第30話
肉だらけのディナーも終わって、皆は用意された部屋に案内され、マサヒデ、カオル、ラディが残された。
リチャードとルーカスの刀鑑賞会である。
クレールは呼ばれなかったが、自ら残った。
「マサヒデ様! まずは何からいきましょう!」
「ううむ・・・まあ、分かりやすいのが良いでしょう。ラディさん」
「はい」
ラディが腰から脇差を取る。
新刀時代の傑作、当欄乱刃の創始者、ヒロスケの作。
マサヒデの予備の脇差である。マサヒデが受け取り、
「まず、鑑賞の時の刀の取り扱いを簡単に」
「そのような物があるのかね」
「難しいものではありません」
マサヒデが両手に乗せ、左手に柄を、刃を自分に向ける。
「柄は左手。渡すと見えて、いきなり斬りかかられたら大変、という理由から出来た作法ですね」
「む、なるほど」
「同じ理由で、刃の方は自分に向けます」
「ふむ。作法と言うより、安全を考慮してと」
「そうですね」
マサヒデがひょいと前に出し、
「こうして受け渡しをします。受け取る側も同じように両手で受け取ります」
「ふむ」
「私が一番大事だと思うのは次。抜く前に軽く一礼。見せてくれる人への礼もありますが、何よりも、この刀を打った刀匠への礼。この刀に関わった色々な職人さん達への礼。職人の皆さん、見せてくれてありがとうございます。お仕事、拝見します。そういった感じで、私はここが一番大事ではないかと思います」
うむうむ、と後ろでラディとクレールが頷く。
「ふむ。持ち主は当然だが、優れた職人への礼も忘れずか。なるほど」
「次。刀という物の取り扱いになります」
マサヒデが右手に柄を持ち替え、鐺(こじり:鞘の先)を前に、縦に持つ。
刃は上向き。
「こうして縦向きというか、鞘の先を前にして持ちます。これは短いですが、こういう風に持つと、意外と長いのも抜けてしまうんです」
「なるほど」
マサヒデが横を向き、鞘を指差す。
「刃を上にするのは、抜く時に鞘の中を傷付けないように。勿論、刃も傷付けないように。下に傾いて、鞘の中を切りながら抜いたりしてたら、鞘が痛みます。かつっと引っかかったら、刃が欠けてしまうかも。年代物の鞘だと壊したりしたら大変ですし、そうでなくとも、作り直すには時間が掛かりますので」
「ふむ」
「で、後は、鞘の中で刀身が横で擦れたりしないように、ゆっくり慎重に抜く」
マサヒデが一礼して、す、とヒロスケの脇差を抜く。
「こんな感じに抜きます、と」
「おおっ」「凄い!」
リチャードとルーカスが声を上げる。
派手な当欄乱刃のヒロスケは、素人目でも、これは! と分かりやすい。
「こうですね。で、納める時も同じように、横に擦れたりしないように気を付けて、ゆっくりと刃を上にして納めます。相手に返す時は刃を向けず、柄は左に向けて、と」
マサヒデが納め、両手で脇差を持つ。
「こう戻されます。後は、刀身に触らない、という所ですか。他にも細々した所はありますが、大体こんな感じです。では、リチャード様」
マサヒデがリチャードの横に立って、ひょいと差し出す。
「どうぞ」
「トミヤス殿、これはあなたの?」
「予備の物です」
「予備・・・予備か。これがか・・・うむ」
リチャードが受け取り、一礼。
マサヒデが教えた通り、縦にして抜き、立てて持つ。
「ううむ! 美しい!」
派手な当欄乱の刃紋は、樋にまで届いている。
リチャードが樋を指差し、
「この溝は何かな」
「樋と言います。削っても大丈夫な所を削って、軽くするのですね。あと、おまけで、振った時に良い音がするようになります」
「軽量化の為か・・・剣でも同じように溝を彫る事はありますな」
ぎらぎら光る当欄乱刃を見て、ルーカスも唸る。
「父上、この紋様は凄いですよ。恐ろしさまで感じます」
「うむ。美術目的のようなものか」
マサヒデが薄く笑って、
「いいえ。斬れるようにです。焼き、その白い刃紋ですが、基本的には、その白い刃紋が高いほど、刃は固くなります。まあ、形状や刀身との兼ね合いもありますので、一概にそうとは言えませんが」
「ふむ! で、これは斬れるのですかな」
「斬れますね。焼きもそうですが、この刀の場合は反り方が大きいです。非常に斬れる反り方が出来ています」
マサヒデが懐紙を出して、リチャードの前で両手で開いて持つ。
「どうぞ」
リチャードがそっと懐紙の上に刃を置く。
つー・・・リチャードとルーカスの目が開かれていく。
すぱり。
「怖ろしい斬れ味!」
「なんと!」
「良く出来た刀だと、まあこのくらいです」
「まあこのくらい、とは・・・」
クレールがにっこり笑った。
「マサヒデ様のお腰の物は、もっと斬れるんです!」
は! とリチャードとルーカスが顔を上げた。
「虎斬りか!」「虎斬りの!」
