第12話
翌朝、冒険者ギルド訓練場。
マサヒデ達が訓練場の扉を開けると、す、とマッチを擦る音。
真っ暗な訓練場。扉の横で、ハヤテの顔が照らされた。
煙草に火を点け、ふう、と煙を吐き、にやりと笑った。
「来てくれて感謝する」
アルマダが、ぷ! と唾を吐き、
「来るしかないように仕向けておいて、よく言う」
「くくく。そう難しく考えるな。ただ斬り合ってくれれば良いだけさ」
「あなた達で勝手にやっていれば良いでしょう」
ハヤテが煙を吸い込み、ふう、と吐く。
「俺達は、もう月斗魔神に選ばれているのさ」
「む」
ハヤテはマサヒデ達に見えないように反対側に置いていた刀を取り、放り投げた。
ぱし! とマサヒデが受け取る。
「月斗魔神だ。確かめてみな」
く、と鯉口を切り、少し抜いた。
「……」
禍々しくも美しいこの輝き。
称号刀や魔剣独特の、見た瞬間に分かる『別の物』という空気。
名刀もそういう雰囲気を醸し出すが、空気の感じが名刀とは全然違う。
少なくとも、まともな刀ではない。これは月斗魔神で間違いないだろう。
カオルとクレール、ラディが後ろで息を飲む。
「ただ、それで斬り合ってくれれば良い。簡単な事だろう」
「私は構いませんが、お相手が死ぬかもしれませんよ」
「構わんさ。殺せるなら殺してみろ。そうだな……例え選ばれなかったとしても、殺す事が出来たらそれはやる。悪い話ではないだろう。使うにしろ、封印するにしろ、お前達の自由に出来る」
ぱちん! とハヤテが指を鳴らすと、ぱ、と訓練場が明るくなった。
(あれは)
昨日、最初に立ち上がった冒険者。
リュウと呼ばれていた男。
「あいつが相手をする。先に言っておくが、あいつの本業は剣だからな。今まで剣を使う程の相手が居なかったってだけだ……お前さんを除いては、な」
リュウがマサヒデを睨み、にやりと笑った。
マサヒデは腰から雲切丸を外し、後ろのクレールに渡して、月斗魔神を腰に差す。
「先に聞きたい事があります」
「何だ」
「この月斗魔神の力は」
「ふっ」
ハヤテが鼻で笑って、煙草の煙を吹き出す。
「分からん」
「何? 貴様」
イザベルが食って掛かろうとしたが、マサヒデが手で止め、
「分からないとは」
「ファッテンベルクのお嬢さん、勘違いするな。別に誤魔化そうってんじゃあない。こいつの力は持ち手で変わっちまうのさ。だから、こんな力なんだ、と、説明のしようがないってわけだ。面倒だろ」
マサヒデが頷く。
「なるほど。月斗魔神らしい」
「試してみろよ。リュウは我流みたいなもんだが、そこそこやるぜ」
マサヒデは聞き逃さなかった。
「みたいなもん、とは」
「あいつの親父が作った剣術で、習ってたのは、あいつしかいないからな」
「そういう事ですか。他の方とは動きが違うと思いましたよ」
「さあ、試してみろよ。どんな力になるのかな? くくく」
マサヒデが数歩前に出て、月斗魔神を抜いてみる。
持った感じは全く普通の刀。
が、振ったらどうなるのか、想像もつかない。
以前、クレールが持った時のように、とてつもなくでかい斧になったりしたら、どうなる。この訓練場周り、半径10町が吹き飛ぶかも……
「……」
ゆっくりと片手で上段に上げる。大きくなるなら、真上に……
何も無い。
ゆっくり振り下ろす。
何も無い。
両手で持って、下ろす。
何も無い……
「ほう」
後ろでハヤテが興味深そうな声を上げた。
「何も変化が無いというのは初めてだ。これはこれで貴重なケースだ。だが、構わんだろ。リュウが持ってるのは普通の良く出来た刀ってだけだ。イーブンの勝負で、勝てば月斗魔神を持っていける」
「私はこの月斗魔神に選ばれなかったってだけでしょう」
「さあて、どうだかな。そんな生易しい代物じゃねえってのは、分かってるだろ」
「……」
き! とイザベルがハヤテを睨む。
「偽物ではあるまいな」
「貴族のくせに目のないお嬢さんだ。レイシクランのお嬢さんはどう見る? ありゃあただの刀か?」
「……いえ」
くく、とハヤテが笑った。
「ふっ。という事さ。さあトミヤス。行けよ。危険な月斗魔神を封印できるチャンスをお膳立てしてやったんだ。遠慮するな」
訓練場中央に立つリュウが、すらりと刀を抜いた。
マサヒデが1歩踏み出す。
「う!?」
「何!?」
マサヒデとリュウが声を上げ、ぽろ、とハヤテの手から煙草が落ちた。
遅れて、マサヒデが居た所からリュウの目の前まで、ぼう! と砂煙が巻く。
「あ、がふっ!」
次いで、マサヒデが膝をついて崩れた。
一瞬で、入口から中央のリュウの目の前に移動したのだ。
「お、おい?」
リュウが刀を落とし、膝を付くマサヒデの肩に手を置く。
「ぐ、ぶ」
マサヒデの喉から血が逆流してきた。
目からも血が流れている。
「おい! おいおいおい! 魔術師! 治癒師! 来てねえのか!?」
ラディがアルマダを押しのけ、駆け出した。
----------
「一体、どうしたってんだ!?」
「内蔵が破裂しています。眼球も潰れています」
ラディが治癒魔術を掛けながら答え、リュウが大声を上げる。
「何だと!? 死んじまうのかよ!?」
「死にません! 死なせません!」
アルマダ達も駆け寄って来て、膝を付いたままのマサヒデを囲む。
すぐに治癒は終わり、ラディがマサヒデの目の前で、そっと手を振る。
「マサヒデさん? 聞こえていますか?」
「ふうー……助かりました」
息をついて、マサヒデが答える。
意識があったのか……
「分かりましたよ。もう大丈夫。今ので全部分かりました」
「おい、やめとけよ。もう分かったから。いいだろ、ハヤテ」
リュウが最初とは打って変わって心配そうな声を出したが、マサヒデは頷いて、
「いえ、もう平気です。分かったんです。この剣が教えてくれました」
ぴく、とハヤテの眉が動いた。
「そうか。剣が教えてくれた、か……見せてみろ」
「おい、ハヤテ!」
「黙ってろ」
マサヒデはリュウに笑顔を向け、
「リュウさん、大丈夫です。ハヤテさん、これは、私は認められたという事で良いですかね」
「ああ。お前が言う通りなら、な」
「では、これはもらっていきますよ。約束ですからね」
にや、とマサヒデが笑った瞬間、ぎゅぎゅん! と恐ろしい速さでくの字を描き、リュウの後ろに立った。実際、くの字を描いたのかは誰の目にも見えなかったが、遅れてくの字に風が舞い、リュウの髪が流され、砂煙が上がる。
「……」
ぶわ、とリュウの額に冷や汗が浮かぶ。
「こういう事ですよ。こう……」
しゅしゅしゅん!
