第14話
カオルは急いで宿に戻り、ハヤテに聞いた事をラディに伝え、すぐマサヒデの検査に入った。
「マサヒデさん。動かないで下さい」
「ラディさん、私が」
ぴぴぴ! とカオルが鍼を打っていく。
「げ!? ちょっと」
く、く、と手を動かそうとするが、動かない。
「ありがとうございます。マサヒデさん、静かに」
ラディがマサヒデの額に手を当て、目を閉じ、じっと集中する。
「前頭葉……よし……視神経……視床下部……視床間橋……視床……」
「……」
「下垂体……中脳……橋……」
ぶつぶつと脳の部分名を呟きながら、ラディがマサヒデの頭をチェックしていく。
「ん」
ラディの呟きが止まった。
「ラディさん?」
クレールが心配そうな顔をラディに向ける。
「お静かに」
ラディがマサヒデの頭を持ち上げ、後頭部に腕を回す。今にも口づけをされそうだ。
「ん……クレール様。後頭部に手を当てて、魔力の流れを感じてみて下さい」
「え!」「何か!?」
クレールもカオルもぎょっとして声を上げたが、ラディは目を閉じたまま、
「いえ。悪いものではございません。後頭部と目の中間辺りの……頭の中の、少し後ろ寄りです」
「は……はい」
ラディが更に頭を持ち上げ、顎の下にマサヒデの頭を持って来る。
(げえ!?)
ラディのでかい胸がすぐ顔の下。
ひたりとクレールの手が後頭部に当てられる。
「んー……んん? んー?」
「クレール様、何か感じませんか」
「はい……微かに……ほんの少し……あります。確かに、悪い感じではないですね。全く乱れていません」
む、とラディがマサヒデの頭を抱えたまま頷く。
「やはり。松果体です。悪い魔力ではないですが、これが影響して活性化などすると……活性化するだけなら良いのですが。しばらく経過を見た方が良いかと」
カオルもクレールの横にしゃがんで、マサヒデの後頭部を見る。
「その松果体に影響があると、どうなるのでしょう」
「性欲が増します」
わ! とクレールが嬉しそうな顔。
「それは良いことです!」
カオルもラディも真剣な目で、クレールに突っ込みもしない。
「活性化するのは問題はないのですが、肥大化などをすると、取り返しがつかない事になります」
「どうなるのでしょう」
「まず眼球運動に影響が出ます。さらに肥大化したり、腫瘍などが出来たりすると、水頭症になったり……」
「ええーっ!?」
「なんと!?」
ラディがマサヒデの頭を抱え込む。
「松果体の腫瘍や肥大化は、治癒や解毒の魔術では直せません……」
「……」
「……」
「胴にある臓物なら、開いて切って治癒魔術、で良いのですが、脳は……外側なら、運が良ければ何とか出来るかもしれませんが、松果体は脳の中です」
「……」
「……」
「マサヒデさん。何もない事を祈りましょう。まだ、悪影響があるかどうかは分かりません。経過を観察します」
ぽす、とマサヒデの頭がゆっくりと枕に乗せられる。
「カオルさん、鍼を取って下さい」
「は……」
すすす、とカオルが鍼を抜き、服に挿し込む。
マサヒデが手を握ったり開いたりして、動くのを確かめ、にやっと笑う。
「大丈夫ですよ。私、確かに月斗魔神の声を聞いたんです」
「声?」
「いや、あれはオトサメの声ですか。確かに狂った声でしたよ。叫んでましたよ。でも、死ねー、とか、恨んでやるー、とか、そういう悪い事は言ってはいなかった。妖刀みたいな変な物が宿ってるわけではないです。それは間違いない」
「……」「……」「……」
「だから、大丈夫です。そんなに悪い刀じゃないはずです。使い方を間違えると、臓物が潰れますがね。ラディさん、あの時、頭の中、潰れてなかったでしょう?」
「はい」
「月斗魔神が守ってくれたからです。握っていた私には、聞こえたから分かるんです。ま、大人しく寝ててあげますよ。何日かすれば分かります。絶対に悪い事はないはず」
「マサヒデさん」
