第44話
こちらはハーン鍛冶屋。
ラディがハーンと机に並び、講義をしている。
その様子を、店の方から、騎士のサクマが見ている。
「刀を打っていきますと、斬るポイントが出来ます」
「ふむ」
すらり、とラディがマサヒデに借りてきた、ホルニ作の脇差を抜く。
今回持って来たのは、予備のヒロスケの脇差ではない。
「よく、音を聞いていて下さい」
爪の先をつけるくらいの強さで、軽く、こんこんこん・・・と鍔元から少しずつ叩いていく。
きん・・・
「む」
「分かりましたか」
指先1本ずらす。
こんこん。
「ほんの半寸もずらすと、音が変わりました」
指先1本戻す。
きんきん。
「ここです。この脇差は、このポイントが一番良く斬れます。刀は切先3寸で斬れと言われますが、大体その辺りにこのポイントがあるからです。実際はこうして自分の得物を把握しておかねばなりません」
「んむむむ・・・」
きん・・・きん・・・
そして、ラディが小さく親指と人差し指で輪を作る。
「このポイントで正確に斬ると、このくらいの鉄パイプくらいなら斬れます」
「何!? この厚みと細さで!?」
「マサヒデさんやハワード様は、トミヤス流の技術をもって金属鎧も真っ二つにしますが、そういう技術がなくても、きちんと刃筋を立てられれば、斬れます」
「ううむ!」
「では、昨日ハーンさんが仕上げた小刀・・・」
ラディが小刀を取って、こんこんこん・・・と叩いていく。
こん、こん・・・こん。
切先まできて、指が止まる。
「物打ちのポイントがないです」
「む、む、む・・・」
ラディが、かたん、と小刀を机に置く。
「鑑定に出せば、保存刀剣には十分届く出来ですが、それは見た目でです。はっきり言いますが、刀としては不合格です。逸品ではないです」
「・・・」
「見れば分かりますが、恐ろしく固く出来ています。適当な刀など、斬れてしまうと思います。ですから、そもそも物打ちのポイントなどなくても良い、と言ってもいいです。が。ですが、という所ですね」
「・・・」
「これは刀ではなく、刀の形をしただけのナイフです」
ハーンががっくりと肩を落とす。
(き、厳しいな・・・)
サクマが肩を落とすハーンを憐れに見つめる。
ファッテンベルクの装備を引き受けるこの腕利きの鍛冶屋には、それは大きなプライドがあるだろうが、粉々にする一言だ。
「大丈夫です。これは初めて打った作です。何本か普通の鉄で打っていれば、ちゃんと出来てきます。ハーンさん程の力で何度も叩けば、普通の鉄でもそれなりの刀は打てます」
「そうかな」
「そうです。それで練習して、感覚を掴むだけです。しばらくは、あの玉鋼は、リチャード様のご注文の剣に使うべきです。無駄になります」
(無駄!)
サクマが口に手を当てる。
厳しい!
