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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
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第18話


 翌日。


 冒険者ギルド受付では、イザベルが受付に寄り掛かり、受付嬢に声を掛けていた。


「な。昨日も話したであろう。がっかりするな」


「はい」


「別に振られたわけではないのだ」


「はい」


「明日には出る予定だが……昨日の今日ではな」


「……」


「おそらく、帰りもここの港を使うか……は、ちと分からぬ。首都にも港はあるからな。だが、連絡は、冒険者ギルドを通せばな。手紙でも良いし、金があれば、通信を使っても良かろうし」


「はい」


 イザベルは受付嬢の肩に、ぽん、と手を置き、


「すまぬ。マサヒデ様の悪い所でもあるが……良い所でもあるからして」


「はい」


「はっきりとな。言えば。難しかろうが」


「はい」


 イザベルは目を閉じ、小さく頷いた。


「では、我は稽古に参る」


「はい」


 悲しい朝であった。



----------



 一方、宿の方。


 既に荷は積み終え、明日にはこのジョアルの町からは出る予定である。

 ラディはマサヒデの身体を慎重にチェックしている。


「ううん……」


「どうです」


「異常はないです」


「明日、出ても良いですか」


「ううん……」


「あまり寝てばかりだと、床ずれを起こしそうなんですが」


「ううん……」


「いつまでも寝ているわけには」


「分かっています」


 はあ、と溜め息をつき、ラディが椅子に戻り、顎に手を当てる。


「あのですねえ。いつまでも、ここに止まっているわけにはいかないんですよ」


「分かっています」


「頭の怪我……ではないですけど。いつ死ぬか分からないってのは、外に出たら同じですよ。何処かで狙撃されるかもしれませんし」


「……」


「じゃあ、良いですね。明日、出ます」


「……」



----------



 そして夕方。


 皆が帰って来てから、マサヒデは話し始めた。


「明日、出ましょう」


 皆、少し心配そうな顔をする。

 アルマダも頷きはしたが、


「大丈夫なんですか」


「自覚症状がないので、大丈夫かどうかは分かりませんけどね。取り敢えず、見ての通り、元気なので。もう行きましょうよ」


「頭痛などは」


「全くないです。それより、退屈で死にそうなんですよ。行きましょうよ。私達武術家は、どこに行ったって、死の危険はあるんですよ」


「それはそうですがね。斬られて死ぬのと、頭を打ったせいで、何もなくいきなりぽっくりとは、死の内容が違います」


「構いません。行きましょう。荷物の準備はとっくに出来てます」


 アルマダが皆を見回す。

 一様に少し心配を浮かべている。

 マサヒデが苦笑して、


「心配してくれるのは、ありがたいのですが、赤ん坊を心配するような事は止めて欲しいですよ」


「ふう……分かりました。では、明朝に出立という事で。ホルニコヴァさん、マサヒデさんに異常は無いのですね」


「はい」


 ラディが頷くと、皆も渋々、という感じで頷いた。

 今更ながら、甘やかされていた、余程に心配を掛けてしまった、という気持ちが、マサヒデの心にむくむくと湧いてくる。


「では皆さん。改めて、ご心配をお掛けしました」


 マサヒデが頭を下げると、皆が頷く。


「良いですよ。あなたのせいではないのですから。では、私も手荷物をまとめます」


 そう言って、アルマダが部屋を出て行くと、皆も部屋を出て行った。

 残ったクレールが、ベッドの脇に来て、マサヒデの手を取る。


「大丈夫なんですか」


 マサヒデは笑って、


「大丈夫ではありませんよ」


「では!」


「いやいや、そうではなく。もう寝ているのが苦痛なんですよね」


「マサヒデ様」


「大丈夫。むしろ、この暇な生活がつらいんですよ」


「はい」


「クレールさんも、荷物をまとめましょう」


「はい」


 マサヒデは立ち上がって、ズタ袋から刀の手入れ道具を出した。


「風呂と便所に行く時以外、歩くのも許されないって、ね……病人ならともかく、普通に動けるのに。それはきついですよ」


 そう言って、雲切丸を抜き、目釘を外し、とん! と手首を叩く。



----------



 翌朝、宿の前に、マサヒデ達の馬と馬車が並ぶ。


 マサヒデはすたすたと歩き、黒嵐の口を取る。


「何だか身体が軽いなあ!」


「おうおう! マサヒデ、昨日まで病であったというのは嘘八百のようじゃな!」


 トモヤが笑って、御者台に上がる。

 マサヒデも笑いながら、後ろの馬車に振り向き、


「全くだな! さ、皆さんも! もう行きましょうよ!」


 元気そうなマサヒデを見て、皆も馬の口を取り、馬車に乗り込んでいく。


「行きましょう」


 マサヒデが歩き出すと、黒嵐も付いてくる。

 アルマダも並んで歩き出すと、愛馬のファルコンが歩き出す。

 続いて、ぱしん、と鞭の音がして、馬車を引くヤマボウシが歩き出す。


 がらがら、と馬車を引く音。

 ひゅいっ、とイザベルが口笛を吹くと、飼い葉を満載にした馬車を引く白百合も歩き出し、馬車の音が重なる。


「ふふ」


「何がおかしいんです」


 マサヒデがにんまり笑って、アルマダの方を向き、


「こうじゃなきゃ! 歩いてないと、ですよ」


「全く……私達がどれだけ心配したと」


「イザベルさんの身体はどうなんです」


「何処にも異常なしですよ」


「あんなに身体が変わったのに?」


「ええ」


 マサヒデが振り向き、朝日を浴びて燦然と輝く黄金馬、シトリナを連れて歩くイザベルを、ちらりと見る。


「ううむ……」


 小さく唸って、マサヒデが菅笠を少し下げる。

 アルマダが小さく笑い、


「不思議な物でしたね」


「そうですけど」


「何です?」


「ちょっと、悔しくて」


「何が」


「私より、イザベルさんが相性が良かったってのが」


 は、とアルマダが失笑して、


「あなたは何があっても変わりませんね。受付の方が見舞いに来られたそうで」


「ああ。冒険者ギルドにまで心配を掛けてしまって、本当に申し訳ないですよ」


「全く……マサヒデさん」


 アルマダが呆れ顔で首を振る。


「何です、その顔」


「あの方は、マサヒデさんを好きになってしまったんですよ。惚れてしまったんです。どうするんです」


「えっ!? ふ……ははは! またまた!」


 からかわれているな、と、マサヒデは笑ったが、アルマダは真面目な顔。


「どうするんです」


 マサヒデの笑顔は固まってしまった。


「え……どっ、どうするったって……分かりませんよ」


「また嫁を増やすんですか。今度は妾にしますか」


「……」


「考えておきなさい。もう健全なお付き合いなんて出来ませんよ。それは浮気になるんです。あなたには、妻が2人も居るんですから」


「……」


 久し振りに動いて気分の良かったマサヒデは、一気に暗澹とした顔になってしまった。

 そのまま黙って暫く歩いて行くと、離れた路地から男が出て来て、道のど真ん中に立った。


「む! マサヒデさん。あれ」


「ん」


 マサヒデが顔を上げると、ぐったりしていた顔が引き締まった。

 ぴりっとマサヒデとアルマダの空気が変わり、後ろのカオルとイザベルの空気も変わった。


 ぱちん、とアルマダが剣の留め具を外す。

 マサヒデも左手で鯉口をくつろげた。


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