第127話
ここは屯営酒場。
イザベルの教官、魔王軍最強の特殊部隊、世界最強の特殊部隊、第一特殊作戦隊の教官の、イナダの行きつけのバー。
「そうそう! トミちゃん、ウキョウでさ、行ったよねえ」
「どこへでしょうか?」
「あそこ! ええと・・・あれ。そう! ウキョウ神宮! 神誠館!」
「あ、行きました」
「行った! オヤジさんと会った?」
「親父? もしかして、お父上が居たのですか?」
イナダが手を振って、
「違う違う。アラガヤツ先生。俺はさ、オヤジって呼んでるの」
「ああ! 運良く、お会い出来ました。鹿神流の手解きは頂けませんでしたが、貴重なお言葉を頂けました」
「何て言ってた?」
はは、とマサヒデが苦笑して、
「鹿神流は教えたくない、と言われました」
かん! とイナダがグラスを置く。
「ええー!? なあんでえ!?」
「教えて、自分以上の達者になってしまったら、私の立つ瀬が無くなってしまうからと」
「嘘おー? あのオヤジがあ?」
「アラガヤツ先生は、こうも言ってくれました。トミヤス流は達人を作る流派だと。だから、私には教える事はもうないんだ、と」
「はあー!」
イナダが感心したような声を上げて、腕を組んで頷いた後、少しして、げらげらと笑い出した。
「あはははは! オヤジも上手く逃げたねえ!」
「ふふ。そうかもしれません。でも、アラガヤツ先生のお言葉を頂き、私はこのまま進めばよいのだ、という、安心感と、自信が得られたのは確かです」
「うん、うん」
「道があれば、何も考えずにそこを歩けば、誰でも辿り着く」
頷きながら、イナダが口にグラスを運ぶ。
「うん」
「辿り着けば、誰でも強くはなれる」
「うん」
「さて、既にある道を歩いた者と、自分で道を作った者は、同じ所に辿り着いた時、どちらが強いか」
「うん」
「トミヤス流は、術だけ。道がないという事は、つまり・・・と、お言葉を」
「うーん! オヤジらしいね! うん」
後ろのイザベルが、感じ入った顔をしている。
テーブル席のリディアーヌも、獣人族の血を引く耳で聞いて、目を輝かせている。
「そのお言葉を聞き、私は安心と自信がぐっと」
「うん! そう! そのまま行けば良い!」
ばしん! とイナダがマサヒデの背を叩く。
「何度も人に尋ねられました。トミヤス流に道がないってどういう事ですか」
「うん」
「自分も同じような事を口にしていましたが、先生にお言葉を頂くのとは違います。父上はそこを教えてくれません。こう思っているが、これで本当に良いのかな。疑問は少なからずありました。今でも全くないかと言えば嘘になります。ですが、自信を持って言えるようになったのは、アラガヤツ先生のお言葉が、非常に大きいです」
「うん!」
くる、とマサヒデが振り向き、立っているイザベルを見上げる。
「あと、イザベルさんのお言葉も良かったですね」
「え? 私ですか? 何か・・・言いましたか?」
「言いましたとも! 米衆で訓練した時! 最後の訓示! 良かったですよ」
にっやあー! とイナダが笑う。
「何々い!? ねえねえトミちゃん! どんな訓示したの!?」
「う、う」
かあー! とイザベルの顔が赤くなる。
「どんなでしたか。教えられた道をぼけっと歩いて、本物になれるか。己の兵士の魂に問え。兵士の道は何処か。何の為に戦うのか。惑っても、迷っても、死ぬまで道を作れ・・・ね? こんな事、言ってましたよね」
たあん! とイナダがグラスを置く。
「かあーっ! イザベルちゃん! 格好良ーいじゃない! 己の兵士の魂に問え! 兵士の道は何処か! あー! 良い言葉だよおー!」
「ああ、マサヒデ様、ご勘弁下さい」
イザベルは顔を覆って俯いてしまった。
アルマダが楽しそうにグラスを傾け、
「何をおっしゃいます。私も、あの時のイザベル様の訓示は、心に響いたのです」
「ハワード様まで・・・お頼みします。もう、もう私は!」
完全にノックダウン。
アルマダは苦笑して、イナダに顔を向ける。
「ふふふ。そうそう、イナダ先生は、色々な国に出向されておられるとか」
アルマダが空になったグラスを差し出すと、バーテンが注ぐ。
「うん! いっぱい行ってるよおー」
「白露帝国にも?」
「勿論! 興味ある?」
「はい」
にや、とイナダが笑う。
「ワキーナ。気になる。でしょ?」
「はい」
イナダが首を振って、
「ごめんね。俺の所にも、どっちからも色々情報入ってくるけどさ。言えない」
「何故でしょうか」
「俺はさ。色ーんな所に教えに行くから、繋がりは出来るけど。関係は飽くまでフラットじゃないと。どこか贔屓は絶対に駄目。皆、俺のファミリーで、ブラザーで。そうじゃないと。俺は日輪国の出だけど、日輪国にも余計な事は話したりしないし。色んな事は聞くけどさ。そこはね。だから、ここだけは譲れない。皆が、家族だから。国は関係なく。分かるかなー。分かって欲しいな」
「いえ。分かります」
「うん! ごめんね!」
マサヒデを挟んで、イナダがグラスを差し出す。
アルマダもグラスを差し出す。
きん、とマサヒデの前で、グラスが鳴った。
ず、とイナダが酒を呑む。
「特別に、1個だけ教えちゃおうか」
「ええ」
「あのね、ワキーナって、戦争始まるずっと前から、国際会議で、準テロ国家認定されてたの、知ってた?」
アルマダの手が止まった。
