第19話
マサヒデ達が警戒しながら歩いて行くと、ボロい道着に刀を下げた男がにやりと笑った。リュウだ。
「おう! 待ってたぜ!」
「どうも」
「道を開けな! 祭じゃあねえンだ! てめえらみてえに横に連なって歩いてたらよお! 通れるものも通れねえぜ!」
威勢の良い啖呵ではあるが……
待っていたと言われて邪魔だと言われても。
「……」「……」
マサヒデとアルマダが顔を見合わせる。
「では、失礼します」
ことことと馬を引き、アルマダが前に出て、一列になる。
「道を開けました。これで通れますか?」
ぎ! とリュウが歯をかみ鳴らす。
「こ、この野郎……小賢しい真似しやがって!」
「いや、邪魔だと言ったのはあなたですが。何か不満ですか?」
くん! とリュウが鯉口を切り、む! とアルマダも柄に手をかける。
「てめえ、ハワードとか言ったな。今更、悪かったなんて頭下げんじゃねえぞ。もう遅いぜ」
「いや、そう言われましても」
「うおお! 俺はもう完全に頭に来たぜーッ! どう宥めすかしたって収まりは付かねえぞ! 行き着くとこまで行くぜえーッ!」
「いや、それは言い掛かりでは……大体、待っていたのはないのですか?」
「あっ」
大声を上げたリュウの気合が、みるみる抜けていく。
「……」
「宜しいですか。我々は道を急ぐのです。滞在も1日延びてしまいましたし」
「……」
「もう下品な傾奇者のような言い掛かりをつけて、喧嘩しようなんてやめて下さい」
ぽくぽく……
アルマダが横を通り過ぎて行く。
マサヒデも目礼し、
「わざわざのお見送り、このトミヤス、感謝します」
と、黒嵐を引いて歩いて行く。
「失礼致します」
カオルも馬鹿でかい馬、黒影を引いて歩いて行く。
「見送り、殊勝である」
イザベルも、輝く黄金馬、シトリナを引いて歩いて行く。
「わはは! 面白いお方じゃのう!」
トモヤが笑いながら、馬車を進めて行く……
「まっ、待ちやがれ!」
だだーっ! とリュウが走って来て、マサヒデと並ぶ。
「何でしょう。月斗魔神なら、封印されますよ。軍が持って行ってしまいました」
リュウが驚いた。
「何!? むざむざ渡しやがったのか!?」
「頂いたんですから、私の好きにして良いでしょう。ハヤテさんも封印しようが好きにしろって言ってたでしょうに」
「ば、馬鹿野郎! 何で渡しちまったんだ!」
「何でって、その方が良いと思ったからです。私には扱い切れないですから」
「今、扱えなくてもだ! 将来扱えるようになるかもしれねえだろうが!」
リュウが地団駄を踏む。
マサヒデは困った顔で、
「あのような力が扱えるくらいの腕になったなら、そもそも要らないくらいの腕になってると思うのですが」
う! とリュウが言葉に詰まる。
「そ、それは……そうかもしれねえけど!」
「なら、封印したって構わないでしょう」
ぎりぎりとリュウが歯を噛み、
「じゃあ! もう良い! 無しで構わねえ!」
マサヒデの横ですらりと刀を抜き、
「俺と勝負しやがれ!」
「ええ?」
「勝負だ!」
「嫌ですよ……」
マサヒデには、もうはっきり分かっている。
この男には絶対に勝てない。まともに勝負に持ち込んではいけない。
ハヤテは、月斗魔神を持ったマサヒデに、リュウを殺せるなら殺してみろ、とまで言ったのだ。あれはリュウが殺されても構わないという意味ではなく、リュウはその程度ではやられないという自信あっての言葉だ。
「日和ったのかよ!」
マサヒデは溜め息をつき、
「リュウさんは、あの冒険者ギルドでかなり上なんでしょう」
「けっ! ビビりやがったのか!」
「いえ。あなたが怪我なんかしたら、ギルドが困るでしょう」
「知ったこっちゃねえぜ!」
「そうですか。うん……では、私の負け。リュウさんには敵いません」
ぐぐ! とリュウが目を見開く。
「て、てめえ……馬鹿にしやがって!」
しゅ! とリュウの刀が上がってきて、マサヒデの顎下に。
「抜け!」
「嫌ですよ……」
刀を突きつけられたまま、マサヒデが歩き、リュウも歩く。
イザベルが我慢ならず、声を上げる。
「おい! 貴様!」
リュウはマサヒデの顎下に刀を突きつけたまま、イザベルを見向きもしない。
「雑魚はすっこんでな!」
雑魚……? かちーん!
