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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
130/150

第130話


 マサヒデ達は遅くなる前にと先に帰ったが、イザベルだけが残された。

 主のマサヒデのお側に、という気持ちはあったが、流石に厳しく叩き込まれた教官には逆らえない。苦しげに、マサヒデ達を見送って、店に戻る。


 バーには、軍人、元軍人のみ。

 先程と、雰囲気ががらっと変わった。


「イザベルちゃん、トミちゃんにどんな稽古うけてる?」


「は・・・その、ここだけの話ですが」


「うん」


「一番最初に、アブソルート流の奥義を叩き込まれました。いきなり奥義です」


 これにはイナダも驚いた。


「はあっ!? まあじでえ!?」


「その奥義を振れるようになれと。感覚が鋭い獣人族であれば、人族と変わらず覚えられると。その、僭越ながら、実際、私も・・・その、少しは出来るように」


「はあー! それ、どんなの? 大丈夫なら、見せてくれる?」


「構いませぬ」


 イザベルが立ち上がって、背中の剣を抜く。

 天井を見上げる。

 ちょっと高さが危険だ。気を付けないと。


「先程、教官のお話しにも出ました、手の内、握りの脱力をしております」


「うん」


「軽く握ります」


「うん」


 握ったので、くいっと切先が上がる。


「切先が上がります」


「だね」


「この切先が上がるのに合わせ、振り被る。出来ますと、全くと言って良い程に、力もいりませぬ。上手く出来ると、重みを全く感じずに、すっと上がるのです。ですので、振り下ろす所より、この振り被りを念入りにと」


「・・・」


 イナダが煙草を取り、火を点けて、ふうー! と思い切り吹き出す。

 そのまま、イナダは下を向いて考え込んでしまった。

 じりじり煙草が燃えて、先の灰が、ほろっと落ちる。


「・・・うーん・・・」


「これが、マサヒデ様の教えで・・・実は、奥義と言っても、これにはまだ先があるそうで、そこはマサヒデ様も50に10回も振れれば良いとか」


「うん・・・うんうん・・・うーん。なるほどねえ・・・」


 イナダは下を見たまま、ふいー、と紫煙を吐いて、


「うーん・・・感覚が鋭い獣人族なら、人族と変わらず覚えられる、って?」


「はい」


「うーん、うん・・・これ、親父さんに教えてもらったのかな? 剣聖カゲミツ」


「いえ。違うそうです」


「いや、参ったね。参った。トミちゃん、凄いね・・・他にはどんな? 教えられる範囲でいいよ。俺だからって、元教官だからとか、関係ないから。駄目な所は駄目でいいからね」


「基本、これだけです。これを真っ向だけでなく、袈裟、払い、斬り上げ、全てで出来るようにせよと。他は、一剣流の擦り落としを練習するくらいです。私、少しは一剣流の擦り落としが出来るようになりまして、一剣流の初段を頂けました」


「うーん! これに擦り落としまでか! うーん・・・」


 イザベルが剣を納めると、イナダは傾げながらの首を上げて、


「イザベルちゃん、さっき言った、最初の、全身の脈を感じよう、って、出来てる? 忘れてない? 結構さ、出来たての子達って、相手にだけ集中しちゃうって、あるの。自分を感じようってのが出来ないの。どうしてもなっちゃう」


「なぜでしょうか」


 きし、とスツールを鳴らし、イナダが腕を組む。


「どこかに余裕がないと怖いから。恐怖心。無心じゃなくなってる。これって本能だから、気付けないの。いつの間にか相手の方に強く集中して、自分を感じようって、忘れちゃうの。ぎりぎりまで持ってくの、怖いじゃん。わざわざ崖の端っこに行きましょう! ってやってるんだから。でも、余裕が少しでも出来ちゃうと、さっき説明したように、剣が鈍っちゃう。余裕がないほど、無駄が無くなる。だもんね」


「は」


「これはね、教官としてじゃなく、剣客としてね。俺なんか、へっぽこも良い所だけど、分かる部分は教えてあげたいから。理屈は分かった、よね?」


「はい」


「うん。じゃあ、もう考えない。感じるだけ。それで、剣は強くなるはず。トミちゃんもびっくりするくらい。うん。剣だけじゃなくてね。槍だろうが弓だろうが、何なら素手でもね。何でも、自分を感じようってのは使えるはずだよ。そうやって作ったんだから。だから、特戦隊、魔族でも教えれるの。普通に教えてたら、俺がジジイになるまで、誰も覚えらんないもの。でも、魔族は感覚鋭い人が多いでしょ? 覚えられる。教えられるの」