イザベルも知らなかったようで、驚いた顔をしている。
「・・・」
「紛争地域指定にはならなかったけど。あそこもさー、色々危ない国なのよ」
「どうして」
「そりゃあそうよー。お隣は紛争地域国家でしょ。24時間、銃弾がばんばん飛んでるような国だもん。逆方向はどでかい白露帝国。なっちゃうよ。武力ないと。最低でも、簡単に仕掛けられないくらいの武力はなきゃ。でしょ? やめてよ、って言って戦争止められるなら、今の戦争も起こってないもの。ね?」
「はい・・・」
「でさ。戦争始まったね。世界中、ボランティアとか。補助金とか。色々出してる。うん。準テロ国家に。傭兵や冒険者がワキーナ助けなきゃ! なんで? あそこはやべー国って、俺達の世界のみーんなが知ってた。傭兵界隈も当然。でも今・・・あれ? これってなんで?」
「なぜ・・・なんでしょうか」
「米衆連合さ、国際会議で、日輪国さん、補助金を出してよ。うちは武器も出すし、日輪国はいくら出せって。すっごい額だよ。日輪国は税金削って出してる。このままいったら、財政破綻寸前って額が、ワキーナに流れてる。ヒラマツ陛下、大変だと思うよー」
「・・・」
「なんで白露がワキーナをイジメてる風に見えるの? 怖くない? 準テロ国家だよ。ま、だからと言って、問答無用に殴っていいとは言わないよ。でもさあ、なーんかおかしいよね。この戦争。どっちかに手え貸して良いの? 俺はしちゃいけないと思うんだ。俺はね。んふふふー。俺は、だよ。フラットになれないと、ね。気付かないのよ。こういう所」
アルマダのグラスの水滴が垂れ、カウンターに濃い水たまりを作っている。
「イザベルちゃん」
「は!」
「ワキーナは行った事ある?」
「いえ」
「知ってる情報でいいよ。どんな国?」
イザベルが少し考え、
「元白露帝国領。魔力災害の放置に不満を唱え、独立。国内半分を魔力災害の地に置かれながら、農業改革を進め、かなりの農産物輸出国になりました」
「うんうん。苦境から立ち上がった、お百姓さんの国だね。そう聞こえる」
「はい」
「俺が行った時はさ、そこら中に軍人がいたね。勿論、戦争前だよ。警察も散弾銃持って、胸甲着けて、街中に立ってる。港の警備は戦時中かよってくらいで、入国審査もガチガチ。俺、軍に指導に来ましたって言って、基地から迎えが来て確認されるまで、港から出れなかった。平時の話だよ。兵隊も街中ぐるっぐる回ってる。昼間でも絶対に1人で歩くなよ。外国人は撃たれやすいから。指導員が撃たれちゃったら大変だからって。そんなすっげー危ない国だった。紛争地域と大して変わらないね」
「・・・」
「だってさ、テロ組織、すげーいるのよ、あそこ。今の親衛隊、元テロ組織だよ。ガチガチの排斥派で、同じ人族でも人種差別するみたいな、超強烈な。それが何人いたと思う? ワキーナ国内だけで、分かってただけで、1万7000の組織だよ」
「そんなに!? 本当なのですか!?」
「他にもね。大っきいのも小っちゃいのも、テロ組織がもうわんさか流れ込んでた。でた、じゃないね。今もね。一体何人? そりゃ白露だってビビるって! 首都のすぐ南に、色ーんなテロ組織がいっぱい! それがワキーナって国」
「・・・」
「ふふふ。百姓の国ってそんな国だよ。日輪国も、昔はそうだったもんね・・・一揆煽ったりしてさ・・・上の良し悪しは別にしてだよ。やってる事自体はテロ行為じゃんか。一揆って。でしょ?」
しぼ、と煙草に火を点けて、イナダが煙をふわっと吐き出す。
アルマダは考え込んでしまった。
一体、この戦争はどうなっているのだろう。
正義はどちらなど青臭い事は言わないが、何故、自分には白露が悪く見える?
大国が小国に手を出したから?
次の狙いが日輪国だと分かっているからか? それは少なからずあるだろう。
しかし、白露との戦争が始まったら、米衆も大中心国もそれに乗ってくると分かっていたはずだ。では、本当に悪いのはどこなんだ? 誰なんだ? 日輪国はどこと戦わないといけないんだ?
この戦争は一体どうなっているんだ?
準テロ国家への鉄槌と見られていても、全くおかしくなかったはずだ。
何故こうなっているんだ? 情報統制? イメージ戦略?
では、誰が、どこが、それをしているのだ?
もし白露と日輪国の戦争が始まったとして、敵は本当に白露なのか?
確かに白露の王は日輪国嫌いとは言う。
だが、別に国土を取ろうなんて、考えてはいないのでは?
嫌いな国なら、領土に加えたいと思うか?
そこを統治して面倒を見てやろうと思うか?
嫌いなら、外交的に遠ざけたい、が自然では?
だが、議会は開戦派が締めている。
実際に、親日輪国派の王女に暗殺者も送られてきた。
国王は『嫌い』とは言うが、別に『戦争をしたい』とは思っていなかった?
今は、あと数年もしたら、などと言っているそうだが・・・
昔は、個人的にも親日輪国派の王で有名だった。
それが急に嫌いになってしまった。
何故?
誰かがけしかけている? 議会? 米衆連合? 大中心国?
日輪国は白露帝国に対し、何かしでかしたのか?
そんな事は聞いたこともない。ただ表に出ていないだけかもしれないが。
何故こうなってしまったんだ?
何故こうなっているんだ?
アルマダはグラスを口に持って行けず、手を濡らしたまま、水滴を垂らすグラスを握ったままであった。




