第129話
最後に真面目な講座をしよう。と、イナダが言ってくれた。
マサヒデ達は神妙な顔で座り直す。
「俺は、戦闘術を作るにあたって、色ーんな武術とか研究したし、色ーんな格闘技も研究したし。うわあ! すっげえ! っていうのもいっぱいあったんだけど。その中で、どおー・・・・しても分かんない事が、ふたつあった。色ーんな流派の中にあるんだけど、全っ然、分かんなかった。トミちゃん、何だと思う」
「む・・・イナダ先生でも分からない事、ですか・・・」
「今はもう分かったけどね。自分なりにだけど」
マサヒデが腕を組む。
顎に手を当て、じーっと考える。
むう、とアルマダも眉を寄せ、グラスを置く。
考え込むマサヒデを、イナダが楽しそうに見ている。
「体術には多いね」
「体術に・・・ううむ」
「誰か分かる人いるー? どー・・・しても分かんない! っていうやつ」
リディアーヌが手を上げた。
「はい姫様ー!」
「兄上が近衛兵の鎧を刀で斬りました! 刀には瑕ひとつなく! どうして出来るのでしょう!」
む!? とイナダから笑顔が消え、
「まあじ!? ・・・凄いね、それは・・・ごめんね! ちょっと今は、今は分かんない。将来、解明出来るかも。いや、出来ないかもしんない・・・また分かんない事が増えちゃったな・・・別の事でないかなー?」
マサヒデは腕を組み、じっと考え込んでいる。
色々な流派にあって、それでも分からない。
何なんだ!?
「OK!」
ぱん! とイナダが手を叩く。
「トミちゃん、ハワード君。気ってなんだと思う?」
「気、ですか?」
2人の頭にぱっと思い浮かんだのは、魔王とマツ。
怒ると黒いもやが身を包む。
いや、あれは魔力か・・・
「例えば、ね。分かりやすいのは、合気。気を合わせる。何で出来ちゃうんだろうなあ? 他は分かるけど、これでなんで投げれるの? ない? 他にも、気を送る事が出来ればこうなるよーとか。で、実際、やってみたら出来ちゃった。これが気です。こんな経験ない?」
「あります」
ははあん、とイナダが笑う。
「でもさあ。流派によって違ったりしない? これが気なんだ。こうする事で気が送れるんだ。どう? そんなのない?」
「あります」
「あれはねえ、ぜーんぶ、ちゃんとした物理法則!」
「えっ!?」
「あ、神経反射、脊髄反射とかも使うやつあるけどね。うん」
「物理ですか!?」
「そおだよお。ふっつーうに、物理法則とか、どうしようもない神経の反射。合気なんか、力の流れがすっごく分かりやすいでしょ。でもさ、なーんか出来ちゃったなあ。何だか分っかんないけど、出来ちゃったなあ。そうか! これが気かあ! っていうのが、気」
「・・・」
「だからー、流派とか、下手すると個人によって。気ってこれだよー、っていうのが変わるの。分かんないけど出来た。考えたけど分からん。あ! これが気の力か! で終わって、分からん所をまとめて、気! だーから、気って分かんないのよー。これが気、あれが気。分かんない所を、気だー、ってまとめちゃうから。うん。で、結局どれが気なの? これなの? いや、違う。これが気だ、ってなっちゃう。人によって気ってこれだ、ってのが変わるわけ。だから分かんなくなるのね」
イナダがグラスを置いて、マサヒデに腕を出す。
「ほら。思いっ切り抑え込んで」
マサヒデがイナダの腕を掴む。
「もーっともっと! もう極めちゃっても良いよ!」
イナダの腕をぐいと上げて捻る。イナダは完全に腕を極められ、前屈みで、肘は上がっている。どうしようもない体勢。イナダの左手に得物でもなければ、完全に勝ち。
流石に完全に極まった状態ではどうしようもない。
何を見せてくれるのだろう? と、思っていたが・・・
「あれ!? え? え!?」
マサヒデの身体の方が動いていく。
イナダの腕がゆっくり下りてきて、ゆっくり横に動かすと、マサヒデの方がスツールから落ちて、倒れてしまった。
皆が目を丸くしている。
マサヒデより全然小さいイナダが、軽く返してしまった。座ったまま。
しかも、合気とかそういう感じでもなく、そのまま腕を元の位置に戻しただけ。
「つまりね。これが気なの。分かった?」
「これが? え、気、ですか?」
イナダがにやっと笑う。
「って、言われると、さっぱり分かんないでしょ? あははは! 何でやられたか分からん。完全に極めてるはずだけど、返されちゃった。不思議だー! これが気の力です! で、片付けちゃう。やってる自分も説明出来ないから。分かってても、細かく説明したら、お弟子さんが混乱しちゃうかもしれないし。今のも物理法則できちんと説明出来るよ。てわけで、これがひとつ目。気って何だろう、って話」
「ううむ!」
マサヒデが唸って、立ち上がってスツールに戻る。
「次の所。これは本っ当ーに、どこでも言われる。脱力って大事だよね」
「はい」
「脱力するには、どうしたら良いの? ただ、だらーんと力を抜けば良いの?」
ん? とマサヒデが首を傾げる。
「まあ、最低限、得物を持っていられるように、くらい?」
「膝には力が入ってるよね? だって、立ってるんだもん。入ってなきゃ、かっくん、て膝が落ちちゃうはず。腰もそうでしょ? 尻もちついちゃう」
「まあ、はい」
「背中とか、お腹。胸。真っ直ぐ立たなきゃ。刀持ってる。持ってる前側が重いはずだから、そこは後ろに引っ張らないと、前に倒れちゃう。でしょ」
「あ、確かにそうですね」
「それって、脱力出来てる? 最低限、得物を持ってられるくらいって、落ちないくらい、指紋で柄糸を引っ掛けるくらい。そんな感じの事、言われなかった? で、他の所は全部抜く、とか」
「はい」
「でも、こうやって分析してみると、実際の所、体中の筋肉を使ってる。下から上まで。これ脱力う? 本当? いやいや、全身の筋肉使いまくってるじゃん」
「・・・」
マサヒデが黙り込んでしまった。なんでだ!? 考えた事もなかった・・・
俺は脱力出来ているのか? 体中に力が入っているのか?
