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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
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第27話


 エッセン=ファッテンベルク家屋敷、玄関前。


 マサヒデと、イザベルの兄のルーカスが、木刀、木剣を持ち、向き合った。

 少し離れて、玄関にクレール達と、イザベルの母と姉。

 審判はアルマダ。


「リチャード様もおっしゃいましたが、確かにディナーにはまだ早い時間です。ここは3本勝負と参りましょう。ルーカス様、マサヒデさん、宜しいですか」


「構いません」「はい」


「少し」


 2人が返事をした所で、リチャードがアルマダの隣に立った。


「少し宜しいかな」


 む? と、マサヒデ、ルーカス、アルマダがリチャードを見る。

 リチャードは、すう、と息を吸い込み、


「集合せよ! ルーカスとトミヤス殿の立ち会いである! 見学を許す!」


「「「ははっ!」」」


「父上」


「折角の機会だ。皆にも見せてやれ。集まるまで、少し待て」


「は」


「トミヤス殿。宜しいですか」


「私は構いませんが・・・」


 どうするか。

 アルマダが言っていたのは聞こえていたが、このルーカスという男、やる。

 少し甘く見ているのではないだろうか。


 3本勝負。


 かちゃかちゃと鎧を鳴らし、私兵達が集まってくる。

 これらの前で、勝って良いのか、負けて良いのか。

 イザベルの主という手前、勝たねばという所もあるし・・・

 かと言って、私兵達の前で、ルーカスが負ける姿を見せて良いのか・・・


(いかん)


 負ける姿を見せて良いのか、などと。

 もう勝ったつもりでいるのか。


 マサヒデは木刀を脇に挟み、ぱんぱん、と軽く頬を叩き、気を引き締める。

 ふう! と息を吐き、もう一度吸い込み、ふうう・・・と、細く吐いていく。


(いかん、いかん)


 呼吸を整え、姿勢を整え、心を整え・・・

 折角の手合わせの機会、手抜きなど許されるものか。


「トミヤス殿」


 リチャードの声。


「はい」


 マサヒデが頷き、ルーカスを見て、無形に木刀を垂らす。

 周りには私兵が集まっている。

 自分こそ、恥をかいてはならない。1本は必ず取らねば。


「構え」


 アルマダの声が掛かった。

 マサヒデはそのまま。

 ルーカスは正眼に構えた。


(やはり、やる!)


 構えで分かる。この男、只者ではない。イザベルとは格が違う。


(アルマダさんめ)


 心中で毒づいた所で、


「一本目! 始め!」


 アルマダの声が掛かった。

 同時に、つい、とマサヒデが出た。


 ひゅん!


 マサヒデの鼻先を、ルーカスの剣が落ちる。


(何)


 小さな振りだ。

 確かに、振り上げて振ったのではないが、何しろ剛力の狼族で、あの長さの剣。

 小振りでも、この鋭さ。人族の頭は簡単に割れる。鎧も断ち切るだろう。


 ルーカスの方も驚いた顔をしている。

 あれは当たると見えたのか・・・


 車道流の、誘いの歩法である。

 初めて見るなら、出来る者ほど、目の良い者ほど、引っ掛かる。

 逆に、素人や、大して心得のない者には引っ掛からないのだが。


「ふふ」


 イザベルが含み笑いをしているのが聞こえる。


(驚いたな)(今のは一体)


 どちらも驚いていた。

 ルーカスの腕はこれ程か。トミヤス流とはこれほどか。


 一瞬早くマサヒデが踏み込む。

 と、思い切って剣を深く引き、ルーカスが大きく間を開けた。

 だが、大きく動いて全く崩れていない。


(くそ。機を逃した。警戒している)


 すい、すい、すい、とマサヒデが間を詰めていく。

 ぴたりとマサヒデが足を止めた所で、ひゅ! とルーカスの剣が払われた。


(もう逃さん)


「何!?」


 ルーカスが声を上げた所で、す、す、とマサヒデが入る。


「あっ!?」


 今度はマサヒデが驚き、声を上げながら、すっと礼をするように頭を下げた。

 反射的にした行動だ。


 一瞬遅れて気付いた。

 ルーカスの足が見えない。背中を何かが掠めた。後頭部の髪が、風を感じた。


(跳んだ!?)


