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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
33/136

第33話


 これはマサヒデ達がファッテンベルク家に来て、数ヶ月後の話。

 ここはハートゥム軍騎馬隊士官宿舎、副長官室。


 副長官のルーカスはやっと仕事を済ませ、届いた達人探訪録を手に取った。

 表紙には大きな字で『驚愕! トミヤス流!』と書いてある。


 トミヤス流その1・マサヒデ=トミヤス、インタビュー。


(どれどれ・・・)


 トミヤス流には道はないと言う。

 では、どのような時に剣を抜くのか。

 近しい者が危険となれば抜くは当然だが、自分の為に剣を抜くと言う。

 自分が死んだら、悲しむ人がいるから。

 だから自分の為に剣を抜く。


 自分の為と言いつつ他人の為ではないのか?

 欲のようなもので抜くのではないと言うのか?

 そう尋ねると、マサヒデ=トミヤスは、これを欲だと言い切って笑った。


(ううむ。流石トミヤス殿)


 ぱらり。


 トミヤス流は武術である。武道ではない。

 道はない。導く事はしない。何故か。

 それは千変万化、水の如しの教えであるのではないか、と考えると言う。

 武術の世界では、決まった形に囚われる事を『居付き』と言う。

 身体や技術も当然、心に於いても、これを良しとしない。


 用意された道を進む事、それが既に居付きなのである。

 それゆえ、トミヤス流には道がないのである・・・

 マサヒデ=トミヤスはそう解すると言う。


(深い! そうか、それで道がないというのか!)


 サカバヤシ流、ジンノジョウ=サカバヤシとの立ち会いの回顧。

 勝負を挑まれ、腰に刀を差した瞬間、死刑執行人の前に進む死刑囚の気分が分かったと言う。この時、自分ははっきり死を悟り、死を覚悟した。


 だが、捨ててはいなかった。

 しかし、賭けであった。

 サカバヤシの抜き打ちは見えていなかったが・・・


 続き、立ち会いの様子が書かれている。


 これぞ死中に活である。敢えて相手の土俵に上がっての勝負で、勝ちを拾う。

 これぞ達人の達人たる理由である。


 と、しめられていた。


(ううむ! サカバヤシ流か。これはまだ見ていないな。次の巻で出るかな?)


 ぱらり・・・


「ん?」


 ルーカスの手が止まった。


『実技! マサヒデ=トミヤスが教える戦神の力!』


「・・・」


 急に胡散臭い見出し。

 印の結び方・・・これは忍者の印だ。


『姿勢が良くなり、力が出ます!』


「・・・」


 本当か? いや、あのトミヤス殿が・・・

 ルーカスが半信半疑で立ち上がって、印を組む。


『印を結んだら、水月の辺りに当ててみましょう』


「む!?」


『下腹に力が入りましたか? 自然と顎が引かれていませんか? 最も入る所を調整して探してみて下さい』


 下腹に力が入った!

 顎を引いているではないか!


『その下腹の力が入っている所が丹田です!』


(おお! 確かに!)


 流石にルーカス程の腕の者、丹田は分かってはいたが、こうもくっきり感じるのは初めてだ。


『その力を感じつつ、印を組んだまま、右手を真っ直ぐ前に出しましょう!』


(ふむ・・・)


『腕の力は抜いてしまいましょう! 丹田から、指先への力の繋がりを集中して感じながら、真っ直ぐ伸ばすだけ! 丹田から声を出し、丹田から下ろすようなイメージで、右手を下ろしましょう! 振り下ろすのではなく、落とすだけで、凄い力が出ます! 誰かに下から腕を抑えてもらうと分かりやすいですよ! 指先は真っ直ぐ!』


(む)


 仕事終わりの夜遅く。

 呼べば、警備の者か夜番の者は来るが・・・


(この実験に付き合えとは、言いづらいな)


 椅子の背もたれの上に手を置く。

 ルーカスなら、ぐっと押せば壊すくらいの力はあるが、腕の力は抜いてしまえ、と書いてある。さて、これでどれほどの力が出るものか。まさかな。


 下腹から指先へ繋がりを集中して感じつつ・・・


「ふんむっ!」


 ばぎぎぎ!


