私がね。少ーし教えちゃった!」
「む! ご自慢か」
「そうだよ」
「ははは! 言いますな!」
「はっはっは! でも、立ち会いの様子聞いたけど、教えた所、超えちゃった勝負だったよ」
「ほう! 如何な立ち会いを」
「まずね。ナカタの方は、こう上にね。蜻蛉の構え取るでしょ」
「ふむ」
「で、四半刻も睨み合ってた」
「ふむ!」
「で、ナカタが凄い声を上げた。あの現時流の撃ち込む時の声! うわーって。で、突っ込んできた。トミヤスさんも突っ込んだ! この踏み込みが絶妙! ほんの少しだけ、線をずらせたんだね! 現時流の撃ち込み、頭にまっすぐ来るじゃない」
「うむ!」
「これを、あれだよ。無願想流の振り。あれで振りながら、踏み込んだから、ずらせたんだ。右手はばっさり縦に斬られたけど、トミヤスさんの刀の切先は、しっかりナカタのここ」
ぱん! とフギが脇に手を当てる。
「ここを斬った! 急所だよ。でも、ナカタは止まらなかった! ぶんぶん振ってくる! トミヤスさんの刀、振り下ろしたナカタの腕に挟まれて、落ちちゃった」
「ふむ!」
「でも、もう勝負は着いてたんだねえ! ぶんぶん振ってるナカタの横で、トミヤスさん、脇差持って立ってたんだ。右腕は捨てて、左の逆手で抜いた脇差で、ナカタの首斬ってたんだ!」
「ううむ!」
「しかもだよ、腕に挟まれて落ちた・・・と見えた刀、実は、ナカタの腕を落として斬り抜いてたんだ。ナカタは膝を付いても、絶命するまで、がんがん地面を叩いてたそうだけど。それが止まった瞬間、腕がぽとり」
「なんとまあ! 名勝負ですな!」
「でしょう! このナカタっていう暗殺者も良いんだよ! トミヤスさん、来るのを待たずに、敢えて果し状を送ったんだよね。そしたら、ナカタは受けたの。自分は武士の風上にも置けぬ卑怯者だけど、今夜だけは真の武士になれます。感謝しますって、勝負の前に、トミヤスさんに頭下げたんだって。死に顔も、笑顔だったそうだよ。いやあ、これ聞いた時、痺れたよお!」
「むう・・・」
うんうん! とコヒョウエが頷き、お猪口に酒を注ぎ、ぐい! と煽った。
たんっ! とお猪口をついて唸る。
「いやはや! たまりませぬなあ」
「ねえ!」
「や、しかし、こちらでも良い立ち会いをしておりますぞ」
「え、何々? どんな?」
「あれは、打ち捨てられた貴族の屋敷」
「ああ! あの30人と斬り合いしたとか?」
コヒョウエが苦笑して手を振る。
「いやいや、それは噂で誇張されておる。実際は10人と少し。しかしな、これも親玉がまた良かった!」
「え、聞かせてくれる?」
「勿論! 事の始まりはですな・・・」
まるで弟子自慢のように、2人の老剣客の話は遅くまで続いた。