「愚弄するか!」
「うるせえ! トミヤス!」
マサヒデは煩そうに隣のリュウを見て、
「やかましい人ですね。私の負け。ね? 良いでしょう?」
「良かねえ! てめえは勝負もせずに負けってのか!」
「そうそう。なので」
「そうそうじゃあねえーっ!」
リュウが刀の柄から片手を離し、マサヒデに掴みかかろうとした瞬間、
「ふっ!」
マサヒデの手が、リュウの刀の柄を握った。
「やめましょうよ」
「う」
びくっ、とリュウの手が止まった瞬間、ひょいと顎を上げて刀を外しつつ、手綱から手を離し、上に刃を向けた刀の下に手を添える。
「うおっ!?」
柄を下に回し、添えた手を上に上げると、くるりと刀が回り、リュウの手から刀が取れてしまった。いくら力があっても、手の構造上、これは取れてしまう。
三傅流宗家、フギから教えてもらった無刀取り。
このリュウという男と普通に立ち会ったら、まともに取ることなど絶対に出来ないが、今は隙だらけであった。
(やたら怒っていて助かった!)
マサヒデは顔に出さずに胸を撫で下ろす。
リュウは驚愕の顔。
「げ!?」
「やめましょうよ。ね?」
言いながら、足も引きつつ、柄を持った手を引きつつ。
マサヒデの身体が半身に回り、リュウの首元に切先が落ちてくる。
「危ねえ!」
ぱ! とリュウが離れる。
(何とか!)
心中では冷や汗まみれである。マサヒデは落ち着いた風を見せつつ、バレないうちにと、すぐに後ろのイザベルを呼んだ。
「イザベルさん。こっちへ」
「は!」
シトリナの手綱から手を離し、イザベルがつかつか歩いて来る。
ふん、とリュウに見下した目を向けて、マサヒデに軽く頭を下げる。
「この刀、思い切り投げたら海に届きます?」
「はい」
ぷっ! と前を歩くアルマダが吹き出す。
何!? とリュウが驚き、手をマサヒデに伸ばし、
「待て! 待て待て待て待て!」
「嫌です」
マサヒデが柄をイザベルに突き出す。
「参った! 参った! な? な? それはやめてくれ! 親父の形見なんだ!」
「へえ。大事な刀なんですねえ。イザベルさん」
「は」
イザベルがリュウの刀を取った。
リュウが手を合わせ、頭をぺこぺこ下げる。
「やめてくれーっ! 頼む!」
「この勝負、私の勝ちで良いですかね」
「良い! 俺の負けだ!」
ん、とマサヒデが頷いて、
「イザベルさん」
「は」
イザベルが、ずいっとリュウに刀を突き出す。
「取れ」
「はい……」
リュウがしょんぼりしながら、イザベルの手から刀を受け取り、肩を落として納める。マサヒデがイザベルに頷くと、イザベルは下がって行って、シトリナの手綱を取った。
リュウが歩いて来て、マサヒデと並ぶ。
「ちきしょう、無刀取りなんか使えるのかよ」
「別に珍しいものではないと思いますが」
「けっ! 言いやがるな。お前、ヤナギ車道流も使うのか」
「いえ。確かに似たような技術はうちにもあります。でも、今のはヤナギ車道流の無刀取りではないですよ。特別に見せて頂いた事はありますが、全然違います」
「そうなのかよ」
ふ、とマサヒデが笑い、
「ヤナギ車道流道場に行きますか? 紹介状は書きましょう」
「そんな暇はねえ」
「そうですか。帰り、また寄るかもしれませんから」
「……」
「ここに寄らずに帰っても、日輪国のオリネオという町の冒険者ギルドか、魔術師協会に連絡すれば、多分、連絡取れますから」
「ふん」
リュウはそっぽを向いて、マサヒデの隣から離れ、反対を向いた。
「では、また」
マサヒデが声を掛けると、リュウは足を止めてマサヒデを少し睨み、くるっと背を向けて、マサヒデ達と反対方向に歩いて行った。
「ふっ。マサヒデ様に敵うわけもあるまいに」
後ろでイザベルが笑う。
マサヒデは菅笠を上げて、イザベルを見て、
「イザベルさん、リュウさんの事を忘れたんですか」
「ふふ、あのような騒がしい男は忘れられませぬ」
「そこではなく、腕。あの人、月斗魔神を持った者と立ち会うってのに、普通の刀を持って来た人ですよ」
「はっ!?」
「しかも、どんな力が出るかって分からないというのに。私が言いたいこと、分かりますか」
「わ、分かります」
「あのくらいの口を叩く資格は十二分にある人です。先程は怒って隙を見せましたが、まともに立ち会ったら、間違いなく私は斬られていました。もっと相手を見る目を養うことです」
「は。不明でございました」
「また会った時は、気を付けなさい。血の気の多い方です。下手な態度を取ると、間違いなく斬られますよ。突っかかったり煽ったりせず、上手く流す事です」
「は。しかと」
「これも、心法ってやつですよ。ふう! 今回は助かりましたね」




