第49話
翌朝、オリネオの町、魔術師協会。
からからから・・・
「おはようございます」
「はあーい!」
ぱたぱた・・・
マツが出て来る。
あ、冒険者ギルドのメイド!
またマサヒデから連絡が! ぱあ・・・とマツの顔が明るくなる。
す、と座って、ぺこりと頭を下げ、
「おはようございます。マサヒデ様からご連絡ですか?」
「はい。昨夜、ジョアルに戻りまして、船にて首都へ向かうとの事」
「ああ! ついに!」
ほろりとマツの目から涙が・・・
マツは懐紙を出して、ひたひたと目に当てる。
メイドもマツを見て、目を潤ませる。
「マツ様には、ご準備をして向かって頂きたいと。待ち合わせ場所ですが、クレール様の船、シルバー・プリンセス号へ。市内で宿を取る事になりましても、船の方に連絡はしておくとの事」
「はい。ありがとうございます」
レイシクランの忍から影武者を置いておくように、と連絡があった際に、既に荷物はまとめておいた。
後は、カゲミツ達に挨拶を済ませ、そのまま飛んで行くだけだが・・・
「お父様、お母様へのお土産は何に致しましょう。生物は持ちませんし」
「必要はございませんでしょう。テルクニ様が何よりの土産でございます」
「ああっ! 私の子が・・・ぐっすん」
へたりとマツが手を付く。
「お孫様になるのです。他に何も必要はございません」
「はい、はい・・・」
「さ、マツ様。トミヤス様がお待ちでございます」
「はい! 私、参ります! すんすん」
マツが顔を上げ、
「こちらには、代わりの者を置いておきますから・・・優秀な方ですので、仕事はいつも通り動きます。オオタ様にも、この事は伝えてございますので」
「はい」
「それでは、それでは、皆様にご挨拶を済ませましたら、その足で参ります。ありがとうございました」
「はい。道中、お気をつけて」
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「すんすん・・・」
目を拭い、鼻を鳴らしながら、奥の間へ。
まとめておいた荷物を出して、居間に持って来る。
居間に戻った時、既にマツと同じ顔、同じ格好の影武者が座っていた。
「マツ様」
「はい!」
「すぐにホテルから人員が参ります。仕事は全て引き受けます。お急ぎでしたらば、皆様には、私が代わりに挨拶に参りますが」
「いえ、いえ・・・私が参りませんと」
「承知致しました。されば、一旦これにて」
すう・・・と忍が姿を消す。
町中に挨拶に行っているのに、ここにマツが居ては不自然だ。
「ぐすっ・・・」
マツは鼻を鳴らしながら、つっかけを履いて外に出て、玄関に『外出中』の札を掛け、歩いて行った。
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職人街、ホルニ工房―――
さ、さ、と店の前をラディの母が箒で掃いている。
この鍛冶屋は、マサヒデ一行の1人の治癒師、ラディの家。
「おはようございます」
「あらあ、マツ様。おはようございます」
ん、とラディの母が眉を寄せる。マツの目が赤い。
「どうかなさいました? 目が・・・お仕事で寝不足ですか?」
「い、いえ。何でもないんです。あの、旦那様は、もう起きてらっしゃいますか?」
「はい。ちょっと待って下さいねー」
何ヶ月かはこことお別れ・・・
うるうると目を潤ませていると、ホルニが出て来た。
「マツ様・・・おはようございます」
ホルニも目の潤んだマツを見て、少し困惑気味。
「何かございましたか」
「あ、はい。あの、しばらく、この町を離れるんです。それで、ご挨拶に」
マツは身分を隠して隠棲している。
ホルニは、マツが魔王の娘という事を知っている、数少ない人物の1人。
マサヒデ達がこの町を出て、1年近く経った。
魔の国に着いたという報告が届いて半年。
ファッテンベルク領に向かったら、その後は・・・
そして、マツがこの町を離れる・・・
ホルニは頷いた。
「トミヤス様が、ご到着されるのですな」
「はい」
マサヒデは魔王様の元に行く。
まだ勇者祭から脱落はしていないが、しても、魔王様の元に行く。
あなたの娘のマツと、勝手に結婚をしました。
子も出来まてしまいました。
正式に許しを頂けますか。
一介の浪人が、世界の3分の1を牛耳る魔王様に、娘をくれと願いに行くのだ。
「マツ様は・・・ここから、どのくらいで、魔の国へ」
