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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
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第17話


 こちら、ジョアル冒険者ギルド。


 稽古も終え、たっぷりと食事も食べ、シズクが帰ろうと受付の前に来た時、受付嬢がシズクを呼び止めた。


「シズク様」


「はん?」


 シズクが受付を見ると、受付嬢が心配そうな顔でシズクを見上げている。


「あの、トミヤス様のご様子は……」


 ああ、これはマサヒデの天然で落とされた子か。

 シズクがひらひら手を振り、


「ただのお疲れ。船旅長かったでしょー。下りたら冥頭くらうず和尚さんの説法でしょ。で、ほとんど休まずここ来て稽古でしょー。知らないうちに、疲れ溜まってたんだね。いきなりかっくん、て膝付いちゃった時はびっくりしたけどね」


「そうでしたか」


 ただの疲れという事にしておくのだ。

 まさか、月斗魔神の力で死にそうになった、などとは話せない。


「良かったでしょ? 稽古の時間も増えたんだから」


「そんな事は! そんな事は……」


 シズクがにやりと笑う。


「あはーん。これはマサちゃんに惚れたな!」


「はい!」


「おおっとお! 良い返事だ! お見舞いくらいは全然構わんよ。身体の方は」


 言いかけで、がばりと受付嬢が身を乗り出す。


「良いんですか! 私、もうすぐあがるんですけど!」


「でえも大丈夫かなあー? クレール様とイザベル様が見張ってるぞお。それでも良いならついて来なよ」


「……」


「んふふーん。どする?」



----------



 ごんごん!

 乱暴なノックの音。


「あ、シズクさんです」


 返事も聞かず、がちゃ、とドアが開き、シズクが入って来た。


「お疲れ様ー!」


 クレールは呆れ顔。


「もーう、いつまで食べてるんですかあ」


 マサヒデはベッドで肘枕のまま、


「少しくらい遅くなったって良いじゃないですか」


 にやりとシズクが笑う。


「いやーあ、ちょっと話しててさあ」


 ぴく、とイザベルの眉が上がる。


「もしや、ハヤテか?」


「違う違う。この人」


 シズクが廊下に顔を出し、手で招く。


「失礼しまーす……」


「……」「……」「……」


 誰? と言いそうになったが、すん! とイザベルが鼻を鳴らす。


「貴様、あの受付の者か」


 ぽん! とクレールが手を叩く。


「ああ! メイド服じゃなかったから、分かりませんでした! 失礼しました」


 ん、とシズクが頷き、


「じゃ私はこれで」


「え!?」


 受付嬢が振り向くと、ばたん! とドアが閉められてしまった。


「えー……」


 どきどきどき。


「何用であるか」


 イザベルの声がして、びくっ! と受付嬢が部屋に目を戻す。

 不思議そうな顔のクレール。冷たいイザベルの目。

 イザベルの向こうでは、マサヒデが起き上がって、あぐらになっている。


「あの」


 受付嬢から声が出ない。イザベルが怖いのだ。

 服装は着流しだが、ぴしりと背を伸ばし、手を後ろで組んでいる。

 まるで軍人のようだ。いや、実際に、元軍人なのだが。

 剣も帯びていないし、全然ごつくもないのに、こんなに怖い人が居るとは。


「……」「……」「……」


 ごくん、と受付嬢が喉を鳴らす。


「あ、あの」


「ん?」「はい」「なんだ」


 がば! と頭を下げ、


「お見舞いに来ました!」


「あ、それはわざわざどうも」


 マサヒデの声。

 どきどき胸を鳴らす受付嬢。


「ありがとうございます!」


 クレールの声。

 全く怒ってはいないようだ。


「む。ジョアル冒険者ギルドには、マサヒデ様をご心配して頂き、感謝する」


「……」


 どうやら、冒険者ギルドからの見舞いとして取られているようである。


(ほんで怒ってないん!?)


 口にしづらい。

 とても口にしづらい。

 個人的に見舞いに来たなどと。

 そこでにこにこしている少女は、マサヒデの妻(予定らしい)である。

 その目の前で、私個人が心配だから来ました……

 どうしても会いたかったから来ました……言えるか!? 言えるのか!