ラディが心配そうな声を上げたが、マサヒデは軽く手を振る。
「心配かけまいって言ってるわけではないですよ。さ、カオルさん、冒険者さん達に稽古をつけてきなさい。遅れた分、しっかりと頼みますよ」
「は」
カオルは深く頭を下げ、静かに部屋を出て行った。
残っているクレールとラディに、マサヒデは笑いかける。
「ふふふ。絶対に大丈夫です。クレールさん、その月斗魔神、死霊術で良く調べてみなさい。オトサメが見えるはず」
は! とクレールが顔を上げた。
「あっ! そうでした!」
「悪い物は宿っていないはずです。オトサメは狂人ですが、悪意を込めて剣を打った人ではない。平和を求めて打ったんです。それが恐ろしく詰め込まれてるだけです」
「本当ですか?」
「本当ですよ。試しに見てみなさい」
マサヒデが笑うと、首を傾げながらクレールとラディが目を合わせ、テーブルの上に乗った月斗魔神を見た。
「ラディさん……試しに、見てみます」
「気を付けて下さい」
「はい」
クレールがそっと月斗魔神に手を伸ばす。
死霊術達者のクレールに出来る、物を通して過去を見る魔術。
オトサメとはどのような人物か……
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段々とぼやけた視界が明けてきた。
白い服……これは、鍛冶師の……神事のあの服……
外だ……あれは、石? 何かを持っている……
「フハハハハ!!」
映ったのは白髪の老人!
狂気! その笑いは狂気そのもの!
狂人! 血走った目は虚ろにして輝く!
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「ひいっ!?」
びく! とクレールが手を引いた。
「く、クレール様!?」
ラディが慌ててクレールの背に手を置く。
「ひええ……怖いですよ!? オトサメ! くくく狂ってますよ!?」
「やっぱり!」
顔を白くする2人に、マサヒデが呑気な声を掛ける。
「まあまあ、見てみて下さいよ」
「いー、嫌ですよ……怖いですよ! これは妖刀に違いないです!」
「でも、変なのは宿ってないでしょう」
「そうですけど……」
「もう少し、もう少し」
「ううん」
ひた……
そっと手を当てて集中。
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「フハハハハ! ファーハハハハハ! 手に入れたぞ! なんという魔力だ! この鉄ならば出来る!」
ふぃー、ふぃー、と荒い息を吐きながら、目を血走らせた老人が、ごつごつした石を握りしめている。そうか、これは鉄か何か、刀に使える鉱石か。魔力の籠もった鉱石なのか……
「ククク……ククク……」
ぶるぶると手を震わせて、爪を立てて鉱石を握っている。
手の平からも、爪からも、血が流れている……
「わーはははは! 歌え! 月の女神よ! 新たな世が明ける! この儂の手で明けて見せてやる! 全てを殺し尽くし! 新たな秩序を産むのだ!」
夜。夜だ。月。
オトサメが月に向けて鉄の鉱石を月に掲げている。
それで『月斗』の名が付いたのだろうか。
(これ……本当に大丈夫なんでしょうか……)
「クククっ……これで戦乱の世は終わる……」
(あっ)
そうだ。オトサメは元々、平和を求めて刀を打った刀匠であったのだ。
狂っても、根本は無くなっていないのか……
だが、平和を求めて力に走る。なんと皮肉な者であろうか。
ぱ! と風景が変わった。
この間の記憶はないのか?
「ふうん! ふうん!」
がちん! がきん!
火花が飛んでいる……
打っている。刀を打っている。これはオトサメの目線か。
「良いぞ! この花よ! 火の花よ! 完璧だ! わーはははは!」
鏨を取った。折り返しだ。
かつ、と鏨を置いた所で、また景色が変わった。
「……」
オトサメが鋭い目でこちらを見ている。
これは刀の目線だ……打ち終わったのか?