「2ヶ月程」
「2ヶ月・・・お着きになられましたら・・・」
魔王様から許しを得られたとなれば、国祭が行われるであろう。
世界中に報せが広まり、マツの身分は世間にも知られる。
だが、そんな事はもう些細な事であろう。
「吉報をお待ちしております」
「はい」
「準備はもう?」
「出来ております」
「イマイさんには、私が報せておきましょう」
マサヒデの愛刀を手掛けた、研師のイマイにも挨拶はしておきたいが、夜中まで仕事をし、朝は寝ているという生活なのだ。まだ早朝。熟睡しているだろう。
「お願い出来ますか」
「お任せ下さい」
「それでは、しばらく・・・」
マツが綺麗に頭を下げると、ホルニも頭を下げた。
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オリネオの町から飛ぶこと10分。
ここはヤセキ村の外れの一軒家。
ちょろちょろ小川が流れていて、木の橋が掛かっている。
松林の前に、藁葺き屋根の小さな家。
屋根は少し苔むして、少し大きな古い百姓家、と言った感じだ。
すぐ横に井戸があり、薪が積まれている。
「これは驚いた。どなたかと思えば」
手拭いを首に掛けて出て来た老人は、コヒョウエ=シュウサン。
アブソルート流の達人にして、マサヒデの父、カゲミツの師。
マサヒデにも教えてくれた。この人には、絶対に挨拶はして行かねばならない。
「ご無沙汰しております」
「やや、ま、どうぞこちらにお掛け下され。茶などお出し致しましょう」
「畏れ入ります」
マツがしずしずと縁側に腰掛けると、すぐにコヒョウエが急須と湯呑を盆に乗せて出て来た。
盆を置き、マツの隣に座って、湯呑を置いてちょろちょろと茶を注ぐ。
「して、本日は」
「あの、ご存知かもしれませんけど」
「ふむ?」
マツが言いづらそうに口をつぐみ、湯呑を取る。
「実は・・・」
「実は?」
湯呑を持ったまま黙ってしまったマツを見て、コヒョウエがにやりと笑った。
マサヒデから、マツは魔王の娘、姫だという事は聞いている。
マサヒデは、半年も前に魔の国に着いたそうな・・・
そろそろか。夫婦揃って、挨拶に。
もう夏も近い。
ちちーん、ちーん・・・
金属の小さな風鈴が、音を立てて鳴る。
この隠宅に吹く風は、小川の涼やかさを含み、爽やかだ。
「マサヒデ殿がオリネオに来たのも、丁度今くらいでありましたかな?」
「はい」
「ご挨拶に、参られるのですな」
は、とマツが顔を上げた。
コヒョウエが頷く。
「マサヒデ殿から、マツ様の事は聞いております」
「あ・・・そう、でしたか・・・」
「ふっふっふ」
コヒョウエがにやにや笑って、朝の空を見上げ、ぱしん、ぱしん、と膝を叩く。
「思い出しますな。マサヒデ殿がここに挨拶に来られた時は・・・驚かされた」
「申し訳ございません」
「いやいや・・・」
こ、こ、と鶏が地をつつく。
「カゲミツは私の弟子。マサヒデ殿はカゲミツの息子で、弟子。孫弟子。孫も同然」
「孫・・・」
「そう言って、追い出した。カゲミツも追い出したらば、ああも腕を上げよった。手前の息子、ジロウも、追い出した。恥ずかしながら、腕を上げて帰って来た。私が追い出すと、皆、強くなって帰って来る。腕を上げて・・・帰って来るから。帰るから。験担ぎに、背を押して追い出した」
じわ、とマツの目に涙が浮かんできた。
喜び、嬉しさ、感謝、情・・・そのような気持ちが、一気に吹き出てきた。
「こ、コヒョウエ様」
「マサヒデ殿は、帰ったらジロウと立ち会うと約束しております。私はそれを見るのが、もう楽しみで楽しみで」
「はい」
「マツ様なれば、あちらへは、どれ程で?」
「飛んで行きまして、2ヶ月程で」
「なんと。トミヤス殿方が1年も掛かっておるのに、2ヶ月で」
「まっすぐ飛んで行ければ、もっと早いのですけれど。海は1日で渡れませんもので、途中までは船で行きませんとなりませんから」
「途中までは船?」
あ、とコヒョウエが気付いて、驚いた顔をマツに向ける。
「それは、もしかして、海の真ん中から、船から飛ぶ、と?」
「はい」
コヒョウエはぽかんと口を開けて、絶句してしまった後、げらげら笑い出した。
「はっはっは! や、これは参った!」
コヒョウエが楽しそうに膝を叩いて笑う。
にっこり笑ったマツの目から、ほろりと涙が一筋落ちた。




