第132話
翌朝、と言っても、日の昇る前。
白みかけ、という時間でもない。まだ真っ暗である。
マサヒデ達は、この時間を出発とした。
西門。
魔王の城、ロ=マーン城では一番小さな、裏口と言っても良い門。
そこに、魔王一家が並び、カンテラを持った近衛兵が並ぶ。
マサヒデは1人1人の前に立ち、順に、丁寧に、頭を下げていく。
アランの前に立ち、頭を下げる。
「兄上」
上から声が掛かる。
「はい」
「ご苦労が待っておりましょう。私はここを離れられませぬが、いつでもご連絡を。いや、兄上でしたらば、全てご看破されましょう。便りのない事こそ、無事の事と考えて宜しいですか」
「はい」
ふ、とアランが笑う。
「ふふ。されど、喜ばしい事がありましたら、必ずご連絡頂けますか。私含め、家族一同、喜びます」
「はい。必ず」
す、す、と頭を下げていく。
リディアーヌ。
「兄上」
「はい」
「必ず、トミヤス道場に参ります。トミヤスのお父上に稽古をつけて頂きます」
「え」
これにはぎくりとしてしまった。
いや、何となく言い出すかも、という覚悟はしていた。
マサヒデの目が泳ぐ。
「ん・・・ん・・・あの、ですね。ひとつだけお願いが」
「はい」
「あの、魔獣の馬だけはやめて下さい。皆、腰を抜かしてしまいますから。他はどうでも良いですから。魔剣でも、黄金製の馬車でも、何でも構いませんから」
「ううん、そうですか? そこそこおとなしい性格だと思いますけど」
マサヒデは必死に言葉を探し、
「ええと、ですね。ほら。リディアさんの馬、きらきらしてて、危ないというか。馬泥棒に一目でも見られたら、一発ですし。貴族の目に止まったら、あっという間に話が広まって、もう我に我にと群がりますよ、絶対。ヒラマツ陛下も下さい! なんて来るかも」
「あ、それは確かに面倒そうですね・・・」
「そう! ですから、普通の馬で」
「分かりました!」
ふう、と息をついて、くすくす笑う家族達に頭を下げていく。
最後に、魔王様、ユカリ王妃、マツ。
「マサヒデ君。レイシクラン家の歓迎に腰を抜かすなよ」
「いや・・・もう想像もつかないのですが」
くす、とユカリが笑う。
「ジョン公爵はお声が大きいんですよ。びっくりしないで下さいね。お優しい方ですから」
「はい」
マツがタマゴを抱えて前に出る。
「マサヒデ様。オリネオで待っております」
「はい。なるべく早く帰ります」
「いえ。私、もう安心しました。ですから、待てます。ゾエやウキョウ、他の地で。色んな所で、ゆるりと、好きなだけ、剣術修行をして下さっていても大丈夫です。お急ぎにならずとも、私もテルクニも、お待ちしております」
「・・・」
「お強くなって下さい。もう勇者。勘当も解けました。でも、お父上は、それだけでは合格とは言ってくれないと思います」
「そう・・・いや、そうでしょうね。あの父上ですから」
「うふふ。どうせ、顔見せが終わったくらいで、また追い出されてしまいますよ」
「ははは! かもしれませんね!」
ふ、と魔王が笑う。
「やれやれ、カゲミツ殿は厳しいお父上であるのだな。おお、そうだ」
魔王がマサヒデの手を取り、小さな箱を乗せた。
「文で良いので、今まで立ち寄った道場や剣客。武術家。それらの感想を送ってくれまいか」
これは、印か。
魔王様の、魔王家の、印。
ぞく、とマサヒデの背が震えた。
「はっ・・・はい」
「カゲミツ殿が来られた際は、御前試合を行うつもりだ。まだ、どこの誰を誘おうか、全く決めかねているのだ」
「は・・・」
「何、カゲミツ殿が昔世話になった者では、という話は覚えておる。その点はなるべく考えるから、全員書いてくれぬか。この者はカゲミツ殿と繋がりはあろうという者は、その旨も書いてくれれば良い。知らぬで誘って、いざとなってカゲミツ殿の腰が引けても困る。見たければ別で声を掛けるゆえ」
「はい・・・」
魔王は手を出したまま固まっているマサヒデの手から、印の箱を取り上げ、マサヒデの袖にひょいと放り込む。
「さあ、行け。ジョン公爵が首を長くして待っておる。あそこも良い所であるから、しばし足を休めるも良かろう。ただ、兵は少々たるんでおるから、ファッテンベルクと共に気合を入れてやっても良い。楽しんで参れ」
「はい・・・」
浮ついたマサヒデに、魔王が呆れ笑いを浮かべ、肩に手を乗せる。
ぐるん! と回し、また袖に何かを放り入れた。
「これも持って行くのだ」
そして、ほーい、と軽く押す。
「うおっ!?」
浮いた。今、身体が浮いた!
