第10話
昼を過ぎた辺りで、冒険者達は既にバテバテで、はあはあと息をつきながら、木剣や槍を杖代わりに立ち上がろうとするような状態であった。
ほとんど寸止めで終わらせたので、大きな怪我をしている者はいない。
ただ疲れているだけだ。
(あの冒険者は)
リュウ。
そう呼ばれていた。
いつの間にかいなくなっている……
「アルマダさん」
「ええ。そろそろ」
マサヒデが頷いて、立ち上がろうとする冒険者を手で止めた。
「皆さん、今日はここまでにしましょう」
「うす」
どさ、と立ち上がろうとした冒険者が腰を下ろす。
「武術というものを体験してみて、如何でしたか。シズクさん、イザベルさんは紛れもない魔族ですが、私達、肉体で遥かに劣る人族を相手にして、自分達を見て如何です」
「……」
「怪我もほとんどない。勝負は寸止めで終わり。ただ疲れているだけでしょう。私達はまだいけますよ」
「……」
ぐうの音も出ない。
がっくりと冒険者達が肩を落とす。
「私達から、何かしら、動きや剣の使い方は盗めましたか。明日はひとつ教えにきましょう。しかし、教えられるのを待つだけでなく、何でも良い、見たら盗んでやる、そういう心構えで稽古に……いや、普段からいて下さい」
「「「押忍!」」」
「では、皆さん、ありがとうございました」
「「「ありがとうございましたっ!」」」
はあー、と息をついて、冒険者達が項垂れる。
自分達は平気だ、などと言ったが、実はマサヒデ達にも中々きているのだ。
アルマダが歩いて来たが、軽く手を挙げて止め、マサヒデは冒険者の1人の前に立って、しゃがみ込んだ。
「少し聞きたい事があるのですが」
「は」
ぐったりとしていた冒険者が顔を上げ、マサヒデの顔を見て、びしりと背を正す。
「あ、いや。もう稽古は終わりましたし、普通にしてて下さい。足を崩して。疲れたでしょう」
「すません」
はふう、と息を吐き、冒険者があぐらをかく。
「最初に来た人、あの方は」
「あっ……ああ、リュウさんでっか」
「リュウ……というのですか。あの方、武術の心得がありますね」
「確か、親父さんが何たらいう道場やってたとか……それやってはると思います。親父さんは、結構前に死んでもうたらしすわ。すません、道場の名前は覚えとりませんけど」
「ほう」
「結構、えぐいすよ。野盗退治の仕事ん時やったかな、泥棒やったかな……死体担いで持ってきはりましてん。心臓、ぶっこ抜かれた死体。胸に穴が開いとりまして、あれは、皆、どん引きしましたわ。なあ」
隣の冒険者も頷く。
「あれは泥棒探しやったな。殺さんでもええちゅうに、相手がナイフ抜いたから言うて、殺してもうてん。にしても、首だけでええのに、死体そのまま持って来るとかな。手に心臓持ってはったな」
「あれはやばかったなー……リュウさんの腕やったら、殺さんでも捕まえれるのにな。受付に死体投げよって、穴に心臓ぶちこんでな。あれは引くわ」
いやいや、と冒険者が手を振り、
「いや、あれな。後で分かった事やけど、あの泥棒、おクスリ売り捌いとったらしで。ほんでリュウさん、ぶちギレてしもたねんて」
「あ、そやったんか! 知らんかったわー……リュウさん、ああ見えて正義感みたいの盛り盛りやからな。殺してもうてもしゃあないて。俺でもキレるわ」
ふむ、とマサヒデが頷き、
「もう1人、途中で来て帰った人いましたよね」
「あー……あれはハヤテさんすわ……」
「どんな方なんです」
冒険者2人が、ちらと目を見合わせる。
「トミヤスはん、あれは怖い人でっせ」
「自分らが口出しする事とちゃいますけど、あんま……仲良くせえへん方が」
「どんな方です」
「これ、噂でっせ。本気で聞かんといて下さい」
「はい」
「昔、軍におったらしいすわ。何か怖い研究とかしとったとか」
「研究? 何の?」
「いや……うん……なあ」
「んん……」
冒険者が口ごもる。
言いづらい事か。
「話しづらい事なら、聞きませんが」
「や、噂でっせ。ほんまに。オト研ちゅう所におったとか」
「実際、めっさ頭良い人でんねん……でー……」
「で?」
「国に反乱起こそうとしたらしいすわ」
これにはマサヒデも驚いた。まさか魔王様に反乱をしようとする者がいるとは。
確かに治安の悪い地方はあるが、別に魔王様の統治に不満があって荒れている、という事ではない。魔獣が多いとか、他国から盗賊が忍び込んで来るとか。
勿論、それも統治する側の問題ではあるが、魔王様や各地領主は頑張っている。
魔の国の国民は、ほぼ魔王様に心服していると言っても良いと聞く。
「ええ!? 魔王様にですか!?」
