第130話
マサヒデ達は遅くなる前にと先に帰ったが、イザベルだけが残された。
主のマサヒデのお側に、という気持ちはあったが、流石に厳しく叩き込まれた教官には逆らえない。苦しげに、マサヒデ達を見送って、店に戻る。
バーには、軍人、元軍人のみ。
先程と、雰囲気ががらっと変わった。
「イザベルちゃん、トミちゃんにどんな稽古うけてる?」
「は・・・その、ここだけの話ですが」
「うん」
「一番最初に、アブソルート流の奥義を叩き込まれました。いきなり奥義です」
これにはイナダも驚いた。
「はあっ!? まあじでえ!?」
「その奥義を振れるようになれと。感覚が鋭い獣人族であれば、人族と変わらず覚えられると。その、僭越ながら、実際、私も・・・その、少しは出来るように」
「はあー! それ、どんなの? 大丈夫なら、見せてくれる?」
「構いませぬ」
イザベルが立ち上がって、背中の剣を抜く。
天井を見上げる。
ちょっと高さが危険だ。気を付けないと。
「先程、教官のお話しにも出ました、手の内、握りの脱力をしております」
「うん」
「軽く握ります」
「うん」
握ったので、くいっと切先が上がる。
「切先が上がります」
「だね」
「この切先が上がるのに合わせ、振り被る。出来ますと、全くと言って良い程に、力もいりませぬ。上手く出来ると、重みを全く感じずに、すっと上がるのです。ですので、振り下ろす所より、この振り被りを念入りにと」
「・・・」
イナダが煙草を取り、火を点けて、ふうー! と思い切り吹き出す。
そのまま、イナダは下を向いて考え込んでしまった。
じりじり煙草が燃えて、先の灰が、ほろっと落ちる。
「・・・うーん・・・」
「これが、マサヒデ様の教えで・・・実は、奥義と言っても、これにはまだ先があるそうで、そこはマサヒデ様も50に10回も振れれば良いとか」
「うん・・・うんうん・・・うーん。なるほどねえ・・・」
イナダは下を見たまま、ふいー、と紫煙を吐いて、
「うーん・・・感覚が鋭い獣人族なら、人族と変わらず覚えられる、って?」
「はい」
「うーん、うん・・・これ、親父さんに教えてもらったのかな? 剣聖カゲミツ」
「いえ。違うそうです」
「いや、参ったね。参った。トミちゃん、凄いね・・・他にはどんな? 教えられる範囲でいいよ。俺だからって、元教官だからとか、関係ないから。駄目な所は駄目でいいからね」
「基本、これだけです。これを真っ向だけでなく、袈裟、払い、斬り上げ、全てで出来るようにせよと。他は、一剣流の擦り落としを練習するくらいです。私、少しは一剣流の擦り落としが出来るようになりまして、一剣流の初段を頂けました」
「うーん! これに擦り落としまでか! うーん・・・」
イザベルが剣を納めると、イナダは傾げながらの首を上げて、
「イザベルちゃん、さっき言った、最初の、全身の脈を感じよう、って、出来てる? 忘れてない? 結構さ、出来たての子達って、相手にだけ集中しちゃうって、あるの。自分を感じようってのが出来ないの。どうしてもなっちゃう」
「なぜでしょうか」
きし、とスツールを鳴らし、イナダが腕を組む。
「どこかに余裕がないと怖いから。恐怖心。無心じゃなくなってる。これって本能だから、気付けないの。いつの間にか相手の方に強く集中して、自分を感じようって、忘れちゃうの。ぎりぎりまで持ってくの、怖いじゃん。わざわざ崖の端っこに行きましょう! ってやってるんだから。でも、余裕が少しでも出来ちゃうと、さっき説明したように、剣が鈍っちゃう。余裕がないほど、無駄が無くなる。だもんね」
「は」
「これはね、教官としてじゃなく、剣客としてね。俺なんか、へっぽこも良い所だけど、分かる部分は教えてあげたいから。理屈は分かった、よね?」
「はい」
「うん。じゃあ、もう考えない。感じるだけ。それで、剣は強くなるはず。トミちゃんもびっくりするくらい。うん。剣だけじゃなくてね。槍だろうが弓だろうが、何なら素手でもね。何でも、自分を感じようってのは使えるはずだよ。そうやって作ったんだから。だから、特戦隊、魔族でも教えれるの。普通に教えてたら、俺がジジイになるまで、誰も覚えらんないもの。でも、魔族は感覚鋭い人が多いでしょ? 覚えられる。教えられるの」
「は」
「もういっぺん、最初に戻ってさ、自分を感じられてるかなー。その状態で、相手も感じられてるかなー。チェックしてみて。言葉ではこれだけ。簡単。でも、実践するのは難しい。本能を越えないといけないんだから。でも、イザベルちゃんはびっくりするくらいここが良く出来てたの。だから、特戦隊に居られたんだよ。少尉まで昇進しちゃったじゃない」
