第31話
そして翌朝。
メニュー自体は質素だが、大量に盛られた朝食。
山と盛られたパン、チーズ、サラダ。
狼族ともなれば、この量が普通か・・・
おはようございます、と挨拶をして、マサヒデ達が席につくと、リチャードが早速話し掛けてきた。
「トミヤス殿」
「はい」
パンに伸ばしかけた手を引っ込め、リチャードを見る。
「ああ、いや。トミヤス殿と言うか、ホルニコヴァ殿」
「は」
みし、とパンを千切ったところで、ラディがびくっと手を止める。
「鍛冶屋を見に行ってくれないだろうか」
「私がですか?」
「うむ。あの最高級の鉄、送ってはもらえるが、少しも無駄には出来ない。普通の鉄とは違うから、扱いを見て欲しいのだ。刀の打ち方も、簡単にで良いので、教えてやって欲しい。刀は無理でも、そこから何か良い物を思いつくかもしれない。あなたも鍛冶族の仕事は興味はあるだろう。どうかな」
ラディがマサヒデを見ると、マサヒデが頷いた。
何日かは足止めだが、これは断れない。
「承知しました」
「感謝する。ハワード様、騎士の皆様。貴重な技術を教えて頂ける礼として、鍛冶屋から気に入った物があったら持って行って下さい。勿論、ホルニコヴァ殿も」
アルマダが驚いて、
「宜しいのですか? 鍛冶族の剣をですか?」
リチャードが笑う。
「ははは! ハワード様、人の国では高く売られておりましょうが、こちらでは鍛冶族の剣が普通の剣なのですぞ!」
「あ・・・確かに・・・それは、そう、ですね」
「と言っても、何本も持っては行かないで下さい。1人1本で頼みます。ご存知の通り、当家は懐事情が良くはありませんので」
アルマダが頭を下げ、
「ご厚意、感謝致します。それでは、遠慮なくお言葉に甘えさせて頂きます」
「いやいや、感謝するのは私の方です。お急ぎは重々承知。引き止めるような真似をして申し訳ない」
アルマダ達一行とラディは、今日は鍛冶屋に行く事になる。
さて、では自分はどうしようか・・・と、マサヒデが考えていると、
「トミヤス殿」
ルーカスが声を掛けてきた。
「なんでしょうか」
「ホルニコヴァ殿が鍛冶屋に行っている間は暇でしょうし、ひとつ稽古でもつけてくれませんか。どうか」
「ああ、勿論! ありがとうございます。どうしようか考えていた所です」
「ありがたい。感謝します」
ルーカスが頷いて、にやりと笑った。
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そして・・・
「清聴! 本日はトミヤス殿がお前達に稽古をつけて下さる!」
「「「ありがとうございます!」」」
マサヒデの前に並ぶのは、ファッテンベルク家のいかつい私兵達。
稽古をつけるとは、ルーカスと稽古をする、という事ではなかった。
しかも私兵達は鎧も兜もがっちりつけての稽古。
獣人族、狼族も多いであろうし、彼らには軽い物だろうが。
「一言も聞き漏らすな! その一言に10年の訓練の価値がある!」
「「「はっ!」」」
「トミヤス殿」
ルーカスがマサヒデに笑顔を向ける。
「はい・・・」
どうしたものか。どうしたものか。
鎧兜をつけた者達に、何を教える・・・
盾を持っている者もいるし、何を教えるか・・・
単純に立ち会い稽古でも良いのだが、彼らが求めるのは、そうではあるまい。
「えー、皆さん、剣に槍に、盾も持っておられる方もおられますので」
「・・・」
「今回は、基本の身体の使い方、武術における身体の使い方などを教えます。基本も基本なので、得物が何であろうが使えるものです。軍の訓練とかではあまり見ないと思いますが、人だけでなく、獣や魔獣にも使えるものです」
マサヒデが手前の槍の兵を指差す。
「そちらの方」
「は!」
「私の前に立って下さい。皆さんに見えるよう」
マサヒデが横を向き、兵がマサヒデの前に立つ。
マサヒデは手に持った木刀を上げ、兵が持つ槍を指差す。
よく見れば刃が丸めてあるが、これは当たったら痛いだろうに。
「刀。槍。相手は正面。見ての通り、私は圧倒的に不利です。ですが、これからどうなるか、よく見ていて下さい。何をしたのか、何をされたのかは、後で教えます」
マサヒデが木刀をぶらんと下げたまま。
「痛い事は一切ないので、ご心配なく。構えて下さい」
「は!」
間を開けて、兵が槍を構える。
マサヒデも一歩下がって、半身になり、すいと木刀を兵に向けて上げる。
切先を兵の肩くらいに向けた、正眼で切先を横にしたような構え。
「では、来て下さい。突き、払い、叩き、何でも構いません」
「参ります!」
兵がぐっと槍を引いた時、ほんの少しマサヒデが木刀を動かす。
「ん」
踏み込もうとした兵が、びた、と止まった。
マサヒデがゆっくりと右に回る。
兵も槍を後ろに引いたまま、穂先をマサヒデに向けて回る。
「どうしました。突いて下さい」
「む、む」
マサヒデは一歩下がっているので、一歩踏み込まねば当たらない。
が・・・
「さあ」
す、す、とマサヒデが回る。
兵は何故か踏み込めず、槍をぐっと引いたまま、踏み込めない。
そのまま兵を中心に半回転し、立ち位置が反対になった所で、ふっ、とマサヒデが木刀を下げて半身から正面を向くと、しぱ! と槍が突かれた。
(鋭い!)
