第28話
そしてパーティーが始まるのである。
と言っても、マサヒデが想像していたような貴族様のお集まりではなく、イザベルの家族だけ。
『エッセン=ファッテンベルク』はファッテンベルク本家。
本家という事は分家の親戚もいくつかあるのだろうが、ここらはどこも領地の面積が広いから、近隣から貴族を呼び寄せる事は簡単ではあるまい。近くても片道何週間が普通であろう。
イザベルの兄、ルーカスも、2ヶ月かけて任地からここに戻っている。
任地は隣の隣の領地。それで、馬で2ヶ月。かなり遠い。
執事が皆のグラスにワインを注いでいき、行き渡って、リチャードが立ち上がった。
先程の立ち会いで驚いたせいか、少しは軽くなっているが・・・
テーブルの皆を鋭い目で見回し、グラスを上げる。
「それでは、乾杯」
「かんぱーい!」
明るい声を上げたのはクレールだけで、マサヒデ達は緊張して「乾杯」と声を上げるのが精一杯。
アルマダは落ち着いて、笑顔でグラスを傾けている。流石だ・・・
イザベルはワインを一息に飲み干し、グラスを置き、
「父上。兄上。早速ですが、ご報告せねばならぬ事が」
「む」「何だ」
イザベルが懐から紙を綴じた冊子を取り出す。
「私、武術のみを学んでおった訳ではございませぬ」
「ほう」
「途中どころか、さわり程度でございますが、私の勉学の成果。ご覧下さいませ」
ああ、とマサヒデが頷いた。
イザベルがまとめていた、人の国の軍学書。
日輪国の戦乱期の戦の記録だ。
魔の国の歴史には戦らしい戦がないので、こういった記録が乏しく、世界に知られた軍学書、といった程度しかないという。
「ふむ」
リチャードは無関心に冊子を取り、マサヒデを見る。
マサヒデは首を振り、
「私ではありません。イザベルさんが自分で探し、自分で学び始めた事です」
おや、とリチャードが少し驚き、ルーカスを見る。
ルーカスも眉を上げて、リチャードを見て、冊子を見る。
「そうですか・・・イザベルが」
ばらばらと適当にめくって、手を止める。
「ふむ。合戦図な。ほう」
ふっ、とイザベルが笑う。
「父上」
「何だ」
「その合戦図、人族のみの合戦の図とご承知してご覧下さい。別の種族の者は入っておりませぬ」
「む」
イザベルが立ち上がり、リチャードの後ろから覗き込む。
「おお、これは私も驚きました。モートシー王の合戦図ですね。銀で有名でありました、あのモートシー家の初代王です。3000で3万に勝つには。籠城し、5000の民間人を抱えて、しかも打って出て野戦で」
「む・・・むむ・・・」
ふふん、とリチャードの後ろでイザベルが笑う。
「モートシー王曰く、勝つる事間違いなし。父上。種族の差なく、手勢3000、敵勢3万。野戦で。勝つ事は間違いない、と言えますか」
ぐ、とリチャードの眉間に深くしわが刻まれる。
「・・・」
「兄上は如何です」
「・・・難しいな」
「日輪国の名将軍師は数多おりまして・・・とてもまとめきれず、私、困っております。ふふふ」
リチャードがルーカスに冊子を渡し、ルーカスもぱらぱらとめくり、
「ううむ」
と、唸り、眉を寄せる。
「これを私の勉学の証と、旅の土産に」
「うむ・・・そうか」
がた、がた、とリチャードが椅子を動かし、ルーカスの方に動いていく。
ルーカスが難しい顔を上げ、リチャードの方に合戦図を差し出し、指さして、
「父上。ここを見て下さい」
「何?」
「合戦が始まって・・・」
「正面が本隊であろう・・・厚すぎる」
ぱらり。
「ここに伏兵を置きます。しかしこれではいくら何でも」
「無謀にしか見えぬが」
イザベルがチーズを摘み、母のアンを見て、くすっと笑う。
「そうそう。戦乱期の日輪国には、魔術師はおりませんでした」
「む!」「そ、そうであったな!?」
アンも、全く仕方のない・・・といった苦笑を浮かべ、チーズを摘む。
「父上、これは英雄王と呼ばれてもおかしくないですよ」
「全くだ・・・一体、どういう」
