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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
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第41話


 ファッテンベルク市から10里の、荒野のど真ん中。


 人のおらぬこの区域で、イザベルが月斗魔神の実験を行うのだ。

 イザベルは立ち上がって、机に置かれた月斗魔神を取った。


「ヨロイ殿、実験に際し、ひとつ頼みがある」


 ぴく、とゲンゾウの顔に緊張が走る。


「何か危険でも」


 む、とイザベルが気不味い顔で、ゲンゾウから目を逸らし、


「いや、服が・・・破れてしまうかもしれぬ故な。何かシーツなり、何なり・・・こう、ぱっと被せられる物を用意してもらえぬか」


「承知致しました」



----------



 外に出ると、遊牧民の服装に変わった先程の黒スーツ2人が待っていた。

 小さなテントと、小さな机。


「イザベル様、まず、脈、血圧などを計らせて頂けますか」


「ん」


 机の上に月斗魔神を置き、すとん、と椅子に座り、腕を出す。

 腕に血圧を計る分厚い布が巻かれ、きゅ、きゅ、と締められていく。


「何か、破壊衝動とか、破滅願望のようなものは。急に落ち込んだりとか、不安」


 イザベルが手を挙げて止め、


「そう言った精神的な不安は一切ない。今は、むしろ、安心感がある」


「安心感? その月斗魔神を持ってからですか?」


 イザベルがにやりと笑う。


「いいや。お前達がスーツでなかったからだ。ははは!」


「・・・」


 バツの悪い顔で、2人が目を逸らす。

 ゲンゾウが横に立ち、


「実験中、破壊衝動などを自覚しましたら」


「ああ。分かっておる。投げ出せばよかろう」


「いえ、出来ればで良いのですが、そっと置いてくれると」


「ははは! それはそうだな! 貴重な刀だ」


 脈、血圧の数値をさらさらとメモに取り、2人が頷く。

 ゲンゾウがメモを受け取り、頷く。


「全く正常値ですな。持病などはございますか」


「ない」


「ここ1ヶ月以内で、大きな怪我とか、頭を打ったり、目眩を起こしたり、急な眠気などは」


「ない。健康そのものだ」


「薬などは飲んでおられますか」


「いや」


「昨夜はお酒を召されましたか」


「ああ。軽くワインを1本程度」


「ふむ。その程度であれば、影響はございませんな」


 イザベルがにやにや笑って、


「自己申告で良いのか? なにやら怪しい注射を打ったり、解剖などはせぬのか?」


 これには皆、笑ってしまった。


「ふふふ。ご希望とあらば、準備致しますが」


「ははは! 希望はせぬ」


 ゲンゾウがポケットにメモを入れ、


「では、こちらへ」


 と、歩き出す。

 イザベルもついて行く。


 ゲルから少し離れた所で、ゲンゾウが足を止めた。


「ここで・・・10間(20m弱)四方、結界の準備がしてあります」


「うむ」


 ゲンゾウが、ぴ! と指を立て、


「ふうむっ!」


 と声を上げた。目には見えないが、結界が張られたのであろう。


「観察ですので、外からも見えるようになっております。大砲も弾ける結界ですので、大丈夫でしょう。私はここで、少し離れて見ております。皆は近付かぬように、向こうで待機しております」


「・・・シーツはないのか」


 ゲンゾウが着ている白衣を軽く引っ張り、


「これを」


「ああ。それならば良いか。では、始める」


 ゲンゾウが頷いて、横に離れて行く。


「抜くぞ。しかと見ておれ」


 む、とゲンゾウが頷くのを見て、イザベルが月斗魔神を抜く。


「いくぞ!」


 ぴし! という音がゲンゾウに聞こえた。

 みきみきみき! と月斗魔神が伸びていく。

 イザベルの背よりも高く伸びていき、ばしん! と曲線の刃が横に出る。

 大鎌のような形だが、片刃ではなく両刃だ。


 だが、これは別に驚く変化ではない。

 月斗魔神が形が変わるなど、珍しい変化ではない。


「ふっ」


 イザベルが横目でゲンゾウを見て、片頬を上げて笑った。

 と、ばすん! と音がして、マントが出て来た。


(ううむ!)


 イザベルの身体から出た物ではない。

 あれは服から出ている。

 幾つもの月斗魔神の力を見たが、月斗魔神そのものではなく、着衣に変化が出るのは初めて見る。


 ぎゅ、ぎゅ、とイザベルが袖を捲くる。

 びしびしびし・・・とイザベルの手首辺りが盛り上がり、曲刀が出て来る・・・


「これは少々扱いづらいか」


 しゅ、と曲刀が引っ込み、今度はナイフがのこぎりの刃のように、ずらりと腕に並んで生える。


「これが良いかな! も少し欲しいな」


 かかか! と拳の所にトゲが生える。


「ヨロイ殿。ささ、こちらへ」


「・・・」


 つ、とゲンゾウのこめかみを、汗が一筋。


「何も致さぬ。ヨロイ殿、そなたは生物のほぼ頂点の、龍人族であろう?」


「は・・・」


 ざく、ざく、と細かな砂利を踏んで、ゲンゾウが近付いてくる。

 イザベルが腕を見せ、


「これは戦いの進化だ。進化したいと思うと、どうしてもこうなるな」


「戦いの進化? どうしても?」


「平和とか、穏やかとは、とても言えぬ姿であろうな」


「はい」


「月斗魔神を通して見た、あの世界はな。警告であろうと思う」


「警告とは」


「人が間違った進化をすると、殺戮の世界になる。いや、今、既になっておるな。世界では、戦が続いておる。戦だけでなく、盗賊の類もおるし、魔獣も湧いて・・・大勢、死んでおるな」


