第45話
そして食事を終え・・・
リチャードとマサヒデの問答である。
2人の問答を、アンがさらさらと書き留めている。
「では、次の質問。トミヤス殿。囲まれた時はどうなさいます」
「まず、囲まれるという事が、武術家として不合格ですが」
「むう。しかし、やむを得ず囲まれた場合は、どう対処致します」
む、とマサヒデが少し考える。
「思い切り逃げます」
「やはり逃げをうち、体勢を整える」
「少し違います」
「と言うと」
「逃げれば追ってきます」
「うむ」
「足の速さに違いはあるので、速い者が出て来た所を見計らい、先頭を斬ります。また走ります。追って来ます。先頭を斬ります。こうして減らしていきます。走る体力があるなら、これで100人にも対する事が出来ます」
「む、ううむ。では、相手が皆、こちらより足が速ければどうなさる」
「ふうむ・・・どうしますかねえ・・・まず相手に尋ねます。私を捕らえに来ましたか。頷いたら大人しく捕まります」
「何故」
「私は家族、友人を信用しています。誰かが助けてくれます。アルマダさん、カオルさん、シズクさん、クレールさん、ラディさん、マツさん。勿論、イザベルさんも。父上も・・・」
カゲミツはどうするだろう。
だらしねえ。んな弱え奴は放って置け。
父の声が聞こえる。
「・・・父上は・・・どうかな・・・」
「ふふ。では、捕らえに来た者ではなかったら」
「まあ、返事しない、斬り掛かってきた、それならやり合うしかないですね」
「どう戦いなさる」
マサヒデは両手を挙げ、
「戦い方は相手と場所次第。基本的に、1人を囲むなら、同時に手を出してくるのは5人くらいが限界なので、頑張りますが。でも、人数によってはどうしようもないでしょうね。なので、最初に戻りますけど、そもそも囲まれる事が不合格です」
「ふむ・・・ふうむ・・・」
「これは軍人さんだって同じでは? そもそも囲まれるような所に位置を取るとか、駄目ではありませんか」
リチャードが頷く。
「勿論。しかし、必要とあらば死地に身を置く事もします。例えば、味方を助けるため、囮になるなど、わざと美味しい餌をぶら下げておく。武術家も同じでは?」
「はい」
「では次の質問に移りましょう・・・」
----------
「結局の所、剣術とは? 武術とは?」
「今の私が分かる範囲で良いですか?」
「結構です」
「殺しの術です」
「・・・」
「そこに精神性を持たせたのは、ヤナギ車道流。戦が無くなった世で、剣術指南役は如何にして生きていくか。2代目のヤナギ車道流宗家が、必至に考えました。そうですね、ヤナギ車道流で説明して行きましょう。分かりやすいです」
「お願いします」
「例えば、リチャード様は、世界から一切の戦もなくなり、犯罪者も居なくなり、魔獣も居なくなり。そうしたら、軍人はどうなさいますか」
ふ、とリチャードが苦笑いして、
「ま、私は領地経営に専念しましょう」
「領地を持たない兵隊さん達はどうされます?」
それは彼ら次第・・・とは言えない。
自分は彼らをまとめる者。そんな無責任な発言を出来るものか。
「ううむ・・・」
「と、いうわけで、武術は道も教えるようになり、武道に変わりました。これは車道流が始めたのです。武術を通し、禅のように悟りみたいな所を求め、兵法も教え。つまり、剣を学びながら、良い人間になれますよ。心を磨けますよ。平和な世でも、武術を学ぶ意味はありますよ。ヤナギ車道流は、そういう流れを作り、今も王宮剣術指南役として残っています。生臭い話、金です。裏を返せば、求められる剣術の形が見えていた。平和な世での武術の生き残り戦術が始まりと言っても良いですかね」
「ふうむ」
「そして、その中身は、活人剣と殺人刀。車道流はこの考えをもって・・・まあ、簡単に言うと、殺すは最小限とすべしと。1人殺せば1万人が生きられるなら、その1人は斬れ、です。剣の技術も、小手を狙うものが多いです。戦闘不能で十分。可能な限り殺したくないからです」
「なるほど・・・王が学ぶに相応しい剣に聞こえる」
「実際の所、1人殺せば万人が、とはなりませんが、そういう心持ちでいろという事ですか。それを実際に体現した技術が、無刀取り。刀で斬ることはしない。相手の剣も奪い、争うのをやめましょう。ざっくりすぎますが」
