第42話
力が持たず、立てなくなってしまったイザベルは、ゲルに運ばれて、診察台に寝かされた。
脈を計ったり、心音を聞いたり、全身の魔力をチェックしたり・・・
「ヨロイ殿、どこかおかしな所は」
ゲンゾウが首を振る。
「いや、何も・・・疲労だけですか? 何か他に自覚症状は?」
「ない」
「ううむ!」
イザベルが部屋を見回し、
「ヨロイ殿、月斗魔神は何処に」
「厳重にしまってあります」
「封印するまでは、ヨロイ殿が肌身放さず持っておいた方が良い。その方が安全だ」
「分かりました」
「まだ、少しだけ話す事があるゆえ、月斗魔神を取りに行ったら、戻ってもらえまいか」
「イザベル様、お休みになられませ」
「すぐ済む。話したら寝かせてもらう」
ゲンゾウが頷き、ゲルを出て行った。
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ゲンゾウが月斗魔神を持って戻ると、イザベルは顔の前で、手を握ったり開いたりしていた。
「どうされました」
「あ、いや。ここまで力が入らぬとは、と驚いておった。実は、マサヒデ様も、それを使った後に、急に膝から崩れてしもうたのだ」
「ふむ」
「我もマサヒデ様も、魔術を全く使わぬゆえ、こう、魔力が身体を通るという事に慣れておらぬから、かな? 単純に肉体への負担かな?」
「なるほど。説得力はありますな。お話ししたい事とは、この事ですか?」
「いや、違う」
「お聞かせ下さい」
「うむ。あのな、魔力の意思が見えるとか、世界の意思が見えるとか言うたがな」
「はい。あの力を見た後です。心底から信じられますな」
「こう進むと破滅の世が待つとか・・・それはな。月斗魔神を持っておっても、結局は分からぬのだ」
「何故でしょう。魔力の行き着く未来が、見えるのでは」
イザベルがにやりと笑う。
「ふふふ。この世界に人は幾人おるのだ。全員が同じ方向に進化するのか? では、月斗魔神を持つ1人だけが理想の方向に進化して、世界の皆が幸せになるのか?」
「む」
「されば、その剣を持ち、我が方向を示せば導けるかと言えば、否であるな。どう言われようと、進化する方向は個々人で変わる。進化は自然の摂理。即ち世界の理であるからだ」
「ふうむ!」
「環境によって変わるは当然ながら、その心持ちによっても変わろう。その剣を持ち、我と同じくして世の行き着く先が見えたとしても、導き手には決してなれぬ。そもそも、なろうなどと傲慢な考えを持つ者は、選ばれまい。そんな者が持っても、せいぜい、大きな剣とかになるぞ、くらいではないかな」
「それでも恐ろしい力ですが」
「ふふ。それもそうだがな。我が幾つもの世界を見た、というのも、幾つもの進化があり、幾つもの未来がある、という事よ。ここと選んで導きは出来ぬ。行きたい先が分かっておったとて、そこへの道が分からねば、どうしようもなかろうが」
「む、それは確かに」
はー、とイザベルが息をつく。
「どれだけ優れた者が持ったとて、導き手にはなれぬのよ。この事、しかと心得て、実験記録に記しておいてくれ」
「はい」
「それはただの凶器止まりである・・・は、言いすぎかな。さすがに名工が打っただけはあり、美しい刀であるし。ま、危険物以上の何物でもない。惜しまず、封印してしまってくれ。あ、くれるならもらうが」
「はは。お渡しは出来ませんな」
「そうか。話は以上だ。時間を取らせたな」
「結果は十分。貴重なお話も聞けました。このゲンゾウ=ヨロイ、心より感謝致します。本日はこちらでゆっくりお休み下さい。明日、お屋敷までお送り致します」
ゲンゾウが頭を下げた。
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その夜、ファッテンベルク家屋敷、マサヒデの部屋。
「以上がご報告に。体調の変化などなければ、明日中にお戻りになられるかと」
「ん、そうですか。こんな夜まですみませんでした。ありがとうございます」
マサヒデが忍に深く頭を下げた。
イザベルに見張りとしてつけたうちの1人が、報告に帰って来たのである。
「しかし、あの、ぼーっとしてた時、そんな事があったとは、驚きですね」
「はい。我らも半信半疑で聞いておりましたが、イザベル様は真剣そのもので・・・後の実験を見れば、もはや疑いの余地もなく」
「色んな世界をたくさん見て・・・ああ、そうか。私も似た経験してますよ」
「なんですと?」
にやっとマサヒデが笑った。
「クレールさんも一緒に。ほら、米衆連合で神様に会った時」
「ああ。ご寝所には長くおられたのに、戻ったら時計が戻っていたと」
「ええ・・・世界の意思、魔力の意思、か。魔力って、そこら中にふわふわしてるんですよね」
「はい。私も魔術は使いませぬが、種族がら、魔力の流れは感じます」
「意思があるんですね」
「それは・・・私めには分かりませぬが」