「英雄王! そうそう! 日輪国8代王は、タイガーハートと呼ばれる英雄王であったとか!」
ぷ、とアンが笑って、
「イザベル、その辺りにしておきなさいな」
「ふふふ。はい」
「パウラさん」
アンがイザベルの姉らしき、少し年上の女に声を掛けると、立ち上がって、スカートを摘み、優雅に頭を下げた。
「皆様、ご紹介が遅れました。パウラ=ロブ=ファッテンベルクと申します」
エッセンではない。分家の者だったのか。
「パウラさんは、首都からこんな田舎に遊びに来ておられたのです。皆様、お見知り置き下さい」
「パウラお姉ちゃんは」
ぶ! とマサヒデ、トモヤに、シズク、アルマダまで吹き出した。
クレールもカオルも、チーズを摘んだまま、呆然とイザベルを見つめる。
『お姉ちゃん』
およそ、イザベルの口から出る言葉ではない。
そのイザベルは、不思議そうに、むせたマサヒデを見る。
「如何されました?」
ん、おほん、とアルマダが咳払いをして立て直し、すす、と口を拭いて、さらりと髪をかきあげ、
「いえ。流石にイザベル様の姉君、美しいお方だ、と思っておりましたが、ご親戚の方でしたか」
さり気なく2人を褒める所は流石だ。
「まあ」
パウラがにっこり笑って、
「お上手ですこと。ハワード様、行く先々で女性に囲まれておりますなどと、本当の噂でしたのね」
「ははは! 私など大した者ではありません。マサヒデさんに比べたら。ねえ?」
「んっ」
もちゃもちゃとチーズを食べるマサヒデが、アルマダの方を向く。
また、マツやクレールを引き合いに出すのか・・・
「ジョアルでも、冒険者ギルドの受付嬢の方を泣かせていましたよ」
「ぐふっ」
こん、こん、とマサヒデがむせる。
「まあ!」「あら!」
アンとパウラがむせるマサヒデを見る。
アルマダは哀しげな顔を作って、首を振り、
「あれは可哀想でしたよ・・・病に倒れたマサヒデさんを心配して、クレール様、イザベル様がお側におられるというのに、意を決して、顔を青くしながらも、見舞いに来てくれたんですが」
「やめて下さいよ!」
アルマダは無視してグラスを取り、一口入れて、
「そんな事も分からずに、お見舞いありがとう。私は大丈夫だから、もう帰ってくれ、だなんて、すげなく帰してしまって。クレール様も可哀想になってしまって、嫉妬するどころか、一緒に酒を呑んでいたくらいです」
クレールも責めるような目でマサヒデを見る。
「マサヒデ様、あれは可哀想でした」
ふん、とマサヒデが鼻を鳴らし、
「じゃあ何ですか。あの方、次の妻にしても良いんですか」
「それは・・・それは、あれですけど」
「あれってなんです」
「もう!」
ぷん! とクレールがそっぽを向くと、アルマダが笑う。
「ははは! こんな感じで、これまで何人の女性を泣かせた事か!」
「泣かせてませんよ!」
アルマダがにやっと笑い、グラスを傾ける。
「あの方は、泣いてましたよ」
「・・・」
「ふふ。この通りです」
「おほほほ!」「うふふ」
黙り込んだマサヒデを見て、アンとパウラが笑う。
「モテるのに、女心の欠片も分かってない。余計にたちが悪いでしょう。ところで、このチーズが、もしかして名産という?」
アルマダがチーズを摘み上げる。
アンが頷いて、
「ラクダのチーズです。外から来たお方には、珍しいお味でしょう」
「はい。これ程に美味しいチーズは珍しい。酸味に甘味があり、コクがあるのに、不思議とさっぱりしていて、素晴らしい味です。ワインには最高の友ですね」
「外に出せれば良いのですけれど。日持ちがしませんから」
「ここでしか食べられない、ですね。イザベル様が自慢するのも納得の絶品です」
アンがにっこり笑って、ぱん、ぱん、と手を叩く。
「そろそろお料理をお持ちなさい」
給仕が頭を下げて下がって行き、執事がにこにこしながら歩いて来て、アルマダのグラスにワインを注ぐ。
「ううむ! このワインにこのチーズ、これだけでもここに来た甲斐がありました」




