第43話
イザベルが屋敷に帰って来た頃、マサヒデ達はファッテンベルク冒険者ギルドで、立ち会い稽古を行っていた。
訓練場の建物はないが、屋外に広い訓練場がしっかり整えられていて、皆、そこで稽古をするのだ。
(くそ! 皆、鋭いな!)
かすっ! かすーっ! と、木刀で撃ち込みを流して、流して、流して。
刃ではなく、横腹で。受けずに流す・・・
さすがにルーカスには足元にも及ばないが、ジョアルの冒険者ギルドとは桁が違う。誰を相手にしても、剣も槍も鋭く、動きにそつがない。
ちーん。
時計の音。
マサヒデと冒険者が手を止める。
「む、ここまでです。交代しましょう」
「ありがとうございました!」
ふ! と息を吐いて、呼吸を整える。
すぐに次の相手がやって来て、マサヒデの前に立つ。
「お願いしまーっす!」
「こちらこそ。さ、いつでも」
マサヒデ、アルマダ、カオル、シズクと、順に立ち会いを行っていく。
4人と立ち会いが終われば、冒険者は次の順が回るまで休憩。
マサヒデ達も疲れるし、冒険者達も疲れる。一部を除き・・・
(くそ!)
流石に狼族の冒険者達は違う。
単純に速い。単純に強い。体力も違う。
私兵達とは立会稽古はしなかったが、こんなのがぞろぞろいるわけだ。
しかも、がっつりと軍の稽古を受けている者達が。
狼族は数は少ないのだから、勿論、全員が全員狼族ではないが、それに見合う合格ラインの兵ばかりなのだ。流石、武門のファッテンベルクは違う・・・
「えーいっ!」
「むっ!?」
鍔迫り合い。
に、なったかと見えて、かくん、とマサヒデの木刀が後ろに傾き、柄頭が冒険者の鼻先。
冒険者が顔を仰け反らした所で、すとんと柄頭が剣を握る手と手の間に入り、こてん、と冒険者が投げられる。
「あーあ・・・しまったあ・・・攻めちゃいましたね」
がっくりとマサヒデが肩を落とす。
今回はひたすら避けるだけで、こちらからは攻めない、という稽古。
すっ、と木刀を引いた所で、ちーん! と時計が鳴った。
「ああ、時間か!」
ぺしん! とマサヒデが額を叩き、空を仰ぐ。
「手、出しちゃいましたね。負けました」
冒険者が立ち上がって、ぱたぱた服をはたき、髪を整える。
「あの、何であれで避けられるかが、全然分からないんですけど・・・何で投げられちゃうんですか?」
「ああ、もう昼・・・最後ですよね」
「はい!」
「じゃ、説明します。まず大前提として、鍔迫り合いって、下手同士のする事です。講談とか絵物語みたいに、睨み合いはやらないです」
「ええーっ!」
「少しでも使える人同士の立ち合いだと、なった瞬間、どっちかが死にます。今みたいに」
マサヒデが冒険者の木剣を持って、上に上げる。自分の木刀を合わせる。
「こうでしょう? 軽く押してて下さい」
「はい」
「刀でこうやって受けたら、下手すると折れます。相手が剣なら尚更です。折れなくても、根本から曲がっちゃったり、柄が割れたり」
「ええー! なんか夢が・・・火花を散らしてがつーん! とか無いんですか? 額と額を突き合わせて、きりきり睨み合ったりとか」
マサヒデが木刀をぐいっと引く。
肩に冒険者の木剣が当たる。
「ないです。現実、こうですよ。狼族みたいな力持ちの方の撃ち込みを、私の力で受けられるわけないじゃないですか。ほとんどの方が受けられませんよ。このまま押し込まれて、真っ二つ。刀はぱきん」
「はい・・・」
「折れなくったって、鍔迫り合いの状態なら、片っぽの手で相手の武器を止めたら、もう勝ちじゃないですか」
「はい・・・」
「という事で、鍔迫り合いってのは、ただの力比べ。私があなたとまともに鍔迫り合いしたら、詰みです。なので」
マサヒデが押し戻し、最初の鍔迫り合いの形に戻す。
「こうなった瞬間」
すっと半身になって、鍔迫り合いの所を支点に、木刀を水平に。
柄頭が冒険者の顔の前。
「ほら。相手が押し込んでくれるから、勝手にこうなると。これは当てなかったですけど、実際だとここで顎とか顔に入ります。相手の力で上がるので、相手が強く撃ち込んでくるほど、強いのが入ります」
「あら・・・」
「で、流しちゃう。そのまま真っ直ぐ押し込んで下さい」
すとん、と冒険者の木剣が落ちる。手元を指差し、
「ほら、剣を握ってる小手が丸見え。真上には私の刀の柄がある。そのまま、こう。ここに柄頭を突っ込む。で、引っ掛けると」