「単純に、魔術の為に使う、何と言いますか・・・そう、火を点けるには空気が必要で、それが魔術の時は魔力、みたいな認識でしたが」
「私も全く同じに認識しておりました」
ふわり、ふわり、とマサヒデが手を振る。
「私は、何処へ向かったら正解なんですかねえ」
「それは分かっております」
「何処です」
「魔王様の所です」
ぷ! とマサヒデが吹き出す。
「ははは! そりゃあそうですよね!」
「その後はレイシクラン家です」
「ははは!」
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翌日の昼前になって、イザベルは屋敷へと帰って来た。
門前で馬車から下り、訓練をしている兵達の前を歩いて行く。
屋敷に入り、テラスでおしゃべりをしていた母とクレールに軽く頭を下げ、リチャードの執務室に入る。
「帰りました」
「早かったな」
「滞りなく終わりました」
リチャードがペンを置く。
「やはり魔術研でした」
「そうか。何かされたか」
「いえ。月斗魔神の変化を観察し、満足されたようです。美味しいチャイもご馳走になりました」
「そうか。トミヤス殿方は、冒険者ギルドに行っておられる。冒険者達に軽く稽古をつけると申し出てくれた」
「ありがたき事です」
「うむ。ホルニコヴァ殿は、今日、鍛冶屋への教えを終わらせると言っておった」
「では、明日にでも?」
「お前が帰ってきたら、とな・・・」
小さく息をつき、リチャードが背もたれにぎしっと背をもたれる。
「寂しくなるな」
ふ、とイザベルが笑う。
「これは父上らしくもない」
リチャードも苦笑する。
「トミヤス殿方が来て、急に賑やかになったからな・・・そう言えば、ルーカスが指南役を考えると言っておったな」
「幾つかの道場を回りましたので、その技術のひとつをマサヒデ様に見せて頂き、驚いたのでしょう」
「ハワード様に、熱心に教えてもらっていたが」
「ふふ。それは一剣流でしょう」
「お前、その一剣流の黒帯をもらったそうだな?」
「はい」
「お前が黒帯とはな。驚いたぞ」
「まだ初段です」
「で? トミヤス流では何段なのだ?」
つ、とイザベルの目が逸れる。
「・・・」
「お前な」
おほん! とイザベルが咳払いして、
「い、いや! 父上、私、トミヤス道場に籍を置いてはおりませぬ」
「ふうん。一剣流に籍を置いておるのか」
リチャードがくるりと椅子を回し、窓を向く。
「いえ」
「もう少し真面目にやれ」
「しております。トミヤス道場では、出稽古で指導員を任されております」
リチャードが少し驚いた顔で、イザベルに振り向く。
「何? お前が?」
「はい。お疑いでしたら、トミヤス道場にお問い合わせ下さいませ」
「・・・ならば良い」
しばしの沈黙。
「帰りは・・・まあ、ここへは寄るまいな」
「明日1日は引き止められます」
「聞かせろ」
「馬を見たい、乗ってみたいとご希望なさりませ。父上もまだ見ておりませぬでしょう。驚きます」
「ふむ」
「乗れば更に。先に言っておきますが、ねだったりしても無駄でございます」
「ふむ・・・ま、確かに見たいな。話は変わるが、パウラは惜しい事をした」
「そうですか? 私は、お返事は分かっておりました」
「ううむ。何年かしたら、もう一度尋ねてみるか・・・」
ふ、とイザベルが鼻で笑う。
「何がおかしい」
「いえ。父上もご心労が絶えませんね。当家ではなく、ロブの家ではございませぬか」
「まあ、そうだがな・・・」
イザベルがにやにや笑い、
「ま! 私はパウラお姉ちゃんとハワード様をくっつける策はいくつか」
「聞こう」
「お断り致します」
「・・・」
「これも勉学の賜物。兵法とはこういう所にも役立ちます。かのウー=スンも戦わずして勝つが上策と。父上は思い付きませぬか?」
「・・・」
「では、頑張ってもう一子お作りになさっては? マサヒデ様のお子もおられますゆえ、トミヤス家と縁を結ぶ事は出来るやもしれませぬ」
「お前な」
「私も兄妹が増えれば嬉しい限り。マサヒデ様も祝に来られるやもしれませぬ」
リチャードが呆れ顔で首を振り、溜め息をつく。
「ふう・・・お前こそ、婿探しをすべきではないのか」
「どなたになさいましょう。今の所、これはというお方は・・・マサヒデ様、ハワード様、サカバヤシ様、ナガタニ様、コウ王子・・・ご年齢で言えば、キノト様もまだいけますし・・・」
「それだけおるのに、嫁に行こうとも思わぬか」
「思いませぬ」
「全く」
「ふふ。お仕事中、失礼致しました」
くるっとイザベルが振り返る。
「待て!」
「お邪魔致しました!」
「おい!」
ぱたん、とドアを閉め、イザベルが出て行く。
「ああ、全く!」
リチャードは渋い顔でわしわしと頭をかき、ペンと書類を取った。
「ふむ。馬か・・・馬な・・・」
トミヤス殿、ハワード様の馬。
見事な馬だ、とフリッツが驚いていたが・・・
イザベルは聞いていた黄金馬に乗ってきたと聞いている。
むくむくと興味が湧いてきた。どんな馬か。




