第13話
まだ夜も明けたばかり。
一度冒険者ギルドを出て、ハヤテから月斗魔神を受け取り、帰ってじっくりと鑑賞するぞ! と、うきうきと馬を引いて歩いていたマサヒデであったが……
「ちょっと待った」
「ん?」
隣を歩くアルマダが、横のマサヒデを向いた時、かくっとマサヒデの膝が抜けた。
「どうしました!?」
アルマダが慌てて駆け寄ると、マサヒデが軽く手を挙げた。
「駄目だ、身体に力が入らない。月斗魔神だ。体力が持っていかれたみたいです」
「ああ……あんな動きをしてれば、体力もなくなりますよ。ほら、掴まって」
アルマダがマサヒデを引っ張って立たせる。
「どうなさいました」
「マサヒデ様」
カオルとクレールが駆け寄ってくる。
マサヒデは2人に笑顔を向け、
「急に力が抜けてしまったんです。多分、さっき動き過ぎたせいです」
ふっす、ふっす、と黒嵐が鼻を鳴らし、頭を下げる。
アルマダが黒嵐を見て頷く。
「ん、マサヒデさん、馬に乗りなさい。病人なんですから許されますよ」
アルマダとカオルでマサヒデを持ち上げ、黒嵐の上に乗せる。
マサヒデは跨がりはしたが、黒嵐の首にぐったりと倒れてしまった。
「ああ、駄目だ。すまん、黒嵐」
ふ、と鼻息を吹き、黒嵐が歩き出した。
クレールが前に出て、手綱を取る。
くす、とアルマダが笑って、
「おやおや、レイシクラン家が口取りとは」
「良いんです!」
月斗魔神を抱えたラディとシズクが歩いて来る。
「どうしました」
「何があったの? マサちゃん、どうしちゃったの」
アルマダが月斗魔神を指差し、
「それに体力をごっそり持っていかれたみたいです。見ての通り、身体も起こせないようで」
「……」
「あらあ……」
「危険ですよ、それ。ホルニコヴァさん、鑑賞しながら倒れないで下さいよ。何かあった時は、あなたが頼りですから、決して自分の手で握らないようにして下さい」
ラディは喉を鳴らし、こく、と小さく頷いた。
アルマダは険しい目で、ぐったりしたマサヒデを顎でしゃくる。
「あんな短時間でこの様子。そんなのを差料にして使ってたら、文字通り寿命が縮みますよ。10年も持たないんじゃないですか」
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シズクに肩を貸してもらって、マサヒデは部屋に戻り、ベッドに寝かされた。
ラディが厳しく全身を調べる。
ただ力が入らないというだけで、呼吸も脈拍も異常はなし。
やられた内蔵などの治療忘れもなし。
「どこにも異常はないです。魔力の異常もないです。やはり、体力が無くなっただけのようです。疲労です」
アルマダが息をついて、顎に手を当てる。
「ふむ。ま、仕方ないですね。マサヒデさんは急な病という事で、今日の稽古は私達に任せて寝ていなさい。どうせ立てやしないんですから」
「宜しくお願いします」
「ホルニコヴァさんは、マサヒデさんについててあげて下さい。いきなり血を吐き出したりしたら大変です。実際、どんな副作用があるか分かりません。ギルドにまだハヤテさんは残ってますかね……人によって力が変わるそうだから、副作用もどうだか分かりませんが、居たら、尋ねてきますか」
こく、とラディが頷く。
「では、カオルさん、シズクさん、イザベル様。一休みしたら行きましょう」
イザベルが前に出る。
「私もマサヒデ様のお側へ」
マサヒデが寝転がったまま、イザベルに目を向ける。
「駄目ですよ」
「しかし」
「行きなさい。約束したでしょう。イザベルさんは、私の代わりに、皆さんに謝っておいて下さい」
「は……」
「厳しい事を言いますが、あなたが居ても、私に何かあった時、全く役には立たないんです。あなたは治癒師ではない」
「は」
「しかし、剣は振れる。私が教えた剣を振れるでしょう。トミヤス流の名に恥じない剣を見せ、教え、学んで来なさい。頼みますよ」
「は!」
アルマダが頷いて、ドアを開けて出て行く。
シズク、カオルも出て行く。
最後に、イザベルが頭を下げて出て行った。
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1刻して、冒険者ギルド。
今回教えるのは、初歩だが重要な技術。巻きと決まった。
元々は刀の鎬(刀身の高くなっている所)と鎬を合わせ、反りを使って、絡めるようにして逸らしたり流してしまったりする技術である。
剣でもその鎬の高さを使って、引っ掛けるように使えば、ほぼ同じ事が出来る。細身のレイピアや、鎬の低い平たい物でなければ十分使えるのだ。
槍でも似たように使える、日輪国の武術ではごく一般的な技術である。
そして、カオルは別行動―――
こん、こん……
「誰だ」
「カオル=サダマキ」
「入れ」
ドアを開けると、ハヤテがペンを置き、手を組んでカオルを睨む。
