第41話
ファッテンベルク市から10里の、荒野のど真ん中。
人のおらぬこの区域で、イザベルが月斗魔神の実験を行うのだ。
イザベルは立ち上がって、机に置かれた月斗魔神を取った。
「ヨロイ殿、実験に際し、ひとつ頼みがある」
ぴく、とゲンゾウの顔に緊張が走る。
「何か危険でも」
む、とイザベルが気不味い顔で、ゲンゾウから目を逸らし、
「いや、服が・・・破れてしまうかもしれぬ故な。何かシーツなり、何なり・・・こう、ぱっと被せられる物を用意してもらえぬか」
「承知致しました」
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外に出ると、遊牧民の服装に変わった先程の黒スーツ2人が待っていた。
小さなテントと、小さな机。
「イザベル様、まず、脈、血圧などを計らせて頂けますか」
「ん」
机の上に月斗魔神を置き、すとん、と椅子に座り、腕を出す。
腕に血圧を計る分厚い布が巻かれ、きゅ、きゅ、と締められていく。
「何か、破壊衝動とか、破滅願望のようなものは。急に落ち込んだりとか、不安」
イザベルが手を挙げて止め、
「そう言った精神的な不安は一切ない。今は、むしろ、安心感がある」
「安心感? その月斗魔神を持ってからですか?」
イザベルがにやりと笑う。
「いいや。お前達がスーツでなかったからだ。ははは!」
「・・・」
バツの悪い顔で、2人が目を逸らす。
ゲンゾウが横に立ち、
「実験中、破壊衝動などを自覚しましたら」
「ああ。分かっておる。投げ出せばよかろう」
「いえ、出来ればで良いのですが、そっと置いてくれると」
「ははは! それはそうだな! 貴重な刀だ」
脈、血圧の数値をさらさらとメモに取り、2人が頷く。
ゲンゾウがメモを受け取り、頷く。
「全く正常値ですな。持病などはございますか」
「ない」
「ここ1ヶ月以内で、大きな怪我とか、頭を打ったり、目眩を起こしたり、急な眠気などは」
「ない。健康そのものだ」
「薬などは飲んでおられますか」
「いや」
「昨夜はお酒を召されましたか」
「ああ。軽くワインを1本程度」
「ふむ。その程度であれば、影響はございませんな」
イザベルがにやにや笑って、
「自己申告で良いのか? なにやら怪しい注射を打ったり、解剖などはせぬのか?」
これには皆、笑ってしまった。
「ふふふ。ご希望とあらば、準備致しますが」
「ははは! 希望はせぬ」
ゲンゾウがポケットにメモを入れ、
「では、こちらへ」
と、歩き出す。
イザベルもついて行く。
ゲルから少し離れた所で、ゲンゾウが足を止めた。
「ここで・・・10間(20m弱)四方、結界の準備がしてあります」
「うむ」
ゲンゾウが、ぴ! と指を立て、
「ふうむっ!」
と声を上げた。目には見えないが、結界が張られたのであろう。
「観察ですので、外からも見えるようになっております。大砲も弾ける結界ですので、大丈夫でしょう。私はここで、少し離れて見ております。皆は近付かぬように、向こうで待機しております」
「・・・シーツはないのか」
ゲンゾウが着ている白衣を軽く引っ張り、
「これを」
「ああ。それならば良いか。では、始める」
ゲンゾウが頷いて、横に離れて行く。
「抜くぞ。しかと見ておれ」
む、とゲンゾウが頷くのを見て、イザベルが月斗魔神を抜く。
「いくぞ!」
ぴし! という音がゲンゾウに聞こえた。
みきみきみき! と月斗魔神が伸びていく。
イザベルの背よりも高く伸びていき、ばしん! と曲線の刃が横に出る。
大鎌のような形だが、片刃ではなく両刃だ。
だが、これは別に驚く変化ではない。
月斗魔神が形が変わるなど、珍しい変化ではない。
「ふっ」
イザベルが横目でゲンゾウを見て、片頬を上げて笑った。
と、ばすん! と音がして、マントが出て来た。
(ううむ!)
