第23話
ジョアルを出てから3ヶ月――
正確に言えば、96日が経った。
ちらほらと砂漠のような所はあったが、全く緑のないという所はあまりなく、野盗に襲われる事もなく、無事にファッテンベルク領へと辿り着く事が出来た。
治安の悪そうな所をいくつか通りはし、警戒もしたのだが、派手な鎧を着たアルマダ達のお陰であろう。更に、人数も多い上、荷馬車とはいえキャラバンでもないという事もあったのだろう。
内陸に入れば貧相な土地。
滞在するにも難しい所ばかり。
勇者祭の参加者も居ないのである。
結局、手を出してくる者は居なかったのだ。
イザベルが前に出て来て、マサヒデと並び、前を指差す。
「マサヒデ様、あれを」
「あれ?」
マサヒデは目を細めて前を見るが、何か見えるわけでもない。
少し黒い大地が見えるだけだ。
「脇に看板が」
「看板?」
「あそこからファッテンベルク領となります」
「イザベルさん、私にはまだ見えませんよ」
狼族のイザベルと、人族のマサヒデでは視力が違う。
「あ、失礼致しました・・・つい、嬉しさのあまり」
「いや、構いません。ところで、ひとつ聞いても良いですか」
「は」
「向こうの方、地面が黒いですね。あれは、何でしょう? 石炭とか?」
くす、と隣のアルマダが笑う。
「マサヒデさん、違います。多分、石です。イザベル様、そうですね?」
イザベルが頷く。
「はい。ファッテンベルクの地は、小石が多く。お陰で土地も痩せておりますので、畑などはほとんどございませんし、緑も少ないのです」
「ははあ。と言っても、この辺りも大して変わらないですけど・・・」
ぽつぽつ草は生えてはいるが、木も見えず、川もない。
街道以外は石もごろごろしていて、とても豊かな土地とは言えない。
「もう少し厄介と言いますか・・・砂利のような石が多くて、耕すにも難しく。農業が出来ずに困ります」
「ふうむ」
聞いてはいたが、本当に酷い土地のようだ。民の多くは遊牧生活をしていると言う。
ただ、そのお陰もあって、ファッテンベルクでは馬術が大いに発展したのだ。
「そう言えば、ラクダがいるんですってね。近くで見れますかね」
「はい。ゲルがあれば、大体ラクダはおります」
「げる?」
「天幕の大きな物です。しばらくそこで暮らし、また移動して暮らせそうな場所を探し、またしばらく暮らし、また移動、という生活です」
「なるほど」
どのような生活なのだろう・・・と、マサヒデが考えていると、
「ん」
と、イザベルが小さな声を出し、目を細める。
「あれは・・・あっ」
「何かありましたか?」
「迎えが来ております。兵が見えました」
イザベルが笑顔で手を振った。
マサヒデには見えなかったが、兵が手を上げて振ったのだろうか?
一応、マサヒデも手を上げて振っておいた。
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しばらく歩いて行くと、大きなテントがひとつ、街道脇に見えてきた。
目を細めれば、何か動いているのが見える。馬に乗った人か?
