第50話
マツは一旦、魔術師協会に戻って来た。
コヒョウエの息子、ジロウと、マサヒデ達が世話になった坊主は、コヒョウエの将棋仲間であるし、伝えておく、と引き受けてくれた。
向かいの冒険者ギルドのオオタやマツモトには、時が来たらと事前に知らせてある。後は、カゲミツ達に挨拶をして、旅立つだけ・・・
床の間のタマゴを取り、そっと抱く。
(嗚呼、テルクニ)
お父様(魔王)とお母様は、きっと喜んで下さる。
もしかしたら、怒ったふりくらいはするかもしれないけれど・・・
(お祖父様に会いに行くのですよ)
見たら誰もが驚く、禍々しいタマゴ。
魔獣のタマゴか、などと言われた事もある。
中々大きくならないから、生まれるのは100年以上は掛かりそうだ。
少なくとも、人族であるマサヒデ達は、顔を見られまい。
でも、マサヒデもカゲミツも、そんな事は構わぬと、涙を流し喜んでくれた。
お父様もきっと、喜んで下さる。
(参りましょう!)
見られたら驚くのは分かっているから、袋に入れて。
金の袋と、着替えだけを背負って。
庭に立つと、すう、と庭木の裏から、マツと同じ顔、同じ服装の忍が出て来た。
「マツ様、行かれまするか」
「はい。道場に寄って、皆様にご挨拶に参りましたら、そのまま」
忍が頭を下げた。
「道中、お気を付けて・・・など、マツ様には要らぬ言葉でございまするか」
「いいえ。ありがとうございます。留守をお願い致します」
「しかと」
「では、行って参ります」
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トミヤス道場。
ばたばたばたと着物をはためかせ、マツが門前に降り立った。
中からは、既に稽古の声が聞こえる。
(よし!)
ずんずんと中に入っていき、縁側に立つと、カゲミツが笑って手を上げ、ぽこん、と門弟を竹刀で押しのける。
「よう! マツさん! その荷物は、行くのか!」
「おはようございます。はい。もう行きます」
カゲミツがにやっと笑って頷く。
「サカバヤシ先生! マスダさん! ナタノスケ!」
カゲミツが声を掛けると、3人が手を止めて、縁側に集まってきた。
「これはマツ様」
「おう! マツさん!」
「おはようございます」
3人が集まって、頭を下げると、マツがにっこり笑って、
「私、これから、お父様の所に挨拶に行きます。マサヒデ様と一緒に」
あ、と3人が顔を見合わせた。
魔王様の所に、孫を見せに行く。
マサヒデとの結婚を、許してもらいに行くのだ。
「そういう事だ。マスダさん、しばらく、マツさんとは呑めねえぞ」
「くはははは! なあに、んな事あ構やしねえさ。また、こっち戻って来るだろ」
「はい」
「トミヤスさん、強くなってんだろなあ! サカバヤシ先生、危ねえぞお」
「ははは!」
ジンゴロウが笑う。
ナガタニもにっこり笑って、
「私、マサヒデ殿と再度の手合わせを願っておりますゆえ・・・マツ様、ここだけの話、仮に魔王様に引き止められても、何としても止めて下さいませんか」
「うふふ。はい」
「よおし! じゃあ・・・アキには言っておくから! すぐ行くか!?」
「はい!」
「おっと、荷物が少ねえな? 土産は?」
「テルクニの顔が土産です」
「ははは! 顔っつっても、まだタマゴじゃねえか!」
ははは! とジンゴロウ、マスダ、ナガタニも笑う。
「うふふ。それでは、皆様! 行って参ります!」
ぶわ! と風が巻く。
「うおおっ!?」
マスダが驚いて声を上げ、ジンゴロウもナガタニも慌てて顔の前に袖を持って来る。
「2ヶ月程でー!」