机の上には山積みの紙束、部屋は窓とドア以外の壁は全て本棚。
煙草の臭いが凄い。
「何だ。危険人物の排除か」
「それもしたい所ではありますが、別の用で」
「言え」
「あの月斗魔神について。副作用などはございますか」
ぴく、とハヤテの眉が動いた。
「トミヤスに何かあったのか」
「はい」
「症状を話せ」
ハヤテがメモとペンを取る。
「体力の急激な低下。立てもせず、声を出すのがやっと。今の所、内臓の損傷、魔力の乱れなどは一切確認出来ておりません」
さらさらとペンを走らせ、カオルに目を向ける。
「体力だけか……意識の混濁、凶暴性の発露、破滅的な言動などはないか? 死にたい、もう帰りたい、勇者祭など嫌だ、などの発言はしていないか?」
「ございません。普段と変わらず」
「ふむ……」
ことん、とペンを置き、ハヤテが頬杖を付く。
「確かに、俺達が使う時も、軽い倦怠感……極軽い程度のものは出るが、そこまで急激に体力が持っていかれる事はないな。元々の種族の違いもあるだろうが、トミヤスも鍛えに鍛えているだろう。さほどの違いはないはずだ……となると……」
「……」
「発現したあの力によるものだ。トミヤス自身が言うように、あの速さを使い切れていなかったのだな。結果、体力がごっそり持っていかれたのだろう」
「速さを使い切れていない?」
「最初の事を覚えているな。一瞬でリュウに詰め寄り、血反吐を吐いた。あまりに速く動き、ぴたりと止まった。眼球が潰れ、内蔵に大きな負担が掛かって、臓腑が潰れたのは、あの速さで動き、止まった時の反動だ。これは分かるな」
「はい」
「だが、骨や筋肉はどうだった? 骨折もしていない。関節も外れていない。筋断裂もない。あんな動きをしたら、身体全体がミンチになってもおかしくないぞ」
は! とカオルが目を見開いた。
「確かに!」
「治療した時、意識があったな。脳が豆腐を落としたみたいに潰れていても、全くおかしくないはずだ。どう思う」
「た、確かに……」
「筋肉、骨格が、瞬間的に異常に強くなっていたはずだ。だが、内蔵への負担までは耐えられない……と言うよりも……意識が行かなかった……と言った感じか。確認するが、トミヤスは魔術は使わないな?」
「はい」
「うむ……脳や神経系も、瞬間的に異常な反応の拡大をしていただろう。だが、お陰で脳はしっかり守られた。しかし内蔵の方には大きく負担がかかり、体力がごっそり持っていかれたのだ、と予想出来る」
「なるほど」
「2度目に動いた時は、血反吐を吐かなかったから、少し使い方が分かった……だが、そのほとんどは、分かりやすい身体の外の方。骨や筋肉の方。内側は分かりづらく、潰れる程のダメージはなかったが、やはり負担は大きかった、という所か」
「分かりました」
カオルが立ち去ろうとした時、ハヤテが止めた。
「待て」
「なにか」
「良いか。今のはあくまで予測でしかないぞ。2、3日、時間を置いて様子を見た方が良い。俺達とは発現した力が違うからな。だが、予想通りだと、まずいかもしれない事がある」
「まずい? 何が……」
とん、とハヤテがこめかみに指を当てる。
「脳だ。気を失っていなかったから、まず大丈夫だとは思うが……潰れはしなかったが、酷く揺れた、かもしれんし……意識と神経系の反応の拡大は確実だ。少なくとも、その分の負担は脳にあったはずだ。意識もあったから、大した負担ではないとは思う。思うが……と言った所だ」
「……」
「体力が戻って動けるようになっても、縛り付けてでも動かさず、少し様子を見ろ。もし脳の損傷があったら、いきなりぽっくり、もあるし、さっき言ったような凶暴性の発現などがしてくるかもしれん。お前達の治癒師は腕利きだろう。綿密に脳をチェックしてもらう事だ」
「はい」
「よし。今すぐ帰って細かく診てもらえ。封印するなら構わんが、使うなら、上手く使わせろ。今のうちに慣れさせておくことだ。身体が理解出来れば、もうこんな事は起こるまい。俺達もそうだった。使ううちに慣れる。先輩からの助言だ」
「あなた達も……はい。失礼致します」
これだけ細かく、的確に。治癒師に細かくチェックしてもらえ……
この人物は、良い者なのか? 悪い者なのか?
カオルが小さく首を傾げ、ぱたん、とドアが閉じると、ハヤテは煙草を取り、火を点けた。
背もたれにもたれて、ふう、と煙を天井に吹きかける。
「……選ばれても……か……」
ハヤテが立ち上がり、壁の金庫の鍵をきちきちと回し、きい、と開ける。
そこには、脇差が置かれていた。
「今回は出番なしか。くくく……甘い甘い」
あっさり渡されて、おかしいと思わなかったか。
トミヤスが大怪我をしたから、渡されても当然と思い込んだか。
ハヤテは笑いながら、ゆっくりと金庫を閉め、きりり、と鍵を回した。