「アルマダさん、あれは、誰か馬に乗ってますか?」
アルマダも目を細め、首を伸ばすようにして、
「ううむ、おそらく・・・騎兵でしょう」
「お迎えなら、こっちに来なくて良いんですか?」
「マサヒデさん、あれがファッテンベルクの私兵なら、許可なく領地を越えたら領地侵犯なんですよ。緊急時以外は、許しを得ないと出られないのです」
「あ、そうか・・・それで来ないのか・・・あの大きなテントがゲルってやつですか」
「ええ・・・本物は初めて見ますが、立派な物ですね・・・」
ぼく、ぼく、と後ろから黒影に乗ったカオルが出て来て、マサヒデに並ぶ。
「ご主人様、こちらを」
カオルが懐から遠眼鏡を出して、マサヒデに差し出す。
「おお! ありがとうございます!」
マサヒデが受け取って、遠眼鏡を覗く。
馬の上だと、揺れて見づらいが・・・
看板の向こうにゲルがあって、その前に兵士が2人。旗が立っている。
見た目は30を越えた、と言った所であろうか。人族であれば、だが。
どちらも短髪で、如何にも軍人、といった貫禄のある様相である。
「おおっ! アルマダさん、兵隊ですよ! あれがファッテンベルクの! 小札甲(こざねよろい:いわゆるラメラーアーマー)なんですか! うわあ、高いでしょうねえ、あれ!」
「見せて下さいよ」
「ちょっと待って下さい。あ、凄い! あれ旗ですね! 紋章が! おお、格好良いですねえ!」
遠眼鏡を覗きながら、マサヒデが手を振る。
アルマダがいらいらして、
「マサヒデさん。見せて下さいよ」
「はいはい」
アルマダも遠眼鏡を覗き、おお! と声を上げる。
その様子を見て、カオルがくすっと笑った。
この2人、年齢の割に大人びてはいるが、やはり子供の部分はあるのだ。
「ああー! ファッテンベルクの紋章は良いですねえ! 剣に両狼!」
「でも、弓ではないんですね。ファッテンベルクと言えば騎馬弓兵なのに」
「剣はシンプルに格好良いですからね。武門から出た家の紋章には、しょっちゅう見ますよ。でも、ファッテンベルクの剣の意匠は、実に良いですね・・・憧れますよ。うちはシンプルな十字剣ですから・・・いやあ、良いですねえ・・・」
ううむ! と唸り、遠眼鏡を目から離して、マサヒデ、カオルと渡す。
御者台からそれを見ていたトモヤが、くすくす笑いながら、御者台の後ろの幌の窓を開けて、
「皆の衆! ファッテンベルクが見えよりましたぞー!」
「あーっ!」「はい」「やあっと着いたかあ!」
クレール、ラディ、シズクが笑顔を上げる。
「ははは! ほれ、マサヒデ! お待たせしておるのじゃ! 足を早めようぞ!」
「よし! 行くぞ、黒嵐!」
常歩から速歩にして、ぱかぱか歩いて行く。
あのゲルという天幕まで行けば、ファッテンベルク領だ。
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マサヒデ達が近付くと、ゲルの前に立った兵士2人が頭を下げ、マサヒデ達を迎えた。
「フリッツー! ルトガー!」
イザベルが堪らずに、声を上げながら前に出て来る。
「お嬢様ー!」
「お待ちしておりましたー!」
シトリナを歩かせながら、するっと馬から降り、イザベルが駆けて行く。
「無事であったか!」
「お嬢様こそ!」
「良くぞここまで!」
ばん! とイザベルが2人の肩に手を置き、ぐぐ、と感極まった顔を下に向け、涙ぐんだ目を上げて、マサヒデの方に振り向く。
「改めて見てくれ! 我が主、マサヒデ様である!」
マサヒデが笠を取り、馬の鞍に引っ掛けて、馬を下りる。
おや? と、アルマダが少し首を傾げながら、馬を下りた。
今、イザベルは「改めて」と言ったか? 初対面ではないのか?
マサヒデが歩いて行き、2人の前で頭を下げる。
「初めまして。マサヒデ=トミヤスと申します」
んん! と兵2人が顔を見合わせ、笑い声を上げた。
「ははは! やはりお忘れでございましたか!」
「覚えておりませぬか! 私、トミヤス様に小手を斬られた者で!」
あっ! とマサヒデが顔を上げた。
「ああっ!? あの時の!?」
イザベルと一緒に、オリネオの魔術師協会まで来た者!
初めてイザベルと立ち会った時に、縁側で見ていた者だ!