「は」


「もういっぺん、最初に戻ってさ、自分を感じられてるかなー。その状態で、相手も感じられてるかなー。チェックしてみて。言葉ではこれだけ。簡単。でも、実践するのは難しい。本能を越えないといけないんだから。でも、イザベルちゃんはびっくりするくらいここが良く出来てたの。だから、特戦隊に居られたんだよ。少尉まで昇進しちゃったじゃない」


「お褒め、有り難く存じます」


「うん。でさ、さっき言い忘れたけど。相手に集中って、目の前だけってわけじゃないからね。まあ、トミちゃん達なら、そんなの分かってると思うけど」


「は」


「周り囲まれても、右も、左も、後ろも、ばーっと、全部。ぜーんぶ感じる。大変でしょ? 囲まれて無くても、どっか、隠れてるやついないかなー。遠くから狙われてないかなー。感じよう。これ、感じちゃうのよー。人ってさ、凄く敏感だから」


「そこまでですか」


「うん。でも、周りをいっぱい感じよう! あれ? 自分感じてない? って、なっちゃ駄目。そのさじ加減しながら。難しいでしょ?」


「はい」


 ここまで一気に喋って、イナダがグラスを取り、氷を鳴らして、一口。


「これさ。実は魔術師の稽古にも使える。だから、マツ様もこれやると、もっともっと強くなる。もーうとんでもないよね」


「魔術師もですか!?」


「そうだよおー。集中力! なんだからさ。魔術に大事ー。でしょ?」


 イナダが、ごく、ごく、と一気に呑んで、ぶは、と息を吐き、こん、とグラスを置く。


「今日来なかった、レイシクランのクレール様とかにも、教えてあげなよ。仲良いんでしょ」


「は。それなりにですが」


 にやりとイナダが笑った。


「でー、俺はー、イザベルちゃんが見せてくれた、トミちゃんの教えを頂いちゃう! あははは! 技術交流が出来た! 何に使えるかなあ! 色々考えてみようか! こうやって考えるのも楽しいんだよね! でしょ! あははは! あははは!」


 ぴた、と笑いを止め、イナダが頷いた。


「うん。久し振りに顔見れて、良かった。うん」


「有難きお言葉」


「さ、早く追いかけよっか。トミちゃんは、イザベルちゃんのご主人様なんだから」


「は」


 す、と胸ポケットから、イナダにもらった黒眼鏡を出し、掛ける。

 イナダがにっこり笑った。


「やっぱりねー。イザベルちゃんなら似合うと思った」


「ありがとうございます。それでは、失礼致します」



----------



 そして、城に戻り、夕食。

 明日には、マサヒデ達は出発という、大事な大事なディナーである。


「マサヒデ君」


「・・・」


 マサヒデは半眼で、ゆっくり、ゆっくり、箸を動かしている。

 全身の脈を感じる・・・

 箸を・・・


「おい。マサヒデ君」


 口の中・・・歯で噛んでいる・・・歯茎を感じ・・・

 ぽん。


「はっ!?」


 びくっとして気付くと、怪訝な顔の魔王とユカリ。


「どうかしたのか? 体調でもおかしいのか?」


「ううむ、申し訳ございません。昼間、イナダさん・・・あの、特戦隊? でしたか。その教官に、教えを頂いて・・・ううむ。これが難しく」


「ほう。特戦隊の」


 マサヒデは箸を置き、


「イナダさん、軍人ってだけではなく、日輪国の、凄く古い剣術の使い手でもあるんです。あ、そうだ。魔王様なら」


「うむ?」


「魔王様は、身体中の脈を感じる事って、出来ますか?」


「んん? ううむ・・・」


 魔王もナイフとフォークを置いて、目を閉じる。


「うむ・・・手の平は分かるな・・・足・・・腕・・・」


 魔王が目を開ける。


「ううむ、全身は分からぬ。背中が全然分からぬ。はて、首もよく分からんな。太い血管が通っておるはずだが。これが、そのイナダの教えなのか?」


「そうなんです。自分の身体の、全身の脈を感じるんだって・・・これが難しくて、どうしても集中してしまって。申し訳ありません」


「むう。面白い教えではあるがな。明日にはここを出るのであるぞ」


 は! とマサヒデが身を反らす。


「ああっ! 申し訳ありませんでした! ・・・すっかり忘れてました」


「全く。剣術ばかりに目が行っておるな。もしかして、あれもか」


 魔王が指差したのは、リディアーヌ。

 目を閉じ、口を半開きにして、両手で何かを捧げ持つような・・・


「多分・・・」


 はあっ、と魔王が溜め息をつく。

 手で給仕を呼んで、


「リディアーヌの頭を叩いてこい。明日はマサヒデ君が城を出るが、ぼけっとしておって良いのか、と伝えろ」


「叩くのですか」


「構わん。これは命である」


「は・・・」


「何か怪しげな儀式でも行っておるように見えるぞ・・・全く! どうしようもない娘だな!」


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