引っ張られて、冒険者がころーん。
「ね?」
「ああー・・・こうなっちゃうんですね・・・」
「後ろにいった刀を返して、斬っちゃっても良いです」
冒険者が立ち上がり、また髪を直す。
「こんな近間でですか?」
「こうです」
添え手に構えて、
「ほら。こうやって手を添えるだけで、近間でもがっつり斬れます」
避けた半身の体勢から、くるっと180度回って、添え手の木刀を回す。
冒険者の首元にぴたり。
「わ」
す、と木刀を引き、マサヒデが苦笑い。
「これは刀みたいな、片刃の刃物じゃないと出来ないですけどね。両刃の剣だと出来ないです」
「やっぱり刀って凄いんですね・・・」
「そんな事はないです。剣でも刀でも、槍でも弓でも鉄砲でも、強みがどこにあって、どうやって、どこまで引き出せるか。それが武器術ですよ」
「じゃあ、今の、剣だとどうするんですか?」
「む」
マサヒデが腕を組み、少し考える。
剣だったら、鍔迫り合いをどう制するか。
「ううむ、ちょっと見せて下さい」
「はい」
木剣を渡される。
鍔が横から見ると十字で、刃の方に出ている形。刀のように丸くない。
刃で受けず、横腹で受けて流そうとすると、親指が持っていかれる恐れがある。
「これで鍔迫り合いって、結構、怖いですね・・・」
「何がですか?」
マサヒデが木刀を乗せて、すー・・・こつん。親指に当たる。
「ほら。指が」
「あっ」
「ううむ・・・ああ、そうか。刀と違って、刃と刃を合わせるのは、もう折込済みなんだな。少しくらい欠けたって何とかなるから・・・じゃあ、鍔迫り合いは・・・ううむ・・・どうするかな」
マサヒデは木刀を冒険者に渡し、木剣を掲げるように真っ直ぐ立てて持ち、ううむ、と唸る。
「あ、ひとつ閃きました。じゃあ、鍔迫り合い」
「はい」
冒険者が木刀を持ち、マサヒデが木剣を持ち、鍔迫り合いの形。
「押して下さい」
「はい」
同じように半身、剣を後ろに倒す。
下から柄頭が上がってきた。
「こうなりますよね。ここまでは同じ」
「はい」
半歩前に。
「ここで、この柄頭でがつんと顔を叩いても良いですけど、兜とか被ってたら、大して効かないですよね」
ひょいと柄頭を冒険者の首に引っ掛ける。
「だから、こう」
「あー!」
「はい、と」
マサヒデがそのまま身を回す。ころん。
「こんな感じですかね。私がやったみたいに、手に引っ掛けても良いですが、剣は柄頭が大きいから、首でいけますよ。剣を握っている手元なんて、ちょっと怖いですからね」
「あー、凄ーい!」
マサヒデが照れて、困ったような笑みを浮かべ、
「まあ、こんな感じで。武器の使い方とか・・・探すみたいな」
「マサヒデさん、何してるんです」
アルマダがにやにや笑いながら歩いて来る。
尻もちをついている冒険者を見て、
「おやおや。今度はこのギルドの女性も口説こうとしてるんですか?」
あっ! と驚いて、冒険者の尾がぴんと立つ。
「ええー! 私、口説かれてたんですか!?」
「違いますよ! ただの稽古です!」
「またそんな事を言って・・・リチャード様に叱られますよ」
「違いますからね!」
「この人、ジョアルの冒険者ギルドでも口説いてましたからね」
「違いますよ!」
「マサヒデさんは、旅の先々で女を作るんです。今まで立ち寄った冒険者ギルドには、大体1人は居ますから」
「ええっ!?」
「ははは! それでは私は先に!」
「あれ嘘ですよ!? 嘘ですからね!」
どす、どす・・・
「ジョアルは本当だよ」
「シズクさんまで!」
「うっわー! かわいそ! 泣いてたのに」
「うっ」
たじろいだマサヒデを見て、シズクが冒険者の横にしゃがみ、マサヒデを指差す。
「ほらね。ジョアルでも女の子泣かしてんだ」
「ほんとなんですか・・・?」
「酷いよねー。騙されちゃ駄目だよ」
「騙してませんよ! 向こうが勘違いしただけで!」
「ほら、口説いたの認めたぞ。で、勘違いだって向こうのせいにするんだ」
「ええー・・・」
「違いますって!」
「あーあ! これから何人泣かすのかなー! あははは!」
シズクも笑いながら歩いて行く。
「ほんと! ほんとに違いますよ!」
「・・・」
明らかな疑いの目。
マサヒデが慌てて声を上げる。
「違うんですって! 私にはもう妻もいるんです! そんな事はしません!」
慌てるマサヒデを見て、後ろで冒険者達が笑っていた。




