第40話
町から10里ほど離れたゲルの中、イザベルと、魔術研究所の所長、ゲンゾウ=ヨロイが向かい合う。
月斗魔神を挟んで・・・
「で、我はこれで何をすれば良いのかな」
「まずはお話を聞きたい」
「何を」
ゲンゾウが、ん、と小さく息をつき、椅子から立ち上がって、ちょろちょろ、とカップにチャイを注ぎ、イザベルの前に置く。自分のカップにも注ぎ、イザベルの前に座って、イザベルのカップに手を差し出す。
イザベルが頷き、カップを取ると、ゲンゾウが再び話し出した。
「諜報部の者は、貴方が何かを見た、と喋っていたのが見えたと。覗き見はお許し下さい。彼らの仕事です」
「分かっておる。別に怒りはせぬ。それに、物が物であるゆえな」
「はい」
つ、とイザベルがチャイを口に入れ、こくん、と飲み込む。
「話す前に、まず・・・確認しておかねばならぬ事がある」
「どうぞ」
「この月斗魔神の力、誰ぞで試したか?」
「はい」
イザベルがにやりと笑った。
「諜報員が見ていた我の力と、違う力が出たのではないか?」
「はい」
「はっはっは! で、その者は、何か幻聴のようなものを聞いたりせなんだか?」
「いえ。そのような報告はありません」
「ああ・・・」
にやにや笑いながら、チャイをもう一口。
「その者は、月斗魔神に選ばれなかったという事だな。世界の、魔力の意志が聞けなんだ」
「選ばれた? 世界の? 魔力の、意志?」
ふ、とイザベルが自嘲気味に笑う。
「世界の意志。魔力の意志・・・我は聞いたのみでなく、見て、感じもした。マサヒデ様も選ばれたが、ご様子を聞くに、声を聞いたのみ」
ぴく、とゲンゾウの眉が動いた。
「マサヒデ・・・マサヒデ、トミヤス? 彼も、これを?」
「如何にも。我と全く違う力が出た」
「どのような?」
「目に見えぬ程の速さで動いた。あれは動いた、というのかな・・・完全に、物理法則を無視した動きだ。最初は、一足で10間(20m弱)もの距離を目に見えぬ速さで動き、ぴたりと止まった。止まった時、臓物が破れ、目の玉は潰れた。恐ろしい速さで動いたのだ。当然だな。が・・・」
「が?」
イザベルが顎で月斗魔神をしゃくる。
「月斗魔神がマサヒデ様を守った」
「と言うと?」
「それ程の速さで動き、ぴたりと止まった。凄い衝撃であったろう。臓物も派手に破れ、大量の吐血もした。さて、脳が潰れておってもおかしくないと思わぬか? 骨は粉となり、身体がミンチになっていても当然であろう」
「む、確かに」
「脳への損傷は皆無であった。やられたのは内蔵のみで、不思議な事に擦り傷ひとつなかった。治癒を受けた時、マサヒデ様は意識があって、すぐに立ち上がったのだ。そして、剣が教えてくれた、分かった、と。次に動いた時は、集まっていた我らの隙間を恐ろしい速さで抜けて動いた。見えなんだぞ。武術の腕云々ではない。そして、もう臓物は破れなんだし、目の玉も潰れなかった」
「ふうむ!」
ゲンゾウが唸って、腕を組む。
くす、とイザベルが笑って、
「しかし、それでもカゲミツ様には及ばぬ動きであるのよ。はてさて、剣聖とは恐ろしい者よな」
つつ、とチャイを口に入れる。
「何故、発現する力が違うのかは、分かりますか」
「ああ。ただし、おそらくこれであろう、という理由になるが、良いか」
「構いません。お教え下さいますか」
「良いぞ。ただし、条件がある」
「仰って下さい」
「もう1杯、チャイをくれ」
ふ、とゲンゾウが笑って、やかんと茶漉しを取り、イザベルのカップにチャイを注ぐ。
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「この月斗魔神は、オトサメが初めて打った物だが」