「しゃあから、噂でっせ。噂。本気にはせんといて下さい。大体、魔王様に反乱したって、勝てるわけないですやん。魔王様1人で、この国全員と戦えるんとちゃいまっか」
「ま、まあ……ですよね。頭が良い人なら、絶対にしませんよね」
ぱん! と冒険者が手を叩く。
「トミヤスはん、そこすわ。ハヤテさん、めっさ頭良いすから、魔王様が殺すの惜しい! ちゅう事で、反乱未遂で潰して、無かった事にしたとか何とか……とかいう噂もあります」
「何だかとんでもない話になってきましたけど」
「いやいや、実際、ハヤテさん、いくつも博士号持っとるんすわ。これは噂ちゃいまっせ。ほんまでっせ。持ってないの、大魔術師とか、剣聖とか、そういう称号ぐらいちゃいますか?」
「ほう? しかし、そんな人が、何故、冒険者稼業なんかしてるんです」
「軍から追い出されたらしいすわ。今も監視ついてるとか……噂でっけど」
「色々謎めいた人でんな。あんま近寄る人もおりませんわ」
「仕事ぶりはどうなんですか?」
「まー、血も涙も無いって感じすわ。リュウさんとは違って、正義感とかの欠片もない感じ。冷酷非情っちゃ、ハヤテさんの為にある言葉って感じすね」
「そやな。あ、こないだのキャラバンの護衛とかヤバかったらしいで。聞いた?」
「いや、知らん」
「ギルド合同の大型キャラバン護衛で、めっさ人死んだってやつあるやろ」
「あ! あれハヤテさんおったんか!?」
「せやねん。あれ、紛争地域に宝石掘りに行ってたらしわ。で、案の定、盗賊。いつものパターンやけど」
「うんうん」
「そん時、えらい人数襲ってきたらしいで。まあ、大型キャラバンで目立ったんやろ。普通、逃げるんやけど、ハヤテさん、ここで死ぬような奴はうちのギルドにはいらん言うて、発破かけて返り討ちにしてな。ほんでめっさ死んでもうたねんて」
「ほんまか?」
「ほんまやちゅうねん。一緒に行った人探して、聞いてみ」
「ほんまなんか……」
「問題はな、ギルド合同やって。他のギルドで逃げる奴もおったねんて。そいつら、ハヤテさんが斬ってもうたんや。依頼主残して逃げるんか! 俺とやりあうか盗賊とやりあうかー! みたいな事、言うて。そんで逃げる奴もおれへんくなって、人死がすごい出たねん。まあ、確かに客残して逃げるのはあかんけれども。そこ、けれども、やろ」
「それほんまかあ? 自分とこならともかく、他のギルドの奴らやろ? いくら何でも盛り過ぎちゃうんか」
「ほんまやっちゅうねん! ハヤテさん、ヤバかったらしで」
「マジすか」
「しつこいな。ほんまや言うとるやろ。一応、依頼は成功したわけやから、表向き、盗賊団にやられたちう事になっとるけどな。その辺も一緒に行った奴に聞いてみ」
目的の為には手段を選ばないような者か……
「へえ。怖い人なんですね」
「そなんすわ。しゃあけど、腕も立つし、頭も良いし。あんま仲良い人はおれへんけど、このギルド、結構ハヤテさんに頼ってる所、大きいんすわ。経営とかにも関わっとります」
「経営……」
マサヒデが首を傾げる。
そのような恐ろしい者が、まさか……
「あの、メイドさん達の、にゃーん、ていうのも、そのハヤテさんが?」
ぷ! と冒険者2人が吹き出した。
「ははははは! トミヤスはん、そらないすわ!」
「おもろい人でんな! ははは! あら、ハヤテさん来る前からやっとる事ですわ」
「ふふふ。ですよね」
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帰り道の事である。
ハヤテなる男が軍に居たという事を、イザベルに尋ねてみた。
「途中で入って来て、すぐ帰った人、居たでしょう」
「あ、いや……申し訳も。気付きませんでした」
「噂ですけど、その人、元軍人らしいんですよ」
「退役軍人ですか」
「なんて言ったかな……おたけん?」
ぴく、とイザベルの眉が動いた。
「オト研……では?」
「あ、そうそう。それ」
「マサヒデ様、その者の名を聞かれましたか?」
「ハヤテ。姓は聞いてないですが」
「……マサヒデ様、魔の国で、オト研の名は、あまり口に出されますな。あまり良い顔はされませぬ」
イザベルの顔が真面目だ。どうやら、知らない方が良い情報のようだが。
「その噂が本当であれば、その者、厳しい監視体制下であるはず。カオル殿や、レイシクランの皆様にも、彼の者の監視をしているだけだと、ご連絡があるでしょう。本当であれば、ですが……」
「それって何なんです?」
「その話は……宿に戻りましたら。我らにも関係なくはない話です」




