第120話
戻って主賓席。
挨拶はしておきたいけど。
でも、魔王様もいるし、ちょっと近寄りがたいな。
何となくそんな空気で、マサヒデ達のテーブルは平和であったのだが、怖じずに歩いて来た男がいた。
軍服。
魔王に頭を下げた時に見えた肩には、三ツ星。
(あっ! 大将だ!)
肩に星が着いていたら偉い人。
米衆連合を出る時のパーティーの前に、教えてもらった事だ。
肩の星が多いほど、偉い人です。
1なら少将。2なら中将。3なら大将。
この人は三ツ星。つまり大将である。とても偉い人だ。
「む。ゲッツ大将、来てくれたか」
魔王が嬉しそうな声を上げ、後ろの給仕に、ワゴンの上のグラスを指差すと、給仕がテーブルを回り、ゲッツ大将とやらの隣に立ち、グラスを渡す。
「さあさあ、呑んでくれたまえ」
(怖そうな名前だ)
ここまで、マサヒデの第一印象はそれだけであった。
そして、ゲッツがマサヒデに目を向けた時に、はっとした。
イザベルと同じ、黄色い目。グレーの髪とヒゲ。
「マサヒデ様、マツ様、おめでとうございます」
ゲッツがそういってにこやかに笑って軽く頭を下げた時、もう分かった。
この人は、パウラの父。
イザベルの親戚。
ロブ=ファッテンベルク家の人。
陸軍のエリート部隊、騎馬銃兵の大将。
それが、ぴぴん、と一瞬で繋がった。
マサヒデは立ち上がって、頭を下げる。
「お言葉、ありがとうございます」
「ははは!」「わははは!」
魔王とゲッツが声を上げて笑う。
「マサヒデ君、そう固くなるな!」
「や、は」
アルマダが後ろから、そっと椅子を押し、マサヒデの足に。
そ、とマサヒデが座ると、ゲッツはにこにこしながら、
「いや、お話し出来るのを楽しみにしておりました。リチャード様から話は聞いております。あのルーカス君が手も足も出なかったとか」
「は」
魔王がマサヒデの肩に軽く手を当て、
「マサヒデ君は、固くなりすぎだ」
「は、は」
「身分はいち平民。それは今も変わらぬ。だが、君の嫁は誰かな? 義理の父は? ううむ、難しい所だ。そうだな」
「は」
「フラットで良いのだ。フラットで。相手が顔を変えたら、改めれば良い。それで良いのだ」
「は」
「ふふふ。済まぬな、ゲッツ大将。もう話の邪魔はせぬ」
魔王がマサヒデの肩から手をどけると、ゲッツがぐいっとグラスのワインを一呑み。
お上品にちまちま呑んだりはしないタイプだ。
大体、狼族はえらく飲み食いするから、そんな事をしていたら腹も膨らまない。
クレールだって、マナーこそ出来ているが、物凄い勢いで食べる。
「ええと、はい! 改めまして、ありがとうございます」
「ではこちらも改めて。ゴッドフリート=ロブ=ファッテンベルクです。ゲッツとお呼び下さい」
ゲッツはあだ名か。ゴッドフリート。確かに長い名だ。
「マサヒデ=トミヤスです。宜しくお願いします」
「折角、ロ=マーンまで来て頂いた。勿論、当家にも来て下さいますな。数日で構いませぬので、是非、うちの兵達にも稽古を」
ずばっとお誘いに来た。
ふふん、と横で魔王が笑う。
「ほほう。良いのか? マサヒデ君の稽古は、近衛も驚いていたが。近衛の間では、あれが来たら死ぬなどと噂が飛び交っておるぞ」
「ええっ!?」
茶化すような魔王の言葉に、マサヒデが驚いて声を上げる。
「おっと! また話の腰を折ってしまった! ゲッツ大将、済まぬな。ふふふ」
ゲッツはワインを注がせながら、
「いやいや、そのくらいでなければ訓練にはなりませぬ」
「私の訓練なんて、軍人の皆さんに比べたら。私、イザベルさんから、軍の訓練をうけさせてもらいましたけど、死にそうになりましたよ。武術と軍の訓練は違います」
「それもまた興味深い。トミヤス流ではどのような稽古をなさるので」
「どのような・・・と言うと・・・ううむ」
マサヒデが腕を組む。
カゲミツは門弟1人1人に、全く違う指導を行う。
マサヒデには車道流の技術なんかを教えてくれたりした。いわば柔の剣。
アルマダには剛の剣がほとんどである。
得物の違いもあるが、2人の剣は正反対とも言える指導を受けている。
「父上ありきです。私には、父上と同じ指導は一生出来ないですね」
「と言うと?」
「門弟1人1人に、全く違う使い方を教えます。勿論、基本中の基本なんかは同じです。握り方とか、振り方とか。その後はもう全く別になっていきます」
「ほう・・・」
魔王もナイフとフォークを置き、マサヒデに顔を向ける。
「ですから、私が教えられるのは・・・何と言いましょうか。私のトミヤス流であって・・・ですから・・・アルマダさんだったら、アルマダさんのトミヤス流。全然違う剣になります」
「むう、面白い」
イザベルが後ろで驚いている。
マサヒデは眉間に皺を寄せて、言葉を考えている。
「であるからしてですね・・・ううむ。皆が全然違う剣ばかりなのに、皆が同じトミヤス流なんですよ」
イザベルが驚いたのはここ。
自分の教官、イナダに教えてもらった話と、全く同じ事を言おうとしている。
個であって全。
全であって個。
それがトミヤス流。
「私は父上の域には全く届いていませんから、何と言いましょうか、それぞれに合った教え方は出来ないです。ですから、私の指導が合う合わないは絶対に出ますし」
「ふうむ」