「なんですと!?」
お? とイザベルが顔を上げる。
「何・・・? 知らなんだのか? クレール様のように、死霊術で、この刀の記憶を見ることが出来る魔術師はおらぬのか?」
ぐ、とゲンゾウの言葉が詰まった。
「む・・・」
は! とイザベルが笑う。
「やれやれ。『魔術研究所』が聞いて呆れるな。ヨロイ殿は龍人族ではないか。死霊術は苦手か?」
痛い所を突かれて、ゲンゾウが渋い顔をする。
「む・・・はい。そもそも、死霊術そのものが、高度な魔術です。最近になって出来たものですし、過去を覗くとは、呼び出すとは違って、非常に高度な技術でありまして・・・」
「龍人族の最近とは、幾年の事を言うのだ・・・で、クレール様が見てくれたのよ。それは恐ろしい景色であったそうだ。空間が歪んで見え、景色は茶色に染まって見える程の、魔力異常の地であったと。オトサメはそこで作刀をしておったのだ」
「それで?」
「オトサメはこの刀を放り投げ、1本目の作、試作にしては上々、と言ったそうだ。これが、初めて打った月斗魔神。我は嘘は申しておらぬぞ。クレール様は分からぬなどと言うなよ。かのお方を疑う事は許さぬ」
「それが理由?」
「オトサメは試作と言ったのだ。安定しておらぬ、という事だ。それで力が変わる。のでは、ないかな、というわけだ」
「なるほど」
「これが、おそらくこれであろう、という理由だな・・・」
つうー・・・と、残ったチャイを飲み干す。
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「先程、世界の意志、魔力の意志、と言いましたが」
「ああ」
「何を見たのです」
イザベルがカップを置き、天井を見上げ、はあ、と息をついた。
「長い時間であったな・・・だが、マサヒデ様達には、我がほんの一時、ぼーっとしていただけに見えたそうだ」
「ふむ」
「幾つもの世界が見えた・・・そうだ。諜報員は、我の姿を見ておったのだな?」
「はい。月斗魔神が大きく姿を変えた上、イザベル様の身体が・・・腕から剣のような物が飛び出て、背中にマントのような物が出て、宙に浮いた、と」
「うむ・・・そうだ。思い出せば、あれは、そのような姿であったか。甲冑のような物を身にまとっておったが」
「あれとは?」
「ああ。似たような物・・・物と言って良いのか。幾つも宙を飛んでおった。戦っておった。見ておると、ひとつが腹を突き破られ、落ちて行った。我はそれを追い・・・そうだ。我も飛んでおったのか。落ちて行った物を見ようと・・・地に下りて、驚いた」
「何を見たのです」
「一面、荒れ地であったな。そして、幾つもあのような死骸が落ちておった。呆然としておると、空を飛んでおった物達が、ふたつに分かれて飛んで行った。取り敢えず、前に見えた物について行ったのだ。すると・・・ああ、思い出したくないな。嫌な物を見た」
「お話し下さいませんか」
はあー、と息をつき、イザベルが首を振り、俯き、顔に手を当てる。
「鉄の建物があって・・・幾つか、戦っておった物の死骸が並べて置かれてな。皆が中に入って行った。ついて行くと・・・酷いものであった・・・大きなガラス瓶のような物が、奥まで並んでおって・・・その中に人が入っておったのだ。左の壁沿いに、我がずっと並んでおった。右の壁沿いには、マサヒデ様に似た者が入っておった。マサヒデ様ではなかった。おそらく、御子息のテルクニ様か、御兄弟であろうか」
「・・・」
