第20話
ジョアルの町を出て、馬に跨がり、街道を歩く。
昼は宿で作ってもらった弁当で済ませ、街道を歩いて行く。
この辺りはまだ緑があるが、北に行くと砂漠地帯になるそうな……
「イザベルさーん」
「ははっ!」
返事がして、かっぽ、かっぽ、とイザベルの馬が出て来る。
「この街道、まっすぐなんですよね」
「はい。これが国道100号線です。東西の陸上輸送の主要路ですから、一番安全で、道もしっかりしております」
「ファッテンベルク領までは、どのくらいあるんです?」
「替え馬を使って馬を飛ばせば1ヶ月です」
「それは前にも聞きましたが、馬車と一緒に行くとどのくらいでしょう?」
イザベルが目を逸らし、尾を丸める。
「……3ヶ月ほど……」(ぼそ)
ぎくりとして、マサヒデとアルマダがイザベルに目を向ける。
「えっ? 何ですって?」
「イザベル様、もう一度」
「3ヶ月ほど」
「米衆の横断と同じくらい掛かるんですか!?」
「ご冗談を!?」
イザベルの気不味い顔が、全てを物語っている……
これは嘘ではない! 真実! 紛れもない! 現実なのだ!
「街道沿いでありますので、町も多く……補給は……うにゃうにゃ」
イザベルの最後の言葉は、2人には聞こえなかった。
「……」「……」
どうしようもない。
ファッテンベルク領は、この魔の国の南大陸のど真ん中。
周りに海はないから、馬で行くしかないのだ……
「じゃあ、じゃあですよ。そこから東に出て、海沿いに北上? ファッテンベルク領は中央ですから、また3ヶ月?」
「……はい」
「北上するのに、どのくらい?」
「……砂漠もありますので……」
も、あります、ではなく、この南大陸の北側は、ほとんど砂漠なのでは?
聞くのが怖い。一体、どれほどかかるのだ?
「どのくらい?」
「陸路ですと……急いで半年程」
マサヒデもアルマダも口を開けてしまった。
後ろで聞いていたカオルも、呆然としている。
「半年!? 急いで!?」
ファッテンベルク領へ、ここから3ヶ月。
ファッテンベルク領から、東海岸まで3ヶ月。
そして、北上して半年……合わせると!
「じゃあ、合計で1年掛かるんですか!? ここから魔王様の所に行くまで、1年も!?」
「は……」
マサヒデが後ろで口を開けているカオルに振り向く。
「カオルさん!?」
「は!? ははっ!」
「あなた、海沿いで砂漠を越えよう、ご覚悟を、なんて言ってましたよね!?」
つい、とカオルが目を逸らす。
「さあ、覚えておりません」
「……」
今すぐ港に戻り、船に乗って行けば……
マサヒデがアルマダに目をやると、うむ、とアルマダが頷く。
「マサヒデさん。今すぐ港へ戻りましょう」
う、とマサヒデが狼狽える。
「い……いや。それは流石に。イザベルさんのご家族には挨拶しないと」
「では妥協しましょう。ファッテンベルクへは行きます。行きますが、ジョアルへ戻り、船で首都に行きましょう。その時点でも半年。そこから船旅もあるんです」
「……」
そうだ。魔族と人族では、時間の概念が違う。
イザベルは人族より遥かに長生きだから、たかが1年であろうが、マサヒデ達には1年も、なのだ。
「イザベルさん。確認しますよ。ここから北の方は、ほとんどが砂漠なんですよね」
「はい」
「そこを? 半年も? 進む?」
「はい」
「米衆大陸みたいな砂漠ではなくて、全てが砂だけの所を、半年?」
「はい」
「アルマダさん、ファッテンベルク領からジョアルに戻りましょう。船です」
「そうですよ! 無理です!」
マサヒデもアルマダも、砂漠には米衆連合でうんざりしてしまい、早く魔の国に行きたい、と言っていたのだ。
そして、この魔の国の砂漠は、米衆連合のそれよりも遥かにきつい。
「直線ならば、2ヶ月程の距離ですが……街道を外れると、野盗や魔獣が多く、余計に時間を食うかと……」
何故、馬を『飛ばして』1ヶ月という所に気が付かなかったのか……
ファッテンベルクという馬と一緒に育つような者達が飛ばして、1ヶ月。
マサヒデもアルマダも、陸路という所をすっかり忘れていた。
既に半年は過ぎている。
ファッテンベルク領からジョアルに戻った時点で、1年くらいになるのだ。
そこから魔の国の首都まで、また何週間も海の上。
何事もなく魔王様に謁見が出来たとしても、それから、クレールの実家、レイシクラン本家へも行かねばならない。レイシクラン本家の領地は、首都から更に北で、砂漠ではないが陸路である。
「しまった……予想以上にマツさんを待たせてしまう……」
「む、ううむ……マサヒデさん、どうしようもないですよ」
帰りは船で帰って行くとしても、2年は超えそうだ。
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その頃、日輪国トミヤス道場では―――
マサヒデの父、剣聖ことカゲミツと、マサヒデの第一夫人マツが、世界地図を挟んで首を傾げていた。
周りには、錚々たる面子が顔を並べる。
カゲミツの友人の猫族で、居合の頂点・サカバヤシ流夢想派の宗家、ジンゴロウ=サカバヤシ。
本来は門外不出という古流空手、柔鋼流のショウジ=マスダ。虎族。師範代。米衆連合国のマフィアの闘技場で、王者であった男である。
