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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
126/129

第126話


 屯営酒場。

 外から見ると、小さくも上品な佇まいで、如何にも一見さんお断りの店。


 イザベルがドアを開けると、かららん、とドアベルの音が綺麗に響いた。


(む)


 開ける前から、客が2人、こちらを見ていた。

 手前の男は顔だけを向けている。

 奥の男は、テーブルに肘をもたれて、鋭い目をこちらに向けている。

 どちらも軍人か、元軍人。

 鍛えに鍛えた分厚い胸板が、着ているシャツをぴっちりさせている。


 カウンターの向こうのバーテンも、元軍人と分かる。

 背は低いが、同じく凄いガタイ。客ほどに目は鋭くない。


(教官殿)


 奥では、仄暗い店の中で、目全体を覆うような黒眼鏡を掛けた、小柄で長髪の男が、くいっとグラスを傾けている。


「いらっしゃいませ」


 バーテンの声に、イザベルが目を向ける。


「7人、入れるか」


 その時に、奥に座った教官、イナダがこちらを向いた。


「7人も! たっくさん連れて来てくれたじゃないのお! イザベルちゃん!」


 にっこり笑ったイナダの、酒に焼けた明るい声。

 ぐ、とイザベルの胸に懐かしさが込み上げる。


 カウンターに空いた椅子は3つ。

 4人は大きなテーブル。店の角の壁沿いにL字に置かれた、ソファー席。

 2人掛けの小さなテーブル。


「俺のファミリーの子だから」


 イナダの一言で、鋭い目を向けていた軍人2人が、急に柔らかな雰囲気になって、笑顔を向けた。

 イザベルが一礼すると、イナダが苦笑しながら煙草を取って火を着けた。

 ふあ、とイナダの顔周りに、紫煙が広がる。


「おいでよ! トミちゃん!」


 イザベルが中に入り、ドア脇に立つ。

 イナダの隣に座っていた男が、席を開ける。

 す、と入口に立った男を見て、軍人2人が一瞬身を固めた。

 マサヒデ=トミヤス・・・


「ご無沙汰しております」


「なー! もおー! そんな固くならないで! ね! ここ!」


 ばんばん! とイナダが隣のスツールを叩く。

 マサヒデは奥に入っていき、ふあ、と煙草の煙を吐くイナダの横に立ち、


「失礼します」


 と、座ろうとした。

 すいっとイナダが立ち上がり、マサヒデの手を取る。


(何!?)


 虚を突かれたわけでもなく、ただ自然に立っただけ。

 だが、どうしてこうも簡単に手を取られた!?


 右手には雲切丸を持っているから、鞘ごと握る形なのだが、さり気なく手が柄の方にズレていて、もしマサヒデが動いたら、抜かれてしまうのが分かる。


 何よりも、ぺこぺこしているこの小さな男から感じる、凄い迫力はなんだ!?


「やーもう、ほんと! 会いたかった! 会いたかったんだよおー!」


 ぺこぺこと頭を下げながら、ぶんぶんとマサヒデの手を振る。

 押されているのは、イナダの勢いではない。明らかな圧力。


「あ、や! こちらこそ、本当に、恐縮です」


 合わせて手を出し、ぺこぺこ頭を下げ、ぶんぶんと手を振る。


「うん! うん! 恐縮しちゃう! それ俺だよねえ! あ、どうぞどうぞ!」


「あ、は。失礼します」


 きし、と小さく音を鳴らし、マサヒデがスツールに座った。

 イナダも座り、灰皿から火を着けたばかりの煙草を摘み上げる。


(うっ!?)


 そうだ。指には煙草を挟んでいた。

 今、手を握られた時には、煙草がなかった!

 では、煙草を灰皿に置いてから、手を取った? はず? あれ!?


「うん! さ、トミちゃん、何でも! うん! マスター!」


 混乱しているマサヒデ。

 それを置き、酒の注文をしようとするイナダ。


「あっ!?」


 隣の軍人の驚きの声。

 か! か! と靴を鳴らして入って来た女の子。

 リディアーヌ姫・・・


「イナダ様でいらっしゃいますね」


「うん! そうですよお」


 イナダがリディアーヌの方を向く。


「リディアーヌ=フォン=ダ=トゥクラインと申します」


「ああ! はい!」


 す、とイナダが立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。


「お目にかかれて! いやもう、ほんと! はい!」


 いつもなら「無礼な!」と、イザベルが声を上げる所だが、声は上がらなかった。

 む、として、リディアーヌの手が動いたが、ほい、とイナダが腰のレイピアを指差す。その手は、完全にリディアーヌの右手を邪魔して、柄との間に入っている。

 イナダが、ぴ! と魔剣ヴェントのヒルト(鍔)を指差す。


「うっ」


「ああ! これがあ! 魔剣! 本物お!? いや初めて見ました!」


「・・・」


 ぴく、ぴく、とリディアーヌの指先が動く。

 しゅ!

 髪を引っ掴んでやろう、と手を伸ばしたら、す、とイナダがしゃがみ込む。

 すかっ。


「うわ、すごーい! こーのヒルトの細工! これは職人技だよお! 美しい! うん、美! だよね!」


「く、くく・・・」


 ん? とイナダが顔を赤らめるリディアーヌを見上げる。


「あれえ? 姫様、どうかしたんですかあ?」


 この酔っ払いが! だが、触りも出来ぬとは!?


「ぬっ!」


 左手を伸ばせば、しゃがんだまま膝で回り、くるりと後ろに。


「おおー! 鞘もすごーい! やっばいよこれわあ!」


 だが、後ろに回った! もう抜いてやる!

