第119話
スポットライトを当てられ、ずーっと奥まで。
まだかな、どこまで、などと思いながら、マツと歩いて行く。
左右からの拍手。
笑顔のお偉いさん方。
もう15分は歩いただろうか。
会場に入り歩き始めて、最初こそ緊張したが、声を掛けてくるでもなし、その緊張も緩んでもくる。
ただ気を付けているのは、うんざりした顔は駄目。
これだけ。
今の気分はどうですか?
もううんざりです。
などと思いながら自嘲して、それが笑顔となっている。
そうして歩いて歩いていると、あっ、と本当の笑顔が浮かんだ。
リディアーヌが見えた。
アランが見えた。
魔王様の家族が見えた。
いや、もう自分の家族でもあるのだが、もうすぐ主賓席なのだ。
魔王様がいる。
急に肩の力が抜けた。
(やっとかあ!)
長々歩いてきたので、本当に笑顔も浮かぶ。
あれ? 本来ならこっち(魔王様家族)側に緊張すべきではないのか?
「ははっ」
マサヒデが思わず声を上げて笑う。
マツが袖を引っ張って、マサヒデに笑顔を向けた。
「そんなに嬉しいんですか?」
「ええ。そりゃもう」
もうすぐ、この練り歩きも終了だ。
そして、ぱ! と前に光が。
魔王様が、立っている。
ユカリが立っている。
(やっとだあ!)
マサヒデとマツが足を止めると、魔王が満足気に頷いた、ように見えた。
まさかと思ったが、なんと兜を被っている。
(ええ!?)
は、とマサヒデの顔から笑顔が消え、驚きの顔に。
マツから人前ではずっと兜を被っているとは聞いていたが、こういう席ではどうするのだ? 食事はどうするのだ? 酒も呑まないのか? それでパーティーと言えるのだろうか?
手前の方から、拍手が収まっていき、段々と静かになっていく。
待っていると、しーん、と静まり返った。
それを待っていたのか、魔王の少し後ろに、さり気なく立っていたリュウイチが声を上げる。
「新郎! マサヒデ=トミヤス殿! 新婦! マツ=トミヤス殿! 魔王様より、祝のお言葉である!」
かち、と鎧を鳴らし、魔王が頷く。
「もはや祝辞など不用である!」
なんだ、どうした。こそこそと、小さな声。
「我は祝の酒を早く呑みたくて仕方がない! 早く祝いたい! 祝いたくてもう仕方がない! この時を今や遅しと待っておった! この喜びの心、言葉には表せぬわ! 皆の者! グラスを取れ!」
おお、と声が上がった。
魔王がシャンパンのグラスを取り、ぐいっと上に。
「マサヒデ君! マツ! おっ、お・・・」
顔は見えないが、言葉の詰まり方で分かった。泣きそうなのだ。
魔王が後ろを向くと、ユカリが立ち上がって、ハンカチを出す。
バイザーを上げているのが分かる。涙を拭いているのだ。
マサヒデもぐっときた。
マツも、顔を上げてはいるが、ぼろぼろと涙を流している。
魔王がマントを翻し、こちらに振り向く。
「皆の者、済まぬ! 魔王ともあろう者が、泣いてしもうたわ! ははは!」
すん、とマツが鼻を鳴らす。
魔王の隣では、ユカリが目にハンカチを当てている。
「皆の者! 待たせた! さあ、改めてグラスを! マサヒデ君! マツ! おめでとう! 乾杯!」
「「「乾杯ーっ!」」」
怒涛の声が、大広間にこだまし、鳴り響いた。
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ぐるりとテーブルを回ると、魔王がテーブルの真ん中を開けた。
「ん」
困惑して、マサヒデが足を止めると、魔王がマサヒデの隣に立った。
「さあ、そこに座れ。今日の主役は、マサヒデ君とマツであるぞ」
「それは」
「良いのだ。さあ」
たん、たん、たん、と給仕がテーブルの前に名札を置いていく。
「で、では、その、失礼します」
さ、とアルマダが椅子を引いて、マサヒデを見て小さく頷く。
おずおずとマサヒデが座ると、マツは隣の席で、後ろを向く。
ん? とマサヒデが見ると、カオルがマツの顔にさっと手拭いを当て、ぱぱぱ! と化粧を直している。
す! す! と左右からマツの顔を見て、む、と頷き、カオルが椅子を引くと、マツも座った。
マツの顔を覗き込むと、目は少し赤いが、化粧は全く崩れていない。
恐るべし忍である。
「む、ううむ・・・カオルさん、流石ですね」
ぶは! と魔王がむせて、
「ははははは! マサヒデ君! 席に座って第一声はそこか!? まずはマツを褒めてくれぬか!」
「あ、は。これは野暮を」
「ははは!」
後ろに立つアルマダも声を上げて笑い、イザベルも顔を赤くして笑いを堪えている。カオルも口に手を当てているし、ユカリもくすくす笑っている。
マツもマサヒデから顔を逸らし、肩を震わせ、くくく、と喉で笑っている。
と、マサヒデがはっとして、魔王に顔を向けた。
今、魔王様がむせた!?