「何!? しまっ!?」


 ルーカスの手は、革張りのマホガニーの重厚な椅子の背もたれを、真っ二つにしてしまった。


「・・・」


 ばたばたばた・・・


「は!?」


 誰かが走ってくる!

 凄い破壊音がしたのだ。警備の者だ。

 慌てて、机の上に腕を置き、ばさ! と積まれた本と書類を落とす。


 どんどんどん!


「副長官殿! ファッテンベルク少佐!」


「どうした」


 ばたん!


「少佐! ご無事で!?」


「机に本を積みすぎた。崩れてしまったのだ。はは。聞こえてしまったか」


「いや・・・凄い音がしましたが・・・」


 ルーカスが苦笑して、机の周りに散らばった本を見る。


「見ての通りだ。いやはや、これは恥ずかしい所を見られてしまったな」


 その背中には、見えないように、真っ二つに割れた椅子の背もたれがぴったり。

 冷や汗でシャツもぴったり。


「そうでしたか。少佐、片付けを手伝いましょうか」


「構わんよ。私のミスだ。私が片付けねば。それに、何処に置いたか分からなくなると困るしな。申し出には感謝する。ありがとう。仕事に戻ってくれ」


「は!」


「騒がせて済まなかったな」


「少佐も遅くまでお疲れ様です! それでは失礼致します!」


 警備兵が敬礼して、静かにドアを閉めた。

 こつ、こつ、こつ、と警備兵が遠ざかって行く。


「やれやれ・・・」


 がっくりと肩を落とし、落とした本を拾って机に積んでいく。

 この椅子は高かろう。2ヶ月分の給料は飛んでしまいそうだ。

 ローンを組まねば・・・


 背もたれを割っただけだから、もたれなければまだ使えるか?

 おそるおそる座ってみる。


 きし、と小さく音は鳴ったが、腰を下ろすだけなら問題はなさそうだ。

 腰掛け部分が割れていなくて良かった。


 背もたれは・・・慎重に背中を傾ける。ちょっと広がる感触。

 これはもたれると割れてしまいそうだ。

 バレないように、上着を掛けておくか。


 改めて、達人探訪録を取る。

 ぱらぱら・・・


『これは、先程出来た整った姿勢と、下腹から下ろすようにした事で産まれた力です。地面からの反発、ハムストリングスの力、インナーマッスル(内層筋)、それらの力が、整った姿勢により、ほぼロスを無くして伝わるので、恐ろしい力が出ます。人の身体は、色々な所で力の流れが止まっていますが、そのロスを無くすとこれ程の力が出るのです』


 絵図に何処をどう流れてくるか、内層筋群の図と力の流れ方が書いてある。

 毎度ながら、この分析の凄さにも舌を巻く思いだ。


(ううむ、なるほど。そういう事であったか!)


 腕の力は、真っ直ぐ伸ばす部分以外は抜いていたのだが、まさかこのマホガニーの椅子の背もたれを、縦に真っ二つにしてしまう程の力が出るとは。


『では更に力を出そうと腕を力ませたりすると、そこで力が止まり、弱くなります』


(ふむ・・・不思議なものだが、理に適っているというのが、また不思議だ)


『力ではなく勢いで、と腕を曲げてしまうと、伝わってきた力が肘から抜けるので、これも弱くなります』


 そうか。真っ直ぐ伸ばした指先に集中することで、腕をぴったりと伸ばした形に固定するのか。なるほど・・・


 ぱらり。


『実録! 軍隊格闘技! マサヒデ=トミヤス家臣、イザベル=ファッテンベルク(元魔王軍)と空手王マガチの立ち会い!』


「あいつは何をやっているんだ!」



----------



 コーヒーを淹れて来て、ふう、と溜め息をつき、椅子に座る。


 トミヤス流その2・カゲミツ=トミヤス、インタビュー。


(剣聖へのインタビューか!)