 すっと柄に右手が伸びた。


 つん、とイナダが鞘の先の方を指で押す。

 リディアーヌはレイピアを腰から下げている。

 レイピアは長いので、太刀のように垂らしているのが一般的。

 その鞘の先を押したので・・・


 くいん、と柄が外に。

 すかっ。

 リディアーヌの手が空を握る。


「うく!」


「ああ、この作り! こうくるかあ! いーや、このホルダーもすーごいっ!」


「教官殿」


 イザベルの声に、イナダが顔を上げる。


「なあにー?」


「教官殿、若い女性の腰回りに密着するのは、その、さすがに如何かと・・・」


「ああっ! いや、はは! ごめん! すーごいんだもん! 魔剣! こおれ魔剣だよ!? 生きて見られるって思わなかったもん! あはは! あはははは!」


 笑いながら、イナダが席に座る。

 ぷるぷると震えるリディアーヌの後ろに、アルマダが立って、肩に手を置いた。


「リディアーヌ様。あのリチャード様をりっちゃんと呼ばれるわけ、良く分かりましたね。確かに許されるお方だ」


 は! とリディアーヌが振り向く。

 もう絶対に勝てないとは分かるが、悔しさは消えない。


「ぬぐぐ・・・いっ! イナダ殿!」


「んっ!」


 口に少し入れた酒を、ごくっと呑み、イナダがリディアーヌの方を向く。


「あ、はい!」


「その黒眼鏡は取りなさい!」


「あー、はい! すみません!」


 す、とイナダが黒眼鏡を取ると、右目にぐっさりと深い傷跡があり、目は完全に塞がってしまっている。

 古くも生々しい傷跡に、う! とリディアーヌもアルマダも驚いた。


「や、僕、目がこれなもんで。許して下さい」


「いえ・・・いえ。理由があるのでしたら良いのです」


「んー! 先に言っとくべきでした! いや、すみませんほんと!」


 す、とイナダが黒眼鏡を掛ける。

 その隣では、マサヒデがまだ自分の手をぼーっと見つめていた。



----------



 マツとシズクも入って来て、ぺこり、ぺこり、と頭を下げ、テーブル席へ。

 テーブル席には、リディアーヌ、マツ、シズク。

 イザベルはマサヒデの後ろに立つ。

 アルマダも席を空けてもらって、マサヒデの隣。

 最後にカオルが入って来て、すっとイザベルがドアを閉める。


「あーっ! サーダマーキさーん! 来てくれるとは思わなかったなあー」


「は」


「まあまあま! うん、色々聞きたいなあー。こっちもさ、こう、ね? そう! 都市伝説とか! お話ししようよー! 面白そうじゃない? あははは!」


「は」


 す、す、と軍人2人がさり気なく横に。

 空いた席に、カオルが座る。


「うん! うん! あ、そうだった! マスター! あれ! お土産!」


「ああ! そうでした!」


 バーテンがしゃがみ込んで、かちゃかちゃと音を鳴らし、何か取り出した。

 す、と小さな長方形の桐箱がイナダに差し出される。

 イナダがそれを取って、イザベルに差し出す。


「はい! イザベルちゃん! これ前から用意してたのお!」


「は?」


「おーみーやーげ! あげちゃう! 特注品!」


「特注? 宜しいので?」


「いいよー! 試供品でタダでもらったやつ。俺も開発に参加したから。使ってくれたら嬉しいなー」


「では・・・」


 イザベルが桐箱を受け取り、イナダを見る。


「うんうん、開けて! 見て欲しいなあー」


 ぱかりと開けると、イナダのとよく似た黒眼鏡。

 マサヒデ達も、何だろうと首を回して、黒眼鏡を見る。


「それさあ、凄いのよ。銃弾モロに食らっても壊れない」


「は!?」


「ほんとほんと! すーごい丈夫! さすがにライフルは無理だけど、ハンドガンならね。マグナム系はちょっと無理かもしんないけど、三三式拳銃なら傷がつくくらい」


 マサヒデもアルマダもカオルも、目を丸くして黒眼鏡を見ている。

 こんな薄っぺらな物で、銃弾を!?


「それはねー、あれ! 魔獣になった虫! あれのでかいの使ってみたの! 固いでしょー? 虫って。で、きれーいに磨いて、中の透明な所をね」


 ぽん! とマサヒデが手を叩く。


「ああっ! 魔獣化した虫!」


 はっとして、カオルが手を伸ばし、アルマダが驚いて、背を仰け反らせる。

 がつん、とマサヒデの口に、カオルの手が当たった。


「うぶっ!」


「ご主人様! その情報は!」


 教会の、聖騎士の鎧の材料(※勇者祭2 53話~)。

 超重要な情報である。


「い、いてっ! 歯が・・・」


「ご主人様。お気を付け下さい」


 からん! とイナダがグラスを回し、氷を揺らす。


「あらあ・・・あらあらあら! ははーん・・・」


 にやにやするイナダの視線が、黒眼鏡ごしにカオルに刺さる。


「他にも虫に気付いた所があるんだあ」


「存じませぬ」


「うんうん。知らない。ね。うん。ところでさ、話、全然変わるんだけど」


 ぐび。とん。


「トミちゃん、ご主人様って呼ばせてるのおー? もしかして、他の子もお?」


「ははははは!」


 アルマダが笑い出すと、同じカウンターに座る軍人2人も、バーテンまで、げらげら笑い出した。


「え? あ、いや、そんな事は」

「む、む」


 馴れてしまったので何とも思わなかったが、外から聞いたらおかしいか。

 テーブルで聞いていたマツも口を押さえている。

 イザベルもくすっと笑って、胸ポケットに黒眼鏡を掛けた。


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