「ふふ」
笑いながら、魔王がグラスを口に持っていく・・・
すうっと兜をすり抜けて、グラスの口が入って行く。
「・・・」
マサヒデが目を丸くしていると、魔王がまたマサヒデを見て、
「なんだ? そんな顔をして・・・どうした? ん? むむ? 何かついているか」
「あ、いや! あの、今、グラスが、入りましたか?」
は、とアルマダもカオルもイザベルも、魔王の顔を見る。
兜を被っているのに、グラスが・・・
「ああ」
ふん、と鼻を鳴らし、魔王が手を振る。
「この兜はあれだ。うむ、幻術のようなものだ」
魔王が頬に手を持っていくと、す、と中に手が。
「ええっ!?」
「これがなあ、使っていると、背中が痛くなるのだぞ。長く使っておると、左の肩甲骨の下辺りがな、もう堪らぬ。ぐりぐりとしてくる」
「・・・」
「全く、きちんとした幻術も、そのうち習わねばと思ってはいるのだ。だが、中々に時間が取れずにな」
何も習わずに、こんな器用な事が出来てしまうのか!?
恐るべし魔王様。
「ほらな」
魔王がフォークを取り、ぶすっと果物を刺して、口に持っていく。
すっと兜の中に入って行く・・・
「この通り、食事には問題ない」
「お、畏れ入りました」
「ははは! 最初は皆驚くのよ! 我の顔を見ても驚くし、この兜を見ても驚く」
「は・・・」
「ははは! さあ、驚いてばかりでは、飯も食えぬぞ。演舞の前に、腹に入れておけ」
「はい・・・はい」
まず水を取り、こくん、と一口。
ふう、と息をついてから、マツの方を見て、
「マツさんも、あんな事出来るんですか?」
「いいえ。幻術は全然ですから」
「へえ・・・」
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ここは大広間の真ん中から、右に外れた辺り。
クレールがイベントを開いているのだ。
「本日! ここに集まって頂きました皆様には・・・」
ぺちん! と手に畳んだ扇を当てる。
「『本物の』! 貴族の方ばかり! 偽物はおられないでしょう。うふふふ」
テーブルの上には、様々な酒が並んでいる。
「ここには! 私が世界を回って、集めて参りました酒が! 美酒が! 所狭しと並んでおります」
ふふん! と片頬を上げて、クレールが笑う。
「けれっ! どもっ! 安酒が混じっております」
「・・・」
ぱちん! とクレールが指を鳴らす。
とん、と置かれたのは、レイシクラン76年シルバーラベル。
レイシクラン製造ワインの最高峰。
ワインは毎年当り年だ、などと言われるが、これは本物。最高の当り年のワイン。
金を払えば買えるワインではない。
おお・・・と声が上がる。
「当てられます方はおられますかしら。グラスは毎回シャッフル致します。本物の舌をお持ちの方でしたら、簡単に当てられます」
「・・・」
「利き酒! 闘茶ならぬ闘酒、と言った所ですか。うふふふ・・・私は本物です。胸を張って言われる方はおられますか? 外れても美酒は楽しめますけれど」
ちらちら。
集まった貴族が、左右の者に目を送る。
行けよ。お前が行けよ。
「あら? どなたもおられませんの? ここに本物はおられませんか? このシルバーラベルは本物ですけれど。金10万でも売れるワインですのよ」
すい、と出たのは、侍従長、トモスケ=ヤマクラ伯爵。
む! とクレールが眉を上げる。
ヤマクラ家は、随分前の代からファッテンベルクもびっくりの貧乏貴族であった。
それが、この男の才は、その身を侍従長にまで登らせたのだ。
侍従長とは、いわゆる側近。
リュウイチが魔王様の右腕ならば、ヤマクラは魔王様の左腕である。
「ヤマクラ様」
「なあに、私は皆様ご存知の通りの似非貴族。今更、あやつは偽よと後ろ指をさされようと、何ともありませぬ」
「む、むむ・・・」
この物怖じせぬ度胸もヤマクラの才である。
ひょいと手前のグラスを取り、ちみっと舌に乗せる。
「ふむ」
次のグラス。
「ほほう」
次のグラス。次のグラス。
ヤマクラがどんどん進めていく。
幾つ目かのグラスを口にした時に、にやりと笑った。
「む。ははあ・・・なるほど。レイシクラン様、これは意地悪な。そういう事で」
「む・・・そういう事とは」
「ふっふっふ」
すす、とヤマクラがひとつのショットグラスを差し出す。
「いや、私にはさっぱり分かりませぬな。この貧乏貴族には、シルバーラベルを呑む機会はございませぬか! はーははは!」
ぐい、ぐい、ぐい、と次からのグラスは空けていく。
「ううむ! 流石はレイシクラン様の選んだ酒! どれも美味でございますな!」
どれも美味。
安酒が混じっている。
高いのは差し出されたひとつで、他は全てが安酒であった。
「ぐぬぬぬ」
きりきりとグレールの扇が握られる。
この男、分かって他のグラスを飲み干している。
見ている者は、皆、あれが安い酒だ、と思って見ているだろう。
戻って、差し出したグラス以外の物も飲み干し、最後のグラスを、たん!
「どれも美味しゅうございました! 私めにはさっぱりでございます!」
「きいーっ!」
「はーっはっは! お次の方、どうぞ!」