 ルーカスの胸が踊る。


 道はない。

 これは何故か。同じ質問を剣聖に尋ねてみたが、答えは返ってこなかった。

 剣聖は、どう思う? と問いを返し、笑っただけであった・・・


(どう思う・・・か)


 マサヒデへのインタビューでは、用意された道を進む事、それが既に居付きなのである、と返答が書いてあったが、やはりそうなのか。それとも、違うのか。


(こう考えてしまう事が、既に居付きという事かな)


 剣聖は言う。自分より強い者はごろごろいる。


 例えば・・・


 剣聖の称号を得た時、当時在籍していた道場へ報告しに行った。

 だが、その自分を師のシュウサン(敬称略)は叩きのめし、道場を破門にされた。


 この時点で、自分、つまり『剣聖』はシュウサンより遥かに弱かった。

 そして、首都ウキョウにはシュウサン道場と並ぶ道場はいくつもあった。

 つまり、それらは皆、自分より上であった。

 そして、今でも現役の先生方は居る。

 更に、自分はシュウサン道場で一番上ではなかった。


 当然、俺より上ばっかりだろ。

 剣聖はそう言って、からからと笑った。


 名が知られてないだけで、強い奴は、何処にでも居る。

 街道ですれ違った人が、実は何たら流の達人でした、なんてよくある話だ。

 俺より上なんて、探せばいくらでもいるのさ、と、剣聖はまた笑った。

 明るく笑う剣聖の言葉に、私達は驚くばかりであった・・・


(剣聖よりも上の人物が、幾人もいるのか!?)


 恐るべし、日輪国!


 ぱらり。


 尚、今回は実技録はない。

 立ち会いを行ってくれたが、マガチがデコピンだけで負けてしまったからである。

 見せてもらったのは、デコピンだけであるからだ。


(デコピン!?)


 世界王者を、デコピンだけで制したのか!?

 日輪国の剣聖とはどれほどなのだ・・・


(そうだ。トミヤス殿よりも遥かに強いと・・・当然・・・か? 当然なのか?)


 その後、気絶したマガチを寝かせてもらい、弓の稽古を見学させて頂けた。

 これを実技録の代わりとして追記する・・・


(弓か!)


 ファッテンベルクは馬術、馬上弓術が得意なのである。

 トミヤス道場の弓術の稽古! いかなるものか!

 ルーカスは目を皿のようにして読み進める。


(稽古法は)


 その鍛錬は驚くべきものであった。


 初級者の稽古は、糸に下げた蟻をじっと見ているだけである。

 中級者は腕に小皿を置き、落とさぬようにひたすら矢を射る。

 上級者はその小皿に水を入れ、揺らさぬようにひたすら射る。

 それが出来るようになると、飛ぶ鳥も楽に落とせる腕になる。


 1矢で飛ぶ鳥を複数落とせたら、トミヤス流の弓術は皆伝さ。

 単純な稽古だろ? 剣聖はそう言って笑った。

 我々にはとても単純に見えず、驚愕のみであった。


 そして、呼ばれた門弟が空に矢を向けると、数秒して鳥が落ちてきた。

 剣聖はそれを見て、飯には困らなくなるぜ、と笑った。

 我々には、ソウデスネ、としか言葉を返す事が出来なかった。


「・・・」


 つうー・・・とルーカスの額を汗が垂れる。

 自分も幼い頃から弓術は仕込まれた。

 やってみれば、出来るであろうか・・・

 ペンを取り、腕に乗せて、弓を引くように動かしてみる。


 こん、こん・・・

 ペンが落ちて、ころ、と転がった。


「ううむ!」


 軍の訓練に取り入れるよう、進言してみようか。

 馬上で出来るようになったら、もはや敵なしであろう。

 バイザーや面頬の目の穴を、違わず射抜く事が出来そうだ。


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