「そのような技術があるのですか」
「あります。私も刀を取ってもらいました。一瞬の出来事でさっぱりでした」
首都で、ヤナギ車道流道場で見せてもらった無刀取りを思い出す。
見せてもらった、とはいえ、さっぱり分からなかったが。
「ヤナギ先生は、刀を取られて呆然とした私に問いました。剣とは何か。武術とは何か。人生を掛けてまで学びたいと思う者がいる程のもの。それだけ人を惹き付ける剣とは、武術とは何か」
リチャードも難しい顔で腕を組む。
「ううむ・・・」
「私にはまだ分かりません。ですから、私の剣はただの殺しの技術止まり。いつか剣というものが分かった時、別のものに変わるかもしれません。分かっても変わらないかもしれません。ヤナギ先生は、剣とひとつになった時、言葉に出来ずとも、自然に分かると」
「・・・」
「私は武術家なので、そこを求めます。軍では、そんなの必要とされないですよね」
「ええ」
「それが剣術、というか・・・軍との違いですか。殺しの術を極めれば、殺さずとも済む。おかしなものですよね。これ、軍隊で考えたら、やめろと一声掛けるだけで、全ての戦争が終わってしまう軍を作る、という感じですか。そもそも仕掛けられないとか」
「ううむ・・・」
「というわけで、私程度では、剣術とは、武術とは、その問いに満足に答える事は出来ません。まだそこに届いていないからです。敢えて言うなら、効率の良い殺し方の術。これが今の私の武術です」
リチャードは眉を寄せたまま頷く。
「良い・・・良いお話を聞けました。貴重なお話でした。ルーカスにも言って聞かせねばなりませんかな」
マサヒデが苦笑して、
「どうでしょうか。ルーカス様には、私より時間があります。剣を振っていれば、そのうち気付くかもしれませんね。イザベルさんもそうです」
「ふふ。あのイザベルが?」
「ええ。ふ、ふふ」
マサヒデがおかしくなってきて、笑ってしまった。
リチャードが苦笑して、
「ふふふ。やはりおかしいですか」
マサヒデは手を振り、
「いや、そうではなく。ヤナギ先生、剣とは何かって分かったら、腰の剣なんか飾りで、いらないって」
「ふむ?」
「ふふふ。そうしたら、イザベルさんも、あんな大きな剣を持つ事はなくなるでしょう。うくく・・・剣を極めてしまったら、婿探しがはかどりそうでは」
「はっ! ははは! や、これは参った! ははは!」
話を書き留めていたアンも、くすくす笑っている。
----------
ここはトモヤの部屋。
アルマダが剣とマチェーテを持って入って来た。
棋譜を見ていたトモヤが顔を上げて、ぎょっとする。
「なんじゃ、アルマダ殿、物騒な」
「いや、トモヤさんにちょっとお尋ねしたいのですが」
「ご存知の通り、剣の事なぞさっぱりじゃぞ」
アルマダがマチェーテを上げて、
「これなんですけどね。どこに着けたら良いと思います?」
「・・・はあ?」
「いや、結構大きいですから、どう持とうかなと」
トモヤが首を傾げ、
「右のお腰にぶら下げれば良かろう」
「いや、それだと抜きづらいんですよ」
「手は2本ござろう。右で抜きづらければ、左で抜けば宜しかろうて」
「・・・」
アルマダは手に持ったマチェーテを見て、ベルトの右腰に下げてみる。
左手で抜く。
「抜けますね」
「抜けましたの」
何とも言えない顔で、左手に持ったマチェーテを見る。
「・・・」
荒く使っても壊れない、丈夫な刃。
適当に振るだけで恐ろしい威力が出る、先重の刀身。
左の片手振りには、ぴったりではなかろうか。
かす、と微かな音を立て、革の鞘に納め、ぱちん、と留め具を付ける。
トモヤが不思議そうな顔で、
「そんな事を聞きに参られたのか?」
「これで良いと思います?」
「そこはアルマダ殿が決める事ではござらぬか? こう、握った具合やら何やら」
「まあ、そうですが」
「座りが良ければ、それで良いかと思うがの」
「ええ」
留め具を外し、もう一度。
左で抜く。納める。
納めるのは少し難しいが、引っ掛かる感じでもなく、すとんと入る。
「ありがとうございました」
「もう宜しいのか?」
「はい。ありがとうございました」
アルマダが軽く頭を下げ、部屋を出て行った。
はて? とトモヤが首を傾げる。
「何じゃい?」




