第17話
こちら、ジョアル冒険者ギルド。
稽古も終え、たっぷりと食事も食べ、シズクが帰ろうと受付の前に来た時、受付嬢がシズクを呼び止めた。
「シズク様」
「はん?」
シズクが受付を見ると、受付嬢が心配そうな顔でシズクを見上げている。
「あの、トミヤス様のご様子は……」
ああ、これはマサヒデの天然で落とされた子か。
シズクがひらひら手を振り、
「ただのお疲れ。船旅長かったでしょー。下りたら冥頭和尚さんの説法でしょ。で、ほとんど休まずここ来て稽古でしょー。知らないうちに、疲れ溜まってたんだね。いきなりかっくん、て膝付いちゃった時はびっくりしたけどね」
「そうでしたか」
ただの疲れという事にしておくのだ。
まさか、月斗魔神の力で死にそうになった、などとは話せない。
「良かったでしょ? 稽古の時間も増えたんだから」
「そんな事は! そんな事は……」
シズクがにやりと笑う。
「あはーん。これはマサちゃんに惚れたな!」
「はい!」
「おおっとお! 良い返事だ! お見舞いくらいは全然構わんよ。身体の方は」
言いかけで、がばりと受付嬢が身を乗り出す。
「良いんですか! 私、もうすぐあがるんですけど!」
「でえも大丈夫かなあー? クレール様とイザベル様が見張ってるぞお。それでも良いならついて来なよ」
「……」
「んふふーん。どする?」
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ごんごん!
乱暴なノックの音。
「あ、シズクさんです」
返事も聞かず、がちゃ、とドアが開き、シズクが入って来た。
「お疲れ様ー!」
クレールは呆れ顔。
「もーう、いつまで食べてるんですかあ」
マサヒデはベッドで肘枕のまま、
「少しくらい遅くなったって良いじゃないですか」
にやりとシズクが笑う。
「いやーあ、ちょっと話しててさあ」
ぴく、とイザベルの眉が上がる。
「もしや、ハヤテか?」
「違う違う。この人」
シズクが廊下に顔を出し、手で招く。
「失礼しまーす……」
「……」「……」「……」
誰? と言いそうになったが、すん! とイザベルが鼻を鳴らす。
「貴様、あの受付の者か」
ぽん! とクレールが手を叩く。
「ああ! メイド服じゃなかったから、分かりませんでした! 失礼しました」
ん、とシズクが頷き、
「じゃ私はこれで」
「え!?」
受付嬢が振り向くと、ばたん! とドアが閉められてしまった。
「えー……」
どきどきどき。
「何用であるか」
イザベルの声がして、びくっ! と受付嬢が部屋に目を戻す。
不思議そうな顔のクレール。冷たいイザベルの目。
イザベルの向こうでは、マサヒデが起き上がって、あぐらになっている。
「あの」
受付嬢から声が出ない。イザベルが怖いのだ。
服装は着流しだが、ぴしりと背を伸ばし、手を後ろで組んでいる。
まるで軍人のようだ。いや、実際に、元軍人なのだが。
剣も帯びていないし、全然ごつくもないのに、こんなに怖い人が居るとは。
「……」「……」「……」
ごくん、と受付嬢が喉を鳴らす。
「あ、あの」
「ん?」「はい」「なんだ」
がば! と頭を下げ、
「お見舞いに来ました!」
「あ、それはわざわざどうも」
マサヒデの声。
どきどき胸を鳴らす受付嬢。
「ありがとうございます!」
クレールの声。
全く怒ってはいないようだ。
「む。ジョアル冒険者ギルドには、マサヒデ様をご心配して頂き、感謝する」
「……」
どうやら、冒険者ギルドからの見舞いとして取られているようである。
(ほんで怒ってないん!?)
口にしづらい。
とても口にしづらい。
個人的に見舞いに来たなどと。
そこでにこにこしている少女は、マサヒデの妻(予定らしい)である。
その目の前で、私個人が心配だから来ました……
どうしても会いたかったから来ました……言えるか!? 言えるのか!