 高い。長い剣。

 頭を下げていなかったら、叩き割られたかもしれない。

 マサヒデの背よりも高く跳びながら、下に剣を振ってきた。

 驚きつつも、くるりと後ろに回りながら、斬り上げるようにして止めた所に、ルーカスが落ちてきた。


「一本!」


 アルマダの声。

 ふう! とマサヒデが息をつく。


 反射的に動きはしたが、避けられたのは、本当に運だけだ。

 見えていたわけではない。

 もし仰け反っていたら、どうなった事か。


 確かに驚いたが、跳んでくれて助かった所もある。

 避けさえすれば、落ちてくる所に木刀を合わせるだけだ。


「く、く」


 背を向けたルーカスから、小さな声が聞こえる。

 あれは自信があったのだろう。

 おおっ! と私兵達からも驚きの声が上がった。


 カゲミツの師、コヒョウエ=シュウサンもそっくりの使い方をする。

 もしコヒョウエに見せてもらっていなかったら、反射すら出来なかったはず。


「トミヤス殿」


 振り向いたルーカスは真面目な顔であったが、マサヒデには悔しさと焦りを感じられた。平静を失っている。次は簡単に取れそうだ。


「もう一本」


「はい」


 アルマダの前に戻って、互いに構える。

 もう取れる。顔には出ていないが、はっきりと焦りを感じている。

 家族の前で、私兵達の前で、負けを晒してしまったからか。

 それとも、もしや負けるとは思っていなかったからか。


(はっきり分かる。分かるぞ)


「始め」


 マスダと戦った時と同じだ。手に取るように、ルーカスの感情が分かる。心の揺れが分かる。どこに揺れる・・・


(右だ)


 半身になって、右脇構えのように木刀を引く。

 すとん、と鋭い振り下ろしがマサヒデの手を掠める。


(上がるぞ)


 横を向いたまま、背を仰け反らす。

 斬り上げが目の前を通り過ぎていく。


 その体勢のまま、さらに後ろに。

 同じ軌道で斬り返された剣が落ちていく。


(驚いたな? 引くかな?)


 ルーカスが間を開ける。落ち着こうとしている。

 素人なら、ここで振り回してくる所だが、流石に違う。

 足を引き、右肩に担ぐような、切先を後ろに向けた八相のような。


 確かに、どう来るか分かりづらくはなるが・・・

 ルーカスが更に足を引こうとしたと同時に、マサヒデも思い切り踏み込んだ。


 かつーん!


