第15話
アルマダ達は夕方になって帰って来た。
カオルから話を聞き、マサヒデを見舞いに来たのだが……
「オトサメを見たんです! あれは狂人ですよ!」
「ほう」
「ラディさんが握ったら、凄い魔力が部屋にいっぱいになって!」
「ほう」
クレールが興奮して話すので、部屋は賑やかだ。
頷きながら返事を返すアルマダの後ろで、カオル達は苦笑を浮かべている。
「窓を開けますから、握るだけ握ってみて下さい!」
「は!?」
クレールが鞘を持って、イザベルに月斗魔神の柄を突き出す。
「私がですか!?」
「握るだけ! 多分大丈夫です!」
マサヒデの説得や、クレール自身が見たオトサメの記憶。
狂気と言えど、その狂気は、平和を求める狂気であった……そうな。
「柄を握るだけですから!」
ベッドに寝ているマサヒデが頷く。
「では……」
恐る恐る、イザベルが手を伸ばし、ふ、と柄に手を置いた。
----------
「は!?」
ここは……何もない。暗闇。
星が見える。夜?
「あ、あ?」
身体が宙に浮いている。足が……手を動かしても、ふらふらと動くだけ。
「これは!?」
驚いてじたばたと手足を動かすが、急に安心感に包まれた。
ばたつくのを止め、イザベルは動きを止めた。
「これは……」
ふわふわと宙に漂い、イザベルの身体が流れていく……
そして世界が変わる。
この世界は……
いくつもの世界が見える……
----------
「イザベルさんには何もなかったんですね」
「え!?」
びく! とイザベルの身体が跳ねた。
「あっ……あ?」
「イザベルさん?」
「今、私は……」
クレールが怪訝な顔で、驚いた顔のイザベルを見上げる。
「どうかしたんですか?」
「……今、私は……見ました」
「何か見えたんですか?」
「世界の意思が見えました……いえ、あれは魔力の意思です。進化の先……」
「……」「……」「……」「……」
皆が怪訝な顔でイザベルを見つめる。
これは大丈夫か?
「進化の、先……世界の、魔力の、意思……」
すう……とイザベルが月斗魔神を抜く。
すい、と切先を立てると、ぴきぴきぴき! と音がして、月斗魔神が伸びていく。形も変わっていく。下にも伸びていく。
「げえっ!?」
シズクが声を上げた。
みきみきみき!
天井まで伸びた月斗魔神は、棒のようになっていたが、先から、横に4尺はあろうかという大きな刃が出て来る。まるで大鎌だ。禍々しい事、この上ない。
「進化の先が! 世界の意思が見えました!」
ばふ! と音がして、イザベルの肩から黒いマントが出て来た!
「何!?」「えっ!?」「嘘おーっ!?」
アルマダ、カオル、シズクが驚いて、ぱ! と後ろに下がる。
「我らは進化の途中!」
ばさばさ! とマントが鳴り、イザベルの身体が宙に浮く!
びし! びし! つなぎの袖を突き破り、反りの深い太いナイフが生えてきた!
いや、大きさからして、もはや曲刀! 手首から肘の辺りまで伸びている!
