第121話
ゲッツ大将は、アランと一緒にマサヒデの前から下がって行った。
アランは途中で足を止め、
「ゲッツ大将」
「は」
「ふふ。分かっている。トミヤス流なぞ興味もない・・・事は、ないであろうが、今回は別の所に興味がある。だな」
「む」
ぎくっとしたゲッツに、ふ、とアランが笑う。
「娘のパウラ。聞いたぞ。おっと、リチャード大将が漏らしたのではないぞ。ま、私もそれなりに耳はあるという事だ。若造と舐めてもらっては困る」
「む、ううむ・・・」
アランがにやにやして、
「ふふふ。ハワード様を指導員か何かで足止めして、などと考えていたな。どうだ」
「さて、何の話で」
「言わずとも分かっている。だがな、今回は諦めろ」
「・・・」
「今回は、だ。ところで、噂の家出娘だが、海外に家出させるのも悪くはないと思わんか」
「む」
「ははは! 私にはまだ子がおらぬから、その寂しい気持ちは分かる、などとは言えぬがな! それはハワード様の親もそうであろうとは思わぬか」
「む、む」
アランが顔を引き締める。
「真面目な話、先の話がまとまってしまうと、ハワード家は国内の魔族反対派の保守派や教会を、一斉に敵に回す。ハワード家はそこに安心材料がなければ、決して首を縦には振らん」
「・・・」
「ハワード様、私兵をクビにはしましたが、やむなき事情の事。表立っては言えませぬが、私には見捨てる事が出来ぬのです。どうか此奴らを拾ってもらえませぬか。娘のボディーガードが必要ですが、そちらにいる間、滞在させてもらえませぬか。どうかな。このような感じで、なんとか送り込めぬか。秘密裏に送り込めれば、尚」
「・・・」
「アルマダ=ハワードは三男坊であるから、こちらへと考えておろうが、ハワードの実家の事を少し考えてもらえんか。程々の数でな。勘ぐられぬ数で見繕ってはくれぬか。正規軍からではすぐ問題になる。ここは私兵が良いのだ。それも、とびきりのな。ではどこからとなると・・・な。候補は少ない。ゲッツ大将かリチャード大将」
「お任せ下さい」
「感謝する。この事、用意は出来ると、ハワード家に盛り込んでおく。ハワード様を迎えるのは、事が終わってからでも遅くはあるまい。しかし、現在の日輪国の排斥派は、暗殺が得意だそうだからな。兄上に尋ねてみよう。一戦交えた事もあるそうだ」
「む、そうだったのですか?」
「ああ。日輪国では大ニュースであったそうだが、こちらにはそう大きくは届いていないか。さて、ゲッツ大将、もうしばらくここで呑まぬか。最前列でトミヤス流を見よう。魂消るぞ」
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かちゃ、と小さな金属音がして、マサヒデが後ろを向いた。
カオルもイザベルも気付いたようで、後ろを向いている。
魔王もちらりと後ろを見る。
「用意が出来たかな」
「あ、そろそろですか」
「うむ。まあ、余興だ。余興。気楽にな。余裕があればサービスでもしてくれ。またリディアと立ち会っても良し。近衛の誰かをいじめても良し」
「驚いてくれれば良いのですね」
「そうだな」
ん、とマサヒデが少し考え、
「まあ、頑張ってみますが、驚いてくれますかどうか」
くす、とマツが笑う。
「マサヒデ様、驚かない事はないと思いますよ。絶対に大丈夫です」
「そうですか?」
「だって、雲切丸を見せるだけで、皆さん驚いてくれますもの。何もしなくても済みます」
「ははは! それでは演舞にならぬぞ!」
魔王が笑った。
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少しして、魔王の近くに執事が来て、こそこそと何か耳打ち。
うむ、と魔王が頷くと、執事が早足で下がって行く。
「マサヒデ君。後ろのカーテンの向こうに行ってくれ。準備が整った。こちらの準備が整ったら、カーテンが開くからな。10分か、15分くらいかな」
「分かりました」
マサヒデが立ち上がり、きりっとした顔のイザベルを見て頷く。
その手には、青く黒く輝く、日輪国国宝・酒天切コウアンの兄弟刀、雲切丸。
アルマダを見れば、こちらは笑みを浮かべている。
「行きましょう」
「はっ!」
「決めて下さいよ」
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アルマダが前に出て歩いて行き、す、とカーテンを開ける。
カーテンの向こうも十分に明るく、壇上に並ぶ3つの金の鎧が見えた。
魔王様直属の近衛兵が着る、黄金色の鎧。
とん、とん、と静かに壇上に上がって、こんこん、と鎧を指で叩く。
ひょいと兜を持ち上げる。
「ん、良かった。ちゃんと木だ」
「ほおう」
アルマダは察したようで、にやっと笑って腕を組む。
「大丈夫ですか? これはかなり硬そうですよ」
「大丈夫ですよ。私はこの雲切丸を信用してます」
「世の中には、刀ほど信用出来ない武器はない、なんて言う方もいますが」
