第29話
エッセン=ファッテンベルク家屋敷。
ここでは、マサヒデ達を迎えた祝宴のディナーが開催中。
貴族が集まるパーティーではなく、イザベルの家族と、親戚が1人だけ。
「そこで虎族の武術家が出てきたんです。これが怖ろしい方でして」
「どんな?」
「なんと、マフィアの子飼い・・・というのも違いますか。血に飢えて・・・というのも違いますか。戦う相手を用意してくれるから、マフィアの所に居たというだけで、別に悪事を働いていたわけではないのですが」
「まあ」
「怖ろしい方でしたよ。なんとマフィアのボスの頭を吹き飛ばし、これを詫びの代わりにして、立ち会ってくれないか、などと・・・」
「そんな戦闘狂のような・・・」
アルマダの話で、イザベルの母、アンと、親戚のパウラは盛り上がっている。
一方、父のリチャード、兄のルーカスは・・・
「この場合、常道であれば」
「父上。常道では無理です。次の一手はどう」
「魔術兵がおらぬとなると、ううむ・・・」
「私ならここに弓兵を伏せます」
「いや、それはまずいぞ。数が不足だ。一射すれば、逆に一蹴されて終わりだ。少しは驚かせる事は出来ようが、戦の趨勢にはな」
「ううむ、ブデン王とやらはどうするのでしょう」
ぱらり。
「む! ううむ・・・」
「父上・・・これは博打ではありませんか。私には勝ち目が見えません」
「うむ・・・いや待て。違うぞ。博打ではない」
「何故です?」
「天気だ。雨。雨だ。音が分からなかったのだな」
「なるほど! そうか、雨を待って、ここまで出撃を待っていたと!」
「そうだ、そういう事だ。それで家臣に突き上げられても待っていたのだ」
「しかし、しかしですよ。確かにこの地形なら、雨ならば有利です」
「なぜここで雨と?」
「はい」
「分かっていたのだ・・・おそらくな」
ぱらり。
イザベルの注釈。
ブデン王、天候能く通ず。雲見て、雨多しを知りて待つ。
合戦図が続く。
「ほれ見よ」
「ううむ!」
こちらはイザベルがまとめた日輪国の名将の合戦図の記録を見ながら、あれこれと意見を交わしている。
マサヒデはアルマダにからかわれて、拗ねてチーズをかじっているが、他はチーズやケーキのような物を食べながら、和やかに呑んでいる。
そこに、かちゃかちゃとワゴンが運ばれて来た。
皿が並べられる音で、あっ! とリチャードとルーカスが顔を上げた。
「む! ううむ、皆様、失礼を」
「失礼致しました。つい」
リチャードが咳払いをして、イザベルがまとめた本をナプキンで包み、懐に入れる。
「これは後で・・・うむ。イザベル、良く学んでおるな」
「ふふふ。父上にも学びがございましたか」
「まあ、な・・・うむ」
アンとパウラの前にも料理が置かれ、アルマダとの話も途切れた。
イザベルがナイフとフォークを取り、
「パウラお姉ちゃんは、何故こちらに」
んふ! とマサヒデがまたえづく。
イザベルが『お姉ちゃん』などと・・・
「婿選びの見合いが嫌になって、逃げてきたのです」
「それは・・・叔父上は大丈夫なのですか?」
「うふふ。知りません! だらしない人ばかり呼んできて」
「叔母上は」
「お母様がこっそり逃がしてくれました」
「なんと、叔母上がですか」
アンがざくざくと肉を切って、ひょいひょいと飲むように食べていく。
流石、狼族は大食漢だ。
「イザベル、首都で叔父上に会っても、パウラさんの事は秘密にしてね」
「はい」
話を聞いていたマサヒデが、ふっ、と皮肉に笑った。
「アルマダさんも、そろそろ妻を持ったらどうです?」
「?」
「憧れのファッテンベルク家と親戚になれますよ。ははは!」
「ははは! マサヒデさん、私は今の所、身を固めるつもりはないです」
「・・・」「・・・」「・・・」
冗談半分、もう半分は、先程からかわれた仕返しで言ったのだが、ファッテンベルク一家は黙り込んでしまった。
あれ。様子がおかしい・・・
これは言わいでもの事を言ってしまったか。
マサヒデの笑顔が固まる。
「あ、冗談です。すみません、私、こういう所が疎くて」
「全く。マサヒデさん、やめて下さいよ」
かた、と静かにリチャードがナイフとフォークを置く。
「ハワード様は、確かご三男でしたな」
マサヒデは下を向いてしまった。
まずい。これは非常にまずい流れだ。
「ええ。そうです」
