第21話
その夜、トミヤス道場、門弟長屋。
トミヤス村には、門下生の為に長屋を用意されている。
地方から来る貴族の次男、三男なども多いので、それら貴族達が出資して、空き地を買い取り、長屋を建てたのだ。宿舎のようなものである。
マスダもここに長屋はあるが、あまり使ってはいない。
が、今夜は珍しく戻って来た。酒樽を持って・・・
豪快に樽に盃をぶちこみ、ぐびぐびと酒を呑んでいると、
「マスダ先生」
ナガタニの声。
「何だあ」
返事を返すと、さらりと戸が開き、む、と顔をしかめるナガタニが見える。
「マスダ先生・・・酒を? 明かりは」
ずび、とマスダが酒をすする音。
「ナガタニさんなあ、俺は虎族だぞ。暗い方が見えやすいくらいだ」
「あ、そうでした・・・か」
「待ってろ」
がしん! がしん! と火打ち石の音。
マスダが使う火打ち石の音は桁が違う。火花が花火のようだ。冗談ではなく、線香花火のように火花が飛ぶ。
ぽ、と囲炉裏に火が付いて、ふ、ふ、とマスダが吹く。
「ほらよっと」
ぼすん、と囲炉裏の横に汚い座布団が投げられた。
「・・・失礼します」
ナガタニが上がって、座布団に座ると、マスダがぐいっと酒を煽る。
「何だ? 酒が欲しくて来たのか?」
「あ、いや。少し疑問があるのです」
「疑問?」
マスダが訝しげな顔で、盃を止める。
「ああ、いやいや! マスダ先生ではなく。カゲミツ先生の教え方についてなのです」
「ああ」
ぴんときて、マスダは盃を置き、
「そうかそうか。お前さんは、10年したら道場譲ってもらえるんだっけ・・・」
「はい」
「んー・・・」
マスダが珍しく真剣な顔で腕を組み、置いた盃を睨む。
「はっきり言うぜ。ナガタニさんじゃあ、カゲミツ先生の教え方は無理だ」
ナガタニが拳を握って俯く。
「いや、あんただけじゃねえ。俺にも、サカバヤシ先生でも、マサヒデさんでも無理だ。多分、この国中の誰でも無理だ。誰でもは言い過ぎかな。もしかしたら、1人2人いるかもしれねえって感じだ」
「剣聖だから、ですか」
マスダが首を振り、
「いいや違う。これは俺の見立てだが、まあ9分9厘は当たってると思う。カゲミツ先生は、特別な才能を持ってる。剣の才能とか、そういうのを飛び越えた才能だ」
ナガタニが訝しげな目で顔を上げた。
「才能? 剣の才能とかを、飛び越えた才能?」
「ああ。あれは特別な才能を持ってる」
「その特別な才能とは?」
ふーん、と酒臭い鼻息を吹き、マスダが盃を取り、ばちゃ、と酒樽にぶち込む。
「聞いた事ねえかな。例えば、人や物の弱い所が見えてしまって、自然とそこを触っちまうような者がいるって話」
「ございます。確か、先代のアザイ流空手の宗家がそうだったと」
む、とマスダが驚いて、盃を持って来る。
「ほう! 居たのか! そうか、やっぱりなあ・・・日輪国なら、そういう武術家が1人2人は居ると思ったぜ・・・」
ぐび、と一口入れて、一拍置き、
「カゲミツ先生もそうだ。あれは目だ」
「目ですか」
「目っつうと、ちょっと違うがな。あれは、人の動きが見えるっつうか、感じられちまう。骨、筋肉、血、神経。全部の動きが見える、分かるんだ。何て言うかな、鍛えてこう・・・気配とか感じるとか、敏感とかじゃなくてだな。分かるか? 出来るってものじゃなくて、こう、見えるんだな。目に見えるわけじゃねえから、感じる、のかな・・・どう見えるのか分からねえが。そういう破格の才能、たまに居るんだ」
「・・・」
ぱちぱちと囲炉裏の薪が鳴る。
「俺もな。オヤジに聞いてただけで、実際に見たのは、カゲミツ先生が初めてだ」
「ううむ」