 乾いた音が響いた。


「何と!?」


 リチャードが思わず声を上げ、ルーカスも手元に目をやった。

 マサヒデの木刀の切先が、ルーカスの木剣の柄頭を叩いている。


 かん、かん。


 刀と違い、剣は柄頭が大きいので、こうやって突いても抜けはしないが、驚かすには十分だ。


「む!」


 ルーカスの手が動いた瞬間、マサヒデが手を回し、木刀を平にした。

 首に、切先がぴたり。

 反りがある刀ならではの芸当だ。


「一本!」


 アルマダの声が響く。


「ああ!」


 ルーカスが天を仰ぎ、剣を下げた。


「トミヤス殿! もう参った!」


 マサヒデは木刀を引いて、左手に納め、


「ルーカス様、少し置いて、落ち着いて下さい。今のは心が乱れていましたから、動きが丸分かりでしたよ。心を平静に」


「ううむ・・・」


 アルマダの前に戻り、ルーカスが落ち着くのを待つ。

 ふう! ふう! ふう・・・ふうー・・・


「ルーカス」


 リチャードが声を掛けたが、ルーカスは無視して、呼吸を整え、肩の力を抜き、心を平静に保とうとしている。

 落ち着いたルーカスの目が据わっている。


「よし・・・よし。ハワード様、トミヤス殿。お待たせしました」


 アルマダが頷き、


「構え」


「待って下さい」


 マサヒデが声を上げたので、アルマダも止まった。


「ん?」


「ルーカス様。驚くものをお見せしましょう。アルマダさん、どうぞ」


 ははあん、とアルマダもぴんときた。

 無願想流を見せるつもりだ。


「はい。では、始め」


 マサヒデが軽く踏み込んだ。

 まだ間合いの・・・


「あっ!」


 すっと木刀が伸びてきた、と見えた時には首元。

 一瞬遅れて、とん、とマサヒデの前足が置かれた。

 マサヒデは深く、低く踏み込んでいたが、こんな大きな動きが何故・・・


「一本」


 ルーカスが驚いて顔を仰け反らしながら、


「今のは・・・」


 す、とマサヒデが木刀を引きながら、前足も引いて、にやりと笑った。

 カオルがやっていたから、絶対にルーカスにも通じると思った。


「これが剣術というものです」


 聞いたカオルがにやりと笑う。


「ああ、駄目だ! 完全に参りました!」


 ルーカスは剣を下げ、マサヒデに頭を下げた。

 リチャードは何があったのか分からず、


「ハワード様、今のは? 何故、ルーカスは避けられなかったのです?」


「横から見ているとよく分かりませんが、対していると分かります。避けられない剣というやつです」


「避けられない剣?」


「まあ、避けられないは言い過ぎですね。避けづらい、ですか。試しにリチャード様も受けてみますか?」


「うむ・・・見てみたい。おい、ルーカス。剣を貸せ」


「父上」


 顔を上げたルーカスから木剣をもぎ取り、リチャードが上段に構える。

 アルマダ達のようなプレートアーマーを着ると、剣は上段には構えづらい。物によってはそもそも無理。だが、良いラメラーは柔軟に動くので、十分に可能だ。


「トミヤス殿、今のを頼みます」


「はい。打てると思ったら、いつでも」


「うむ! 参りますぞ!」


 打ち込もうとした瞬間、びく! とリチャードが右に身体を傾けた。

 気付いたらマサヒデの木刀が伸びて来ていて、左脇に置かれている。

 もろに鎧の急所を突かれた。

 遅れて、たん、とマサヒデが足をついた。


「おおっ!? め、面妖な!?」


「こういう仕掛けです」


「ど、どういう仕掛けだ!? さっぱり分からん!? いきなり木刀が!」


「剣に身を任せている。それだけです」


 剣から出て行き、身体はそれに任せてついて行く。これが無願想流の振り。

 起こりがないから、相手の動きや起こりを捉えようとしているほど見えない剣。


(うん! やはり無願想流は良い剣だ!)


 マサヒデがにこりと笑って木刀を引くと、リチャードが木剣を下げて、渋い顔で頭に手を置いた。


「トミヤス殿、部下の手前、少しは気を利かせてくれませぬか」


「あ、これは」


「ははは! 父上! それはないでしょう!」


 イザベルが笑いながら歩いて来て、リチャードの手から木剣を取り、


「さて父上。トミヤス流は如何ですか」


「駄目だ」


「おや。駄目ですか?」


「ああいや、そういう意味ではない。私にはとても敵わぬという意味だ。いや、これは参った・・・イザベル、トミヤス流をやっていたら、いつまで経っても嫁に行けんぞ」


「ははは! 行き遅れるなよ!」


 ルーカスが笑ってイザベルの肩を叩いて、玄関に向かって行き、リチャードも首を傾げながら戻って行く。イザベルがマサヒデに手を差し出し、


「マサヒデ様、木刀をお預かり致します」


「あ、はい」


 イザベルの手に木刀を預け、マサヒデも玄関に向かう。

 カオルがにやにや笑っていた。


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