第37話
その夜、エッセン=ファッテンベルク家。
食事を終え、では解散、という時である。
マサヒデはリチャードに、アルマダはルーカスに引き止められた。
「トミヤス殿。少し宜しいですか」
「はい」
マサヒデは上げかけた腰を椅子に下ろす。
「ハワード様、少し宜しいでしょうか」
「はい」
アルマダも椅子に座り直す。
イザベルはマサヒデを見てくすりと笑い、カオルはルーカスを見てにやりと笑う。
リチャードは真剣な顔で、
「トミヤス殿、どうしてもお聞きしたい事があるのです」
「なんでしょう」
えらく真剣な顔。これは何か・・・マサヒデがぐっと身を固める。
「米衆での、グレート・マッカラナとの試合はどうであったか」
あら、とマサヒデの肩が落ちた。
「ああ・・・あ、リチャード様、米衆相撲がお好きなんですか」
「勿論! イザベルからも聞いたのですが、やはり戦ったトミヤス殿のお話も聞きたいのです。宜しいですか」
「構いません」
「では、トミヤス殿、頼みます」
「はい。では・・・ええ、イザベルさん、こちらへ。相手役をお願いします」
「は!」
イザベルが立ち上がり、マサヒデの横に歩いて来る。
マサヒデも立ち上がり、手を前に出す。イザベルも合わせて手を出す。
イザベルと手四ツに組み、
「試合開始で、この形になりました」
「うむ!」
「この瞬間、あ、ヤバい! と思ったんです。手を握り潰される。で、手を離そうとしたんですが、右手は離れましたが、左手は取られたまま」
マサヒデが右手を離し、
「こうなりました。で、ぐっと押される。イザベルさん、少し押して」
「は!」
イザベルが押して、マサヒデの手首が反る。
「崩される、潰される、と思って、咄嗟にこう」
くるりとマサヒデの手が横に回る。
「う」
今度はイザベルの背が少し反る。
「で、こうして」
クロスアームブロックの片手に、相手が手の平を合わせて握るような形。
横を向いた、組んだままの手。
手首が回っている所で、下から出てきたマサヒデの手が絡み、上から抑える。
「いっ!?」
「こうして極めたんですが」
ぱん! ぱん! と、イザベルがマサヒデの手を叩く。
「はい」
ぱ、とマサヒデが手を離す。
「つ・・・」
イザベルが顔を歪めて手を振る。
「今のように、マッカラナさんが思い切り手を叩きにきましたので、さっと離した、と。叩かれたら、手が砕かれますから」
「ふむ!」
「で・・・これは、お客さんには聞こえなかったでしょうね」
マサヒデがまた手を上げ、イザベルも手を上げる。
再び手四ツの形。マサヒデがリチャードの方を向き、
「ここで、マッカラナさんが私に言ったんです。全部受けてやる。あんたが諦めるか、俺が死ぬまで、って」
「おお! おお・・・!」
ぐ! とリチャードが拳を握る。
「うーわー! かーっこいいですー!」
「ひえー!? そんな事あったんだ!」
一緒に見ていたクレールとシズクも声を上げた。
「でしょう!? マッカラナさん、凄いんですよ! これぞ男って奴ですよね。で、またこうして」
くるっとマサヒデが手を横に回すと、イザベルの背がぐっと反る。
「うお!?」
「イザベルさん、ゆっくり投げますからね。受け身取って下さい」
「は、は!」
マサヒデがくぐるように腕の下に入って、ころん、とイザベルを転がす。
「こう投げた。で、この時に分かったんですよ。マッカラナさん、物凄く受け身が上手いんですね。こんな投げでは、全く効きはしないんです」
「で、次に、持ち上げて落とした!」
「はい。マッカラナさんは驚いていたので・・・この隙に、勝負を決めようと、私はロープに向かって行きました」
マサヒデがイザベルに背を向ける。
「ほら、イザベルさん。覚えてますよね。後ろから」
「は!」
イザベルが歩いて来て、マサヒデを後ろから抱きかかえる。
「マッカラナさんは、驚きからすぐに立ち直って、こうなりました。で、ここでクロカワ先生の・・・知ってますか? 合気柔術の、ユウゾウ=クロカワ先生です」
「おお! 高名な武術家ですな!」
「そうです。そのクロカワ先生に教えて頂いた技を使いました」
くい、とマサヒデが腰を回し、イザベルの横後ろから、腰を入れる。
マサヒデがイザベルと当たっている腰を指差し、
「ここ。この腰の位置です。よっぽど体重差がなければ・・・イザベルさん、掴まってて下さい」
「は!」
