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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
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第49話


 翌朝、オリネオの町、魔術師協会。


 からからから・・・


「おはようございます」


「はあーい!」


 ぱたぱた・・・

 マツが出て来る。

 あ、冒険者ギルドのメイド!

 またマサヒデから連絡が! ぱあ・・・とマツの顔が明るくなる。


 す、と座って、ぺこりと頭を下げ、


「おはようございます。マサヒデ様からご連絡ですか?」


「はい。昨夜、ジョアルに戻りまして、船にて首都へ向かうとの事」


「ああ! ついに!」


 ほろりとマツの目から涙が・・・

 マツは懐紙を出して、ひたひたと目に当てる。

 メイドもマツを見て、目を潤ませる。


「マツ様には、ご準備をして向かって頂きたいと。待ち合わせ場所ですが、クレール様の船、シルバー・プリンセス号へ。市内で宿を取る事になりましても、船の方に連絡はしておくとの事」


「はい。ありがとうございます」


 レイシクランの忍から影武者を置いておくように、と連絡があった際に、既に荷物はまとめておいた。

 後は、カゲミツ達に挨拶を済ませ、そのまま飛んで行くだけだが・・・


「お父様、お母様へのお土産は何に致しましょう。生物は持ちませんし」


「必要はございませんでしょう。テルクニ様が何よりの土産でございます」


「ああっ! 私の子が・・・ぐっすん」


 へたりとマツが手を付く。


「お孫様になるのです。他に何も必要はございません」


「はい、はい・・・」


「さ、マツ様。トミヤス様がお待ちでございます」


「はい! 私、参ります! すんすん」


 マツが顔を上げ、


「こちらには、代わりの者を置いておきますから・・・優秀な方ですので、仕事はいつも通り動きます。オオタ様にも、この事は伝えてございますので」


「はい」


「それでは、それでは、皆様にご挨拶を済ませましたら、その足で参ります。ありがとうございました」


「はい。道中、お気をつけて」



----------



「すんすん・・・」


 目を拭い、鼻を鳴らしながら、奥の間へ。

 まとめておいた荷物を出して、居間に持って来る。

 居間に戻った時、既にマツと同じ顔、同じ格好の影武者が座っていた。


「マツ様」


「はい!」


「すぐにホテルから人員が参ります。仕事は全て引き受けます。お急ぎでしたらば、皆様には、私が代わりに挨拶に参りますが」


「いえ、いえ・・・私が参りませんと」


「承知致しました。されば、一旦これにて」


 すう・・・と忍が姿を消す。

 町中に挨拶に行っているのに、ここにマツが居ては不自然だ。


「ぐすっ・・・」


 マツは鼻を鳴らしながら、つっかけを履いて外に出て、玄関に『外出中』の札を掛け、歩いて行った。



----------



 職人街、ホルニ工房―――


 さ、さ、と店の前をラディの母が箒で掃いている。

 この鍛冶屋は、マサヒデ一行の1人の治癒師、ラディの家。


「おはようございます」


「あらあ、マツ様。おはようございます」


 ん、とラディの母が眉を寄せる。マツの目が赤い。


「どうかなさいました? 目が・・・お仕事で寝不足ですか?」


「い、いえ。何でもないんです。あの、旦那様は、もう起きてらっしゃいますか?」


「はい。ちょっと待って下さいねー」


 何ヶ月かはこことお別れ・・・

 うるうると目を潤ませていると、ホルニが出て来た。


「マツ様・・・おはようございます」


 ホルニも目の潤んだマツを見て、少し困惑気味。


「何かございましたか」


「あ、はい。あの、しばらく、この町を離れるんです。それで、ご挨拶に」


 マツは身分を隠して隠棲している。

 ホルニは、マツが魔王の娘という事を知っている、数少ない人物の1人。


 マサヒデ達がこの町を出て、1年近く経った。

 魔の国に着いたという報告が届いて半年。

 ファッテンベルク領に向かったら、その後は・・・

 そして、マツがこの町を離れる・・・


 ホルニは頷いた。


「トミヤス様が、ご到着されるのですな」


「はい」


 マサヒデは魔王様の元に行く。

 まだ勇者祭から脱落はしていないが、しても、魔王様の元に行く。


 あなたの娘のマツと、勝手に結婚をしました。

 子も出来まてしまいました。

 正式に許しを頂けますか。