「はい」


「だからかもしれぬ。どうしても、こうなる。何度抜いても変わるまいよ。今は戦え、という事であろう」


 ずい、とイザベルが腕を突き出す。ゲンゾウの前に、腕に生えたナイフ。


「この刃、龍人族の力で折れるか」


「試してみましょう」


 す、とゲンゾウが手を出し、ナイフを親指と人差し指で挟む。

 ぐ、と力を入れると、ぱきん、と簡単に折れ、すっと消えてしまった。

 指をこする。微かに魔力の残滓を感じる。


「ふむ・・・ちと、手を引いてくれ」


 ゲンゾウが手を引くと、すぱん! とまたナイフが生えた。


「今度はどうだ」


 もう一度、ナイフを指で挟む。


「む・・・」


 固い。指では無理そうだ。両手で挟み、ぐ! と力を入れると、ばきん! と音がして、何とか折れた。折れたナイフが、また、すうと消える。


「ふむ。も一度」


 すぱん! とナイフが生える。

 ゲンゾウが両手で挟む。


「む・・・くっ!」


「折れぬか」


「く・・・くくっ! むぐ、ぐ・・・!」


 ゲンゾウが顔を真赤にして頑張るが、曲がりもしない。

 手を離し、額を拭う。


 イザベル自身も恐ろしく強くなっている。

 龍人族の自分がこれだけ力を入れて、腕も身体もびくとも動いていないのだ。


「むう、無理でございますな」


「龍人族でも折れぬ程の刃に進化したな。こういう事だが・・・分かるか?」


「恐ろしい力です」


 ふ、とイザベルが鼻で笑う。


「戦う方に進化していくと、こうなる。これに対抗せんと、力が溢れていく。そして、それに負けじと・・・な。結果、先に話した、我が見た世界のようになるか」


「警告ですか」


「そういう事だ。あのような世界にしてなるものか。ヨロイ殿、頼むぞ。この力、扱いきれぬ者が・・・いや、扱えようと、世界の意思、魔力の意思が聞こえぬ者が使ってはならぬ。その先は殺戮の世となる」


「はい」


「では・・・ちと、魔力の力を借りてみるか・・・ヨロイ殿はそれを見に来たのだからな。時にヨロイ殿は、死霊術はどの程度使える? 過去は見えぬそうだが」


「そこそこと言った所です」


「過去に退治された、暴れ竜など、呼び出す事は出来るか。害なすようなものを。悪意を感じるものを」


「数分・・・頑張って10分」


「それで死霊術は苦手とは、よく言えるな。ま、十分だ。結界は持つか」


「勿論」


「出してくれ。使役はせずとも良い」


「宜しいので」


「構わぬ。この月斗魔神を信じよ」


「では・・・むう・・・むっ!」


 すぐに透けた竜が出て来た。山のような大きさ。

 その目は、まさに暴。


「があ!」


 竜にとっては、小さな一鳴きであったろう。

 びりびりと大地が震え、空気も震え、後ろのゲルがばたばたと音を立てる。

 イザベルは大鎌を両手に持つ。


「平和求むる心にて・・・」


 どすーん!

 竜がイザベルに近付く。


「我、人斬らず! 悪を断つ!」


 す、と月斗魔神が元の刀の姿に戻った。

 これはまずいのでは!? ゲンゾウが声を上げる。


「イザベル様!?」


 か! と月斗魔神が光った。


「名付けて! 不斬断悪! 光狼剣!」


 これは魔力の光! 恐ろしく凝縮された魔力!


「おおっ!?」


 ゲンゾウが驚いて声をあげた。

 光を纏った月斗魔神が、伸びていく!

 いや違う! 月斗魔神はそのまま! 光の筋が伸びる!


 ぶん!

 イザベルが月斗魔神を振り下ろす。

 光の筋が、竜を・・・すぱん! と、何の抵抗もなく斬った!


「成敗!」


 ずる、と竜の身体の左右がずれ、すう・・・と消えてしまった。

 竜の後ろの丘から、砂煙が上がっているのが見える。

 たった一振りで、この距離を斬り、竜をも軽く両断・・・


「・・・」


 いや待て。この周囲は結界を張っていたはずだ・・・

 大砲も弾ける結界を、今の光は安々と斬ってしまったのか!?

 だが、向こうの丘からは、確かに砂煙が上がっている!


「ヨロイ殿」


「・・・」


「ヨロイ殿!」


 びく! とゲンゾウが身を竦め、イザベルを見た。


「はっ!? な・・・何か!?」


 はあ! とイザベルが息をつき、ふ! とゲンゾウに向けて、まだ光る月斗魔神を振った。


「うっ!?」


 月斗魔神は、ぴたりとゲンゾウの横腹で止まった。

 ぐ、ぐ、と押されるが、斬れない。

 何の抵抗もなく、竜を軽く両断したはずなのに・・・


「な、なに・・・何!? これは一体!?」


「我、人斬らず、悪を断つのみよ。そういう剣にと、魔力に願った。ふふ、見立てに間違いはなかった。ヨロイ殿は、悪意ある者ではなかった」


 イザベルが光を放つ月斗魔神の棟に手を当て、ぐいぐい押す。


「ふふ。やはり斬れぬ。ヨロイ殿は、良きお方と見える」


「・・・」


「その心、忘れずにおいてくれ」


 す、とイザベルが月斗魔神を引くと、光も消えた。鞘に納める。

 途端に、腕のナイフが消え、マントも消え・・・がくりと膝を付いた。


「ああ、済まぬ。もはや限界だ・・・立てぬわ」


 イザベルが月斗魔神を地に置き、両手を付いた。


「たっ・・・担架! 担架を!」


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