第124話
ゲッツに現時流の稽古法を教えた後、廊下を歩いて行く。
途中でアルマダは足を止め、
「では、おやすみなさい」
と歩いて行った。
カオルも一礼して、マサヒデに薬の封を渡してから、アルマダの後について、すたすた歩いて行く。
「え」
客室は同じ方向・・・
「ああっ!」
思わず声を上げ、隣のマツを見ると、にこっと笑った。
今日から客室ではないのか!
イザベルが雲切丸を差し出し、ぐぐぐ、と頭を下げる。
「マサヒデ様。お側におられぬのが、心苦しゅうございますが・・・このイザベルも、木石にはございませぬ」
「・・・」
ゆっくりと差し出された雲切丸を取ると、イザベルがゆっくりと顔を上げた。
「されば、今宵は! おやすみなさいませ!」
くっ! とイザベルが振り向いて、廊下をすっ飛んで行ってしまった。
「む、ううむ・・・」
もう一度、マツを見ると、マツはにこにこ笑っていた。
マサヒデは申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
何故ならば・・・
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ゆっくりと、四半刻ほど掛けて歩いて、部屋に。
マツの部屋ではなく、新しく用意された部屋。
天蓋付きの大きなベッド。
部屋の奥には風呂桶が置いてあり、メイドが畏まって立っている。
もう準備万端。
だが・・・
マサヒデは手前のソファーに座って、頭を抱えてしまった。
もうすぐ酔い止めが切れる。
袖の中には、カオルに渡された二日酔いの薬。
「ふふーん♪ ふふーん♪」
マサヒデが頭を抱えている後ろで、マツが鼻歌を歌いながら、くるくる回っている。
「マーサーヒーデーさーまっ!」
ぼっしゅん、とマツが後ろからマサヒデを抱きしめる。
「うふふ」
「すみません・・・」
「何を謝るのですか? 先程から頭を抱えて」
何故ならば!
「酔い止めが、もうすぐ・・・切れる頃で・・・」
「・・・」
「早く、寝ないと、私・・・すみません」
ぐ! とマツの腕が締まる!
「うぐ!?」
油断していた所に、首にもろに入ってしまった!
顎も上がってしまっている!
「馬鹿ー! マサヒデ様の馬鹿ー!」
いくら女の腕でも、きっちり締められたら・・・
ばんばん! とマサヒデがマツの腕を叩くが、マツは緩めない。
「くぁ、か、あ、か」
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ー!」
首の脈が綺麗に入ってしまい、ぐいぐい締まるのを感じる。
細い腕が逆に・・・
マツの声が段々遠く・・・
指を、顎を、何とか隙間を作らないと・・・
かくり。
「はっ!? あれっ!?」
「ああーっ!? マサヒデ様が!?」
慌ててメイド達が駆け寄ってきて、マサヒデの身体を支える。
「まままマツ様! 腕腕! 腕を離して!」
「はあっ!?」
万歳するように、マツが腕を上げたが、時すでに遅し。
「・・・」
メイドがマサヒデの首に手を当て、目を開いて、ひらひらと振る。
「大丈夫です! 息は!」
「マツ様、その・・・落ちております・・・完全に・・・」
「そ、そんな!?」
「ゆっくり、そっと」
「あ、腕を気を付けて」
メイドが2人掛かりで、恐る恐る、マサヒデをソファーに寝かせる。
「・・・」
うっくん、とマツが喉を鳴らす。
「マツ様、大丈夫です。このまま寝かせておけば」
「はい・・・」
マツはがっくりと肩を落とし、しゅんとしてしまった。
婚礼の夜に、新郎の首を締めて落としたなんて・・・
「お見事な、チョークスリーパーでした・・・」
「お着替えを・・・湯の準備は、あれに」
「はい・・・」
とぼとぼと、マツは湯に歩いて行った。
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翌朝―――
「おーほほほほ!」
ユカリの笑い声が中庭に響く。
バツの悪い顔で、うなだれるマツと、驚愕の顔のリディアーヌ。
「初夜の夜に、夫を絞め落とすなんて!」
「・・・」