「ギルドより何か言伝などはあるか」


「あ、いえ……」


「やあ、すみません。稽古に行くって言って、行けなくて。本当に申し訳ない」


 は、と少し目を上げると、マサヒデがあぐらで頭を下げた。


「見ての通り平気なんですけど、まあ大事を取って休めという事で、仕方なく」


「あっ……あの、それは大丈夫で!」


 わたわたと受付嬢が手を振り、首を振る。

 クレールが怪訝な顔で、


「どうされました?」


 ぎく! と受付嬢の動きが止まり、さあー、と顔が青くなる。


「な、何でも……」


 イザベルが笑いもせず、訝しげな目を向け、


「慌ただしいな。見ての通り、マサヒデ様には大事ない。ギルドには宜しく頼む」


 ごっくん……


「どうした」


(ここで負けたらあかん!)


 受付嬢が、すっ! と息を吸い込み、身を正し、


「あのっ!」


 ぴく、とイザベルの眉が動く。


「厄介事か?」


「……」


 出鼻をくじかれてしまった……

 む、とクレールの眉も寄り、笑顔が消えた。


「悪いが、それは叶わぬ。我らも忙しい。明後日には町を出ねばならぬ」

「申し訳ありませんけども、お引き受けは出来かねます」


「まあまあ、聞くだけは聞きましょうよ」


 マサヒデ1人が笑顔を向けてくれる。


(あかーん! 優しー!)


 んく、と喉を鳴らし、受付嬢が目を輝かせる。


「トミヤスはん!」


「はい?」


「ギルドのお使いとちゃいます! 私! トミヤスはんが心配で!」


 クレールが生気の無いような、無表情の目でこちらを見ている。

 イザベルも険しい目を向けてくる。


「……」「……」


(負けたらかんで!)


「それで! お見舞いに来たんです!」


「あ、そうでしたか。わざわざありがとうございます。ご心配をおかけしました」


 マサヒデが笑って頭を下げ、両腕を広げる。


「この通りです。全く平気ですから」


「……」


「はあ……」「ふう……」


 クレールとイザベルが溜め息をつき、肩を落として首を振る。

 受付嬢の気合も、すうっと収まってしまった。

 クレールは先程までと打って変わって、肩をしょんぼりさせて、頭を下げた。


「申し訳ありません」


「マサヒデ様に悪気はないのだ」


「……」


 かつかつとブーツを鳴らし、イザベルが歩いて来て、受付嬢の肩に手を置いた。

 着流しにブーツ……


「わざわざ見舞いに来てくれた礼だ。下へ参ろう。好きなだけ呑め。奢ろう」


「……」


 き、とドアが開いて、イザベルが受付嬢を引いて出て行き、ぱたん、とドアが閉まった。


「何で呑むんです? 飲み会になるんですか?」


 マサヒデがしょんぼりしたクレールを見ると、む! とクレールが顔を上げた。


「何です? 何か悪いことを言いましたか?」


「悪くはないですけど!」


「じゃあ、何です? 何でそんな顔をするんです」


 妻としては安心する気持ちもあるし、あんなに頑張ってここに来たのに! という気持ちもあるしで、クレールは凄く複雑な気持ち。


 でも、この人は分かってはくれまい……

 しゅうん、とクレールが肩を落とす。


「もう、良いんです。マサヒデ様は悪くないです」


「ええ?」


「また、にゃーんとか言ってきても、優しくしてあげて下さい」


「別に、そこには怒ってませんよ。反応に困るってだけで」


 ぶわ! とクレールの目に涙が浮いた。


「うっ! く……」


 ハンカチを出したクレールに、マサヒデが慌てて、


「ど、どうしました!?」


「いえ! いえ……あの方が、お可哀想で……」


「え……あの人、何かつらい過去とかあるんですか?」


「ううっ!」


 クレールはマサヒデから顔を背け、肩を震わせて泣き出した。


「ちょっと、急にどうしたんですか!?」


「もう、もう! やり切れなくて! 私、私! すみません!」


 クレールは椅子を立ち上がり、ドアを開けて駆け出して行ってしまった。

 少し離れた部屋で、ドアが閉まる音。カオルとシズクの部屋……


(何なんだ?)


 わけも分からず、ごろりと横になっていると、しばらくしてカオルが入って来た。


「ご主人様」


「あ、カオルさん」


 少し険を含んだ目で、カオルが寝転がったマサヒデを見下ろした。


「相変わらずのようで」


「はあ?」


 カオルは椅子に座って、棒手裏剣を並べ、磨き始めた。


「少しは成長したかと思いましたのに」


「ええ?」


 かた、と棒手裏剣を置き、カオルの冷たい目がマサヒデを見る。


「寝ておられませ。クレール様は、今夜は呑むと仰っておられましたので、今宵は私が宿直とのいについておりますれば」


「そうですか? ううむ」


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