第39話
カズトモが去った後の、エッセン=ファッテンベルク家屋敷。
マサヒデに割り当てられた部屋に、イザベルが入って来た。
真面目な顔で、頭を下げる。
「マサヒデ様、ご相談が」
「何かありましたか」
言いながら、マサヒデはベッドに腰掛ける。
「はい。実は、軍諜報部が、私を2、3日貸してほしいと、父上に連絡を寄越したそうです」
マサヒデが胡乱な顔で、
「諜報部? 何か探るんですか? カオルさんは必要ですかね」
「いえ。月斗魔神の件かと」
「む」
ぴく、とマサヒデの顔が引き締まる。
「むう・・・あれを見られていたんですね」
「あの時、クレール様は、窓を開けておられました。望遠で見られたと」
「ふうむ」
「おそらくですが、諜報部はただの使い。魔術研究所ではと思うのですが」
「ふうむ・・・ふむふむ」
マサヒデが顎を撫でる。
「イザベルさんが使ってみた所を、観察する、みたいな感じですかね?」
「おそらく」
月斗魔神、と聞いて少し警戒してしまったが、イザベルはもう大丈夫だろう。
きっと、あの力を使いこなせる。
「行きたい、もしくは、行った方が良い、と思いますか」
「はい」
「2、3日、ですね。4日目に戻らなかったら、私達、全力で探しますよ。全力で。マツさんや父上も呼んで、クレールさんにも頼み、ご実家からレイシクランの忍も出せるだけ出してもらいます。カオルさんを通じ、情報省の忍も送ってもらいます。場合によっては、マツさんを通じて魔王様にもご助力を頼む事になります。その旨、先方にはよく聞かせておくように」
「は」
「事故には気を付けて下さい。先方にも人死が出ないように」
「は」
「秘密の実験、みたいなものだと思いますけど・・・今回は、クレールさんから、2人くらい見張りに借ります。何かあって、事故です、なんて言い張られて、闇から闇なんて事があったら嫌です。良いですか」
「は」
「結構です。行って来なさい」
「は!」
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こん、こん・・・
「入れ」
「失礼致します」
静かにドアが開き、イザベルがリチャードの執務室に入る。
この時間まで仕事・・・
「父上、会計士を雇ってはいかがです。その方が仕事ははかどります」
「いや・・・まだ、製鉄がな。ここで何本か製作して、出来によるが、セリに出そうかとな。そうすれば、まとまった金が出来そうなのだが」
「それが分かっておられるなら、そこまで節約せずとも・・・会計士の給料くらいは払えるでしょう」
「む、ううむ、まあ、な・・・そうするか」
「このくらいの給料なら払える、という金額をクレール様にお伝え下されば、良い者をお送り下さいます。折角おられるのです。ご相談されては」
「うむ・・・で、用はそれだけか?」
リチャードが、ふう、と息をつき、葉巻を取る。
ナイフを取り、先を切ろうとした所で、
「マサヒデ様から、お許しを頂けました」
ぴた、とリチャードの手が止まった。
「む」
「条件付きです。クレール様の手の者を、見張りに2名。何かあった時の為に」
「その何かがないと良いがな」
「2、3日です。4日目に戻らぬ場合、マサヒデ様の伝手を使い、全力で私の捜索を行うと」
「トミヤス殿の伝手?」
「マツ様、大殿・・・ん、おほん! カゲミツ様、レイシクラン家。日輪国情報省の忍。場合によっては、マツ様を通じ、魔王様のお力も、と」
「おいおい」
リチャードが呆れ笑いを浮かべ、ぴす! と葉巻の先を落とし、咥えて、マッチを取る。すぱ、すぱ、と煙を吹き、ふあ、と吐き出す。
「やれやれ。過保護なご主人様ではないか」
「家臣思いの主にて、私、恵まれております」
「全くだな・・・返事は今夜中に伝えておく。明日、朝食を済ませたら、町に向かい、広場で勇者祭の放映でも見ていろ。着替えと歯ブラシは忘れるなよ」
「ふふ。分かりました」
「もう寝ておけ。明日からきついかもしれんぞ」
「はい。おやすみなさいませ」
イザベルが頭を下げ、部屋を出て、ぱたん、とドアを閉めた。
「・・・」
ふあー、と、リチャードがゆっくりと煙を吐き出して、考える。
トミヤス殿が心配しているのは、イザベルが月斗魔神で事故を起こす事ではない。
それを見たがっている者が、イザベルに何をさせるのか、だ。
そして、こうも過保護になる程の力がある、という事だ。
場合によっては、魔王様も動かす、という程の。
魔術研究所であれば、そうおかしな事はさせられまい。
そして、トミヤス殿が許可を出したという事は、イザベルが月斗魔神を使っても、事故を起こさない、と、トミヤス殿は見ている。
その点については、安心しても良い、という事だ・・・
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翌朝、ファッテンベルク市中央広場。
イザベルが、大きく写された放映画面を見ながら、ふあ、と欠伸をして口に手を当てる。
(大丈夫ですか)
(月斗魔神の扱いは大丈夫だ。それよりも何をさせられるかだ)
ふわ、ふわ、と口に手を当て、口の動きを読まれないように忍と喋る。