「ううむ……1本目はこんなものか……ふむ。試作にしては上々か」
(1本目? 試作? という事は)
この月斗魔神は、オトサメが初めて打った月斗魔神であったのか……
ばたん! と音がした。
明るい。戸が開いた。
これは外だ……
(うわあっ!?)
外を渦巻く魔力が、目に見えて分かる。
周りの風景の所々が、歪んだり戻ったりしている。
最初に見えたのは夜だから分からなかったが、視界が茶色い。
視界がこんなに変わってしまう程の、魔力異常の中で刀を打っていたのか!?
「ククク……ぅあーはははは!」
(わあ!?)
ぐーん! と視線が上がっていき、あっという間に空高くから地を見下ろしている。この刀が、何か巨大な物に変わったようだ。
驚いていると、しゅ、と一瞬で下がって、オトサメの顔が目の前。
「ふふふ……これで戦が終わるぞ……これで……」
オトサメが振り向き、鍛冶場に入った。
ころん、と刀が投げ出され、視界が揺れる。
奥に歩いて行くオトサメ。
箱の中から、いくつも鉄の鉱石を出し、炉に放り投げている……
「はっ!」
そこで記憶が終わった。
「うわあ……」
クレールが手を引き、口に手を当てる。
「ど、どうでした? クレール様?」
ラディがこわごわと声を掛けると、クレールが眉を寄せて、
「完全に狂ってました。でも……」
クレールが拝むように手を合わせる。
「狂ってましたけど、戦争を終わらせたくて、平和を願って頑張っていた所だけは、変わってなかったみたいです。これで戦が終るって」
「ほらね」
マサヒデはにこっと笑ったが、ラディは絶句。
「……」
「それと、この月斗魔神が、持つ人によって力が変わってしまうっていう理由、分かりました。多分ですけど……」
マサヒデとラディが、クレールに目を向ける。
「へえ?」
「どうしてですか?」
「多分ですよ。この月斗魔神は、オトサメが初めて打った物なんです」
「ほう」
「えっ!?」
「1本目、試作だって言ってました。安定してないのは、だからだと思います」
「ううむ! そういう事でしたか!」
「これは……これが、最初に打たれた月斗魔神ですか」
「はい」
「これが……」
ラディが何気なく月斗魔神を手に取り、一礼した。
柄に手が伸びた瞬間、
「危ない!」
マサヒデがベッドから転がって飛び、ラディを突き飛ばす。
「うへぁ!?」
「ああっ!」
がたん、と月斗魔神が転がり、鯉口が切られた刀身が、鞘から数寸飛び出た。
部屋の中が、酔いそうな程の濃密な魔力で、一瞬でこもる。
「うわ、何だ……」
ふら、とマサヒデが額に手を当てる。
ばん! と窓が開き、う、とクレールがこめかみに手を当てる。
「ううん、凄い魔力です。魔力酔いです。マサヒデ様、立ってはいけません。換気していればすぐ治ります」
そう言って、クレールがぺたんと座る。
「はい」
マサヒデも、あぐらになって、くらくらする頭を抑え、
「ラディさん、怪我は」
転がったラディも起き上がる。
「ううん、すみません、マサヒデさん……大丈夫です。いつもの癖で、思わず」
「気を付けて下さい。やっぱり危ないのかな」
「危ないですよ!」「危ないです」
マサヒデは柄に触らないように、鞘を立てて、こん、と月斗魔神を納めた。
「ふう! 今の、放っておいたら、何の魔術が出たんでしょうね。周りの人が皆治療されるとかですか」
クレールが手を振って、
「あんな魔力で治療されたら、身体がどうなってしまうか分かりません。手足が伸びたり太くなってしまったりしても、知りませんよ」
「恐ろしいですね……ラディさん、平気ですか。魔力切れとか」
「あっ! 全然!?」
ラディが驚いた顔で手の平を見る。
こんなに濃密な魔力が吹き出たのに!
「ふふ。上手く使えば、ですね。でも、ラディさんは、もう触らないで下さい」
「はい」