ぐっと腰を入れ、イザベルの足をすくうように手を入れ、ひょいと持ち上げる。
マサヒデが軽々と持ち上げてしまったので、ルーカスも驚いた。
「このように持ち上げました。で、手を上げて、後ろに落としました、と」
「そんなに軽く持ち上がるのか!」
マサヒデはイザベルを持ち上げたまま、
「これ、手ではなく、腰に乗せて持ち上げてるんです。ですから、相当に体重差がなければ、持ち上がります。これを使えば、私程度の体格でも、リチャード様を軽く持ち上げられますよ」
「ううむ!」
「この時、マッカラナさんはすぐ手を離して、受け身の姿勢を取ってしまいましたね。凄い勘ですよ。もし、今のイザベルさんのように手を離していなかったら、私、一緒に後ろに倒れながら、喉に肘を入れていました」
クレールとシズクが驚いて声を上げ、喉を押さえる。
「いー!?」
「まあじでえ!? マサちゃん、それはえぐいよ!」
「そのくらいしないと、あの人には勝てませんよ」
すとん、とイザベルを下ろし、
「で、次で決めましたよね。私はロープに行って、待ってました」
「そして凄いラリアットをかましたと!」
マサヒデがにやりと笑う。
「いいえ。実はあれ、ラリアットじゃあないんですよね・・・」
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テラスのすぐ外、庭に下りた所では、アルマダとルーカスが向き合う。
テラスでは、イザベルの親戚のパウラが、祈るように手を組み、はらはらしながら2人を見ている。
「ルーカス様。立ち会いでしょうか」
「いや。ハワード様、一剣流の技術を見せて頂けませんか」
「一剣流の?」
ルーカスが頷く。
「はい。とある技術をひとつ極めれば、一剣流は免許皆伝と聞きました」
擦り落としの事か。
「ああ。構いません。では、私に当たらないぎりぎりの所で、ゆっくりと振り下ろして頂けますか。真っ向の唐竹割りが一番分かりやすいです」
ルーカスが長い木剣を構え、ゆっくりとアルマダの鼻先を下ろしていく。
紙一重の所、ぎりぎり。
ゆっくり振っているのに、全くブレがない。凄い腕だ。
(くそ! マサヒデさんは、よくも3本も続けて取ったものだな!)
す、とルーカスの木剣が腰で止まる。
剣先も真っ直ぐ。完璧に出来ている。
「結構です。これなら怪我もないですから、もう一度・・・余裕を持って、8割くらいでお願いします。全力ですと、何をされたか分からないかもしれません。よく見て、手でも感じていて下さい。一目で分かったら、一剣流の初段が頂けます」
「はい」
アルマダも正眼に構え、ルーカスが木剣を振り上げる。
ルーカスが振り被ると、アルマダも振り被った。
「参ります」
「どうぞ」
しゅ! とルーカスの木剣が振り下ろされる。
同時に、アルマダの木剣も振り下ろされる。
互いの木剣が交差した。
「む!?」
すたん! とルーカスの木剣が逸れて地を叩き、アルマダの木剣は真っ直ぐルーカスの喉に向いている。
す、とアルマダが前に。喉元にアルマダの剣先がつく。
「こうです。ルーカス様、分かりましたか?」
ルーカスは驚いて目を見開く。
何をされたのか、さっぱり分からない。
「・・・イザベルは、これを分かったと言うのですか」
アルマダが木剣を引いて、小さく笑って頷く。
「ああ、初めてマサヒデさんと会って立ち会った時、似たような事をされたのです。それで分かったのでしょう」
「くっ!」
この敗北感!
未だイザベルは自分には届かない。
それは十分に承知だが、この敗北感!
イザベルは、これを分かったと言うのか!
「これだけで、縦横、袈裟に斬り上げ、何にでも対応出来ます。如何ですか」
「今一度!」
「何度でも」
「参ります!」
水平斬り。
アルマダが足を引きつつ、同じように水平斬り。
「うおっ!?」
ルーカスが横に持っていかれ、体勢を崩す。
くるっと斬り返されたアルマダの木剣が、横に崩れたルーカスの目の前で止まる。
「如何ですか」
「今一度!」
「はい。ルーカス様、力まず、肩の力を抜き、盗んで下さい。8割です。ルーカス様の目と感覚なら、必ず分かるはずです」
「はい! 参ります!」
振り下ろされたルーカスの木剣が、また地面を叩く。
アルマダの剣は、腰の高さで、ぴたりと止まっている。
まるで師弟のような2人の様子を、パウラが見つめていた。