「マツがそんな趣味とは知りませんでした」
マツが青い顔を上げ、ぶんぶん手を振る。
かあー! とリディアーヌの顔が真っ赤に染まる。
「ちちち違います!」
「あ、事の最中ではなかったのですね」
ふう、と息をつき、マツがうなだれる。
「・・・マサヒデ様、もうすぐ酔い止めが切れるから、寝かせてって・・・大事な夜に! と頭に血が登って、後ろからぎゅーって・・・気がついたら」
「まあ! あのマサヒデさんを! あなたも武術を?」
「しておりません!」
落ち着いたリディアーヌがカップを取り、
「兄上が落ちるくらいですから、余程きれいに入ってしまったのですね」
「やめて下さい!」
「姉上。それは姉上に心を許しております証拠です。それだけ隙だらけの背中を見せるのですから」
リディアーヌの慰めの言葉が、逆に痛い。
「そうかも、しれませんけど」
すたすた・・・
廊下をマサヒデとイザベルが話しながら歩いて来る。
おや? とユカリが顔を上げ、
「あら! 噂のマサヒデさんですよ!」
「うっ」
「さあ、マツ。ちゃんと謝らないと。全部あなたが悪いんです」
「・・・」
イザベルと一体何を話しているのか。
昨夜の事を話していなければ良いのだが。
「マサヒデさーん!」
「はっ!」
ユカリが手を振る。
マサヒデとイザベルがこちらに顔を向ける。
来る!
すたすたとマサヒデとイザベルが歩いて来る・・・
「ユカリ母上。おはようございます」
ぺこ、とマサヒデが頭を下げると、後ろでイザベルも深く頭を下げる。
「うふふ。昨晩の顛末は、マツから聞きましたよ」
「う」「うっ!?」
マサヒデとマツから同時に声が上がる。
「マツ」
マツがおずおずと立ち上がり、頭を下げた。
「申し訳ございませんでした」
ふ! とマサヒデが笑って、首に手を当てる。
「あれはもろに入りましたよ。完全に脈を止められて。私もまだまだです。まあ、気にしないで下さい。私の未熟が招いた事ですから」
ユカリがにこにこ笑って、
「良かったですね。マサヒデさんからお許しのお言葉を頂けました」
「はい・・・」
マツがゆっくり座って、しゅーん、と肩をすぼめる。
マサヒデは苦笑して、
「ま、過ぎた事です。それより、これから出掛けたいと思います。リディアさんも誘うつもりでしたから、丁度良い」
「え」
マサヒデが後ろのイザベルを見て、
「イザベルさんが軍にいた頃の教官が、この街に潜伏しているんです。忍の皆さんは場所を知っていまして、教えてもらいました。行きませんか。物凄く強い人です。剣術の達者でもあります」
「わっ! 行きます!」
「マツさんは行かなくても良いですよ。教官は魔術師ではないので、何も得られる事はないと思います」
この場合、行かない方が良いのか、行った方が良いのか。
どうしよう!?
「マツも行ってらっしゃいな。その教官、軍に在籍していたなら、魔術師相手の訓練もしているはずです。反省のつもりで、少し痛い目を見てらっしゃい」
ユカリが助けてくれた・・・のだろうか。
「では、私も」
マサヒデが頷いて、
「では、着替えて厩舎前に集合です。出来る限り目立たないように、安っぽい服で頼みますよ。正門からは出ません。教官は特殊な技術を持ってますから、世界中から探されているそうです。なので、常にこの国の忍の監視と影護衛がついてます」
「えっ」「ええっ!?」
マツとリディアーヌの驚きの声。
「ですから、ご迷惑をかけないよう、私達も慎重に訪ねませんと」
「そこまでですか!?」
「ま、拉致して我が軍に、なんて出来る方ではないですけど。普通に出歩いて、普通に酒を飲み、寝床だけは変えながら、ふらふらしてます。リチャード様の所に行った時なんか、飲み会もしてます」
ふ、とマサヒデが笑って、
「リチャード様、その教官に、りっちゃんって呼ばれてるんですよ」
「ええっ!? あのリチャード大将がですか!?」
リディアーヌが声を上げ、マサヒデの後ろでイザベルが渋い顔。
「民間人、平民ですが、それが許されるくらいの方って事です。分かりますね」
「はい・・・」
民間人の平民で、大将をりっちゃん。
つまり、マサヒデみたいな人、なのだろうか?