「お褒め、有り難く存じます」
「うん。でさ、さっき言い忘れたけど。相手に集中って、目の前だけってわけじゃないからね。まあ、トミちゃん達なら、そんなの分かってると思うけど」
「は」
「周り囲まれても、右も、左も、後ろも、ばーっと、全部。ぜーんぶ感じる。大変でしょ? 囲まれて無くても、どっか、隠れてるやついないかなー。遠くから狙われてないかなー。感じよう。これ、感じちゃうのよー。人ってさ、凄く敏感だから」
「そこまでですか」
「うん。でも、周りをいっぱい感じよう! あれ? 自分感じてない? って、なっちゃ駄目。そのさじ加減しながら。難しいでしょ?」
「はい」
ここまで一気に喋って、イナダがグラスを取り、氷を鳴らして、一口。
「これさ。実は魔術師の稽古にも使える。だから、マツ様もこれやると、もっともっと強くなる。もーうとんでもないよね」
「魔術師もですか!?」
「そうだよおー。集中力! なんだからさ。魔術に大事ー。でしょ?」
イナダが、ごく、ごく、と一気に呑んで、ぶは、と息を吐き、こん、とグラスを置く。
「今日来なかった、レイシクランのクレール様とかにも、教えてあげなよ。仲良いんでしょ」
「は。それなりにですが」
にやりとイナダが笑った。
「でー、俺はー、イザベルちゃんが見せてくれた、トミちゃんの教えを頂いちゃう! あははは! 技術交流が出来た! 何に使えるかなあ! 色々考えてみようか! こうやって考えるのも楽しいんだよね! でしょ! あははは! あははは!」
ぴた、と笑いを止め、イナダが頷いた。
「うん。久し振りに顔見れて、良かった。うん」
「有難きお言葉」
「さ、早く追いかけよっか。トミちゃんは、イザベルちゃんのご主人様なんだから」
「は」
す、と胸ポケットから、イナダにもらった黒眼鏡を出し、掛ける。
イナダがにっこり笑った。
「やっぱりねー。イザベルちゃんなら似合うと思った」
「ありがとうございます。それでは、失礼致します」
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そして、城に戻り、夕食。
明日には、マサヒデ達は出発という、大事な大事なディナーである。
「マサヒデ君」
「・・・」
マサヒデは半眼で、ゆっくり、ゆっくり、箸を動かしている。
全身の脈を感じる・・・
箸を・・・
「おい。マサヒデ君」
口の中・・・歯で噛んでいる・・・歯茎を感じ・・・
ぽん。
「はっ!?」
びくっとして気付くと、怪訝な顔の魔王とユカリ。
「どうかしたのか? 体調でもおかしいのか?」
「ううむ、申し訳ございません。昼間、イナダさん・・・あの、特戦隊? でしたか。その教官に、教えを頂いて・・・ううむ。これが難しく」
「ほう。特戦隊の」
マサヒデは箸を置き、
「イナダさん、軍人ってだけではなく、日輪国の、凄く古い剣術の使い手でもあるんです。あ、そうだ。魔王様なら」
「うむ?」
「魔王様は、身体中の脈を感じる事って、出来ますか?」
「んん? ううむ・・・」
魔王もナイフとフォークを置いて、目を閉じる。
「うむ・・・手の平は分かるな・・・足・・・腕・・・」
魔王が目を開ける。
「ううむ、全身は分からぬ。背中が全然分からぬ。はて、首もよく分からんな。太い血管が通っておるはずだが。これが、そのイナダの教えなのか?」
「そうなんです。自分の身体の、全身の脈を感じるんだって・・・これが難しくて、どうしても集中してしまって。申し訳ありません」
「むう。面白い教えではあるがな。明日にはここを出るのであるぞ」
は! とマサヒデが身を反らす。
「ああっ! 申し訳ありませんでした! ・・・すっかり忘れてました」
「全く。剣術ばかりに目が行っておるな。もしかして、あれもか」
魔王が指差したのは、リディアーヌ。
目を閉じ、口を半開きにして、両手で何かを捧げ持つような・・・
「多分・・・」
はあっ、と魔王が溜め息をつく。
手で給仕を呼んで、
「リディアーヌの頭を叩いてこい。明日はマサヒデ君が城を出るが、ぼけっとしておって良いのか、と伝えろ」
「叩くのですか」
「構わん。これは命である」
「は・・・」
「何か怪しげな儀式でも行っておるように見えるぞ・・・全く! どうしようもない娘だな!」