「その、我や、テルクニ様らしき者が入っておったガラス瓶の横にボタンがあって、誰かがそれを押したのだ。すると、我やテルクニ様が幾人も出て来て・・・外に置いてあった死骸の前に歩いて行った。死骸の手が握っておった武器をもぎ取ると、甲冑が消え、人の姿になった。死骸は我と同じ顔をしておった。そして、武器をもぎ取った者は、その武器をもぎ取る前の死骸そっくりの姿に変わり・・・飛んで行った。戦うのだ。延々とな・・・」
「酷い世界ですな」
「ああ。既に魔王様もおらぬ、神も悪魔もおらぬ世界であるのだな、と、分かった」
「・・・」
「それが分かった時、別の世界におった。はっとして見れば、どこぞの町中であった。人が、人を狩っておった。此奴は悪魔であると言うて・・・教会の排斥派ではなかった。魔族も一緒に人狩りをしておった。女は違うと叫んでおったが、周りを囲まれて、どうにも出来なんだ。火の魔術で燃やされ、人の形の炭となった。皆が喝采を上げておった。怖気で震えたわ。その時、マサヒデ様が歩いて来てな」
「ふむ」
「お前達が悪魔だ、と、声を上げ、一瞬で全員を斬り殺した。返り血を浴びながら、炭になった女の骸を抱き、泣いた。その時マサヒデ様が持っておった刀が、それよ」
イザベルが月斗魔神を指差す。
「マサヒデ様が歩いて行き、我は声を上げ、何度も呼んだが、聞こえないようであった。追って行くと、広場に出た。そこには、竹に刺されて立てられた晒し首が幾つも立てられておって・・・マツ様、クレール様や・・・我の首もあった。マサヒデ様が泣いておった。ハワード様が歩いて来て、シズク殿が来て、カオル殿が来て・・・マサヒデ様が泣き止むまで待っておった。そして、4人で歩いて行った。険しい顔のカゲミツ様と、5人になり・・・これから斬りに行くのだと分かった」
「・・・」
「また次の世界。また次の世界・・・凄惨な戦いの世界ばかりであったが・・・最後に、夢のような世界を見た」
「どのような」
「分からぬ。我は天高くにおった。下に雲が見えたからな。その時、魔力を感じた。はっきりとな。人の声は聞こえなんだが、たくさんの、数え切れぬ程の、膨大な人の感情を感じた。いや、人のみでなく、色々な生物の・・・穏やかな幸せを感じた」
「イザベル様は魔術を使わぬと聞いております。魔力だと、何故分かったのです」
「そう感じた、としか言いようがないな。そして、赤子の声が聞こえた。泣いて喜ぶ母の声が聞こえた。どちらも人の声ではない。世界の産声と、新たな世界が産まれた喜びの声であった。幾つもの戦いの世界を見た後。これぞ、夢にまで見た明日の未来か・・・この未来を掴む為に戦い、生き、進化しろ、と・・・この刀は、我に伝えた、というか・・・」
ううむ、とイザベルが上手く言えず、わしわしと髪を混ぜる。
「いや。刀が、ではなく、魔力の意志が、刀を通して伝えてきたという感じかな? であるから、つまるところ、この刀自体に意思があるわけではない」
「ふうむ・・・」
「分かっておる。皆まで言うな。胡散臭い、怪しい新興宗教のような話であろう? であるから、この話は皆には話しておらぬ」
「いえ」
ゲンゾウは真剣な目で、イザベルの話を聞いていた。
「で。イザベルさん、と我を呼ぶクレール様の声が聞こえ、はっと目を覚ますと、我は月斗魔神を握っておった。その後は、諜報員が見た通りよ。あの幸せな世界。戦わねば、進化せねば、と思った。で、我の姿が変わったのだな」
「なるほど・・・」
「ヨロイ殿は、その我の力を見たいのであるな」
「はい」
「分かった。暴れはせぬから、安心しろ。マサヒデ様に教えてもらったのだ」
「何を」
ふ、とイザベルが鼻で笑った。
「人は、ただ生きておることが、既に戦いであるのよ」
「ふむ」
「故に、我が、月斗魔神の力や、魔力の意思に飲まれる事はない。後は正しき方に進化出来るか否かで、我らの未来は変わる」




