第11話
その昔、1人の刀匠がいた。
名をオトサメという。
世は魔族と人族が争っている戦乱期。
長く続く平和を願い、刀を打っていた男は、突如店を閉じ、旅立ってしまった。
そしてその男が辿り着いたのは、魔の国。
人の寄り付かぬ魔力異常の地で、刀を打ち始めた。
オトサメは狂気を宿し、身を削って刀を打ち続けた!
平和を求めた刀鍛冶が、何故そうなったのか!
今となっては、その理由は分からない。
魔力異常の地で打たれた幾本もの刀は、恐ろしい力を持つ、まさに妖刀と呼ぶに相応しい刀ばかりであった。
ほとんどは魔王が封印をし、世に出ているのは数本である。
その数本のうちのひとつ、オトサメが狂気にまみれ、最後に打ったという作が、マサヒデの父、剣聖カゲミツが蔵している、真・月斗魔神。
真・月斗魔神とは!
魔剣を超える名刀!
『真』の称号を冠した、刀剣界でも傑作中の傑作、最高の作と言われる一振り!
それが、真・月斗魔神である……
「……と、これがオトサメという刀鍛冶の話。有名ですね」
「ええ。それで?」
刀数寄者でなくとも、興味で魔剣や称号刀の図鑑を覗いた程度の者でも知っている。それ程に有名な刀匠だ。その狂気に満ちた人生も刀数寄者の目には魅力と映り、まだ日輪国にいた頃に打ったただの刀も、市場に出れば異常な額で取引される。
部屋に集まったマサヒデ達は、少し不審な目で、真剣な顔のイザベルを見る。
「ここで注目して頂きたいのは、魔王様がほとんどを封印してしまった、という所。すなわち、数ある月斗魔神のほとんどが、魔の国にございます」
「ええ。日輪国にも2本ありますよね。1振りが御物(王家保管)。1振りは父上。父上のは、確かオトサメは日輪国産まれであるから、せめて最後に打った作は日輪国へ返すべきであると、日輪国に送られて来た。で、父上が御前試合の褒美にもらってきた。それまでは封印されていた、と。そうですよね。アルマダさん、合ってます?」
「ええ。合っています。イザベル様、その月斗魔神が何か」
イザベルが重々しく頷く。
「実は、オトサメの刀の力を研究する機関が軍に存在していたのです」
「え!」「本当ですか!?」
「はい。オトサメ研究所、通称オト研。魔剣や称号刀の中でも、ひときわ恐ろしい力を持つ月斗魔神ですが、この力の謎を何とか解明出来ぬかと、研究しておりました。力を利用するではなく、その製法を解明したかったのです。もし製法などが分かってしまうと……偶然にも同じ製法を見つけてしまった、などという事があると……世界中が大量殺戮兵器で溢れます。鉄砲、大砲、爆弾など、比べ物にならない武器が。しかも見た目はただの刀やら槍やらと変わらない」
「確かに。子供でも軽く振るだけで、一振りで数十人、下手したら数百人と殺せる代物ばかりと聞きますからね。御物の月斗魔神も恐ろしい物でした」
「ええ。お城より大きな斧になりましたね……」(※首都編・115話)
ぶん! とクレールがマサヒデに顔を向ける。
「な、なんですと!? そんな変化があったんですか!?」
月斗魔神に魔力を込める事に集中していたクレールは、強く目を閉じていて、その姿を見てはいなかったのだ。
「あれは王子がもう封印してしまったでしょうね。まあ、クレール様あっての、あの変化なのでしょうが。一般人では、せいぜい大きめのハルバードくらいのサイズでしょうから、それ程に脅威とはされなかったのでしょう。が、大魔術師クラスの者が持ってしまったら、一振りで町が……ですよ」
イザベルが深く頷く。
「はい。そのような武器は世界に広めてはなりませぬ。軍事バランスの崩壊云々のレベルではありませぬゆえ、例え偶然にでも作られてしまったら大事。という事で、研究をしておったのですが……」
「何かあったのですね」