(む、来ました)
す、と背後の忍の気配が消える。
ハンカチを出して、目に軽く当てていると、イザベルの前に、黒眼鏡に黒スーツの男が2人立つ。
「おい・・・」
イザベルが呆れ声を出し、溜め息をつく。
「お前達、諜報部ではないな? それはいくら何でも目立ち過ぎだぞ。怪しい者ですと教えているようなものだ。平服に着替えてもう一度だ」
ん、ん、と黒スーツ2人が気不味い声を喉から上げる。
「・・・申し訳もございません。ファッテンベルク少尉」
「元、だ。今は民間人だ。少尉でもない。イザベルで良い」
「は」
「全く、仕方ないな。行くか・・・」
のっそりとイザベルが立ち上がり、荷物の袋を肩に掛ける。
す、す、と2人がイザベルの左右に並んで歩く。
「おい」
「は」
「あのな。あまり並んで歩きたくはないぞ。我も胡乱な目で見られる。分かるであろうが」
「は、はあ・・・」
「1人、5、6間(10m前後)離れて前を歩け。もう1人は後ろから。行くと言ったのだから、ちゃんと付いて行く。逃げたら父上を責めれば良かろうが。後ろから離れて我を見張っておれ。な。それで良かろう。万が一、何者か襲われても、我は対処出来る。逃げもせぬから。な」
「は・・・」
「申し訳ございません・・・」
その後ろで、町人に変装した忍2人が、くすくす笑っていた。
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少し歩いて、細い路地に入ると、道幅ぎりぎりの幌付きの馬車と、黒スーツ。
「乗れば良いのだな」
「は」
よ、と馬車に乗り込むと、黒スーツ2人も乗り込む。
「大変申し訳無いのですが」
と、黒スーツが麻袋を差し出す。
イザベルが溜め息をついて、荷物袋を下ろし、麻袋を受け取る。
「被れば良いのか? まあ被ってやるがな。先に言っておく」
「はい」
「この後、ぐるぐる町中を回って、という手順であろうが・・・あのな。我が特戦隊におった事は聞かされておるな?」
「はい」
「お前達の上司は、ただでさえ感覚の鋭い狼族で、特戦隊で鍛えた者が、そんな事で方向感覚が狂うと考えておるのか? 1週間回り続けても、町の何処におるかははっきり分かるし、町を出ても、半径10里四方の何処におるかも分かる」
「は・・・」
「真っ直ぐ行け。時間の無駄だぞ。命令されているなら仕方ないから、付き合ってやるが」
「はい・・・」
イザベルが麻袋を被って、手首を合わせて差し出す。
「縛らんで良いのか? この袋を取るやもしれぬぞ」
「いえ・・・もう結構です」
「では、馬車を出せ」
馬車の下に貼り付いている忍2人が、にやにや笑っている。
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1刻程走って、馬車が止まった。
町の外に出ている。
「イザベル様、もう袋を取って頂いて」
「ドジーマ台地に南から入った所だな。北東と北西の遠くに小さな丘が見える所だ」
「・・・」
「場所は分かる。嘘ではなかったであろう」
「は・・・」
被った麻袋を取り、髪を整え、荷物袋を取る。
「やれやれ」
馬車を下りると、ゲルが3つ建っている。
「おい、ここにゲルを置くのはいかんぞ。何もないではないか。この辺りは動物も少ないから、狩りに来る者も全くいない。怪しまれる。不審人物、野盗かも、と報告されたら、我が家の兵が飛んでくるぞ」
「は・・・いや、人目につかぬ所となりますと」
「まあ、ううむ・・・それもそうだな・・・で、入れば良いのか? 待つのか?」
「そこの、手前のゲルにお入り下さい」
「うむ。お前達、その黒スーツはすぐ着替えておけ。見られたら通報されてもおかしくないぞ」
「は・・・」
ばさっとゲルの入口の幕を開いて入ると、おそらく予想通りであろう人物が座っていた。
龍人族の、壮年くらいに見える男。
龍人族の殆どは、研究職についている。
この男も白衣を着ている。やはり魔術研究所か。
服装は如何にも研究員といった感じだが、研究職に見えぬ体つき。鍛えている。
ささ、とゲルの中を見回す。
右手に白いボード。
左手に大きな箱が3つ。
この男が使う物であろう杖。
正面に机。
向こう側に、龍人族の男が座って、イザベルを見ている。
「イザベル=エッセン=ファッテンベルク様」
「如何にも」
「ご足労、感謝致します。お座り下さい」
「失礼する」
龍人族の男は軽く頭を下げ、
「お初にお目に掛かります。魔術研究所第26支部の支部長、ゲンゾウ=ヨロイ」
イザベルが驚いた顔に変わった。
「ん? どうかなさいましたか?」
「あ、あいや。失礼した。魔術研究所とは、26も支部があったのか?」
「50を越えておりますが」
「そんなに!? あ、や、失礼・・・漠然と、魔術研究所なる、こう・・・何と言うか、漠然と大きな建物のような物を想像しておったので。知らなんだ」
「ははは! 面白いお方だ! 軍でお聞きにならなかったのですか!」
ゲンゾウが笑いながら、机の上に、ごとりと刀を置いた。
月斗魔神。
イザベルが腕を組み、足を組んで頷く。
「ま、察しておった」
「でしょうな」




