第18話
翌日。
冒険者ギルド受付では、イザベルが受付に寄り掛かり、受付嬢に声を掛けていた。
「な。昨日も話したであろう。がっかりするな」
「はい」
「別に振られたわけではないのだ」
「はい」
「明日には出る予定だが……昨日の今日ではな」
「……」
「おそらく、帰りもここの港を使うか……は、ちと分からぬ。首都にも港はあるからな。だが、連絡は、冒険者ギルドを通せばな。手紙でも良いし、金があれば、通信を使っても良かろうし」
「はい」
イザベルは受付嬢の肩に、ぽん、と手を置き、
「すまぬ。マサヒデ様の悪い所でもあるが……良い所でもあるからして」
「はい」
「はっきりとな。言えば。難しかろうが」
「はい」
イザベルは目を閉じ、小さく頷いた。
「では、我は稽古に参る」
「はい」
悲しい朝であった。
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一方、宿の方。
既に荷は積み終え、明日にはこのジョアルの町からは出る予定である。
ラディはマサヒデの身体を慎重にチェックしている。
「ううん……」
「どうです」
「異常はないです」
「明日、出ても良いですか」
「ううん……」
「あまり寝てばかりだと、床ずれを起こしそうなんですが」
「ううん……」
「いつまでも寝ているわけには」
「分かっています」
はあ、と溜め息をつき、ラディが椅子に戻り、顎に手を当てる。
「あのですねえ。いつまでも、ここに止まっているわけにはいかないんですよ」
「分かっています」
「頭の怪我……ではないですけど。いつ死ぬか分からないってのは、外に出たら同じですよ。何処かで狙撃されるかもしれませんし」
「……」
「じゃあ、良いですね。明日、出ます」
「……」
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そして夕方。
皆が帰って来てから、マサヒデは話し始めた。
「明日、出ましょう」
皆、少し心配そうな顔をする。
アルマダも頷きはしたが、
「大丈夫なんですか」
「自覚症状がないので、大丈夫かどうかは分かりませんけどね。取り敢えず、見ての通り、元気なので。もう行きましょうよ」
「頭痛などは」
「全くないです。それより、退屈で死にそうなんですよ。行きましょうよ。私達武術家は、どこに行ったって、死の危険はあるんですよ」
「それはそうですがね。斬られて死ぬのと、頭を打ったせいで、何もなくいきなりぽっくりとは、死の内容が違います」
「構いません。行きましょう。荷物の準備はとっくに出来てます」
アルマダが皆を見回す。
一様に少し心配を浮かべている。
マサヒデが苦笑して、
「心配してくれるのは、ありがたいのですが、赤ん坊を心配するような事は止めて欲しいですよ」
「ふう……分かりました。では、明朝に出立という事で。ホルニコヴァさん、マサヒデさんに異常は無いのですね」
「はい」
ラディが頷くと、皆も渋々、という感じで頷いた。
今更ながら、甘やかされていた、余程に心配を掛けてしまった、という気持ちが、マサヒデの心にむくむくと湧いてくる。
「では皆さん。改めて、ご心配をお掛けしました」
マサヒデが頭を下げると、皆が頷く。
「良いですよ。あなたのせいではないのですから。では、私も手荷物をまとめます」
そう言って、アルマダが部屋を出て行くと、皆も部屋を出て行った。
残ったクレールが、ベッドの脇に来て、マサヒデの手を取る。
「大丈夫なんですか」
マサヒデは笑って、
「大丈夫ではありませんよ」
「では!」
「いやいや、そうではなく。もう寝ているのが苦痛なんですよね」
「マサヒデ様」
「大丈夫。むしろ、この暇な生活がつらいんですよ」
「はい」
「クレールさんも、荷物をまとめましょう」
「はい」
マサヒデは立ち上がって、ズタ袋から刀の手入れ道具を出した。
「風呂と便所に行く時以外、歩くのも許されないって、ね……病人ならともかく、普通に動けるのに。それはきついですよ」
そう言って、雲切丸を抜き、目釘を外し、とん! と手首を叩く。
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翌朝、宿の前に、マサヒデ達の馬と馬車が並ぶ。
マサヒデはすたすたと歩き、黒嵐の口を取る。
「何だか身体が軽いなあ!」
「おうおう! マサヒデ、昨日まで病であったというのは嘘八百のようじゃな!」
トモヤが笑って、御者台に上がる。
マサヒデも笑いながら、後ろの馬車に振り向き、
「全くだな! さ、皆さんも! もう行きましょうよ!」
元気そうなマサヒデを見て、皆も馬の口を取り、馬車に乗り込んでいく。
「行きましょう」
マサヒデが歩き出すと、黒嵐も付いてくる。
アルマダも並んで歩き出すと、愛馬のファルコンが歩き出す。
続いて、ぱしん、と鞭の音がして、馬車を引くヤマボウシが歩き出す。
がらがら、と馬車を引く音。
ひゅいっ、とイザベルが口笛を吹くと、飼い葉を満載にした馬車を引く白百合も歩き出し、馬車の音が重なる。
「ふふ」
「何がおかしいんです」
マサヒデがにんまり笑って、アルマダの方を向き、
「こうじゃなきゃ! 歩いてないと、ですよ」
「全く……私達がどれだけ心配したと」
「イザベルさんの身体はどうなんです」
「何処にも異常なしですよ」
「あんなに身体が変わったのに?」
「ええ」
マサヒデが振り向き、朝日を浴びて燦然と輝く黄金馬、シトリナを連れて歩くイザベルを、ちらりと見る。
「ううむ……」
小さく唸って、マサヒデが菅笠を少し下げる。
アルマダが小さく笑い、
「不思議な物でしたね」
「そうですけど」
「何です?」
「ちょっと、悔しくて」
「何が」
「私より、イザベルさんが相性が良かったってのが」
は、とアルマダが失笑して、
「あなたは何があっても変わりませんね。受付の方が見舞いに来られたそうで」
「ああ。冒険者ギルドにまで心配を掛けてしまって、本当に申し訳ないですよ」
「全く……マサヒデさん」
アルマダが呆れ顔で首を振る。
「何です、その顔」
「あの方は、マサヒデさんを好きになってしまったんですよ。惚れてしまったんです。どうするんです」
「えっ!? ふ……ははは! またまた!」
からかわれているな、と、マサヒデは笑ったが、アルマダは真面目な顔。
「どうするんです」
マサヒデの笑顔は固まってしまった。
「え……どっ、どうするったって……分かりませんよ」
「また嫁を増やすんですか。今度は妾にしますか」
「……」
「考えておきなさい。もう健全なお付き合いなんて出来ませんよ。それは浮気になるんです。あなたには、妻が2人も居るんですから」
「……」
久し振りに動いて気分の良かったマサヒデは、一気に暗澹とした顔になってしまった。
そのまま黙って暫く歩いて行くと、離れた路地から男が出て来て、道のど真ん中に立った。
「む! マサヒデさん。あれ」
「ん」
マサヒデが顔を上げると、ぐったりしていた顔が引き締まった。
ぴりっとマサヒデとアルマダの空気が変わり、後ろのカオルとイザベルの空気も変わった。
ぱちん、とアルマダが剣の留め具を外す。
マサヒデも左手で鯉口をくつろげた。