「はい。研究所が爆発。3里(12km)四方を消し飛ばしました。魔王様ご自身でも対処不能な程の魔力異常を残し、現在も立入禁止区域になっております。爆心地に残っていたのは、ほんの少しの建物の残骸と、集められていた月斗魔神のみ。当然、資料などは残っておらず、原因は不明。不思議な事に、月斗魔神はどれも瑕ひとつなく……公式には大規模な魔力異常の発生、という事で、オト研なる機関は、世間が知る所には、都市伝説という類の話になっております」
マサヒデが眉をひそめ、
「そんな事が……そして、月斗魔神はまた封印されました、という感じですか」
「はい。偶然外に出ていたなどで生き残った者達もおりますが、全員、厳重な監視体制の下で暮らしております。山奥にございましたので、被害者は研究員のみ。今はその山もなくなりましたが」
「ふうむ。で、もし、先程のハヤテさんという冒険者が、その生き残りの1人だったら、と」
「はい。話を聞くに、いくつもの博士号を持つとか……それ程の人材、オト研に居たとしても、全く不自然ではございませぬ」
こんこん。
マサヒデとアルマダの手が、柄に添えられた。
「失礼致します」
「どうぞ」
アルマダが声を掛けると、音もなくドアが開いた。
これはクレール配下の忍だ。
マサヒデは刀の柄から手を離して、腕を組む。
「あまり静か過ぎると、逆に怪しまれませんか」
「む……あ、いや、マサヒデ様。それよりも、先程」
「ハヤテさんですね」
「は。彼の者の監視員から連絡が」
マサヒデ達が溜め息をつく。
「監視員ですか……噂は本当でしたか」
「は。実は、ただ監視している、というだけでなく、ちと厄介な話が」
部屋中の皆が渋い顔になる。
称号刀が絡み、厄介な話、となると、碌な話ではあるまい。
「……あまり、聞きたくないのですが……聞きましょう」
「実は……出来ればで良いので、彼の者から月斗魔神を奪って欲しいと……」
皆が驚いて、忍に顔を向ける。
「なんですって? 月斗魔神を奪う?」
「はい。ハヤテなる者、オト研から、月斗魔神を1振り奪って、隠し持っております」
「……」
皆、絶句してしまった。
「監視員では手も足も出ぬ腕。強奪も何度か計画された事はあるそうですが、失敗に終わっておられると……軍などを差し向ければ可能ではございますが、騒ぎになるとまた……オト研の存在が明るみに出るのは、ちと憚れますし」
アルマダが首を振る。
「出来れば、なら、やりません。危険すぎます。今まで何もなかったのでしょう? あれば大騒ぎになっているはずです」
「この先、何かあるかもしれませぬが」
「逆に手を出して、事を起こしてしまったら、藪蛇です。使うつもりなら、とっくに何か起こっていますよ。マサヒデさんはどう思います」
マサヒデも頷く。
「その通りだと思います。クレールさんは?」
「同じです」
「カオルさんは?」
「下手に突つかぬ方が良いかと」
「イザベルさんは?」
「確かに火種を放置しておくのはどうかと思いますが、これは我らの役目ではございませぬ。軍からの願いとなりましょうが、私も既に退役しておりますし、我らには何の関係もございませぬ」
アルマダが肩を竦め、苦笑い。
「と、いうわけで、監視員の皆様には、お断りです、とお伝え願えますか」
「は。それと、おそらくですが、マサヒデ様に客が来ております」
「客? おそらく?」
「ハヤテが下で酒を呑んでおります」
「それ、冗談では……ないですよね」
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マサヒデ、アルマダ、カオル、イザベル、4人が階段を下りていく。
2階廊下の手すりにもたれ、クレールもハヤテを見ている。
店の中には、姿を消したレイシクランの忍達。
他に客は居ない。
ハヤテは強烈な存在感を放っている。
この迫力に、皆、店を出て行ってしまったのか……
ハヤテは、ふうー……と煙草の煙を吐いて、にやりと笑い、マサヒデに目を向けた。