「ふむ。そうですか・・・ふむ」
イザベル以外のファッテンベルク一族が、アルマダの顔をじっと見つめる。
「リチャード様。酒の席の冗談にしましょう。私はその気はありません」
「パウラではご不満ですか」
「つい先程会ったばかりですので、そのご質問には、お返事は出来かねます」
「・・・」
「リチャード様。私は剣にしか興味は持てません。大変申し訳無いのですが、貴族商売は真っ平御免です」
「・・・」
澄ました顔でステーキを切るアルマダを見て、リチャードがにやりと笑った。
「酒の席の冗談にしましょう」
アルマダが軽く頭を下げ、切った肉を取る。
「ありがとうございます。ところで、これは何の肉でしょう? これは食べた事のない肉です」
「ラクダです」
「ほう! ラクダの! もっと脂っこい感じかと思っていました」
アルマダが肉を切りながら、マサヒデに鋭い目を向けた。
ごめんなさい。
下を向いたマサヒデの目が、ちらりとアルマダを見て、そう言っていた。
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肉の次にまた肉。
いきなりメインディッシュだと思ったのだが、オードブルだったのか。
流石と言うべきか、変わっていると言うべきか。恐らく後者だが。
次は肉盛りのスープ・・・のような物。どろっとしている。
マサヒデがどろりとしたスープをすくって、ふうふう吹いて口に入れる。
「あ、これ熊ですね」
「ええ。しかし、日輪国の熊とは味が少し違いますね」
「私はこの方が好きですよ。どろっとしてますけど、熊鍋とはまた違いますね。うん、凄く美味しいですよ、これ」
ルーカスがにっこり笑って、
「私が今朝狩ってきました」
「おお! そうでしたか! ううむ、美味いです」
「喜んで頂けて何より。そうそう、トミヤス殿。ひとつ」
「む、何でしょう」
「父上から聞きました。トミヤス殿は名刀をお持ちだとか」
イザベルだ。イザベルがリチャードに話したのだ。
「そうなんですよ!」
クレールが声を上げる。
その向こうから、ラディがマサヒデを見ている。
一流の刀数寄者が2人・・・
「マサヒデ様! お食事の後、見て頂きましょう! 魔の国は、刀って少ないですから!」
「ええ。構いませんよ」
「リチャード様もご一緒に! きっと、刀好きになりますよ!」
「そうしましょう。イザベルから虎を両断したと聞きましたが、あれは真で?」
ちら、とマサヒデがイザベルを見ると、イザベルが目を逸らす。
「まあ、そうです」
「鎧も斬ったとか」
「まあ、はい」
「ふうむ・・・トミヤス様、鉄が届きましたが、こちらで作れますかな」
「ん! ううむ・・・」
マサヒデが腕を組んで唸る。
刀は作り方が分かっても、一朝一夕で打てる物ではない。
「出来ない事はないと思いますが、時間は掛かると思います。それに、刀は繊細で、はっきり言って面倒ですよ。手入れも細々としないといけませんし、研ぎにも時間が掛かります。剣を作る方が良いと思います。ラディさんはどう思います」
急に話を振られて、くふ、とラディが小さく咳き込み、慌ててスプーンを置いて、ナプキンで口を抑えながら、
「私も、そう思います」
「彼女は刀鍛冶の娘です」
と、アルマダがフォロー。
「む。刀鍛冶というと・・・ホルニ工房?」
「そうです」
「そうか! あのホルニ工房の・・・ううむ」
リチャードが腕を組んで唸る。
ラディが思い切って口を開けた。
「少し宜しいでしょうか」
「何かな」
ラディが腰の脇差を取り、ひとつひとつ部品を指差しながら、
「刀は、刀身が打てれば良いという物ではなくで、鞘、柄、金具の専門の職人も必要です。研ぎも剣とはかなり違って繊細で、やはり専門家が必要です。手入れにも専用の油が必要です。製作するには、鍛冶屋だけでは無理です。勿論、それは外に頼む、という事は出来ますが、魔の国には刀も少ないと聞きますので、職人自体、そう多くはないと思います」
「ううむ・・・」
アルマダがにっこり笑って、壁に掛かった剣を指差す。
「リチャード様、試しに、あのような剣を打ってもらってみては如何です。飾り物にするには勿体ないでしょう。良い鋼であれば、鎧を打っても大丈夫な物が打てるかもしれませんよ」
そこには、もはや飾り物となったフランベルジュが掛かっていた。