「だから、ああいう教え方が出来るんだ。全員に、一言二言だけで、完全に違う教え方をして、しかもそれがぴったり合ってる。一人ひとりの剣が、もう流派が違うみたいに全く違う。無理だぜ。頑張りゃ、近い事は出来るだろうが、せいぜい、自分の流派の中での話だろ。そんなの飛び越えて違う剣だからな・・・門弟達の剣、バラバラだろ? でも上手いだろ? おかしいだろ、そんなの・・・」
マスダが立ち上がり、台所から小さな盃を持って来て、酒樽に入れて、ナガタニの前に置く。
「ナガタニさんに出来るのは、一剣流の中での使い方の違いってのが限界だな。攻めが上手い、受けが上手い、足運びが上手い・・・上が上手い、下が上手い、横が上手い・・・そういう違いまでだ。俺も、サカバヤシ先生でもそうだ。王宮剣術指南のヤナギなんたらでも、そうだろうな。他に出来る奴は居ねえよ」
「・・・」
「呑め」
「頂きます」
ナガタニが盃を取り、ぐいと一口に呑む。
マスダがそれを見て、にやりと笑った。
「中々いける口じゃねえか」
「はあっ! ・・・ああー・・・」
ナガタニが口を袖で拭い、笑顔を上げた。
「なるほど、そうでしたか!」
「何だ。良い顔になったじゃねえか。がっかりするかと思ったが」
「いいえ! もっとカゲミツ先生の教えを知りたくなりました」
「かはははは! そうかそうか! 実は俺もよ! なあ、ところでよ」
たん、とマスダが盃を置く。
「はい」
「さっきのアザイ流空手の先代ってのは、まだ生きてんのか」
「ああ、いえ。もう20年以上前に」
「ちっ! 何だよ・・・」
ふう、と溜め息をついて、マスダが酒樽に盃を入れ、酒を酌む。
そして、口に持って行って、ぴたりと止めた。
「・・・すー・・・そうだ。あんたにゃあ教えちゃっても良いかな・・・」
急に真面目な顔になったマスダの顔に、ナガタニも少し緊張して、少し前に。
「何をでしょう」
マスダも口から盃を離し、少し前かがみになり、
「あのな。サカバヤシ先生、来てるだろ」
「はい」
「稽古終わった後、2人で道場閉めて、何かやってるだろ」
「はい」
マスダが首を伸ばし、ナガタニの後ろの戸を見て、左右を向き、人の気配を確認する。これは余程の話か。
「あれな、稽古の復習とか。久し振りに勝負、とかやってるんじゃねえ」
「というと」
「魔族でも1番2番っていう武術家が居てな。カゲミツ先生、その伝書、もらったらしいんだよ」
「ええっ!?」
し! とマスダが口に指を当て、ナガタニが頷きながら口に手を当てる。
「体術らしい。立ち会い見てた門弟も居るから、聞いてみろ。素手で真剣持ったカゲミツ先生と互角にやりあった上、庭あ吹き飛ばしたそうだぜ。カゲミツ先生、それも避けちまったそうだが」
「本当ですか・・・」
「ああ。金を持ってなかったらしくてな。庭の修理代の代わりに、伝書を置いてったんだと。あの2人、その研究してんだよ」
ごくん、とナガタニが喉を鳴らす。
魔族で1、2の武術家の・・・
「体術なら、そのうち俺も呼ばれるだろ。それを全部知るまでは、俺はトミヤス道場に残るつもりだぜ」
「その、その流派とは」
「全方不敗流っていうそうだ。立ち会った奴は全部死んでるから、名は全然知られてねえ。知る人ぞ知るってやつだな」
「ううむ!」
「カゲミツ先生の代で併伝は終わるだろ。あの人ぁ、盗むの上手えからな。マサヒデさんが帰る頃にゃあ、もう稽古の中に入ってくるかもしれねえな・・・俺の拳も磨かれるってもんよ! かははは!」
ナガタニが立ち上がり、酒樽に盃を入れ、酒を酌み、座布団に戻る。
「マスダ先生。マツ様の家ですが」
「ああ」
答えながら、マスダも酒を進める。
「レイシクランの忍が、残っておりますね。護衛だと思うのですが」
「ああ。居たな」
くぴ、とナガタニが酒を一口呑み、にやりと笑った。
「魔族の忍です。それも、世界でも名うての。魔族の武術。知っているでしょうか」
ははあ! とマスダが恐ろしい笑みを浮かべた。
「良い所に目え付けたな!」




