第33話
これはマサヒデ達がファッテンベルク家に来て、数ヶ月後の話。
ここはハートゥム軍騎馬隊士官宿舎、副長官室。
副長官のルーカスはやっと仕事を済ませ、届いた達人探訪録を手に取った。
表紙には大きな字で『驚愕! トミヤス流!』と書いてある。
トミヤス流その1・マサヒデ=トミヤス、インタビュー。
(どれどれ・・・)
トミヤス流には道はないと言う。
では、どのような時に剣を抜くのか。
近しい者が危険となれば抜くは当然だが、自分の為に剣を抜くと言う。
自分が死んだら、悲しむ人がいるから。
だから自分の為に剣を抜く。
自分の為と言いつつ他人の為ではないのか?
欲のようなもので抜くのではないと言うのか?
そう尋ねると、マサヒデ=トミヤスは、これを欲だと言い切って笑った。
(ううむ。流石トミヤス殿)
ぱらり。
トミヤス流は武術である。武道ではない。
道はない。導く事はしない。何故か。
それは千変万化、水の如しの教えであるのではないか、と考えると言う。
武術の世界では、決まった形に囚われる事を『居付き』と言う。
身体や技術も当然、心に於いても、これを良しとしない。
用意された道を進む事、それが既に居付きなのである。
それゆえ、トミヤス流には道がないのである・・・
マサヒデ=トミヤスはそう解すると言う。
(深い! そうか、それで道がないというのか!)
サカバヤシ流、ジンノジョウ=サカバヤシとの立ち会いの回顧。
勝負を挑まれ、腰に刀を差した瞬間、死刑執行人の前に進む死刑囚の気分が分かったと言う。この時、自分ははっきり死を悟り、死を覚悟した。
だが、捨ててはいなかった。
しかし、賭けであった。
サカバヤシの抜き打ちは見えていなかったが・・・
続き、立ち会いの様子が書かれている。
これぞ死中に活である。敢えて相手の土俵に上がっての勝負で、勝ちを拾う。
これぞ達人の達人たる理由である。
と、しめられていた。
(ううむ! サカバヤシ流か。これはまだ見ていないな。次の巻で出るかな?)
ぱらり・・・
「ん?」
ルーカスの手が止まった。
『実技! マサヒデ=トミヤスが教える戦神の力!』
「・・・」
急に胡散臭い見出し。
印の結び方・・・これは忍者の印だ。
『姿勢が良くなり、力が出ます!』
「・・・」
本当か? いや、あのトミヤス殿が・・・
ルーカスが半信半疑で立ち上がって、印を組む。
『印を結んだら、水月の辺りに当ててみましょう』
「む!?」
『下腹に力が入りましたか? 自然と顎が引かれていませんか? 最も入る所を調整して探してみて下さい』
下腹に力が入った!
顎を引いているではないか!
『その下腹の力が入っている所が丹田です!』
(おお! 確かに!)
流石にルーカス程の腕の者、丹田は分かってはいたが、こうもくっきり感じるのは初めてだ。
『その力を感じつつ、印を組んだまま、右手を真っ直ぐ前に出しましょう!』
(ふむ・・・)
『腕の力は抜いてしまいましょう! 丹田から、指先への力の繋がりを集中して感じながら、真っ直ぐ伸ばすだけ! 丹田から声を出し、丹田から下ろすようなイメージで、右手を下ろしましょう! 振り下ろすのではなく、落とすだけで、凄い力が出ます! 誰かに下から腕を抑えてもらうと分かりやすいですよ! 指先は真っ直ぐ!』
(む)
仕事終わりの夜遅く。
呼べば、警備の者か夜番の者は来るが・・・
(この実験に付き合えとは、言いづらいな)
椅子の背もたれの上に手を置く。
ルーカスなら、ぐっと押せば壊すくらいの力はあるが、腕の力は抜いてしまえ、と書いてある。さて、これでどれほどの力が出るものか。まさかな。
下腹から指先へ繋がりを集中して感じつつ・・・
「ふんむっ!」
ばぎぎぎ!
「何!? しまっ!?」
ルーカスの手は、革張りのマホガニーの重厚な椅子の背もたれを、真っ二つにしてしまった。
「・・・」
ばたばたばた・・・
「は!?」
誰かが走ってくる!
凄い破壊音がしたのだ。警備の者だ。
慌てて、机の上に腕を置き、ばさ! と積まれた本と書類を落とす。
どんどんどん!
「副長官殿! ファッテンベルク少佐!」
「どうした」
ばたん!
「少佐! ご無事で!?」
「机に本を積みすぎた。崩れてしまったのだ。はは。聞こえてしまったか」
「いや・・・凄い音がしましたが・・・」
ルーカスが苦笑して、机の周りに散らばった本を見る。
「見ての通りだ。いやはや、これは恥ずかしい所を見られてしまったな」
その背中には、見えないように、真っ二つに割れた椅子の背もたれがぴったり。
冷や汗でシャツもぴったり。
「そうでしたか。少佐、片付けを手伝いましょうか」
「構わんよ。私のミスだ。私が片付けねば。それに、何処に置いたか分からなくなると困るしな。申し出には感謝する。ありがとう。仕事に戻ってくれ」
「は!」
「騒がせて済まなかったな」
「少佐も遅くまでお疲れ様です! それでは失礼致します!」
警備兵が敬礼して、静かにドアを閉めた。
こつ、こつ、こつ、と警備兵が遠ざかって行く。
「やれやれ・・・」
がっくりと肩を落とし、落とした本を拾って机に積んでいく。
この椅子は高かろう。2ヶ月分の給料は飛んでしまいそうだ。
ローンを組まねば・・・
背もたれを割っただけだから、もたれなければまだ使えるか?
