第126話
屯営酒場。
外から見ると、小さくも上品な佇まいで、如何にも一見さんお断りの店。
イザベルがドアを開けると、かららん、とドアベルの音が綺麗に響いた。
(む)
開ける前から、客が2人、こちらを見ていた。
手前の男は顔だけを向けている。
奥の男は、テーブルに肘をもたれて、鋭い目をこちらに向けている。
どちらも軍人か、元軍人。
鍛えに鍛えた分厚い胸板が、着ているシャツをぴっちりさせている。
カウンターの向こうのバーテンも、元軍人と分かる。
背は低いが、同じく凄いガタイ。客ほどに目は鋭くない。
(教官殿)
奥では、仄暗い店の中で、目全体を覆うような黒眼鏡を掛けた、小柄で長髪の男が、くいっとグラスを傾けている。
「いらっしゃいませ」
バーテンの声に、イザベルが目を向ける。
「7人、入れるか」
その時に、奥に座った教官、イナダがこちらを向いた。
「7人も! たっくさん連れて来てくれたじゃないのお! イザベルちゃん!」
にっこり笑ったイナダの、酒に焼けた明るい声。
ぐ、とイザベルの胸に懐かしさが込み上げる。
カウンターに空いた椅子は3つ。
4人は大きなテーブル。店の角の壁沿いにL字に置かれた、ソファー席。
2人掛けの小さなテーブル。
「俺のファミリーの子だから」
イナダの一言で、鋭い目を向けていた軍人2人が、急に柔らかな雰囲気になって、笑顔を向けた。
イザベルが一礼すると、イナダが苦笑しながら煙草を取って火を着けた。
ふあ、とイナダの顔周りに、紫煙が広がる。
「おいでよ! トミちゃん!」
イザベルが中に入り、ドア脇に立つ。
イナダの隣に座っていた男が、席を開ける。
す、と入口に立った男を見て、軍人2人が一瞬身を固めた。
マサヒデ=トミヤス・・・
「ご無沙汰しております」
「なー! もおー! そんな固くならないで! ね! ここ!」
ばんばん! とイナダが隣のスツールを叩く。
マサヒデは奥に入っていき、ふあ、と煙草の煙を吐くイナダの横に立ち、
「失礼します」
と、座ろうとした。
すいっとイナダが立ち上がり、マサヒデの手を取る。
(何!?)
虚を突かれたわけでもなく、ただ自然に立っただけ。
だが、どうしてこうも簡単に手を取られた!?
右手には雲切丸を持っているから、鞘ごと握る形なのだが、さり気なく手が柄の方にズレていて、もしマサヒデが動いたら、抜かれてしまうのが分かる。
何よりも、ぺこぺこしているこの小さな男から感じる、凄い迫力はなんだ!?
「やーもう、ほんと! 会いたかった! 会いたかったんだよおー!」
ぺこぺこと頭を下げながら、ぶんぶんとマサヒデの手を振る。
押されているのは、イナダの勢いではない。明らかな圧力。
「あ、や! こちらこそ、本当に、恐縮です」
合わせて手を出し、ぺこぺこ頭を下げ、ぶんぶんと手を振る。
「うん! うん! 恐縮しちゃう! それ俺だよねえ! あ、どうぞどうぞ!」
「あ、は。失礼します」
きし、と小さく音を鳴らし、マサヒデがスツールに座った。
イナダも座り、灰皿から火を着けたばかりの煙草を摘み上げる。
(うっ!?)
そうだ。指には煙草を挟んでいた。
今、手を握られた時には、煙草がなかった!
では、煙草を灰皿に置いてから、手を取った? はず? あれ!?
「うん! さ、トミちゃん、何でも! うん! マスター!」
混乱しているマサヒデ。
それを置き、酒の注文をしようとするイナダ。
「あっ!?」
隣の軍人の驚きの声。
か! か! と靴を鳴らして入って来た女の子。
リディアーヌ姫・・・
「イナダ様でいらっしゃいますね」
「うん! そうですよお」
イナダがリディアーヌの方を向く。
「リディアーヌ=フォン=ダ=トゥクラインと申します」
「ああ! はい!」
す、とイナダが立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。
「お目にかかれて! いやもう、ほんと! はい!」
いつもなら「無礼な!」と、イザベルが声を上げる所だが、声は上がらなかった。
む、として、リディアーヌの手が動いたが、ほい、とイナダが腰のレイピアを指差す。その手は、完全にリディアーヌの右手を邪魔して、柄との間に入っている。
イナダが、ぴ! と魔剣ヴェントのヒルト(鍔)を指差す。
「うっ」
「ああ! これがあ! 魔剣! 本物お!? いや初めて見ました!」
「・・・」
ぴく、ぴく、とリディアーヌの指先が動く。
しゅ!
髪を引っ掴んでやろう、と手を伸ばしたら、す、とイナダがしゃがみ込む。
すかっ。
「うわ、すごーい! こーのヒルトの細工! これは職人技だよお! 美しい! うん、美! だよね!」
「く、くく・・・」
ん? とイナダが顔を赤らめるリディアーヌを見上げる。
「あれえ? 姫様、どうかしたんですかあ?」
この酔っ払いが! だが、触りも出来ぬとは!?
「ぬっ!」
左手を伸ばせば、しゃがんだまま膝で回り、くるりと後ろに。
「おおー! 鞘もすごーい! やっばいよこれわあ!」
だが、後ろに回った! もう抜いてやる!