「くくく……待たせるじゃねえか。トミヤス、な。名乗る必要はあるか」
「いえ」
「別に危ねえ話じゃねえさ……」
くい、とハヤテが隣のスツールに顎をしゃくる。
マサヒデが座ると、すっとカオルがハヤテの後ろに立つ。
ハヤテは肩越しにカオルを見て、
「見間違いじゃあなかったな。やはり忍だ」
「……」
「日輪国の忍は伊達じゃねえってのは、本当だったようだ」
女中がマサヒデに恐る恐る酒を出したが、マサヒデは首を振り、
「すみません。酒はからきしなので、茶を」
「はい……」
「俺がもらおう」
す、とハヤテが手を伸ばす。
懐手のマサヒデの手が、ぴくりと動く。
ハヤテの後ろのカオルの刀の鯉口が、くっと切られる。
アルマダもイザベルも、剣の柄に手が伸びる。
「くくく。危ねえ話じゃあねえさ」
ハヤテは新しい煙草を咥え、しゅ! とマッチを擦って、火を点ける。
(魔術は使わないのか。そう見せているだけか)
マサヒデは黙ってハヤテを見ている。
美男子とも見える顔の作りなのだが、その目が全てを台無しにしている。
冷たい恐怖しか見えない顔。
(なるほど。冷酷無比。味方も斬る。この人は間違いなくやるな)
「で、話とは」
「明日の早朝、立ち会って欲しいというだけさ」
「真剣で、ですか」
「ああ。訓練場は抑えてある」
真剣の立ち会いを、危ない話ではないとは……
「お断りします」
「もう知ってるな。月斗魔神」
「ええ」
「あんたらの誰かが相応しいと見えたら、そいつに譲ろう。どうだ」
「相応しい、ですか。それ、誰が決めるんです」
ハヤテが煙草を吸う。
ちりちり……と音がする。
「ふうー……誰、じゃあない」
「と言うと」
「月斗魔神が決める」
「どういう事です」
「言った通り。剣が使い手を決める」
「例え選ばれたとしても、私達程度に扱える品ではないですから、断ります」
「嫌でも来てもらうさ……お前ら程の使い手は、今まで居なかったからな……」
「断ります」
「来なかったら、明日は大量殺人の記事が読売に載る」
「貴様!」
イザベルが声を上げ、剣を抜いたが、ハヤテはちらりと見ただけで、マサヒデを見て、にやりと笑った。
「断るか?」
(この人は……狂ってはいないが)
目的の為なら、どんな手も使う者。冷酷無比とは、本当のようだ。
肩の上に置かれたイザベルの剣を、ぱん! と払うと、イザベルがよろけた。
「く!?」
「ふふふ……お前さんは選ばれそうもないな。ファッテンベルクのお嬢様」
「愚弄するか!」
「イザベルさん!」
マサヒデが声を上げると、イザベルがぴたりと止まった。
「……」
「剣を納めて」
「は……」
イザベルが剣を納めると、ハヤテがまた笑う。
「よく飼い慣らしたな。狼族の主というのも本当か」
「違いますよ」
「ほう? 違ったのか」
「イザベルさんの方が、私を選んでくれたのです」
「くくく……月斗魔神にも選ばれるかな」
「一体、何が目的なんです」
「月斗魔神に選ばれる者を知りたいってだけさ。腕が問題なのか、別の所なのか」
「なら、斬り合いなんてしなくても良いでしょう」
「と、思うだろうが、ひとつ分かっている事がある」
「何なんです」
「生死の境くらいの所にこないと、本当の力を出してくれねえのさ。ただの称号刀程度……世間に知れてる月斗魔神の力ってのは、表向きの大人しい力。実際の力は出やしねえ。俺は何度もその実際の力ってのを見ている。そして、お前達は、常に生死の境を歩いて来た……実験にはうってつけだろ」
『称号刀程度』とは……称号刀でも恐ろしい力があると言うのに。
月斗魔神はその中でも飛び抜けている。それが大人しい力というのか。
「明日の日の出。生死の間で待ってるぜ」
ハヤテは煙草をもみ消し、店を出て行った。
ち! とカオルが舌打ちする。
「ご主人様」
マサヒデは顔をしかめたまま、店のドアを睨む。
「行くしかないでしょう。あの人、本当に殺しますよ。関係ない人達」