トミヤス道場高弟、ナタノスケ=ナガタニ。一剣流ゾエ派の次代宗家に指名され、現在はトミヤス道場に修行に来ており、指導員を勤めている。
マツが魔の国の南大陸の、西に出っ張った所の南側を指差す。
「ここがジョアルという港町でして、マサヒデ様達は今ここに」
カゲミツが腕を組んで頷く。
「ふんふん。ここで船の物資の補充しつつ? 休憩中って感じか?」
「いえ。イザベルさんのお家にご挨拶に向かっているかと」
「てことは、ファッテンベルク……ってえと……どーこー……だ?」
つつつ……マツの指が滑っていく。
「ここです」
「ほうほう……って南大陸のど真ん中じゃねえか!」
「はい」
「わーははは!」
マスダが笑い、つん、とナガタニがマスダを肘で小突く。
カゲミツがちらりとマスダを睨んで、マツに目を戻す。
「どんだけ掛かると思う?」
マツが小首を傾げる。
「さあ……街道がこうぐねぐね曲がっていますから……馬車もありますし、3ヶ月掛かるか掛からないか? でしょうか」
ぱしん! とカゲミツが額に手を当てる。
「かあーっ! あいつ馬鹿なのか!?」
くす、とマツが笑って、
「お父上、別にマサヒデ様のせいでは」
「じゃあイザベルさんのせいだってのかい?」
マツがにっこり笑って首を振る。
「いいえ。これはお父様(魔王)のせいです」
「なんで」
「ここにファッテンベルクという領地を作ったのは、お父様ですもの」
「ははははは!」
ジンゴロウが笑い、マスダもナガタニも笑う。
「ははは! こいつは一本取られたな!」
ナガタニが笑いながら、
「ふふ。では、このファッテンベルクに参りました後は……北上?」
「ううん……予定はないそうですけど、まさか陸路は行かないかと思いますよ。このすぐ北からは、ぜーんぶ砂漠! 川とオアシスの周り以外は、もう砂しかないんです。ジョアルに戻って船だと思います。そのまま首都に行くか、北の大陸に行って、レイシクランに行くか」
「ちなみにだけど、レイシクラン領ってどこ?」
マツが北大陸と南大陸の間の海峡に指を置き、奥まで持っていく。
突き出した半島の真ん中、やや南。
「ここが首都ですね」
「ああ」
「で、この首都。ここから北の方の、ここからここまで全部」
北大陸の西半分。
これが全部レイシクラン領!?
「まじで!?」
「分家がいくつかありますから。クレールさんの家、本家だけですと、この辺り」
マツが北大陸の西の海岸沿い辺りで、指で丸を描く。
「ふうん……」
「ここで大体、700万石の広さですね。広さだけで、内実は遥かに上です」
「は!?」「何!?」「700万石!?」
マスダ以外は驚いて声を上げた。
「それってすげえのか?」
は、とカゲミツが呆れた溜め息を吐き、
「マスダさんよお、この日輪国の石高、知らねえみたいだな」
「知らねえ」
「大体、420万石だ」
マスダがぎょっとして、
「何!? て事は、あのおちびちゃんの家は、この国が丸ごと入っちまうくらいあるのか!?」
「そおだよ! なあ、マツさん、分家も入れると、全部でどのくらいになんだ?」
「3000万石を少し超えるくらいですね。広さだけなら、ですけど」
「マジかよ。そんなにでかかったのかよ」
ジンゴロウが苦笑しながら顎を撫で、ナガタニは言葉無く唸るのみ。
「もう笑うしかないな。日輪国7つ分を超えるのか」
「う、ううむ」
「農地開発がされていない所もありますし、石高はまだまだ増えそうですね。油田や鉱床なんかが見つかったらどうしましょう。うふふ」
マスダが髭を引っ張りながら、この場の誰もが、聞きたいが聞きたくない、という質問を放った。
「じゃあよお、奥方の家、魔王様ん所はどうなんだよ」
皆がぎくりとする中、
「あら!」
と、マツが声を上げた。
「うふふ。驚かないで下さいね。実は、310万石です。内実、400万石いかないくらいですね」
「えっ」
ナガタニが呆けた顔で声を上げた。
世界に君臨する魔王様の直轄領地は、たった310万石?
レイシクランの10分の1?
「うちの直轄領は、この半島だけです」
マツが海峡の奥の突き出した半島を指差す。
は? とマスダが肩を落とす。
「ええっ? それだけ? 魔王様って、世界で一番凄いんじゃねえのか?」
「これでも広いんですよ。お父様は、魔の国の全領地から上がってくる書類やら何やらで、毎日てんやわんやなんですから。もっと少なくしたいって言うくらいです」
カゲミツが顎に手を当てて頷く。
「ああ、忙しくて、自分の領地なんか見てる暇もねえって感じか」
「はい。そういう事です。うふふ。今は、マサヒデ様のお迎えに、もっと忙しくしておられるでしょうか。あれしよう、これしよう、なんて……」
ううむ! とマスダが腕を組む。
「魔王様の歓迎か! やっぱマサヒデさんは違うよなあ!」
「ううむ、そうですね!」
ナガタニも頷いたが、すぱん! とカゲミツに頭をはたかれた。
「なあに言ってやがる! 当たり前だろ! 俺の息子なんだからよ!」
ジンゴロウが笑う。
「ははは! カゲやん、それは違うぞ。マツ殿の旦那だからだ!」
「あらら。そりゃあそうだよな。ははは!」
「おほほほ!」