突っかかって転びそうになった所を、つま先を上げ、踵で、ずー! と滑る。
腰を落として止まった所は、黒嵐のぴったり横。
「さあ! 行け! マサヒデ君! 君の名をレイシクランにも知らしめてこい!」
身体をぐっと立て直し背筋を伸ばす。
「では! 行って参ります!」
「おう!」
しゃ! と馬に跨ると、帯から鉄扇を出して握る。
ぱりぱり! と弱い雷が走り、一気に周りが明るくなった。
「それでは、また!」
大きな声を上げ、馬を進め出す。
トモヤが鞭を入れて、馬車が動き出す。
魔王一家は、光が見えなくなるまで、見送っていた。
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まだ暗い道を、マサヒデ達の馬が歩いて行く。
がらがらと馬車が追いかけてくる。
勇者祭も一段落。アルマダはもう鎧を脱いで、スーツに着込みだ。
「アルマダさん」
「はい」
「レイシクランの領地って、ここから北の方、ずーっとそうなんですよね」
「まあ・・・ここからと言っても、結構ありますが。魔王様の直轄領を越えた所が、もうレイシクラン領です」
「クレールさんの家までって、どのくらいあるんです」
アルマダが少し考えて、
「10日くらいではないですか」
「10日」
ファッテンベルクは港町のジョアルから3ヶ月もかかってしまった。
そこからまた3ヶ月掛けてジョアルに戻り、北上して首都ロ=マーン。
これで半年以上掛かってしまったから、かなり掛かるかと思っていたが・・・
「船ですからね。レイシクラン領の都、ブリョウの港に入るまで、大体一週間。屋敷までは馬で3日くらいで・・・暗かったら宿を取って、明るくなるまで1泊とかで、1日2日延びるくらいでは。のんびり行きましょう」
「ちなみに、陸路で歩いていくと?」
「2ヶ月かからないくらいでは? 砂漠でもないですし、街道はきっちり整備されています。貿易が凄いですから、とにかく街道整備や港湾には力を入れていますね。魔獣も少く、賊の類も少ない、平和な農村地帯が一面に広がっていると聞きます」
「へえー!」
「まあ、魔獣が少ないとは言っても、魔の国の中ではという話で、日輪国よりは多いでしょうね。元々、魔の国全体が、魔力異常がそこここにぽこぽこと出るんです。平和とは言っても、魔の国の中では、です」
「ふむ」
「賊の類は本当に少ないと思います。街道警察という仕組みが作られていて、街道には点々と小さな屯所が作られています。その警察も屯所にずっと居る者と、見回りの騎馬の者がふらふら街道を散歩しているのです。町や村まで距離がある、という所でも、声を上げれば警察が駆けつけてくれます」
「ほおー・・・」
「陸海共に、貿易の為に大きく発展しているというか。どちらも、整備は世界一の地域だと思いますよ」
「世界一!」
「私兵は領地の広さの割には多くないと聞きます。国境や港近くには勿論いますが、そういう所には当然ながら、正規軍も居ますから」
「どのくらい?」
アルマダが首を傾げ、少し考える。
「さあ・・・公表されていないので何ともですが、10万前後くらいでは」
「10万も!」
「たったの10万ですよ。日輪国がいくつ入る広さだと思っているんです。日輪国だけでも、20万いるんですよ」
あれっ? とマサヒデがアルマダに顔を向け、
「え? ちょっと待って下さい。日輪国って、そんなに軍人さんがいるんですか?」
「そうですよ。知らなかったんですか? 米衆連合や白露帝国、大中心国なんか、軽く100万を越えていますよ」
「100万・・・凄いですね・・・」
「数だけ見れば凄いです。しかし、面積を比較するとどうでしょう。米衆連合は、国土は日輪国の25倍あります。なのに、兵数は10倍以下です」
「え?」
「人口で見てみましょう。米衆連合は、日輪国の大体3倍の人口が居ます。ですが、兵数は5倍以上」
「ん? ん? あれ?」
多いのか? 少ないのか?
マサヒデが首を傾げる。
「驚くべき事に、白露帝国の国民数は、日輪国より少し多いくらいです。それで、兵数は100万を超える。おおよそ、5人に1人は軍人になるという数です」
「ええーっ!?」
「それだけ愛国心が強い国とも言えます」
「ううむ」
「ずっとヒラマツ家が国王の日輪国と違って、何代か続く程度で王が変わっている国です。王よりも、国そのものへの愛が強い国民性なんでしょう。日輪国はどちらかと言えば王への忠誠、という感じですから。魔の国も同じですね」
「そういうのも面白いですね」
「ところで、最後にもらったのは何です。マサヒデさんが飛ばされる前に」
「何でしょう。ちょっとアルマダさん、これ」
「はい」
マサヒデが光る鉄扇をアルマダに渡し、袖に手を入れる。
小さな箱だが、一目で分かった。
箱には、狼の紋。
「あ。これ、あれです。狼族の主の」
「ああ!」
「ちょっと、これを使うのは怖いですね・・・」
「今までの印籠にしておきなさい。それだって、恐ろしい額の物なんですから」
「そうしますよ」
雑談をしながら、まだ真っ暗な街の中、マサヒデ達一行は港に向かって行った。
マサヒデの手の魔力が籠もった鉄扇が、ぱちぱち音を立て、道を照らしている。