マサヒデが動いて、ハヤテの後ろに立った時、皆の周りで風が舞い、砂煙が舞う。
全員の前を、左右に動いて抜けながら、ハヤテの後ろに立ったのだ。
「ほおう。なるほど」
「全く、なるほどです。私程度では、使いこなせませんね」
「何故そう思う」
「足でも出されたら、簡単に転んでしまいます。この速さで転んだら、運が良くても致命傷です。ま、死にますよ。まっすぐ動けるだけで、自由に動けません。それに、この程度ではまだ遅い」
「遅い?」
「父上はもっと速く、もっと静かに、もっと滑らかに動きます」
ふ! とハヤテが笑って、胸のポケットから煙草の箱を出し、とん、と指先で叩いて、飛び出た煙草を摘んで引き抜く。
「そうか。親父さんはもっと速く動くか」
「ええ。月斗魔神なんて使わずに」
「人ってのは、月斗魔神以上に底が知れねえってオチか。ベタなオチだな」
しゅ、とマッチを擦り、煙草に火を点けて、ハヤテがにやっと笑った。
「持っていけ。封印するなり使うなり、好きにしな」
「貴重な作をありがとうございます」
マサヒデも、にやっと笑って月斗魔神を納め、腰から外してアルマダに押し付け、クレールの手から雲切丸を受け取った。
「私はこれで十分です。アルマダさん、どうぞ」
「いりませんよ。こんな物」
「くくく……こんな物とは言ってくれるな」
ハヤテが可笑しそうに笑う。
マサヒデはリュウの方を見て、
「リュウさん」
「ああ?」
「あなた、本気でしたけど、私を殺すつもりはなかったんですね」
「は! どうしたらそう見えるんだよ」
「私が倒れた時、凄く心配してたくせに」
「うっ!」
「ははは! 皆さん、こういう事でした。悪人面して、悪い人じゃなかったみたいです」
ふん! とリュウがそっぽを向く。
「どうだかな! ハヤテは本気だったと思うぜ!」
「くくく。ああ。良い物が見れたぜ。これで研究が進む。トミヤス、感謝する」
ぴ! とハヤテが火の点いたままの煙草をリュウに弾いて、くるりと振り向いた。
「うわ危ねえ!?」
ぱ! ぱ! とリュウが道着をはたき、煙草をはたき落として、息をつく。
「ハヤテ! てめえ!」
「ははは! 俺はもう戻るぜ」
リュウもハヤテを追って、訓練場を出て行った。
ふうー、とアルマダが息をつく。
「私達も、一旦、宿に帰りましょう。ところで、これ、どうするんです」
に! とマサヒデが笑う。
「まずは鑑賞ですよ! ねえ、ラディさん」
「はっ!? 確かに!」
アルマダが慌てて、
「確かに! ではありませんよ! こんな危険な物を!」
む! む! む! と、マサヒデ、ラディ、クレールがアルマダを睨む。
「何を言ってるんです。封印したら、もう2度と見られないんですよ」
「そうですよ! 好きなだけ月斗魔神を見られるなんて、もうないですよ!」
「そうです! お気を確かに!」
「気を確かに!? 私の台詞ですよ! まともなのは私だけですか!?」
ぐ! とラディがアルマダの手から月斗魔神を奪い取り、
「さあ戻りましょう! 今! すぐ!」
つかつかと早足でラディが歩いて行く。
「さ、クレールさん、私達も行きましょう!」
「はい!」
マサヒデとクレールも去って行く。イザベルもマサヒデを追って後ろに付いていく。
「カオルさん、シズクさん、私がおかしいのですか」
「いえ。そのような事は」
「全然おかしかないよ。ハワード様が普通だよ」
が、カオルは去って行くマサヒデの背中をちらりと見やり、
「ですが……私も見たいという気持ちは……ハワード様にはございませんか」
アルマダが目を泳がせる。
「まあ……無くはない……ような」
「あははは! どっちも駄目じゃん! でも、今日は稽古に来るって言っちゃったろ。鑑賞は昼からだねー。ざーんねんっ! さ、私らも帰ろ」
どすどすとシズクも歩いて行く。
カオルも歩いて行く。
「無くはない、程度だ。私は大丈夫……」
ぶつぶつ言いながら、アルマダも訓練場を出て行った。