「いやはや、トミヤス殿! あの時は肝を冷やしましたぞ!」
「そうですとも! お嬢様もここまでかと、我ら一同、覚悟を決めておりました」
「また、帰り道でも、ずっと肝を冷やしっぱなしで戻って来たのですぞ! 御大将に何と言われるかと、それはもう!」
兵2人がマサヒデに詰め寄る後ろで、アルマダは苦笑を浮かべていた。
御大将。リチャードは私兵達からそう呼ばれているのか・・・
「マサヒデさん」
アルマダが声を掛けると、マサヒデとイザベルが振り向き、兵2人もアルマダの方を向いた。
「私は初めましてですね。アルマダ=ハワードです」
「貴方様が!」
兵2人が頭を下げた。
「牧場のお話はリチャード様からお聞きしております」
「ファッテンベルクにお手を差し伸べて頂き、感謝を申し上げます」
アルマダがにっこり笑った。
「ふふ。私にそのような形式ばったご挨拶は結構です。私は格好だけですよ。気楽にして下さい。ただし、上司の前ではお気を付けて」
「は・・・」
「はは、や、これは」
照れたような顔で、2人が頭をかき、頬をかき。
「ところで、ここからお屋敷までは・・・いや、我々は、リチャード様にお目通りは叶いますでしょうか」
「それは勿論。皆様をお待ちでございます」
「お屋敷までは2日程です。道中は我らにお任せ下さい」
イザベルが兵を見て、
「なあ、フリッツ。お前がおるのであるから、父上はお迎えの準備をしておるのか」
「当然でございましょう!」
「ううむ、しまった。先に連絡を入れておくべきであったか」
「何か?」
「マサヒデ様は、パーティーが苦手であるのだ」
「・・・」
「時に、兄上は来ておるのか?」
「はい。皆様の船がジョアルに入ったと聞くやいなや、ハートゥムから駆け出してきたとの事で。先週、こちらへ戻られました」
「な、何!? ハートゥムにおられたのか!?」
ハートゥムとは、ファッテンベルク領の隣の隣。北東の広大な砂漠、メロウ伯爵領のど真ん中の大都市である。
領地の9割以上は砂漠だが、真ん中を大河が流れていて、その周りは非常に土地が肥えており、意外なほどに農業・牧畜が盛んである。ファッテンベルクの食料の多くはここから来る。
また、金や象牙の名産地でもあり、財政は潤ってはいる・・・と見られがちだが、それを狙う砂漠の盗賊、いわゆる砂族の天国でもあり、町を一歩出れば命の保証はない、とまで言われる程の治安の悪さが有名で、年に何度もメロウ伯爵の私兵や正規軍が大規模な砂族狩りに出るという始末である。
砂族との追いかけっこは絶えず、血を見ない日はないと言われる程の地域で、ここもファッテンベルク同様、私兵や軍費で、中身はそこまで裕福ではないというのが現状である。
ちなみに、隣の隣の領地と言っても、ハートゥムからファッテンベルク領までは、馬で2ヶ月を超える。それ程に広い砂漠なのだ。イザベルが驚くのも無理はない。
「はい。年明けの配置換えの際、昇進されて、ハートゥム軍騎馬隊の副長官になられました」
「ふっ、副長官!? 年明けに!? まだ間もないではないか!? それで来てしまわれたのか!?」
くすくすと兵2人が笑う。
が、マサヒデもアルマダもぎょっとしてしまった。
副長官と言えば、かなりの重役なのでは・・・
「ふふふ。はい。来てしまわれました」
「な、何と言う事だ・・・」
イザベルが額に手を当て、ふらふらとよろめき、膝を付いた。
「ややっ! お嬢様、それ程に嬉しゅうございますか!」
「ははは! お久しぶりでございますからな!」
笑う兵2人に、イザベルが手を振るう。
「ば、馬鹿っ! 馬鹿者! 副長官の任を放り出して!?」
「我々に言われましても。有給の消化だそうで、ちゃんと許可を取っておられると」
「・・・そうなのか? 本当か?」
「おそらく」
「不安になる事を言うな!」
「ルーカス様御本人がそう仰っておられるのですから、我らは何とも」
「うぬぬ・・・」
「はっはっは! ささ、お嬢様。イザベル様。しっかりなさりませ。まだ屋敷までございますゆえ。皆様も、中でご一服なされませ。茶など用意致しましょう」




