第131話
晩餐会が終わって、マサヒデとマツが部屋に帰って来た。
メイド達は今夜こそ! と気合を入れていたのだが、二人共、身体を清めた後、ベッドに寝転がったまま。
自然体で、並んで寝転がっているだけで、ぴくりともしない。
(何をしているのだろう?)
マサヒデが恥ずかしがって、という風でもなく、疲れ切って動く余裕などない、という風でもなく。
ただ、どちらもすごく集中していて、部屋がぴりぴりと緊張しているのだ。おかげで、メイド達も緊張してしまっている。
たまに、ぽつり、ぽつり、と、
「腹を感じて・・・」
「背中がよく・・・」
「頭は難しい・・・」
と、ぶつぶつ言っている。
何なのだろう?
明日にはマサヒデも出るし、マツも日輪国に帰らねばならないというのに、別れを惜しむような会話もなく、起きているのに、ずっと自然体で寝たままであった。
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クレールも同じであった。
イザベルから話を聞き、それは凄いかも! と、風呂から上がった後、ずっとベッドで寝転んでいる。
まるでミイラのように、胸の前で腕を交差させ、ぴくりともせずに寝転んでいる。
(手の平、指先)
分かる。脈打っているのを感じる。
(胸の鼓動)
分かる。どくん。どくん。動いている。
だが、右胸の脈が分からない。
肺も動いているのに、脈は感じない。
血管は身体中を巡っているのだ。感じないわけがない。
お腹も感じ・・・
かっ! とクレールの目が開いた。
(むうっ!?)
そうだ。内蔵もあるではないか。身体の内側。
心臓の鼓動は感じる。
喉から食道、胃に来て、腸。肝臓、腎臓・・・
体内を感じられるか!
全身の脈を感じる! 皮膚だけではなく、中まで!
なんとハイレベルな稽古法であろうか!
(イザベルさんはこれをマスターしたのですか!?)
いけない、いけない。
気を鎮めて、脈を・・・身体中の、脈を・・・
クレールは集中しようと、静かに目を閉じた。
ちー。ちー。
虫の鳴く声が聞こえる。
耳の脈を感じられない・・・目は・・・感じる・・・
いつしか、クレールは眠ってしまっていた。
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カオルの方は―――
「・・・」
壁に向かって座禅を組んだまま。
「・・・」
今日は刀印ではなく、親指と中指で丸を作り、それを膝上に置いて、集中。
(なるほど・・・)
全身を感じよ。
上から順に、と思ったが、まず頭部から引っ掛かってしまった。
なんと難しい。だが、集中していくと、別の所を感じるのに気付いた。
頭から天井までの空間。
顔から壁までの空間。
はっきりと感じられる・・・
不思議なことに、天井や壁、その間に集中すると、ふっと感じが消える。
自身の身体を感じようと集中すると、空間を感じられる。
全身を集中出来るようになれば、周囲全体を感じられるようになるのか。
レイシクランの忍と、魔王家の忍が来た。
す、す。後ろに立った。
今まで以上に、はっきり感じる・・・
「カオル殿。それはどういった稽古でございます。瞑想ではございませんな」
ふー、とカオルが細く長く息を吐き、
「特戦隊のイナダ教官に教えて頂いたのです。単純です。全身の脈を感じられるか」
「・・・」
「全身です。上は頭皮から、足の指先まで・・・凄い効果を確認して、驚いている所です」
この忍の2人は、胡乱な顔はしなかった。
むしろ、顔を引き締めている。
「ふむ・・・脈。妙を突いておりますな」
「そうなのです。内観は上達したと見られるまでするなと言われましたが、脈なのです。筋肉や骨ではないので、身体に緊張が出ぬのです。むしろ抜けていく」
「むう! 我らも試してみますか。どこまで感じられるか」
「やりましょう。ですが、カオル殿、本日は程々に。明日は出立でございますゆえ」
「む・・・忘れておりました」
「では・・・」
瞑想を始める3人の忍。
カオルのペット(式神)となった四尾の狐のタマコが、無表情に眺めている。
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こちらは夜のテラス。
アルマダとアランが、ウイスキーのボトルを挟み、手すりに寄りかかっている。
「アラン様、私は分からなくなりました」
「何をでしょう」
「このまま、ワキーナを支援しても良いのでしょうか。ファッテンベルクの兵を送っても良いのかどうか」
アランは一瞬、今更何を、と眉を寄せたが、アルマダの顔は深刻だ。
「何故、そう思うのです」
「かの国は、準テロ国家と指定を受けていると聞きました。平時でも、ほとんど戦時と変わらないような・・・」
「ええ」
「白露帝国が警戒するも当然。潰したいのも当然。そう思えるのです。考えてみれば、おかしな所も多くあります。白露の首都のすぐ南に独立国家。しかも、それは準テロ国家・・・押さえたいに決まっている。打撃を与えておきたい。当然です」
「ふむ」
「むしろ、今まで放置していた方が不自然です。いちゃもんのような理由で開戦されました。急ぐのも当たり前です。軍備はどんどん硬くなる。放っておいたらどうなるか分からない。実情を聞いた話、テロ国家指定、紛争地域国指定とされてもおかしくないレベルで、しかも、テロ組織も大量に流れ込んでいる。叩いておきたい。当前なのでは」
