第26話
こちら魔の国ファッテンベルク領ファッテンベルク市ファッテンベルク家屋敷前。
(うわあ!)
マサヒデ達は、町を出て屋敷が見える前に道を外れて止まり、着替えて来たのだが・・・
門の手前から屋敷前まで、ずらりと兵が並んでいる。
これは厳しい!
お貴族様や、王宮などとは、また違った空気を感じる。
米衆連合国の軍のパーティーとも全然違う。
アルマダが渋い顔。
「ううむ、これは失敗しましたか。私も鎧のままの方が良かったかも」
「のんびりしてますね・・・」
「さ、いつまでも眺めてないで行きましょう。ルトガーさん」
「は!」
アルマダが声を掛けると、ルトガーが手に持った旗を上に掲げた。
黄色地に黒の剣、左右に背中合わせの狼の紋章。
かつ、かつ、かつ、とルトガーが馬を進めて先頭に立ち、声を上げた。
「イザベル=エッセン=ファッテンベルク様! 御帰還!」
じゃじゃじゃ! と兵達が剣を両手に持って立てる。
「マサヒデ=トミヤス様御一行! アルマダ=ハワード様御一行! 御来客!」
じゃじゃじゃ! と兵達が剣を上げ、磨かれた剣と、兵達の小札鎧の鱗が、西日で燦然ときらめく。
ルトガーが後ろのマサヒデとアルマダをちらりと見て、馬を進めて行く。
マサヒデとアルマダも馬を進め、並んで入った時、ぶおーうー、と大きく角笛の音が鳴った。
(これは凄いな!)
きりりと顔を引き締めて、マサヒデは馬を進めて行った。
ちらりと隣のアルマダを見ると、いつもなら愛想良く笑顔を振りまいている所だが、引き締まった顔をしている。
(流石に余裕はないか)
笑いそうになるのを堪え、ぽくぽくと馬を進めて行く。
(トモヤ)
後ろでトモヤがどんな顔をしているか、と想像した瞬間、くっ! と笑いが出そうになり、慌てて咳払い。
アルマダがちらりとこちらを見たのを感じた。
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屋敷前で馬を下り、歩いて来た道を見返す。
貧乏貴族とは聞いていたが、流石に領地持ちの辺境伯ともなると広い。
建物は3階建てで、離れた所に高い塔があって、そこまで通路が繋がっている。
通路の真ん中辺りにも小さな建物がある。
あれは恐らく警備兵の待機所とか宿舎であろう。
(小さな城のようだ!)
屋敷もきらびやか、と言う感じは全くなく、重々しさを感じる建物だ。
他と比べて多くの兵も常駐しているのであろうし、仕事柄、そういう雰囲気になってしまうのか。
兵達がぞろぞろとマサヒデ達の馬の近くに1人ずつ寄って来て、鎧を鳴らして敬礼し、
「馬をお預かり致します」
と、手綱を取り、引いて行く。
これまでと同じ手順だ。
あとは、馬車からクレール達を下ろし、中に入るだけ。
だけではないが・・・
この建物よろしく、イザベルの父、リチャードも、恐ろしく威圧感のある者であった。通信越しでも、ぴりぴり緊張してしまったものだ。
今日は、あのリチャードと挨拶を交わさねばならなないのだ。
「さ、クレールさん」
「はいっ!」
マサヒデが馬車の後ろに回って、手を差し出すと、クレールが手を取り、こん、こん、と階段を下りてくる。ふわ、と柔らかな香水の香り。
今日は一番のドレスで来た。銀のドレスに赤い宝石の入ったヘッドドレスも着け、ネックレスもイヤリングもばっちり。
「ラディさん」
「はい」
ラディは馬車の中から、ずらりと並ぶ兵をちらちらと見てから、少し顔色を悪くして下りてくる。紋無し羽織袴に、腰にはマサヒデの予備の脇差、新刀の傑作、当欄乱刃のヒロスケ。
続いて、どっすん、とシズクが下りる。
同じく紋無し羽織袴。だが、やはりシズクは威圧感が違いすぎる。
「シズクさん」
「んん?」
「あなた、改めて見ると、威圧感ありますね」
「褒めてんの、それ」
「ええ」
「あっはっは! そうかそうか!」
「その威圧感、リチャード様の前でしぼませないで下さいよ」
「それは無理だわ」
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馬車の裏から出ると、トモヤが御者台から下り、兵が上に上がって行く。
トモヤが近付いてきて、マサヒデに顔を寄せ、
「マサヒデ、えらく恐ろしいぞ」
「やめろ。皆、狼族の方々だぞ。聞こえる」
ん! とトモヤが口をつぐみ、おほん! と咳払いして、
「や、皆様、気合が入っておるの」
と言って、ちらちら周りを見る。
無表情な私兵達・・・
「行くぞ」
「ん、うむ」
刀を腰から抜き、右手に持つ。貴人の前での礼儀だ。
トモヤを連れてすたすた歩いて行くと、イザベルが大きなドアの前に立ち、こちらを振り向いた。
「皆様! エッセン=ファッテンベルク家にようこそ参られました! このイザベル、心より感謝致します!」
ぎいい・・・と重々しくドアが開かれ、広いロビー。
そこには、軍服姿の相変わらず威圧感のあるリチャード。
暗めの紫のドレスを着た、年頃からリチャードの妻であろう女。
同じく軍服の、20半ばくらい(人族ならば)の男。