すっと柄に右手が伸びた。
つん、とイナダが鞘の先の方を指で押す。
リディアーヌはレイピアを腰から下げている。
レイピアは長いので、太刀のように垂らしているのが一般的。
その鞘の先を押したので・・・
くいん、と柄が外に。
すかっ。
リディアーヌの手が空を握る。
「うく!」
「ああ、この作り! こうくるかあ! いーや、このホルダーもすーごいっ!」
「教官殿」
イザベルの声に、イナダが顔を上げる。
「なあにー?」
「教官殿、若い女性の腰回りに密着するのは、その、さすがに如何かと・・・」
「ああっ! いや、はは! ごめん! すーごいんだもん! 魔剣! こおれ魔剣だよ!? 生きて見られるって思わなかったもん! あはは! あはははは!」
笑いながら、イナダが席に座る。
ぷるぷると震えるリディアーヌの後ろに、アルマダが立って、肩に手を置いた。
「リディアーヌ様。あのリチャード様をりっちゃんと呼ばれるわけ、良く分かりましたね。確かに許されるお方だ」
は! とリディアーヌが振り向く。
もう絶対に勝てないとは分かるが、悔しさは消えない。
「ぬぐぐ・・・いっ! イナダ殿!」
「んっ!」
口に少し入れた酒を、ごくっと呑み、イナダがリディアーヌの方を向く。
「あ、はい!」
「その黒眼鏡は取りなさい!」
「あー、はい! すみません!」
す、とイナダが黒眼鏡を取ると、右目にぐっさりと深い傷跡があり、目は完全に塞がってしまっている。
古くも生々しい傷跡に、う! とリディアーヌもアルマダも驚いた。
「や、僕、目がこれなもんで。許して下さい」
「いえ・・・いえ。理由があるのでしたら良いのです」
「んー! 先に言っとくべきでした! いや、すみませんほんと!」
す、とイナダが黒眼鏡を掛ける。
その隣では、マサヒデがまだ自分の手をぼーっと見つめていた。
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マツとシズクも入って来て、ぺこり、ぺこり、と頭を下げ、テーブル席へ。
テーブル席には、リディアーヌ、マツ、シズク。
イザベルはマサヒデの後ろに立つ。
アルマダも席を空けてもらって、マサヒデの隣。
最後にカオルが入って来て、すっとイザベルがドアを閉める。
「あーっ! サーダマーキさーん! 来てくれるとは思わなかったなあー」
「は」
「まあまあま! うん、色々聞きたいなあー。こっちもさ、こう、ね? そう! 都市伝説とか! お話ししようよー! 面白そうじゃない? あははは!」
「は」
す、す、と軍人2人がさり気なく横に。
空いた席に、カオルが座る。
「うん! うん! あ、そうだった! マスター! あれ! お土産!」
「ああ! そうでした!」
バーテンがしゃがみ込んで、かちゃかちゃと音を鳴らし、何か取り出した。
す、と小さな長方形の桐箱がイナダに差し出される。
イナダがそれを取って、イザベルに差し出す。
「はい! イザベルちゃん! これ前から用意してたのお!」
「は?」
「おーみーやーげ! あげちゃう! 特注品!」
「特注? 宜しいので?」
「いいよー! 試供品でタダでもらったやつ。俺も開発に参加したから。使ってくれたら嬉しいなー」
「では・・・」
イザベルが桐箱を受け取り、イナダを見る。
「うんうん、開けて! 見て欲しいなあー」
ぱかりと開けると、イナダのとよく似た黒眼鏡。
マサヒデ達も、何だろうと首を回して、黒眼鏡を見る。
「それさあ、凄いのよ。銃弾モロに食らっても壊れない」
「は!?」
「ほんとほんと! すーごい丈夫! さすがにライフルは無理だけど、ハンドガンならね。マグナム系はちょっと無理かもしんないけど、三三式拳銃なら傷がつくくらい」
マサヒデもアルマダもカオルも、目を丸くして黒眼鏡を見ている。
こんな薄っぺらな物で、銃弾を!?
「それはねー、あれ! 魔獣になった虫! あれのでかいの使ってみたの! 固いでしょー? 虫って。で、きれーいに磨いて、中の透明な所をね」
ぽん! とマサヒデが手を叩く。
「ああっ! 魔獣化した虫!」
はっとして、カオルが手を伸ばし、アルマダが驚いて、背を仰け反らせる。
がつん、とマサヒデの口に、カオルの手が当たった。
「うぶっ!」
「ご主人様! その情報は!」
教会の、聖騎士の鎧の材料(※勇者祭2 53話~)。
超重要な情報である。
「い、いてっ! 歯が・・・」
「ご主人様。お気を付け下さい」
からん! とイナダがグラスを回し、氷を揺らす。
「あらあ・・・あらあらあら! ははーん・・・」
にやにやするイナダの視線が、黒眼鏡ごしにカオルに刺さる。
「他にも虫に気付いた所があるんだあ」
「存じませぬ」
「うんうん。知らない。ね。うん。ところでさ、話、全然変わるんだけど」
ぐび。とん。
「トミちゃん、ご主人様って呼ばせてるのおー? もしかして、他の子もお?」
「ははははは!」
アルマダが笑い出すと、同じカウンターに座る軍人2人も、バーテンまで、げらげら笑い出した。
「え? あ、いや、そんな事は」
「む、む」
馴れてしまったので何とも思わなかったが、外から聞いたらおかしいか。
テーブルで聞いていたマツも口を押さえている。
イザベルもくすっと笑って、胸ポケットに黒眼鏡を掛けた。




