第27話
エッセン=ファッテンベルク家屋敷、玄関前。
マサヒデと、イザベルの兄のルーカスが、木刀、木剣を持ち、向き合った。
少し離れて、玄関にクレール達と、イザベルの母と姉。
審判はアルマダ。
「リチャード様もおっしゃいましたが、確かにディナーにはまだ早い時間です。ここは3本勝負と参りましょう。ルーカス様、マサヒデさん、宜しいですか」
「構いません」「はい」
「少し」
2人が返事をした所で、リチャードがアルマダの隣に立った。
「少し宜しいかな」
む? と、マサヒデ、ルーカス、アルマダがリチャードを見る。
リチャードは、すう、と息を吸い込み、
「集合せよ! ルーカスとトミヤス殿の立ち会いである! 見学を許す!」
「「「ははっ!」」」
「父上」
「折角の機会だ。皆にも見せてやれ。集まるまで、少し待て」
「は」
「トミヤス殿。宜しいですか」
「私は構いませんが・・・」
どうするか。
アルマダが言っていたのは聞こえていたが、このルーカスという男、やる。
少し甘く見ているのではないだろうか。
3本勝負。
かちゃかちゃと鎧を鳴らし、私兵達が集まってくる。
これらの前で、勝って良いのか、負けて良いのか。
イザベルの主という手前、勝たねばという所もあるし・・・
かと言って、私兵達の前で、ルーカスが負ける姿を見せて良いのか・・・
(いかん)
負ける姿を見せて良いのか、などと。
もう勝ったつもりでいるのか。
マサヒデは木刀を脇に挟み、ぱんぱん、と軽く頬を叩き、気を引き締める。
ふう! と息を吐き、もう一度吸い込み、ふうう・・・と、細く吐いていく。
(いかん、いかん)
呼吸を整え、姿勢を整え、心を整え・・・
折角の手合わせの機会、手抜きなど許されるものか。
「トミヤス殿」
リチャードの声。
「はい」
マサヒデが頷き、ルーカスを見て、無形に木刀を垂らす。
周りには私兵が集まっている。
自分こそ、恥をかいてはならない。1本は必ず取らねば。
「構え」
アルマダの声が掛かった。
マサヒデはそのまま。
ルーカスは正眼に構えた。
(やはり、やる!)
構えで分かる。この男、只者ではない。イザベルとは格が違う。
(アルマダさんめ)
心中で毒づいた所で、
「一本目! 始め!」
アルマダの声が掛かった。
同時に、つい、とマサヒデが出た。
ひゅん!
マサヒデの鼻先を、ルーカスの剣が落ちる。
(何)
小さな振りだ。
確かに、振り上げて振ったのではないが、何しろ剛力の狼族で、あの長さの剣。
小振りでも、この鋭さ。人族の頭は簡単に割れる。鎧も断ち切るだろう。
ルーカスの方も驚いた顔をしている。
あれは当たると見えたのか・・・
車道流の、誘いの歩法である。
初めて見るなら、出来る者ほど、目の良い者ほど、引っ掛かる。
逆に、素人や、大して心得のない者には引っ掛からないのだが。
「ふふ」
イザベルが含み笑いをしているのが聞こえる。
(驚いたな)(今のは一体)
どちらも驚いていた。
ルーカスの腕はこれ程か。トミヤス流とはこれほどか。
一瞬早くマサヒデが踏み込む。
と、思い切って剣を深く引き、ルーカスが大きく間を開けた。
だが、大きく動いて全く崩れていない。
(くそ。機を逃した。警戒している)
すい、すい、すい、とマサヒデが間を詰めていく。
ぴたりとマサヒデが足を止めた所で、ひゅ! とルーカスの剣が払われた。
(もう逃さん)
「何!?」
ルーカスが声を上げた所で、す、す、とマサヒデが入る。
「あっ!?」
今度はマサヒデが驚き、声を上げながら、すっと礼をするように頭を下げた。
反射的にした行動だ。
一瞬遅れて気付いた。
ルーカスの足が見えない。背中を何かが掠めた。後頭部の髪が、風を感じた。
(跳んだ!?)
高い。長い剣。
頭を下げていなかったら、叩き割られたかもしれない。
マサヒデの背よりも高く跳びながら、下に剣を振ってきた。
驚きつつも、くるりと後ろに回りながら、斬り上げるようにして止めた所に、ルーカスが落ちてきた。
「一本!」
アルマダの声。
ふう! とマサヒデが息をつく。
反射的に動きはしたが、避けられたのは、本当に運だけだ。
見えていたわけではない。
もし仰け反っていたら、どうなった事か。
確かに驚いたが、跳んでくれて助かった所もある。
避けさえすれば、落ちてくる所に木刀を合わせるだけだ。
「く、く」
背を向けたルーカスから、小さな声が聞こえる。
あれは自信があったのだろう。
おおっ! と私兵達からも驚きの声が上がった。
カゲミツの師、コヒョウエ=シュウサンもそっくりの使い方をする。
もしコヒョウエに見せてもらっていなかったら、反射すら出来なかったはず。
「トミヤス殿」
振り向いたルーカスは真面目な顔であったが、マサヒデには悔しさと焦りを感じられた。平静を失っている。次は簡単に取れそうだ。
「もう一本」
「はい」
アルマダの前に戻って、互いに構える。
もう取れる。顔には出ていないが、はっきりと焦りを感じている。
家族の前で、私兵達の前で、負けを晒してしまったからか。
それとも、もしや負けるとは思っていなかったからか。
(はっきり分かる。分かるぞ)
「始め」
マスダと戦った時と同じだ。手に取るように、ルーカスの感情が分かる。心の揺れが分かる。どこに揺れる・・・
(右だ)
半身になって、右脇構えのように木刀を引く。
すとん、と鋭い振り下ろしがマサヒデの手を掠める。
(上がるぞ)
横を向いたまま、背を仰け反らす。
斬り上げが目の前を通り過ぎていく。
その体勢のまま、さらに後ろに。
同じ軌道で斬り返された剣が落ちていく。
(驚いたな? 引くかな?)