あの男がイザベルの兄、ルーカス=エッセン=ファッテンベルクか。
体つきはアルマダと同じくらいで、如何にも軍人と言った分厚いものではない。
イザベルやクレールが言うには、ルーカスは一流の武術家に負けない腕らしい。
ワインレッドのドレスの、イザベルより少し年上に見える女も居る。
聞いた事はなかったが、あれはイザベルの姉だろうか。
祖父や祖母、他の家族は居ないのか・・・
「お入り下さいませい!」
マサヒデの隣にクレールが立つ。
「参りましょう」
緊張が伝わったか、リチャードが薄く笑った。
笑ってはいるが、あのぴりりとした雰囲気はやはり変わらない。
襟を正し、歩き出すと、クレールも並んで一緒に歩いて来てくれた。
これは助かる。
ひやひやしながら、リチャードの手前に立ち、頭を下げる。
「マサヒデ=トミヤスです」
「む。顔を合わせては、初めてですな。改めて、イザベルの父、リチャード=エッセン=ファッテンベルクです」
声が重々しい・・・
頭を上げられずにいると、隣のクレールが前に出て、スカートの端を摘んで頭を下げた。
「クレール=フォン・・・うふふ!」
「ふふふ」
ぱ! とクレールが笑顔を上げる。
「リチャード様!」
リチャードの空気がぱっと緩んだ。
「お久し振りでございます。当屋敷に足を運んで頂けましたのは、初めてでございますな。侘しい歓迎になりますが、ご容赦下さい」
「もう! あんなに私兵の皆さんを並べて、マサヒデ様が驚いてしまいますよ!」
「ははは! これも軍人貴族の歓迎というやつでございますれば、ご勘弁を」
空気が和み、マサヒデが頭を上げると、リチャードの隣の女が頭を下げた。
灰色の長い髪を綺麗に結っている。
年はいっているが、とても美しい女性だ。
クレールが言う通り、イザベルに良く似ているが、雰囲気は柔らかい。
「トミヤス様、初めまして。イザベルの母の、アンでございます」
「は。マサヒデ=トミヤスと申します。宜しくお願い致します」
「あの、イザベルは」
「待て」
アンが何か言いかけた所で、リチャードが止め、
「アン。つもる話は後でな。ルーカス」
「はい」
イザベルの兄がマサヒデの前に立った。
マサヒデも、後ろのアルマダも、少しひやりとした。
分かる。これは出来る者だ。
ごつい身体ではないが、1歩前に出た、その動きが違う。
軍人ではなく、武術家を選んだとしても、名を馳せるに違いあるまい。
「ルーカス。ルーカス=エッセン=ファッテンベルク。イザベルの兄です」
ルーカスが手を差し出したので、マサヒデも右手に持った雲切丸を左手に持ち替え、右手を差し出し、握った。
イザベルと同じ黄色い瞳が、マサヒデの目をじっと見つめ、にやりと笑った。
「トミヤス殿」
「はい」
「ディナータイムには、まだ早いと思いませんか」
「は? まあ、そうでしょうか」
「イザベルを教えるトミヤス流・・・」
は! とマサヒデの目が見開く。
「見せてもらえませんか」
「それは、立ち会いを望むと?」
「勿論」
「宜しいのですか?」
俺に勝負を申し込んで大丈夫なのか? と、下に見られたとも聞こえるこの言葉。
だが、ルーカスは笑顔のまま。
「宜しいのですか、とは?」
「実を言うと、私の方も、もしルーカス様がおられたら、一手をと望んでおりました。まさかお誘いを下さるとは」
「ふ、ふふふ」
ルーカスが左手も出し、ぱん! とマサヒデの右手を両手で包む。
「是非とも!」
リチャードがにやりと笑い、奥の執事に顎をしゃくると、イザベルが使うような長い木剣と木刀を、正面の階段の裏から運んで来た。
ルーカスが手を離し、マサヒデを見ながら手を横に出すと、執事が木剣を渡す。
マサヒデも左手に持っていた雲切丸を、隣のクレールに持たせ、執事の手から木刀を受け取った。
「では、外で」
ルーカスが先に歩き、マサヒデもついて行く。
クレールがアルマダに不安げな顔を向けたが、アルマダは小さく笑みを浮かべ、
「大丈夫。7、3といった所ですか。マスダさんと同じくらいと見ました」
「本当ですか?」
「ええ。剣を持ってそのくらいです」
「ほう?」
こつこつと靴を鳴らし、リチャードがアルマダの前に歩いて来る。
「ハワード様。7、3ですか。ああ見えて自慢の息子ですが。しかも、剣を持って、とは?」
「では、正直に申しましょう。7、3もないと」
む、とリチャードが眉を寄せる。
「これは大きく出られましたな」
「マサヒデさんは、殺しをよしとするマフィア経営の闘技場で、現役の永世王者の、虎族の武術家に、無傷で勝てる腕ですので」
少し目に不快な色を浮かべていたリチャードの顔が、驚きに変わった。
「・・・」
「まあ、勝負は終わらねば分かりません。リチャード様、我々も参りましょう。宜しければ、審判には私が」
アルマダは、余裕の表情で玄関を出て行く。
リチャードがちらりとイザベルを見ると、イザベルはにこりと笑った。
その笑顔に心配の色は見えなかったが、兄か、マサヒデか、どちらへの笑みか。




