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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
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第21話


 その夜、トミヤス道場、門弟長屋。


 トミヤス村には、門下生の為に長屋を用意されている。

 地方から来る貴族の次男、三男なども多いので、それら貴族達が出資して、空き地を買い取り、長屋を建てたのだ。宿舎のようなものである。


 マスダもここに長屋はあるが、あまり使ってはいない。

 が、今夜は珍しく戻って来た。酒樽を持って・・・


 豪快に樽に盃をぶちこみ、ぐびぐびと酒を呑んでいると、


「マスダ先生」


 ナガタニの声。


「何だあ」


 返事を返すと、さらりと戸が開き、む、と顔をしかめるナガタニが見える。


「マスダ先生・・・酒を? 明かりは」


 ずび、とマスダが酒をすする音。


「ナガタニさんなあ、俺は虎族だぞ。暗い方が見えやすいくらいだ」


「あ、そうでした・・・か」


「待ってろ」


 がしん! がしん! と火打ち石の音。

 マスダが使う火打ち石の音は桁が違う。火花が花火のようだ。冗談ではなく、線香花火のように火花が飛ぶ。

 ぽ、と囲炉裏に火が付いて、ふ、ふ、とマスダが吹く。


「ほらよっと」


 ぼすん、と囲炉裏の横に汚い座布団が投げられた。


「・・・失礼します」


 ナガタニが上がって、座布団に座ると、マスダがぐいっと酒を煽る。


「何だ? 酒が欲しくて来たのか?」


「あ、いや。少し疑問があるのです」


「疑問?」


 マスダが訝しげな顔で、盃を止める。


「ああ、いやいや! マスダ先生ではなく。カゲミツ先生の教え方についてなのです」


「ああ」


 ぴんときて、マスダは盃を置き、


「そうかそうか。お前さんは、10年したら道場譲ってもらえるんだっけ・・・」


「はい」


「んー・・・」


 マスダが珍しく真剣な顔で腕を組み、置いた盃を睨む。


「はっきり言うぜ。ナガタニさんじゃあ、カゲミツ先生の教え方は無理だ」


 ナガタニが拳を握って俯く。


「いや、あんただけじゃねえ。俺にも、サカバヤシ先生でも、マサヒデさんでも無理だ。多分、この国中の誰でも無理だ。誰でもは言い過ぎかな。もしかしたら、1人2人いるかもしれねえって感じだ」


「剣聖だから、ですか」


 マスダが首を振り、


「いいや違う。これは俺の見立てだが、まあ9分9厘は当たってると思う。カゲミツ先生は、特別な才能を持ってる。剣の才能とか、そういうのを飛び越えた才能だ」


 ナガタニが訝しげな目で顔を上げた。


「才能? 剣の才能とかを、飛び越えた才能?」


「ああ。あれは特別な才能を持ってる」


「その特別な才能とは?」


 ふーん、と酒臭い鼻息を吹き、マスダが盃を取り、ばちゃ、と酒樽にぶち込む。


「聞いた事ねえかな。例えば、人や物の弱い所が見えてしまって、自然とそこを触っちまうような者がいるって話」


「ございます。確か、先代のアザイ流空手の宗家がそうだったと」


 む、とマスダが驚いて、盃を持って来る。


「ほう! 居たのか! そうか、やっぱりなあ・・・日輪国なら、そういう武術家が1人2人は居ると思ったぜ・・・」


 ぐび、と一口入れて、一拍置き、


「カゲミツ先生もそうだ。あれは目だ」


「目ですか」


「目っつうと、ちょっと違うがな。あれは、人の動きが見えるっつうか、感じられちまう。骨、筋肉、血、神経。全部の動きが見える、分かるんだ。何て言うかな、鍛えてこう・・・気配とか感じるとか、敏感とかじゃなくてだな。分かるか? 出来るってものじゃなくて、こう、見えるんだな。目に見えるわけじゃねえから、感じる、のかな・・・どう見えるのか分からねえが。そういう破格の才能、たまに居るんだ」


「・・・」


 ぱちぱちと囲炉裏の薪が鳴る。


「俺もな。オヤジに聞いてただけで、実際に見たのは、カゲミツ先生が初めてだ」


「ううむ」


「だから、ああいう教え方が出来るんだ。全員に、一言二言だけで、完全に違う教え方をして、しかもそれがぴったり合ってる。一人ひとりの剣が、もう流派が違うみたいに全く違う。無理だぜ。頑張りゃ、近い事は出来るだろうが、せいぜい、自分の流派の中での話だろ。そんなの飛び越えて違う剣だからな・・・門弟達の剣、バラバラだろ? でも上手いだろ? おかしいだろ、そんなの・・・」