マサヒデが苦笑して、手に持った雲切丸をテーブルに置いた。
「これ、物騒な二つ名が付いてしまったんですね」
ぱ! とクレールが手を出し、
「おっと! マサヒデ様、それは最後です! カオルさん!」
「は」
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その頃、テラスでは・・・
舞台のお手本のような、貴族の恋愛ドラマ中。
手すりにグラスを乗せたアルマダと、ワインレッドのドレスのパウラ。
アルマダはうんざりしていたが、顔に出さないよう、微笑みを浮かべている。
「ハワード様は、いつまで・・・」
「ご挨拶も済みましたし、明日にでも」
「明日・・・」
パウラが哀しげに俯く。
やれやれ。まるで三文芝居ではないか。
とっとと部屋に戻りたいなあ、などとは決して顔に出してはいけない。
「ハワード様」
「何でしょう」
「リチャード叔父様がお聞きになられた時、先程、会ったばかりですからって、おっしゃいました」
「ええ」
「私の事を、知らないから」
「そうです」
俯いたパウラが顔を上げ、アルマダを真っ直ぐ見つめる。
「知ろうとは、してくれませんの?」
アルマダがグラスを取り、琥珀色の酒を軽く口に入れる。
「さ・・・また、お会いになる事があれば」
「首都に、参られますのね」
「ええ。魔王様に会いに。謁見のお許しを頂ければですが」
「その後は」
「今の所は、私にはその後の予定はないので、マサヒデさんと一緒にレイシクラン家に行くか、国に戻るか」
「ここへは」
「もう来ないと思います」
「私」
す、とアルマダが手を上げ、パウラの口が止まった。
上げた手を、そのまま、パウラの頬に静かに手を当てて微笑む。
「綺麗な瞳ですね。真っ直ぐな瞳だ」
パウラを見つめたまま、グラスを上げる。
「この琥珀の色に溶けそうな・・・美しい瞳です」
軽く一口。ことん、とグラスを置くと、パウラが静かに目を閉じた。
が、アルマダは頬から手を離し、すっと離れてしまった。
「では、また機会があれば」
あ、とパウラが目を開けると、アルマダはテラスから中に入って行ってしまった。
歩いて行くアルマダを少し見送って、パウラはまた俯いてしまった。
(やれやれ)
わざわざこんな回りくどい演出も必要か・・・
中では、リチャードとルーカスが、カオルのモトカネに見入っている。
「おや。マサヒデさんのはまだですか」
アルマダが笑いながら、椅子に座った。
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こちらはイザベルの部屋。
懐かしい部屋で、イザベルがベッドに飛び込み、アンがくすくす笑う。
「ああ、母上!」
イザベルが声を上げながら、枕を抱いて起き上がる。
「お許し下さい! 久し振りなもので」
「構いませんよ。何かお話を聞かせて頂戴」
「いくらでもございます」
「じゃあ、トミヤス様はどんなお方?」
「素晴らしきお方です!」
「どんな風に?」
イザベルがにやにや笑いながら、枕を抱きしめる。
「お強いのです。剣だけでなく、お心も・・・斬ったのが紛れもなき悪党であっても、悩んで頭を抱えてしまうほど、お優しくて」
「そうね。ルーカスが参った、なんて言ったの、何十年振りかしら? でも、全然怖い感じはしなかったわ」
「でも、軟弱とも言えます。マサヒデ様は、それを分かって、お心をすぐに直してしまって・・・ここまで来るのに、1年も経っておりませんけれども、毎日、剣も心も強くなっていって。初めてお会いした時も、既に怖ろしい強さでした。でも、自分より強い者はいくらでもいると。まだ剣も分かっておらぬと。傲慢さの欠片も見えず、謙虚で、素直で、達観していると見えれば、子供みたいな心もあって・・・ああ!」
ばすん! とイザベルがベッドに伏せる。
「母上! もう言葉では言い表せませぬ!」
ぶんぶんぶん! イザベルの尾が振られている。
「まあ! トミヤス様よりもお強い方が?」
「たくさんおります。お父上のカゲミツ様は当然ですが、日輪国にも何人もおりました。まだお会いしておらぬ方々も多くおられましょう」
「うふふ。日輪国に帰ったら、武者修行?」
「やもしれませぬ・・・」
「イザベル」
「はい」
「トミヤス様はお好き?」
「・・・」
「お父上も、トミヤス様なら文句は言いませんよ」
「・・・」
「こちらには、報告だけしてくれれば良いから」
「・・・はい」
「うふふ。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
アンがくすっと笑って、部屋を出て行った後。
「ああ!」
イザベルが声を上げ、ぼすぼすとベッドを叩く。