おそるおそる座ってみる。
きし、と小さく音は鳴ったが、腰を下ろすだけなら問題はなさそうだ。
腰掛け部分が割れていなくて良かった。
背もたれは・・・慎重に背中を傾ける。ちょっと広がる感触。
これはもたれると割れてしまいそうだ。
バレないように、上着を掛けておくか。
改めて、達人探訪録を取る。
ぱらぱら・・・
『これは、先程出来た整った姿勢と、下腹から下ろすようにした事で産まれた力です。地面からの反発、ハムストリングスの力、インナーマッスル(内層筋)、それらの力が、整った姿勢により、ほぼロスを無くして伝わるので、恐ろしい力が出ます。人の身体は、色々な所で力の流れが止まっていますが、そのロスを無くすとこれ程の力が出るのです』
絵図に何処をどう流れてくるか、内層筋群の図と力の流れ方が書いてある。
毎度ながら、この分析の凄さにも舌を巻く思いだ。
(ううむ、なるほど。そういう事であったか!)
腕の力は、真っ直ぐ伸ばす部分以外は抜いていたのだが、まさかこのマホガニーの椅子の背もたれを、縦に真っ二つにしてしまう程の力が出るとは。
『では更に力を出そうと腕を力ませたりすると、そこで力が止まり、弱くなります』
(ふむ・・・不思議なものだが、理に適っているというのが、また不思議だ)
『力ではなく勢いで、と腕を曲げてしまうと、伝わってきた力が肘から抜けるので、これも弱くなります』
そうか。真っ直ぐ伸ばした指先に集中することで、腕をぴったりと伸ばした形に固定するのか。なるほど・・・
ぱらり。
『実録! 軍隊格闘技! マサヒデ=トミヤス家臣、イザベル=ファッテンベルク(元魔王軍)と空手王マガチの立ち会い!』
「あいつは何をやっているんだ!」
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コーヒーを淹れて来て、ふう、と溜め息をつき、椅子に座る。
トミヤス流その2・カゲミツ=トミヤス、インタビュー。
(剣聖へのインタビューか!)
ルーカスの胸が踊る。
道はない。
これは何故か。同じ質問を剣聖に尋ねてみたが、答えは返ってこなかった。
剣聖は、どう思う? と問いを返し、笑っただけであった・・・
(どう思う・・・か)
マサヒデへのインタビューでは、用意された道を進む事、それが既に居付きなのである、と返答が書いてあったが、やはりそうなのか。それとも、違うのか。
(こう考えてしまう事が、既に居付きという事かな)
剣聖は言う。自分より強い者はごろごろいる。
例えば・・・
剣聖の称号を得た時、当時在籍していた道場へ報告しに行った。
だが、その自分を師のシュウサン(敬称略)は叩きのめし、道場を破門にされた。
この時点で、自分、つまり『剣聖』はシュウサンより遥かに弱かった。
そして、首都ウキョウにはシュウサン道場と並ぶ道場はいくつもあった。
つまり、それらは皆、自分より上であった。
そして、今でも現役の先生方は居る。
更に、自分はシュウサン道場で一番上ではなかった。
当然、俺より上ばっかりだろ。
剣聖はそう言って、からからと笑った。
名が知られてないだけで、強い奴は、何処にでも居る。
街道ですれ違った人が、実は何たら流の達人でした、なんてよくある話だ。
俺より上なんて、探せばいくらでもいるのさ、と、剣聖はまた笑った。
明るく笑う剣聖の言葉に、私達は驚くばかりであった・・・
(剣聖よりも上の人物が、幾人もいるのか!?)
恐るべし、日輪国!
ぱらり。
尚、今回は実技録はない。
立ち会いを行ってくれたが、マガチがデコピンだけで負けてしまったからである。
見せてもらったのは、デコピンだけであるからだ。
(デコピン!?)
世界王者を、デコピンだけで制したのか!?
日輪国の剣聖とはどれほどなのだ・・・
(そうだ。トミヤス殿よりも遥かに強いと・・・当然・・・か? 当然なのか?)
その後、気絶したマガチを寝かせてもらい、弓の稽古を見学させて頂けた。
これを実技録の代わりとして追記する・・・
(弓か!)
ファッテンベルクは馬術、馬上弓術が得意なのである。
トミヤス道場の弓術の稽古! いかなるものか!
ルーカスは目を皿のようにして読み進める。
(稽古法は)
その鍛錬は驚くべきものであった。
初級者の稽古は、糸に下げた蟻をじっと見ているだけである。
中級者は腕に小皿を置き、落とさぬようにひたすら矢を射る。
上級者はその小皿に水を入れ、揺らさぬようにひたすら射る。
それが出来るようになると、飛ぶ鳥も楽に落とせる腕になる。
1矢で飛ぶ鳥を複数落とせたら、トミヤス流の弓術は皆伝さ。
単純な稽古だろ? 剣聖はそう言って笑った。
我々にはとても単純に見えず、驚愕のみであった。
そして、呼ばれた門弟が空に矢を向けると、数秒して鳥が落ちてきた。
剣聖はそれを見て、飯には困らなくなるぜ、と笑った。
我々には、ソウデスネ、としか言葉を返す事が出来なかった。
「・・・」
つうー・・・とルーカスの額を汗が垂れる。
自分も幼い頃から弓術は仕込まれた。
やってみれば、出来るであろうか・・・
ペンを取り、腕に乗せて、弓を引くように動かしてみる。
こん、こん・・・
ペンが落ちて、ころ、と転がった。
「ううむ!」
軍の訓練に取り入れるよう、進言してみようか。
馬上で出来るようになったら、もはや敵なしであろう。
バイザーや面頬の目の穴を、違わず射抜く事が出来そうだ。