 マスダが立ち上がり、台所から小さな盃を持って来て、酒樽に入れて、ナガタニの前に置く。


「ナガタニさんに出来るのは、一剣流の中での使い方の違いってのが限界だな。攻めが上手い、受けが上手い、足運びが上手い・・・上が上手い、下が上手い、横が上手い・・・そういう違いまでだ。俺も、サカバヤシ先生でもそうだ。王宮剣術指南のヤナギなんたらでも、そうだろうな。他に出来る奴は居ねえよ」


「・・・」


「呑め」


「頂きます」


 ナガタニが盃を取り、ぐいと一口に呑む。

 マスダがそれを見て、にやりと笑った。


「中々いける口じゃねえか」


「はあっ! ・・・ああー・・・」


 ナガタニが口を袖で拭い、笑顔を上げた。


「なるほど、そうでしたか!」


「何だ。良い顔になったじゃねえか。がっかりするかと思ったが」


「いいえ! もっとカゲミツ先生の教えを知りたくなりました」


「かはははは! そうかそうか! 実は俺もよ! なあ、ところでよ」


 たん、とマスダが盃を置く。


「はい」


「さっきのアザイ流空手の先代ってのは、まだ生きてんのか」


「ああ、いえ。もう20年以上前に」


「ちっ! 何だよ・・・」


 ふう、と溜め息をついて、マスダが酒樽に盃を入れ、酒を酌む。

 そして、口に持って行って、ぴたりと止めた。


「・・・すー・・・そうだ。あんたにゃあ教えちゃっても良いかな・・・」


 急に真面目な顔になったマスダの顔に、ナガタニも少し緊張して、少し前に。


「何をでしょう」


 マスダも口から盃を離し、少し前かがみになり、


「あのな。サカバヤシ先生、来てるだろ」


「はい」


「稽古終わった後、2人で道場閉めて、何かやってるだろ」


「はい」


 マスダが首を伸ばし、ナガタニの後ろの戸を見て、左右を向き、人の気配を確認する。これは余程の話か。


「あれな、稽古の復習とか。久し振りに勝負、とかやってるんじゃねえ」


「というと」


「魔族でも1番2番っていう武術家が居てな。カゲミツ先生、その伝書、もらったらしいんだよ」


「ええっ!?」


 し! とマスダが口に指を当て、ナガタニが頷きながら口に手を当てる。


「体術らしい。立ち会い見てた門弟も居るから、聞いてみろ。素手で真剣持ったカゲミツ先生と互角にやりあった上、庭あ吹き飛ばしたそうだぜ。カゲミツ先生、それも避けちまったそうだが」


「本当ですか・・・」


「ああ。金を持ってなかったらしくてな。庭の修理代の代わりに、伝書を置いてったんだと。あの2人、その研究してんだよ」


 ごくん、とナガタニが喉を鳴らす。

 魔族で1、2の武術家の・・・


「体術なら、そのうち俺も呼ばれるだろ。それを全部知るまでは、俺はトミヤス道場に残るつもりだぜ」


「その、その流派とは」


「全方不敗流っていうそうだ。立ち会った奴は全部死んでるから、名は全然知られてねえ。知る人ぞ知るってやつだな」


「ううむ!」


「カゲミツ先生の代で併伝は終わるだろ。あの人ぁ、盗むの上手えからな。マサヒデさんが帰る頃にゃあ、もう稽古の中に入ってくるかもしれねえな・・・俺の拳も磨かれるってもんよ! かははは!」


 ナガタニが立ち上がり、酒樽に盃を入れ、酒を酌み、座布団に戻る。


「マスダ先生。マツ様の家ですが」


「ああ」


 答えながら、マスダも酒を進める。


「レイシクランの忍が、残っておりますね。護衛だと思うのですが」


「ああ。居たな」


 くぴ、とナガタニが酒を一口呑み、にやりと笑った。


「魔族の忍です。それも、世界でも名うての。魔族の武術。知っているでしょうか」


 ははあ! とマスダが恐ろしい笑みを浮かべた。


「良い所に目え付けたな!」


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