第36話
マサヒデ達は、午後も兵の訓練である。
午前とは、兵が入れ替わっている。
今度はカオルが教官役である。
「清聴! マサヒデ=トミヤス殿の内弟子! カオル=サダマキ殿である! お前達に稽古をつけて下さる!」
「「「ありがとうございます!」」」
「一言も聞き漏らすな! その一言に10年の訓練の価値があるぞ!」
「「「はっ!」」」
「サダマキ殿」
ルーカスがカオルに笑顔を向ける。
朝と全く同じ風景であった。
「は。お任せ下さい」
カオルが1歩前に出て、綺麗に頭を下げた。
「ご紹介に預かりました、カオル=サダマキと申します。私の教えがお役に立てれば幸いです。早速、実技に参ります。一目で分かりますので。されば、そちらの方」
「は!」
カオルが正面の剣を持った兵を呼び、前に立たせる。
「私がお教え致しますのは、実に簡単で、今すぐ、誰にでも使える技術です。剣でも、槍でも、棒でも、ナイフでも。勿論、馬上でも使えます。弓では少々難しいやもしれませぬが、近間では使えましょう。工夫すれば、遠間でも出来るやもしれませぬ。されば、構えて下さいませ」
「は!」
兵が中段に剣を構えると、カオルも正眼に構える。切先は相手の目の高さ。
「では参ります」
ついついつい、と切先を左右に揺らす。
「う」
目の高さにぴたりと合わせられた切先が、左右に振られる。
これは目が釣られる。
「ふふふ。参りますよ」
カオルがにやにや笑いながら、じりじり出て来る。
兵もじりじり下がる・・・
マサヒデの教えは高度過ぎると考え、もっと簡単なもの、と考えた。
日輪国の首都ウキョウの、三傅流道場で学んだ技術だ。
「ふふふ。さあ、撃ち込んで参られませ」
これはいかん、と兵が大きく離れる。
カオルがすたすた近付いて来て、ふりふりと切先を振る。
これを教えようと考えついた時、あっ! と気付いたのだ。
目の良い者が多いの魔族には、これは凄く有効なのではないか? 試してみよう!
その結果、これだ。大成功。
「う、う、う」
「ふふふ」
「でえい!」
如何に狼族と言えど、目を取られながら振られた剣など、素人の振りに等しい。
小手に落とされた木剣をひょいと外し、ふ! と首に返す。
「ここまでです」
「参りました・・・」
おお! と声が上がり、ぱちぱちと小さく拍手まで。
カオルが頭を下げ、元の位置に戻る。
「ルーカス様。如何でしたでしょうか」
「素晴らしい!」
カオルが頭を下げ、兵達の方を向く。
「では、注意を申し上げます。
ひとつ。切先を目の高さに合わせる事。
ひとつ。振りすぎない事。半寸も動かせば十分です。
ひとつ。振る事で、自分の剣筋が揺れては本末転倒です。
ひとつ。逆に自分の拍子を取られぬ事。速い遅いなどを混ぜるが良いかと。
ひとつ。目を取ることに執着せぬ事。逆に命取りになります。
以上でございます」
「「「は!」」」
「それでは皆様、お試し下さいませ」
む! とリチャードが頷いて、声を上げる。
「良し! 全員、組手開始! 適当な所で相手を変えて試してみろ!」
「「「は!」」」
兵達が向き合い、剣を振り、槍を振り・・・
互いに踏み込めず、ぎこちない様子だ。
物凄い効果が出ているのが、目に見えて分かる。
「む、ううむ・・・これは凄い。サダマキ殿、もしかして、これもトミヤス流ではない?」
「はい。三傅流の技術でございます。マサヒデ様の代には、トミヤス流に組み込まれておりましょう」
「こんなに単純な動きで、こんなに効果が」
「ふふ。マサヒデ様のお教えは、少々高度かと思いまして。あれは修練が必要です。ぱっと分かるものを見繕いました」
「ううむ・・・トミヤス殿のお話にも名が出ましたが、三傅流とはいかな流派でしょうか」
カオルが少し考え、
「ううん・・・総合武術、でしょうか。刀のみでなく、様々な武器術。柔術、捕手術も行います。ここの所、トミヤス流と似ておりますね」
「ほう・・・」
私兵達に教えるにはうってつけではないか。
「惜しむらくは、武器術に剣、弓がない事です。あれば、こちらにもお勧め出来たのですが」
「ふむ? しかし、剣は別の所をお招きする、という事も」
「はい」
「であれば、サダマキ殿は何処が良いかと思われます」
「オノダ一剣流」
はて、とルーカスが顎に手を当てる。
「一剣流・・・名は、確かに聞いた事があります」
「日輪国の、元王宮剣術指南役でした」
「元?」
「昔はヤナギ車道流と、オノダ一剣流の2流派が王宮剣術指南役であったのです」
「何故、今は外れてしまったのでしょう」
カオルが苦笑して、
「宗家は恐ろしく強かったのですが、少々人柄に問題ありで、素行も悪かったもので、閉門とされ、指南役から外れてしまいました。ですが、一剣流自体はきちんと残っております。生まれた分派も多く、一口に一剣流と言っても、色々な形がございますが、どこにも共通しているのが、一剣流のとあるひとつの技を極めれば、免許皆伝という所」
「ひとつ? どのような?」
「ハワード様、イザベル様に見せて頂けましょう。お二人共、既に一剣流の黒帯を持っております」
「えっ」
イザベルが黒帯?
まさか・・・人族より覚えの遅い狼族では、何十年と鍛錬を積まねばならない。
日輪国に居たのは、数ヶ月のはず。
「イザベルがですか?」
「はい」
「まさか。私には信じられません。あのイザベルが?」
「はい。そのひとつの技を、ある程度使えますので」
「それは一体、どのような?」
「ふふふ。そうですね。極めてしまえば、その技術だけで全てに対応出来る、一撃必殺の剣です。後ほど、お二人に見せて頂いては。昨夜のルーカス様の剣を見るに、イザベル様では見せるには少々きついかと存じますが、ハワード様ならばいけるかと」
ルーカスがむっとして、
「サダマキ殿。それはつまり、私はハワード様には勝てぬ、と仰られるのか」
「はい」
む! とルーカスの顔が変わったが、カオルは臆する事なく続ける。
「しかし、正々堂々とした1対1の立ち会いならば、です。ルーカス様、軍はそれではやってはいけますまい。将が前に出て、やあやあ我こそは、いざ勝負、などと、時代錯誤でございます。そんな事をしておりましたら、頭を撃ち抜かれます」
ぐ、とルーカスが言葉に詰まる。
「それは、そうだが・・・」
「ルーカス様、本業を忘れてはなりませぬ。ルーカス様に求められるは、個の剣ではなく、将の器にございます。剣は趣味までに抑えておくが良いかと」
「んーむ・・・」
ご尤もだが、趣味までに・・・流石に・・・
剣の腕を磨いてきたルーカスには、納得は出来るが飲み込めない。
「武門のファッテンベルクとしては、それは許されませぬか」
「で、ありたい、という所です」
「ふふふ。されば、ハワード様に教えて頂いては? 聞けば教えて頂けましょう。行うは難しの技術でございますが、実に単純なものでございます。極めたと思いましたらば、日輪国首都ウキョウの、オノダ一剣流道場に参られませ。免許皆伝を頂き、魔の国に一剣流ファッテンベルク派が立てられる事となりましょう」
「単純で、全てに対応出来る、一撃必殺の剣ですか」
「はい。されど、行うは難し、でございます」
「ううむ!」