「剣なら、私は当然、私の父上も、ハーンさんには敵わないですし・・・私、少し興味があります」
「興味?」
がっくりしていたハーンが顔を上げる。
「扱いの難しい剣・・・折れやすいけど、凄く威力のある剣・・・」
「ん?」
「例えば、フランベルジュとか。ハーンさんがあの玉鋼で打ったら、どんなのが出来るかなと」
か! とハーンの目が見開く。
「むむ!」
「あの玉鋼というのは、鉄としては、とても柔らかいです。不純物が全然ないからです。炭で熱し、炭素を少しずつ加え、固くしますね」
「うむ」
「ハーンさんの好きに固さを調節出来ます。折り返して打つ事で、内に柔らかさを秘め、外を恐ろしく固くする事が出来ます。固く、折れない剣が出来ます」
「むう!」
「不純物がないです。純な鉄です。赤子のような鉄です。ですから、打ちようによって、どんな剣も出来ます」
「赤子の鉄か・・・ううむ・・・」
「打ち方は、育て方です。私のお父様は、自分が打った刀を、我が子同然と言います」
ハーンの据わった目が、ぎらりとホルニの脇差に向けられる。
きらりと冴えるその輝きは、ただの刀ではない。一見して名刀と分かる出来。
「これが一流の子か」
「家族自慢になりますが」
す、とハーンの手が脇差に伸びる。
ラディは止めず、好きに見させる。
「この輝き。輝きを超えている。冴えだな。冷たさを感じる程の」
「・・・」
「同じ鉄を使えば・・・刀は無理でも、これに並ぶ剣が打てるか! 俺が!」
「どう鉄を育てるかは、ハーンさんのハンマー次第です」
「むむむ・・・」
脇差を睨むハーンを見て、サクマがにやりと笑った。
(上手くまとめたな)
ラディがこちらを向いた。
おっと、とサクマが笑いを引っ込める。
「店に並ぶ剣を見れば分かります。名刀は打てずとも、名剣は間違いなく打てます」
ハーンは脇差を睨んだまま。
「俺が・・・名剣を打てるか!」
「はい。打てます」
しばらく脇差を睨み、鞘に納める。
「試してみようか」
「はい」
「この脇差の姿は、生涯忘れられそうにないな。ホルニコヴァ殿、感謝する」
「はい。それでは」
ラディが脇差を取ると、ハーンは腕まくりをして、鍛冶場に向かった。
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その夜。
皆でテーブルを囲んでいると、リチャードがマサヒデにすまなさそうに頭を下げる。
「トミヤス殿、イザベルが帰って来て、もう明日にはと考えておりましょうが、ひとつだけ、我儘を聞いてもらえまいか」
「どうされました。何かございましたか」
「馬を見せてもらえませんか」
マサヒデがにっこり笑う。
「ああ! はは、馬が見たいと仰られなかったので、おかしいと思っていました」
「あれは凄いと、フリッツが興奮しておりまして」
「まあ、それなりです。リチャード様の目に適いますかどうか」
ふ! とイザベルが可笑しそうに笑う。
あんな馬はそうそう居ない。
考えてみれば、荷馬車を引くシャイヤーのヤマボウシと予備馬のルチル以外、凄い馬ばかりだ。
「何だ、イザベル。何がおかしい」
「お父様の驚く顔が目に浮かぶようで」
「イザベル。お前、帰って来てから、少し私を甘く見ておらんか?」
「まさか!」
「多少軍学を学んだからと、鼻を高くしておるな」
ふい、とイザベルが横を向く。
「そのような事はございませぬ」
くすくすとアンとパウラが笑う。
「そうか。一剣流の黒帯をもらって自信でも出来たか」
「そのような事はございませぬ」
「お前、首都に行ったら、イナダ殿の所で少し絞ってもらえ。自慢の一剣流を見てもらったらどうだ」
「最初からそのつもりです。皆様を教官にご紹介したいと考えております」
ん、とマサヒデの手が止まった。
イナダとは、確か・・・イザベルの軍時代の教官で、イザベルが使う軍隊格闘技を編み出した、鹿神流の使い手ではないか。
「イザベルさん」
「は」
「良いのですか? イナダ殿は、お忙しいのでは?」
「勿論、お仕事がなければ、ですが・・・教官は、通信を一切使いませんし、セーフハウスもころころ変え、道場も一般には隠し、限られた者しか知りませんので、手紙のやり取りも難しく。首都へ参りましたら探して、予定を確認というつもりで」
「凄い警戒というか、そういう事してるんですね」
「監視もついておりますから・・・」
「監視? 何故です」
「特殊部隊に教える技術を大量に持っておられるのです。いつ拐われるか分かったものではございません。まあ、生半の者が教官を拐うなど無理ですが、周りに被害が出ると困りますし」
「へえ・・・大変な生活してるんですね・・・」
「普通に飲み歩いてもおりますし・・・まあ、慣れております、と言いましょうか。お会いになれれば、教官も喜びましょう」
「ふうむ! 楽しみですね! イザベルさん、頼みますよ」
「は!」