 一介の浪人が、世界の3分の1を牛耳る魔王様に、娘をくれと願いに行くのだ。


「マツ様は・・・ここから、どのくらいで、魔の国へ」


「2ヶ月程」


「2ヶ月・・・お着きになられましたら・・・」


 魔王様から許しを得られたとなれば、国祭が行われるであろう。

 世界中に報せが広まり、マツの身分は世間にも知られる。

 だが、そんな事はもう些細な事であろう。


「吉報をお待ちしております」


「はい」


「準備はもう?」


「出来ております」


「イマイさんには、私が報せておきましょう」


 マサヒデの愛刀を手掛けた、研師のイマイにも挨拶はしておきたいが、夜中まで仕事をし、朝は寝ているという生活なのだ。まだ早朝。熟睡しているだろう。


「お願い出来ますか」


「お任せ下さい」


「それでは、しばらく・・・」


 マツが綺麗に頭を下げると、ホルニも頭を下げた。



----------



 オリネオの町から飛ぶこと10分。


 ここはヤセキ村の外れの一軒家。


 ちょろちょろ小川が流れていて、木の橋が掛かっている。

 松林の前に、藁葺き屋根の小さな家。

 屋根は少し苔むして、少し大きな古い百姓家、と言った感じだ。

 すぐ横に井戸があり、薪が積まれている。


「これは驚いた。どなたかと思えば」


 手拭いを首に掛けて出て来た老人は、コヒョウエ=シュウサン。

 アブソルート流の達人にして、マサヒデの父、カゲミツの師。

 マサヒデにも教えてくれた。この人には、絶対に挨拶はして行かねばならない。


「ご無沙汰しております」


「やや、ま、どうぞこちらにお掛け下され。茶などお出し致しましょう」


「畏れ入ります」


 マツがしずしずと縁側に腰掛けると、すぐにコヒョウエが急須と湯呑を盆に乗せて出て来た。

 盆を置き、マツの隣に座って、湯呑を置いてちょろちょろと茶を注ぐ。


「して、本日は」


「あの、ご存知かもしれませんけど」


「ふむ?」


 マツが言いづらそうに口をつぐみ、湯呑を取る。


「実は・・・」


「実は?」


 湯呑を持ったまま黙ってしまったマツを見て、コヒョウエがにやりと笑った。

 マサヒデから、マツは魔王の娘、姫だという事は聞いている。

 マサヒデは、半年も前に魔の国に着いたそうな・・・

 そろそろか。夫婦揃って、挨拶に。


 もう夏も近い。


 ちちーん、ちーん・・・

 金属の小さな風鈴が、音を立てて鳴る。

 この隠宅に吹く風は、小川の涼やかさを含み、爽やかだ。


「マサヒデ殿がオリネオに来たのも、丁度今くらいでありましたかな?」


「はい」


「ご挨拶に、参られるのですな」


 は、とマツが顔を上げた。

 コヒョウエが頷く。


「マサヒデ殿から、マツ様の事は聞いております」


「あ・・・そう、でしたか・・・」


「ふっふっふ」


 コヒョウエがにやにや笑って、朝の空を見上げ、ぱしん、ぱしん、と膝を叩く。


「思い出しますな。マサヒデ殿がここに挨拶に来られた時は・・・驚かされた」


「申し訳ございません」


「いやいや・・・」


 こ、こ、と鶏が地をつつく。


「カゲミツは私の弟子。マサヒデ殿はカゲミツの息子で、弟子。孫弟子。孫も同然」


「孫・・・」


「そう言って、追い出した。カゲミツも追い出したらば、ああも腕を上げよった。手前の息子、ジロウも、追い出した。恥ずかしながら、腕を上げて帰って来た。私が追い出すと、皆、強くなって帰って来る。腕を上げて・・・帰って来るから。帰るから。験担ぎに、背を押して追い出した」


 じわ、とマツの目に涙が浮かんできた。

 喜び、嬉しさ、感謝、情・・・そのような気持ちが、一気に吹き出てきた。


「こ、コヒョウエ様」


「マサヒデ殿は、帰ったらジロウと立ち会うと約束しております。私はそれを見るのが、もう楽しみで楽しみで」


「はい」


「マツ様なれば、あちらへは、どれ程で?」


「飛んで行きまして、2ヶ月程で」


「なんと。トミヤス殿方が1年も掛かっておるのに、2ヶ月で」


「まっすぐ飛んで行ければ、もっと早いのですけれど。海は1日で渡れませんもので、途中までは船で行きませんとなりませんから」


「途中までは船?」


 あ、とコヒョウエが気付いて、驚いた顔をマツに向ける。


「それは、もしかして、海の真ん中から、船から飛ぶ、と?」


「はい」


 コヒョウエはぽかんと口を開けて、絶句してしまった後、げらげら笑い出した。


「はっはっは! や、これは参った!」


 コヒョウエが楽しそうに膝を叩いて笑う。

 にっこり笑ったマツの目から、ほろりと涙が一筋落ちた。


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