「おおーう!」
カゲミツの返事。
ばん! と大きな音がして、大きく砂が舞った。
風が収まった、と見えた時には、もうマツは居なかった。
「な、何だ、ありゃあ!?」
カゲミツがぱんぱん袖を叩き、砂をはたく。
「おう、マスダさんは知らねえのか。マツさん、ああやって空飛ぶんだ」
「何!?」
「魔術だよ、まーじゅーつ。普通の魔術師は、あんなに飛べねえからな」
「飛ぶのか!? 空を!?」
「そうだよ。いつもは門を出てから飛んでくからな。見てなかったか」
「知らなかったぜ・・・」
マスダが口を開けて、縁側から顔を出し、空を見上げる。
もうマツは見えない。
「魔王様は、魔術使わなくても飛べるんだってさ。羽もないのに」
「マジかよ!」
「ああ、本当だぜ。マツさんは、残念ながらその力は引いてないから、ああやって魔術で飛ぶんだ」
「はあー・・・」
「レイシクランも飛べるぞ。ほんの少しだけどな」
「えっ!?」
今度はナガタニが声を上げた。
「おう、ナタノスケは知らなかったか。羽を使わずに飛べるのは、魔王様の一族と、レイシクランの一族だけだ」
「し、知りませんでした・・・という事は、クレール様も」
「そうだよ。でも、ほーんの少しだけだ。すぐに力尽きて落ちちまう。魔術で飛ぶ方が楽なんだ。だから、普段は飛んだりしねえ」
「そうだったのですか・・・」
「お前、消えるの見せてもらったか?」
「いえ」
「あれはすげえぞ。消えたら俺でも斬れねえ。完全に無くなるんだ。不思議だぜ。帰って来たら、見せてもらえよ」
「はい・・・」
ふん、とカゲミツが鼻で笑って、空を見上げる。
「2ヶ月くらいって言ってたな。くくく。マサヒデの野郎、どうなるかな? 魔王様に首飛ばされたりしねえよな」
ジンゴロウが笑った。
「ははは! カゲミツ殿、それはなかろう!」
「どんくれえ強くなったかなあ。少しは俺とやりあえるくらいにはなってるかなあ」
「いいやあ、そこまでは届くまいよ。どうかな、マスダ殿とやりあえるくらいだから、皆と力を合わせれば、龍人族とは何とか張り合えるくらいと見た」
「ううむ・・・じゃ、魔王様の城で脱落だな。城までは行けるかな?」
「城までは行けような。まあ、勇者祭の参加者が城に着いたら、中までは丁寧に迎えてくれるであろうし」
「中での歓迎が楽しみだな。くくく」
「歴代の勇者はそれを破って行ったが、さて、マサヒデ殿が届くかな?」
カゲミツとジンゴロウの2人はにやにやしているが、マスダもナタノスケも、笑えなかった。
マサヒデはカゲミツには届かない。
しかし、力を合わせれば、龍人族には勝てる。
つまり・・・カゲミツもジンゴロウも、龍人族に勝てる・・・?
「魔神剣くらい、マツ様に持たせてやったら良かったろう」
「大して変わりゃしねえって」
「もしマサヒデ殿の刀が折れたらどうする。あれはコウアンの刀だぞ」
「大丈夫だよ。マツさんが直せるんだから」
「ああ! そうであったな。では良いか」
「そういう事! さ、稽古に戻るか!」
ぱんぱん! とカゲミツが手を叩く。
「おう! お前ら、途中で済まなかったな! 稽古再開!」
カゲミツとジンゴロウは中に入って行く。
マスダがそっとナガタニに顔を寄せ、
「なあ」
「はい」
「あの2人、どのくれえ強いんだ・・・」
ナガタニが首を振る。
「もう私には分かりません。しかも、カゲミツ先生は、上はいくらでも、なんて言いますし・・・」
「その上ってやつら、一体どんだけ強いんだ」
「いや、もう、もう分かりません。何を基準にしたら良いのか、さっぱりです。さっぱりですよ・・・」