「それはきちんと扱えない人に言っているだけですよ。そう思って振ると、自然に刀に合わせて身体が動くようになるから、なんです」
「ほほう。面白い解釈ですが、確かにそう思って振れば、どうしても刀に身体を合わせるようにはなりますね」
「私はそう思います。で、私はそこそこ使える方なので、信用しても良いんです」
「言いますね」
「言いますとも。ここまで来て、何だか自信がついてきました」
こんこん、こんこん。
上から下まで、鎧を叩いていく。
「ああ、ううん、ここは駄目か・・・」
「良く出来てるなあ・・・」
「ここなら大丈夫かなあ・・・」
ぶつぶつ言いながら、鎧を調べていく。
「良しと。まあ、大体の目安は出来ました。左から順番に行きますか」
マサヒデが立ち上がった時には、カーテンの向こうから、ざわざわと大きな声が聞こえていた。
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ぱ、と会場が真っ暗になった。
ぱ、とカーテンに光が当たった。
「皆の者!」
魔王の声が響き、しん、と一瞬で大広間が静まる。
「マサヒデ君が演舞を見せてくれるそうだ! 演舞と言っても、試斬に近いものである! だが! ただの試斬ではないぞ!」
ほとんどの客の頭には、試斬と聞き、ああ、あの茣蓙を丸めたようなあれか、と、頭に浮かんだ。が・・・
さー、とカーテンが開く。
並んでいるのは、黄金色の金属鎧であった。
隅に、マサヒデ、アルマダ、太刀持ちのイザベルの3人が、正座している。
さわさわさわ、と静かな声が大広間中に広まった。
「見ての通りよ! これは近衛の鎧であるが、マサヒデ君は斬れると言う! さあ、その自慢の腕、見せてもらおうか! 得物は少し物が良いだけの刀! 魔剣や魔術のかかった得物ではない、ただの鋼であるぞ!」
す、とマサヒデが立ち上がり、暗い会場に向かって一礼。
イザベルがすっと雲切丸の柄を差し出すと、マサヒデがすらりと抜く。
すたすたと鎧の隣に歩き、ごん! ごん! と2度、兜を叩いた。
明らかな金属音。
本物であると、誰もが分かった。
あれを斬るのか、と思った瞬間、きん! と音がした。
「・・・」
マサヒデは手に持った刀を軽く見てから、ごん、ともう一度兜を叩いた。
手には良い手応えが残っている。
無願想流と、トミヤス流の金切りを合わせた振り方は、ずっと練習してきた。
一剣流宗家ヤダに、今のままでは鎧相手にはすぐ負けると指摘され、素振りをしながら、何度も何度も重ねた。
「おおっ」
声が上がった。
ごとん。
兜が落ちて、ごろりと転がる。からん、と兜を支えていた棒が鳴る。
(ふう!)
首当てを横に斬って兜を落としたのだが、心中では胸を撫で下ろしていた。
斬れるは斬れるが、落とさずに上手く残して斬れるかは少し不安だったのだ。
(今のはよくやったよ、俺)
自画自賛しながら、隣の鎧。
アルマダが鎧の後ろに歩いて来て、鎧の腕を前に出す。
よいしょ、とマサヒデが位置を調節。
鎧の手に雲切丸を握らせ、丁度、剣を構えている形、という所を見せる。
すいっと雲切丸を取って振り被る。
これは土壇斬りのように、金切の法だけで斬る。
きん!
篭手が落ちてくる前に、身が沈んだ所で、脇構え。
回転しながら立ち上がった、ように見えた。
がたん、とマサヒデの足元に左右の篭手が落ちる。
うん、今のは中々。
しゃがんで、鎧の右足を握る。
挙げたマサヒデの手には、斬れた鎧の脛当て。
ことん、と前に置き、左足の脛当ても挙げる。
「おおーっ!」
凄い声と拍手。
後ろで、アルマダがゆっくりと鎧を寝かせていく。
がらがらと崩れないように、うんうん言いながら、鎧を寝かせる。
「ふう」
最初に兜を落とした鎧の影で、アルマダが額に懐紙を当てている。
そして、最後の鎧の前。
どう派手に斬ろうかな?
試斬ならあれが格好良いかな。
「んっ」
決めた。
瞬間に、雲切丸が閃いた。
袈裟。斬り上げ。袈裟。
無願想流で綺麗に流れるように入った。
きききん、という3連続の音は、ほとんど重なって聞こえた。
(む)
兜が3つに斬れて、かん、かん、と音を立てて落ちた。
刃筋は完璧に立った手応えだったが、結果はいまいち。
最初の袈裟で斬った所が、斬り上げの時に、残らずに横に飛んでしまった。
最後に袈裟で斬った所も、すとーん! と落ちてしまった。
上に残して、最後に3つ揃って落ちたら、格好良い感じだったのだが。
「ふうっ」
暗い会場の前列に、魔王様とマツと、家族が並んでいるのが見えた。
ぐ、と頭を下げると、割れんばかりの拍手が上がった。
(居合の試斬の時は巻藁に礼するよな)
すたすた。
(俺も鎧に礼しといた方が良かったかな)
すたすたとイザベルの所に歩いて行き、雲切丸を納めながら、そんな事を思う。
すう、とゆっくりと納めると、す、とイザベルが雲切丸を立てる。
はて、このまま下りて良いものか?
一応、もう一度。
暗い会場に向かって頭を下げると、さー、とカーテンが閉まった。