イザベルの身体から出た物ではない。
あれは服から出ている。
幾つもの月斗魔神の力を見たが、月斗魔神そのものではなく、着衣に変化が出るのは初めて見る。
ぎゅ、ぎゅ、とイザベルが袖を捲くる。
びしびしびし・・・とイザベルの手首辺りが盛り上がり、曲刀が出て来る・・・
「これは少々扱いづらいか」
しゅ、と曲刀が引っ込み、今度はナイフがのこぎりの刃のように、ずらりと腕に並んで生える。
「これが良いかな! も少し欲しいな」
かかか! と拳の所にトゲが生える。
「ヨロイ殿。ささ、こちらへ」
「・・・」
つ、とゲンゾウのこめかみを、汗が一筋。
「何も致さぬ。ヨロイ殿、そなたは生物のほぼ頂点の、龍人族であろう?」
「は・・・」
ざく、ざく、と細かな砂利を踏んで、ゲンゾウが近付いてくる。
イザベルが腕を見せ、
「これは戦いの進化だ。進化したいと思うと、どうしてもこうなるな」
「戦いの進化? どうしても?」
「平和とか、穏やかとは、とても言えぬ姿であろうな」
「はい」
「月斗魔神を通して見た、あの世界はな。警告であろうと思う」
「警告とは」
「人が間違った進化をすると、殺戮の世界になる。いや、今、既になっておるな。世界では、戦が続いておる。戦だけでなく、盗賊の類もおるし、魔獣も湧いて・・・大勢、死んでおるな」
「はい」
「だからかもしれぬ。どうしても、こうなる。何度抜いても変わるまいよ。今は戦え、という事であろう」
ずい、とイザベルが腕を突き出す。ゲンゾウの前に、腕に生えたナイフ。
「この刃、龍人族の力で折れるか」
「試してみましょう」
す、とゲンゾウが手を出し、ナイフを親指と人差し指で挟む。
ぐ、と力を入れると、ぱきん、と簡単に折れ、すっと消えてしまった。
指をこする。微かに魔力の残滓を感じる。
「ふむ・・・ちと、手を引いてくれ」
ゲンゾウが手を引くと、すぱん! とまたナイフが生えた。
「今度はどうだ」
もう一度、ナイフを指で挟む。
「む・・・」
固い。指では無理そうだ。両手で挟み、ぐ! と力を入れると、ばきん! と音がして、何とか折れた。折れたナイフが、また、すうと消える。
「ふむ。も一度」
すぱん! とナイフが生える。
ゲンゾウが両手で挟む。
「む・・・くっ!」
「折れぬか」
「く・・・くくっ! むぐ、ぐ・・・!」
ゲンゾウが顔を真赤にして頑張るが、曲がりもしない。
手を離し、額を拭う。
イザベル自身も恐ろしく強くなっている。
龍人族の自分がこれだけ力を入れて、腕も身体もびくとも動いていないのだ。
「むう、無理でございますな」
「龍人族でも折れぬ程の刃に進化したな。こういう事だが・・・分かるか?」
「恐ろしい力です」
ふ、とイザベルが鼻で笑う。
「戦う方に進化していくと、こうなる。これに対抗せんと、力が溢れていく。そして、それに負けじと・・・な。結果、先に話した、我が見た世界のようになるか」
「警告ですか」
「そういう事だ。あのような世界にしてなるものか。ヨロイ殿、頼むぞ。この力、扱いきれぬ者が・・・いや、扱えようと、世界の意思、魔力の意思が聞こえぬ者が使ってはならぬ。その先は殺戮の世となる」
「はい」
「では・・・ちと、魔力の力を借りてみるか・・・ヨロイ殿はそれを見に来たのだからな。時にヨロイ殿は、死霊術はどの程度使える? 過去は見えぬそうだが」
「そこそこと言った所です」
「過去に退治された、暴れ竜など、呼び出す事は出来るか。害なすようなものを。悪意を感じるものを」
「数分・・・頑張って10分」
「それで死霊術は苦手とは、よく言えるな。ま、十分だ。結界は持つか」
「勿論」
「出してくれ。使役はせずとも良い」
「宜しいので」
「構わぬ。この月斗魔神を信じよ」
「では・・・むう・・・むっ!」
すぐに透けた竜が出て来た。山のような大きさ。
その目は、まさに暴。
「があ!」
竜にとっては、小さな一鳴きであったろう。
びりびりと大地が震え、空気も震え、後ろのゲルがばたばたと音を立てる。
イザベルは大鎌を両手に持つ。
「平和求むる心にて・・・」
どすーん!
竜がイザベルに近付く。
「我、人斬らず! 悪を断つ!」
す、と月斗魔神が元の刀の姿に戻った。
これはまずいのでは!? ゲンゾウが声を上げる。
「イザベル様!?」
か! と月斗魔神が光った。
「名付けて! 不斬断悪! 光狼剣!」
これは魔力の光! 恐ろしく凝縮された魔力!
「おおっ!?」
ゲンゾウが驚いて声をあげた。
光を纏った月斗魔神が、伸びていく!
いや違う! 月斗魔神はそのまま! 光の筋が伸びる!
ぶん!
イザベルが月斗魔神を振り下ろす。
光の筋が、竜を・・・すぱん! と、何の抵抗もなく斬った!
「成敗!」
ずる、と竜の身体の左右がずれ、すう・・・と消えてしまった。
竜の後ろの丘から、砂煙が上がっているのが見える。
たった一振りで、この距離を斬り、竜をも軽く両断・・・
「・・・」
いや待て。この周囲は結界を張っていたはずだ・・・
大砲も弾ける結界を、今の光は安々と斬ってしまったのか!?
だが、向こうの丘からは、確かに砂煙が上がっている!
「ヨロイ殿」
「・・・」
「ヨロイ殿!」
びく! とゲンゾウが身を竦め、イザベルを見た。
「はっ!? な・・・何か!?」
はあ! とイザベルが息をつき、ふ! とゲンゾウに向けて、まだ光る月斗魔神を振った。
「うっ!?」
月斗魔神は、ぴたりとゲンゾウの横腹で止まった。
ぐ、ぐ、と押されるが、斬れない。
何の抵抗もなく、竜を軽く両断したはずなのに・・・
「な、なに・・・何!? これは一体!?」
「我、人斬らず、悪を断つのみよ。そういう剣にと、魔力に願った。ふふ、見立てに間違いはなかった。ヨロイ殿は、悪意ある者ではなかった」
イザベルが光を放つ月斗魔神の棟に手を当て、ぐいぐい押す。
「ふふ。やはり斬れぬ。ヨロイ殿は、良きお方と見える」
「・・・」
「その心、忘れずにおいてくれ」
す、とイザベルが月斗魔神を引くと、光も消えた。鞘に納める。
途端に、腕のナイフが消え、マントも消え・・・がくりと膝を付いた。
「ああ、済まぬ。もはや限界だ・・・立てぬわ」
イザベルが月斗魔神を地に置き、両手を付いた。
「たっ・・・担架! 担架を!」