掴もうと思っていたが、これは無理だ。
また半身になりつつ木刀を上げると、しーっ! と木刀の横腹を擦って、槍が抜けていく。
「そこまで」
マサヒデが手を出して止め、兵達の方を見る。
「こちらの方、最初、何故か踏み込めませんでした。何故でしょう。分かった方、居ますか」
「・・・」
「ルーカス様」
ルーカスも不思議そうな顔で首を振る。
「実は、心得のある人は、結構自然に出来ている人が多いです。ルーカス様もやっています。上手い人に対すると、何故か動けないってありますよね。勿論、空気に飲まれるというのもありますが、技術もあります。さて、技術の場合です。何故そうなるのか、という事を説明出来ない。勘とか感覚でやっているからです。これをご説明しましょう。理屈で分かれば、練習の仕方も分かります。対策も分かります。あとは飲まれないようにするだけとなります」
マサヒデが剣を持った兵を手で招く。
「こちらへ」
「は!」
兵がマサヒデの前に立つ。
皆の方を向き、
「短い方が分かりやすいですから、剣でご説明します。皆さんの方を向き、剣を構えて一歩踏み込んで下さい」
「は!」
兵が剣を構え、一歩踏み込む。
マサヒデが横に立って、兵の右の鎖骨から足先まで、指ですーっと線を引く。
「今、この線を中心に前に出ました。分かりましたか? もう一度、一歩踏み込んで下さい」
「は!」
兵が一歩踏み込む。
マサヒデが横に立ち、もう一度線を引く。
「この線の所を中心に前に出ましたね。皆さん、分かりましたね。ここに向けて、剣でも槍でも、ナイフでも、何なら手でも良いので、ぴったり合わせて構えるだけです。それで動けなくなります。移動したい先に邪魔があるから、反射でどうしても止まってしまうのです」
マサヒデが兵の後ろに立ち、肩に手を乗せ、横を向かせる。
「私に剣を向けて下さい」
「は」
マサヒデが正眼に構えて、移動の中心の線に合わせる。
「何か出づらいですよね」
「はい」
ほんの少しだけ切先を動かす。
「どうです? 踏み込めそうだと感じませんか?」
「は・・・」
「では、こうしてみましょう」
マサヒデが最初の槍兵と対した時と同じように、左肩を向けて、ぴったり横を向いて、切先を移動の中心に向ける。
「どうでしょう。凄く踏み込みづらくないですか? 私、横を向いてるのに」
「はい。確かに」
マサヒデがにやりと笑う。
「皆さん、講談や絵物語で、こういうの見た事ないですか? 囲まれてるのに、ぴたっと横に剣を向けると、相手が止まってしまう。そのまま斬りかかれば良いのに・・・なんて場面」
「おお!」「確かに!」「これか!」
マサヒデは自分の左肩から、真っ直ぐ兵に向けて手を伸ばす。
「実はこれ、真横を向いているとやりやすいです。相手から見て、狙う所の幅が、この肩の幅しかないからです。しかし、正面を向くと・・・」
マサヒデが半身から正面を向く。
木刀を持った右手と左手を上げる。
「これだけ幅があるから、こちらに向けての移動の軸が、右に左にと、向きを大きく変えられます」
「ううむ!」
ルーカスが顎に手を当てて唸る。
「これが分かると、人だろうが獣だろうが、対する事が出来ます。獣を正面にした時、獣がゆっくり回るのって、自分のこの軸を取られないように、相手の軸が自分に向かないようにって動くわけですよ。そこが所謂『隙』というやつです。で、相手の軸を捉えた瞬間! がぶっ! です」
「あっ!」「なるほど!」「そういう事か!」
「獣は口から噛みにくるのが多いので、凄く分かりやすいですよね。人と違って、横向きのまま飛び掛かってきません。必ず正面から。ですから、簡単に止められます」
「ううむ・・・」
「練習の前に、ひとつ注意。あくまでこれは止められるだけです。さて止めた、攻撃だ! と振り被った時、捉えた線を外してしまえば相手は動きます。そうなると単純に速い方が勝ちなので、止めた意味がないです」
ルーカスが頷く。
「確かに」
「最終的には、捉えて止めてしまったまま、手を出させずに仕留めるか、もしくは、誘う事ですが、それはひたすら反復の稽古を積み重ねるしかないです。ですが、どういう仕組かは分かりましたよね。勘や感覚も必要ですが、頭で分かってしまえば、出来た瞬間、ああこれか、と、すぐ理解出来ます。
注意は、相手の移動の中心線を捉えようと注目してしまわない事。きちんと身体全体を捉えたままでいる事。周りにも視野を広くしておく事。1人止めたって、2人、3人と別にいたら、そいつらは動きます。獣だって、群れている事が多いですね。
正面の相手に注目してしまって、視野が狭くならないよう、気を付けて下さい。それが癖になると簡単に死にます。兵として集団で戦う事の多い皆さんなら、言われなくても分かりますよね」
「「「は!」」」
「では皆さん、2人1組で、お互いに踏み込む相手の移動の中心を捉え、止めてみて下さい。踏み込む方も、捉えられないようにして踏み込んで下さい。捉えられたまま無理に踏み込むと、完全にやられるという状態になるので、すぐ分かります」
「「「は!」」」
兵達がばらばらと2人1組を作る。
「撃ち込まなくても良いですよ。鎧が痛みますからね。では! 始めて下さい!」
「「「は!」」」
ふ! ふ! と大きく剣を動かす兵、外して踏み込む兵。
ルーカスが兵達を見ながら、
「トミヤス殿」
「なんでしょう」
「これがトミヤス流の技術ですか。いやはや、畏れ入りました」
ふふ、とマサヒデが笑う。
「実は違います」