「イザベル!」
マサヒデが声を上げると、は! とイザベルがマサヒデに目を向け、かきん、と月斗魔神を落とし、とん、と床に下りた。
マントも消え、腕から生えたナイフも消え、落ちた月斗魔神は、ただの刀に戻っている……
「……マサヒデ様。見ました。聞きました。感じました」
す、とかがんで、月斗魔神を拾い、クレールの手から鞘を取って納め、クレールの手を取り、月斗魔神を持たせる。
「クレール様。仰る通り、この刀は悪い物ではございませぬ」
「……はい……」
ぎらっとイザベルの目が光る。
「熱くなるのです! 明日を掴むのです! 過ぎた過去など振り向く必要はございません! 走り出さねば!」
「は、はあ?」
イザベルはクレールの肩に手を置き、
「クレール様の胸の内でも、何かが叫んでいるはず! それを気付かぬ顔で過ごしておってはなりませぬ! その鼓動がクレール様を呼び覚ますのです!」
「ど、どうされました……?」
急に様子が変わったイザベルに、クレールは引きまくっているが、イザベルは構わずにがなり続ける。
「忘れてはなりませぬ! 血潮が燃えるのであれば、他に何もいりませぬ! ただ、がむしゃらに生きれば良いのです!」
アルマダがイザベルの肩に手を置いて、クレールから引き剥がす。
「どうしたんですか? 急に熱血な感じになって」
「ハワード様!」
ぶうん! と髪を振り、イザベルがアルマダの方を向く。
「熱くなるのです! 夢の彼方へ! 焼け付く程に! その手を」
「えい」
ごす! とシズクの拳がイザベルの水月に入った。
「う、く……」
どすん、とイザベルが尻もちをつき、えふ! と息を吐いた。
「イザベル様、どうしちゃったのさ。似合わない……似合うような気もしないでもないけど」
「は……は。見えたのだ……世界の意思が……進化の先が……戦いの先が」
「どうしたのさ。変な宗教みたいな事、言わないでよ」
「うふっ……真面目な話だ……世界に揺蕩う魔力の意思……その行き着く先が……我らは戦わねば。生きる。それは戦う事であるのだ」
ふ、とマサヒデが笑う。
「何だ、イザベルさん、今頃になって、そんな事に気付いたんですか」
「は?」
「別に剣を抜かなくたって、生きる事、即ち戦いなんです。心の臓は寝る間もなく動き、身体に血を流し、肺は休まず空気を吸ってます。四六時中、私達の身体は戦ってるんです。ただ生きるってだけでも、私達は寿命をがりがりと削ってるんですよ。これを戦いと言わず、何と言います」
「はっ! ……おっ……お、畏れ入りました……」
イザベルが腹を抑えたまま、マサヒデに頭を下げた。
「ははは! 鼓動で目が覚めましたか!」
落ち着いたイザベルと、笑うマサヒデを見て、皆も胸を撫で下ろした。
「ん、じゃあ、イザベルさん、その月斗魔神、もらってしまいなさい」
「は!?」
「どうやら、あなたと一番相性が良いみたいです。ただし、封印したい、と来たら、素直に渡してあげる事。良いですね」
「は!? は!?」
ふん、とマサヒデが鼻で笑う。
「せっかくもらったんです。使ってしまいなさい。それと、後でラディさんに身体を検査してもらって下さい。さっき腕からナイフが生えてましたよ」
「腕!? ナイフ!?」
は! とイザベルが腕を見ると、袖がばっさりふたつに切れているではないか。
「う!? 袖が! いつの間に!?」
イザベルのつなぎの袖が、ばっくりと割れている。
クレールが怪訝な顔で、
「気付いておられなかったのですか? 進化の途中だーって言った後、腕から大きなナイフが生えてきたんです」
「腕から!?」
アルマダがイザベルのつなぎの肩を摘み、くいくいと持ち上げる。
「そうですとも。マントも生えてましたよ。あれは服から生えたようですね。肩が破れていたら、上半身が裸になっていたかもしれません。良かった」
「マント!?」
ふ、とアルマダが苦笑する。
「本当に自分の変化に気付いていなかったようですね。イザベル様、宙に浮いていましたよ」
「は!? 私が!?」
驚くイザベルを尻目に、アルマダがクレールの手の月斗魔神を見つめる。
「ううむ、服まで進化してしまうとは。恐るべし月斗魔神ですか」
うんうん、とクレールが頷く。
「本当ですね! でも、もうイザベルさんは落ち着きましたよね」
「ちゃんと袖も進化してくれれば、破れずに済んだかもしれませんが」
「それって、進化の途中だからですよね! あははは!」
「ははは!」
アルマダが笑いながら、クレールの手の月斗魔神を取り、イザベルの手を取って握らせる。
「マサヒデさんのお許しが出たのです。今日からイザベル様の差料です」
「は……」
持たされた月斗魔神を、イザベルが口を開けて見つめる。
今日から、この力を……
こんこん。
「失礼致します」
は! と皆がドアの方を向くと、き、と微かに音を立ててドアが開いた。
「マサヒデ様」
クレール配下の忍だ……
「陸軍諜報部の方が来られました」
ぷ! とマサヒデが吹き出す。
「ははは! 残念! イザベルさん、預けてきなさい」
イザベルはがっくりと肩を落とした。
こうして、ハヤテが持っていた月斗魔神は封印された。
1本だけは……である。