「なるほど」
「私は、ワキーナは外交で上手く立ち回り、紛争地域と立ち回りながら、農業開発を進めていた、純朴な、そんな感じの・・・穏やかな国かと、思っていた。それが、攻められているから・・・と」
アルマダが暗い顔で、グラスを煽る。
「この戦争は、どうなっているのでしょう。何故、こうなったのでしょう・・・」
「分かりませぬか」
「分かりません。何故なのでしょう」
ふう、と息をつき、アランが酒を一口呑む。
「日輪国から、大量の金がワキーナ支援として流れていますね。ご存知でしょうか」
「聞きました。財政破綻してもおかしくない額が流れていると。このまま戦が続いたら、増税するしかないのでは。国庫が危険だ。増税しなければ。そうなったら、どんどん増税されていく。日輪国は終わる」
「ほう。そこまで見ておられましたか」
「武力こそ向けられていませんが、まるで外患誘致行為だ。武器を向けていないから、それに当たらないだけ。財政で行っているようだ・・・どうしてなのでしょう」
「ふむ。これは私の推測なのですが、ハワード様の見方は、まず当たっていると言うか。大体、私と同じです」
「はい」
「米衆連合も、日輪国が欲しいのですよ。これは長年の夢だったのですから。日輪国は、何とかやりくりしてきました。あからさまな手段を取られないよう、同盟国として予防線を張り、何とか防いできました」
「・・・」
「そこに本腰を入れてきただけです。白露とワキーナの戦争は大チャンス。補助金をがんがん送らねば。増税。同盟国の米衆連合が、我らが助けましょう、と手を差し伸べられたら、増税に苦しむ国民は喜んで飛びつく。日輪国はどうなりましょう」
「・・・我々の敵は、どこなのでしょう・・・」
「分かりませんか」
「分かりません」
「世界です。私が出した領地の交換も、糸の上を歩くような行為。財政の補助もされるでしょうが、今のままでは焼け石に水です。父上が、もうこのままだと終わるな、と見たら、日輪国は魔の国の支配下に置かれるようになるかも。完全に破綻する前に、属国化する事になるかも」
「属国・・・」
「そうせんとなった時、領地交換からの同盟は、その為に大きな布石となるでしょう。各国はそう見ます。日輪国はもう終わりが見えてきたか、と。では攻めるか、と。しかし魔の国の軍が。ううむ、悔しいが魔の国に取られてしまうか」
アルマダがグラスを置き、頭を抱える。
「・・・」
「白露とワキーナの戦争は、そういう戦争です。私は、日輪国が財政破綻する前に、さっさと終わらせたい。兄上、姉上の国という私情があります。父上もです。こう聞くと、非常に聞こえが宜しい」
「聞こえ」
「本当の所はどうでしょうか。私情とは言っても、別かも。兄上、姉上の国を、我らの物としておきたい。つまり、別荘地にしたいのです。どう聞こえますか」
もうアルマダには返事は出来なかった。
「立地も素晴らしい。白露、大中心、米衆を押さえられる最高の立地だ。欲しいと思っても、全く不自然ではない。こうかもしれません」
「く・・・」
「さて、ワキーナ戦争が終わると、白露は日輪国に来るかも。そうなった時、日輪国は大丈夫でしょうか。だから、財政が完全に破綻する前に、さっさと終わらせたい。出来れば属国にはしたくない。独立国であってほしい。何故か。ただでさえ忙しいのに、日輪国の世話をするのは面倒です・・・と。これはどう聞こえます」
「・・・」
「魔の国のお陰で助かりました・・・ぽんぽんと領土の交換もしやすくなる。交換などと言わず、もう借り上げでいけるでしょう。日輪国中に、魔の国の駐屯地が出来てしまう。その先は分かりますね」
「はい」
「ハワード様。私と父上は、本当に私情の善意だけでしょうか。手を差し伸べた我らこそが、大きな敵かもしれません」
「もう、分かりません」
ふうー・・・と、アランが息をつく。
「これが、今回の戦争なのです。今、日輪国は、瀬戸際に立っています。ただ、次に白露がこっちに来るかも、なんて警戒しているだけでは、全く不足なのです。飢えた狼達に周りを囲まれている」
「日輪国は、どこに向かうのでしょう」
「権力を持っている、急に権力をつけ出した議員。それらの意を調べてみると、何となくその方向に行くな、と分かると思います。大体、同じ方向を向いているのでは。それを止めるか、後押しするかは、国民が決める」
「・・・」
アランがグラスの酒を一気に飲み干し、酒を注ぐ。
「今回の領土交換の話がまとまれば、更に力を持つことになる。保守派を敵に回すとは言っても、保守派にも普通に魔族融和派はいる。ハワード家が中心に貴族達がまとまるような事になったら、もう誰も逆らえない。もしかしたら、ヒラマツ陛下でさえも。ですから、ハワード家は政に関わらぬようにしているのでしょう」
「・・・」
「どうなるか。もう、私にも分かりませんが、日輪国民が、色々と気付いてくれれば。ハワード様のように考えてくれれば・・・良い未来に向かえるかもしれません」
「私は、魔王様とアラン様を信じたい」
「ハワード様。それを私情というのです。私は、そこで考えるのをやめてはいけないと思います」
アランはグラスを持ったまま、廊下を歩いて行った。
残されたアルマダは、しばらく頭を抱えていたが、グラスと酒瓶を持って、部屋に戻って行った。