ルーカスが間を開ける。落ち着こうとしている。
素人なら、ここで振り回してくる所だが、流石に違う。
足を引き、右肩に担ぐような、切先を後ろに向けた八相のような。
確かに、どう来るか分かりづらくはなるが・・・
ルーカスが更に足を引こうとしたと同時に、マサヒデも思い切り踏み込んだ。
かつーん!
乾いた音が響いた。
「何と!?」
リチャードが思わず声を上げ、ルーカスも手元に目をやった。
マサヒデの木刀の切先が、ルーカスの木剣の柄頭を叩いている。
かん、かん。
刀と違い、剣は柄頭が大きいので、こうやって突いても抜けはしないが、驚かすには十分だ。
「む!」
ルーカスの手が動いた瞬間、マサヒデが手を回し、木刀を平にした。
首に、切先がぴたり。
反りがある刀ならではの芸当だ。
「一本!」
アルマダの声が響く。
「ああ!」
ルーカスが天を仰ぎ、剣を下げた。
「トミヤス殿! もう参った!」
マサヒデは木刀を引いて、左手に納め、
「ルーカス様、少し置いて、落ち着いて下さい。今のは心が乱れていましたから、動きが丸分かりでしたよ。心を平静に」
「ううむ・・・」
アルマダの前に戻り、ルーカスが落ち着くのを待つ。
ふう! ふう! ふう・・・ふうー・・・
「ルーカス」
リチャードが声を掛けたが、ルーカスは無視して、呼吸を整え、肩の力を抜き、心を平静に保とうとしている。
落ち着いたルーカスの目が据わっている。
「よし・・・よし。ハワード様、トミヤス殿。お待たせしました」
アルマダが頷き、
「構え」
「待って下さい」
マサヒデが声を上げたので、アルマダも止まった。
「ん?」
「ルーカス様。驚くものをお見せしましょう。アルマダさん、どうぞ」
ははあん、とアルマダもぴんときた。
無願想流を見せるつもりだ。
「はい。では、始め」
マサヒデが軽く踏み込んだ。
まだ間合いの・・・
「あっ!」
すっと木刀が伸びてきた、と見えた時には首元。
一瞬遅れて、とん、とマサヒデの前足が置かれた。
マサヒデは深く、低く踏み込んでいたが、こんな大きな動きが何故・・・
「一本」
ルーカスが驚いて顔を仰け反らしながら、
「今のは・・・」
す、とマサヒデが木刀を引きながら、前足も引いて、にやりと笑った。
カオルがやっていたから、絶対にルーカスにも通じると思った。
「これが剣術というものです」
聞いたカオルがにやりと笑う。
「ああ、駄目だ! 完全に参りました!」
ルーカスは剣を下げ、マサヒデに頭を下げた。
リチャードは何があったのか分からず、
「ハワード様、今のは? 何故、ルーカスは避けられなかったのです?」
「横から見ているとよく分かりませんが、対していると分かります。避けられない剣というやつです」
「避けられない剣?」
「まあ、避けられないは言い過ぎですね。避けづらい、ですか。試しにリチャード様も受けてみますか?」
「うむ・・・見てみたい。おい、ルーカス。剣を貸せ」
「父上」
顔を上げたルーカスから木剣をもぎ取り、リチャードが上段に構える。
アルマダ達のようなプレートアーマーを着ると、剣は上段には構えづらい。物によってはそもそも無理。だが、良いラメラーは柔軟に動くので、十分に可能だ。
「トミヤス殿、今のを頼みます」
「はい。打てると思ったら、いつでも」
「うむ! 参りますぞ!」
打ち込もうとした瞬間、びく! とリチャードが右に身体を傾けた。
気付いたらマサヒデの木刀が伸びて来ていて、左脇に置かれている。
もろに鎧の急所を突かれた。
遅れて、たん、とマサヒデが足をついた。
「おおっ!? め、面妖な!?」
「こういう仕掛けです」
「ど、どういう仕掛けだ!? さっぱり分からん!? いきなり木刀が!」
「剣に身を任せている。それだけです」
剣から出て行き、身体はそれに任せてついて行く。これが無願想流の振り。
起こりがないから、相手の動きや起こりを捉えようとしているほど見えない剣。
(うん! やはり無願想流は良い剣だ!)
マサヒデがにこりと笑って木刀を引くと、リチャードが木剣を下げて、渋い顔で頭に手を置いた。
「トミヤス殿、部下の手前、少しは気を利かせてくれませぬか」
「あ、これは」
「ははは! 父上! それはないでしょう!」
イザベルが笑いながら歩いて来て、リチャードの手から木剣を取り、
「さて父上。トミヤス流は如何ですか」
「駄目だ」
「おや。駄目ですか?」
「ああいや、そういう意味ではない。私にはとても敵わぬという意味だ。いや、これは参った・・・イザベル、トミヤス流をやっていたら、いつまで経っても嫁に行けんぞ」
「ははは! 行き遅れるなよ!」
ルーカスが笑ってイザベルの肩を叩いて、玄関に向かって行き、リチャードも首を傾げながら戻って行く。イザベルがマサヒデに手を差し出し、
「マサヒデ様、木刀をお預かり致します」
「あ、はい」
イザベルの手に木刀を預け、マサヒデも玄関に向かう。
カオルがにやにや笑っていた。