「私ならトミヤス流マサヒデ派、みたいな。アルマダさんなら、トミヤス流アルマダ派。イザベルさんも道場に行ってましたから、トミヤス流イザベル派。そんな感じで、私達が稽古をつけますと、同じトミヤス流なのに、全然違う内容になります。でも、何故か基本の基本は同じ、という感じになるでしょうか」
「それでやっていけるのかね!」
「少なくとも、父上はやっています。私はどうなるか分かりません。ですが、10年、20年しても、父上に追いつけるとは思えません。まあ、私が掴んだトミヤス流だけで、終わってしまうと思います」
「むう! 面白い! 実に興味深い!」
たん、とゲッツがグラスを置く。
「是非にも指導を願いたくなりました。ハワード様、イザベル様にも」
「まあ、私は構わないのですが、あまり長くは無理です。せいぜい何日かです。稽古とか訓練とかではなく、トミヤス流を体験する、程度で」
「何故、時間が取れぬのでしょう」
「あまりここに長滞在は出来ないんです。レイシクラン家に用がありまして」
ふ、と魔王が笑う。
「ゲッツ大将、知らんのか? 向こうで遊んでいるフォン=レイシクランの娘、クレールも、マサヒデ君の妻になるのだ」
「それは勿論」
「では挨拶に行かねばなるまいが」
にや、とゲッツが笑った。
「ああ、確かにそうです。では、ハワード様、イザベル様には、お時間は如何で?」
む! とアルマダの目が一瞬見開いた。
最初から、マサヒデには断られる事は折り込み済み。
だが、アルマダには、もう何の用もない。
指導員として置く事で、パウラを待たせるつもりか!
それはあまり宜しくない・・・
「ゲッツ大将。それは無理だ」
後ろから歩いて来て声を掛けたのは、アランである。
「アラン王子」
アランはワゴンからシャンパンのグラスを取って、一口入れ、
「申し訳ないが、ハワード殿には、マサヒデ兄上と共にフォン=レイシクラン家に行き、その後は急ぎ日輪国に帰ってもらわねばならない」
「何故でしょう」
「これはまだ確定事項ではないから、他では決して話すなよ」
「分かりました。お聞かせ下さい」
「くどく言うが、最重要機密事項だ。貴方を信用しているから、聞かせる話だ。父上、宜しいですね」
アランが言うと、魔王が頷く。
「構わん。ゲッツ大将にはすぐ話す予定だった。少し繰り上がるだけだ」
アランが浅く頷き、声を少し小さくして、
「ハワード家の領土と、レイシクラン家の領土の、一部の交換の話が上がっている」
「なんですと!?」
「ハワード様には、その折衝をしにレイシクラン家に行かねばならない。行ってもらわねばならぬ。この話の重要さは分かるな。日輪国に魔王軍の駐屯地が出来、魔の国に日輪国の駐屯地が出来る事になる」
「・・・」
「難しい話だ。父上が大きな声を上げても難しい。これをまとめる為に、ハワード様にはレイシクラン家に行ってもらわねばならぬ。急ぎ日輪国に戻り、父君の説得もしてもらわねばならぬ。ハワード家は政には可能な限り不干渉、という姿勢を徹底して貫いているからな」
「む、むう」
「当然、通信などでべらべら喋って良い話ではない。白露や米衆に盗聴されたら終わりだ。直に書簡を運んで頂かねばならないのだ」
「王子、お待ち下さい。それはつまり、魔の国は日輪国と同盟を・・・ですか」
「そこまで漕ぎ着けられたら、尚良い、くらいかな。だが、この話がまとまれば、日輪国の武術家も招く事も易い。トミヤス流ならずとも、いくらでも稽古を受けられる。何しろ、かの剣聖カゲミツ様がとても敵わぬという武人が、幾人も埋もれておる国であるし」
「むう・・・」
「個の剣のみならず、戦略戦術も世界を見ても恐ろしく優れておる国だ。リチャード大将やルーカス少佐が、その兵書を見て我を忘れてしまう程だ。目の前に兄上やハワード様もおられるというのに、目を血走らせてしまう程にな」
「優れているとは聞いてはおりましたが、それ程に」
「小国であるが、当国にとっては、頼もしきパートナーとなる国。そう思わぬか」
「思います」
「であるから、ハワード様には、レイシクラン家に行ってもらわねばならぬ。ただのご友人として、兄上について行く。クレール様との婚儀を祝いに。そう装ってだ。慎重に、しかし急がねばならぬ」
「なるほど、そのようなわけが」
「そのようなわけだ。であるから、此度はハワード様の指導は諦めてくれ。勿論、兄上やイザベル殿も無理だ。兄上は頼みを断りづらい性格であるから、何日かとは言ってくれたが、本当は今すぐここをと急がねばならぬ程の大事だとは、分かるな」
「は! ご事情、承知致しました! マサヒデ様、ハワード様、無理な願いを致しました」
ぺこりとゲッツが頭を下げた。
「ああ、いえいえ!」
慌ててマサヒデが手を振る。
いつの間に!? そんな話があったのか!?
ふっと後ろのアルマダを見ると、アルマダはゲッツに頭を下げている。
ゲッツは首を振り、顔をしかめて、
「ううむ! トミヤス流を見られず、無念でございます!」
だが、アランは、ふふん、と笑って、ゲッツの肩に手を置いた。
「何を言う。噂のトミヤス流なら、すぐ見られるさ。兄上の演舞はもうすぐだ」
あ、とマサヒデが後ろのイザベルを見た。
正確に言うと、イザベルが持つ雲切丸を見た。
もうすぐ、時間だ。