「ギルドより何か言伝などはあるか」
「あ、いえ……」
「やあ、すみません。稽古に行くって言って、行けなくて。本当に申し訳ない」
は、と少し目を上げると、マサヒデがあぐらで頭を下げた。
「見ての通り平気なんですけど、まあ大事を取って休めという事で、仕方なく」
「あっ……あの、それは大丈夫で!」
わたわたと受付嬢が手を振り、首を振る。
クレールが怪訝な顔で、
「どうされました?」
ぎく! と受付嬢の動きが止まり、さあー、と顔が青くなる。
「な、何でも……」
イザベルが笑いもせず、訝しげな目を向け、
「慌ただしいな。見ての通り、マサヒデ様には大事ない。ギルドには宜しく頼む」
ごっくん……
「どうした」
(ここで負けたらあかん!)
受付嬢が、すっ! と息を吸い込み、身を正し、
「あのっ!」
ぴく、とイザベルの眉が動く。
「厄介事か?」
「……」
出鼻をくじかれてしまった……
む、とクレールの眉も寄り、笑顔が消えた。
「悪いが、それは叶わぬ。我らも忙しい。明後日には町を出ねばならぬ」
「申し訳ありませんけども、お引き受けは出来かねます」
「まあまあ、聞くだけは聞きましょうよ」
マサヒデ1人が笑顔を向けてくれる。
(あかーん! 優しー!)
んく、と喉を鳴らし、受付嬢が目を輝かせる。
「トミヤスはん!」
「はい?」
「ギルドのお使いとちゃいます! 私! トミヤスはんが心配で!」
クレールが生気の無いような、無表情の目でこちらを見ている。
イザベルも険しい目を向けてくる。
「……」「……」
(負けたらかんで!)
「それで! お見舞いに来たんです!」
「あ、そうでしたか。わざわざありがとうございます。ご心配をおかけしました」
マサヒデが笑って頭を下げ、両腕を広げる。
「この通りです。全く平気ですから」
「……」
「はあ……」「ふう……」
クレールとイザベルが溜め息をつき、肩を落として首を振る。
受付嬢の気合も、すうっと収まってしまった。
クレールは先程までと打って変わって、肩をしょんぼりさせて、頭を下げた。
「申し訳ありません」
「マサヒデ様に悪気はないのだ」
「……」
かつかつとブーツを鳴らし、イザベルが歩いて来て、受付嬢の肩に手を置いた。
着流しにブーツ……
「わざわざ見舞いに来てくれた礼だ。下へ参ろう。好きなだけ呑め。奢ろう」
「……」
き、とドアが開いて、イザベルが受付嬢を引いて出て行き、ぱたん、とドアが閉まった。
「何で呑むんです? 飲み会になるんですか?」
マサヒデがしょんぼりしたクレールを見ると、む! とクレールが顔を上げた。
「何です? 何か悪いことを言いましたか?」
「悪くはないですけど!」
「じゃあ、何です? 何でそんな顔をするんです」
妻としては安心する気持ちもあるし、あんなに頑張ってここに来たのに! という気持ちもあるしで、クレールは凄く複雑な気持ち。
でも、この人は分かってはくれまい……
しゅうん、とクレールが肩を落とす。
「もう、良いんです。マサヒデ様は悪くないです」
「ええ?」
「また、にゃーんとか言ってきても、優しくしてあげて下さい」
「別に、そこには怒ってませんよ。反応に困るってだけで」
ぶわ! とクレールの目に涙が浮いた。
「うっ! く……」
ハンカチを出したクレールに、マサヒデが慌てて、
「ど、どうしました!?」
「いえ! いえ……あの方が、お可哀想で……」
「え……あの人、何かつらい過去とかあるんですか?」
「ううっ!」
クレールはマサヒデから顔を背け、肩を震わせて泣き出した。
「ちょっと、急にどうしたんですか!?」
「もう、もう! やり切れなくて! 私、私! すみません!」
クレールは椅子を立ち上がり、ドアを開けて駆け出して行ってしまった。
少し離れた部屋で、ドアが閉まる音。カオルとシズクの部屋……
(何なんだ?)
わけも分からず、ごろりと横になっていると、しばらくしてカオルが入って来た。
「ご主人様」
「あ、カオルさん」
少し険を含んだ目で、カオルが寝転がったマサヒデを見下ろした。
「相変わらずのようで」
「はあ?」
カオルは椅子に座って、棒手裏剣を並べ、磨き始めた。
「少しは成長したかと思いましたのに」
「ええ?」
かた、と棒手裏剣を置き、カオルの冷たい目がマサヒデを見る。
「寝ておられませ。クレール様は、今夜は呑むと仰っておられましたので、今宵は私が宿直についておりますれば」
「そうですか? ううむ」