アルマダも顎に手を当て、考え込んでいる。
「その・・・」
「うん」
「最低限、に・・・抑えろって事でしょうか?」
「使う力を?」
「はい」
「うんうん。でえも不思議じゃない? 得物が落ちないくらいに握りは柔らかくね。これ、手は脱力出来てるかも。身体の方は? 膝は? 腰は? 背中は? 最低限に出来てる? 立ってる限り、どこかしらに力は張ってるよ。背筋は腰からしっかり真っ直ぐにしろ。うなじは伸ばせ。がっつり筋肉使ってるじゃない。これ脱力? 疑問に思った事ない?」
「・・・」
「正眼に構えたら? 切先が落ちないように、しっかり固定してる。ずっと構えてたら疲れる。なんで疲れる? 筋肉使うから。あっれえー? これ脱力なのお?」
「・・・」
マサヒデ、アルマダ、カオル、イザベル、リディアーヌ。
剣を使う者達の頭が、煙を出しそうな程に混乱している。
どうして!?
「私達は、脱力が出来ていない? という事ですか」
「いや! トミちゃん達は多分出来てると思うな。でもなんで出来てるの? 握りは出来てるかな? 背筋は伸びてるかな? これだけなのに、なんで出来るの?」
「ううむ・・・」
イナダがにやにや笑いながら、グラスを回す。
からから、と氷の音が響く。
「ふふん。これもちゃんと説明出来る。握りは? 姿勢は? しかも、相手の動きも捉えてないと。起こりが分かった瞬間、反応しないと! ぴりぴりしてる。それで頭がいっぱいになってる。全身が感覚を捉えようと、もういっぱい。もう脳には思いっ切り振ってー! なんて、神経に命令する余裕がない。で、どうしても身体が脱力しちゃうの。そーいう事なのよ!」
「そう、なのでしょうか」
「そうだよ。ね、イザベルちゃん。一番最初にやった訓練はなんだったっけ。これが出来たら戦闘術の訓練に入りましょう、ってやつ」
「鼓動を、身体の脈を、感じなさい・・・」
「そう! 身体中を感じよう! 武器を握る手の平とかだけじゃなく、背中も、足も、腰も、ぜーんぶ! そんな事してたら、脳がぱんぱん! その状態で動こう! なんて出来なかったでしょ? 最初、突っ立てるだけだったっしょ?」
「はい」
「自然と、身体が脱力しちゃうの。感じよう! っていう方に神経がほとんど使われちゃうの。動かすって方には、神経がぎりぎりしかいかないの。全身の脈をぜーんぶ感じなきゃ! って、もう全身の神経に脳が集中する。そうなっちゃうと喜怒哀楽とかも感じてる暇もないの。トミちゃん、これどういう事か分かる?」
「無心・・・ですか」
ぱん! とイナダが嬉しそうに手を叩く。
「そーいう事! ま、俺が考える無心ね。他の人はどうか知らないよ。つまりね、感覚に集中してれば、心も自然と出来ちゃうの。心技体。心と体は、同時に訓練出来ちゃうの。ウェイトトレーニングしてても出来る。筋肉ってね、繊維で出来てるの。その繊維一本一本を感じてみよう! そんな事してたら、もーう他の事なんて考えらんない。無理無理! そりゃ無心になって当然! あはははは!」
「な、なるほど!」
「手の内に集中して、姿勢に集中して、相手に集中して。感じなきゃ、感じなきゃ。脳はそれでいっぱい。筋肉まで構ってる余裕なんてない。最低限の動きをするだけまで! 脳はぎりぎり。無駄な動きに神経送る余裕はない! 結果、無駄が無くなる。動きが良くなる。と、こういう仕組みで、脱力が出来るってわけなのよー」
「はあー!」
「だから、感覚をどんどん研ぎ澄ます! 自分も相手も感じる! 感じるほど、脳や神経の余裕が無くなる! どんどん無駄がなくなる! どんどん動きが良くなっていく! ね? なっちゃうの。ま、俺の分析ではだけどね!」
マサヒデが手をごちゃごちゃ回しながら、
「イナダさん、私、立ち会う時ですよ。相手の感情というか・・・感じるというか。気配とかなくても、感情で感じるとか」
「おー」
「それで、くるかな。こっちかな、みたいな・・・」
「うん、うん。中々出来てる。感覚が鍛えられてる証拠。でも、無心が出来てる人だったら、そういうの分からないじゃない。でしょ?」
「むっ!? 確かに!」
回していたマサヒデの手が止まった。
イナダがにやりと笑って、グラスを煽り、ことん、と置いた。
「ふふーん。トミちゃん、運が良かったね。そういう人と当たらなくてさ。この先、そういう人と立ち会う事があったらどうする? 考えずに振るしかないよね。お互い無心だもん。どうしたら勝てる?」
「・・・」
「あははは! そこで、心技体の技があるんじゃなーい! 技だよ、技! 勝てるようにって作られたのが、技なんだから!」
「あっ!」
イナダがバーテンにグラスを差し出すと、こん、と新しい氷が入れられ、酒が注がれた。
「うん! だからさ、結局、最後の最後は、稽古あるのみ! 積み上げてきた稽古の差! ってね! なっちゃうわけー! あははは!」




