第118話
マサヒデが廊下で待っていると、手前のドアが開いた。
出て来たのは、紋付袴のアルマダ。
「あれっ!」
いつもスーツのアルマダに、マサヒデは声を上げてしまった。
「うん? どうかしましたか?」
「スーツではないんですか?」
ふ、とアルマダが苦笑して、
「あのですね。私がマサヒデさんの介添人なんです。普通、揃えるでしょう」
「かいぞえ、にん? て何です?」
「知らないんですか?」
「いや、知りません」
アルマダは、ふう、と溜め息をついて、
「まあ、まあ・・・簡単に言うと、世話役みたいなものです。今回は、あなたが知らない人が挨拶に来たら、何処の誰とか教えたりする感じが主になりますか」
「はあ・・・」
アルマダはイザベルに笑顔を向けた後、マサヒデの隣に立つ。
「もう日も沈みました。この後は、特に格式張った事をするとかはないです。あなたの演舞だけ。何とかの儀式とか、ケーキがどうのとか、神前で誓うとか。そういうのは色々と省略されました。強いて言えば、魔王様の開会、閉会の挨拶だけ」
「そうだったんですか?」
ひらっとアルマダが手を振る。
「そんな事をしてたら、何日経っても終わりませんからね。皆さん、政治家や軍人の貴族ばかりです。承知していますよ。付き合っていたら、その間、政が滞ってしまいます」
「ああ、それはそうですね」
「マサヒデさんも肩が凝るでしょう? ま、助かったと思いなさい。後日、内輪だけで何か儀式など執り行うかもしれませんが」
「ううむ」
マサヒデが唸ると、ふ、とアルマダが鼻で笑う。
「何か格式張った事でもしたかったんですか?」
「まさか! そういうのをすっ飛ばしてくれるとは、と思って」
「魔王様に感謝なさい」
「ええ」
アルマダがイザベルが立てて持つ雲切丸を見る。
「演舞はあれで」
「はい」
「緊張して手元が狂った、なんてやめて下さいよ。クレール様の絶叫が響きます」
「大丈夫ですよ。動かない的なんですから」
「動かない的って、射的ではないんですよ」
「そういうつもりで言ったんじゃありません。大丈夫です。いけますよ。多分ですけど」
「多分ですか」
「そりゃあそうです。何せ、的は近衛兵の鎧なんですから」
「ふふふ」
マサヒデがちらりと雲切丸を見る。
「これならいけます。他のだと少し不安がありますけど」
「不安はありませんか」
マサヒデが肩を竦め、
「お偉いさんばかりで緊張しないかって所が不安です」
「ははは! 抜けば緊張なんて消えますよ!」
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それから少し待っていると、ドアが開いて、マツが出て来た。
続いて出て来たのは、パンツスーツのカオル。
「あら?」
見慣れないスーツ姿のカオルにも驚いたが、マツのドレス。
ぎらぎら光る銀のドレス。
これはお七夜の時に着ていたドレス? 荷物は少なかったが、持って来たのか?
「んん?」
マサヒデが目を細めていると、マツがヒールを鳴らして歩いて来る。
アルマダは笑顔で、
「お綺麗ですよ」
と迎えたが、マサヒデは怪訝な顔。
マツが首をかしげ、
「どうかなさいました?」
マサヒデはマツ(のドレス)を指差して、
「それ、お七夜の時のやつですか?」
む! とマツが顔をしかめ、
「違いますよ! もう! ほら、ここの刺繍が・・・」
つらつらつらつら・・・
マツがドレスの説明を始めた。
マツの後ろで、カオルが肩をすくめる。
「で! スカートのここ! ここなんか全然違うではありませんか!」
「はあ」
いかん、これは長くなりそうだ。
会場ではお偉いさん方と、誰よりも魔王様が待っている。
「それと」
「あ、ちょっと待って下さい。マツさんの介添人は、カオルさん?」
「は」
「むむ。そうですよ。カオルさんなら、乱れが出てもぱぱっと直してくれますし」
確かに、その辺りは、ドレスは特に大変そうである。
カオルはうってつけだ。
「クレールさん達は?」
「もう中に居ますよ。もう少し待ちましょう。まだ会場の方が整っていないそうです。すぐ終わりますから」
「ふうむ・・・中に入ったら、どうするんです」
「先程みたいに、通路が作られてますから。そこを歩いて、お父様の前。おめでとう。テーブルに座って、乾杯。おしまい。あとは食べて呑んで」
食べて呑んで・・・呑んで!?
「はっ!」
マサヒデが驚いた顔でカオルを見ると、カオルは分かっていたようで、小さな紙包みと竹筒を懐から出した。酔い止め薬である。
「どうぞ」
「うわ、助かった!」
しゅっと包みを開けて、粉を口に入れ、水でごくん。
「ふう・・・危なかった。へろへろになって演舞になってたら、まずかった」
くすっとマツが笑った所で、ロビーと廊下を隔てるドアが開き、メイドが入って来た。
「会場の方は整いました。宜しき所で」
マサヒデ達が頷いたが、アルマダが軽く手を挙げ、
「あ、少し。イザベル様、こちらに。簡単な打ち合わせが」
「は」
アルマダとイザベルが離れて行く。
「済みませんが、私、ロブの方に呼ばれるかもしれません。その際はマサヒデさんの世話を頼みます」
ロブとは、イザベルの親戚の家、ロブ=ファッテンベルク家の事である。
「ハワード様がですか?」
この2人、どうも・・・? という話が、パウラの家、ロブ=ファッテンベルクの方には伝わっている。偽装だが。
「ええ。色々ありまして。話すと長いですが、イザベル様も呼ばれて、もし私とパウラ様の様子はどうだった、と聞かれたら、仲良くしていました、と答えて下さい」
「パウラお姉ちゃんと?」
「それで丸く済みますから。どのように、とか尋ねられたら、リチャード様に呼ばれていて、あまり詳しく見てはいませんが、とか言って誤魔化して」
「は・・・あ、ああ! もしや、アラン王子と」
そう。元々、アランとイザベルの相談から始まった手だ。
ワキーナと白露の戦争に、エッセン・ロブのファッテンベルク両家から兵を。
その為の布石である。(※第82話)
「そうです。とにかく、私とパウラ様は、仲良くしていました、で良いのです」
策は成ったのだ。イザベルの顔がほころぶ。
「承知致しました」
「それか、今日は太刀持ちなので、マサヒデさんから離れられません、お話はまた後日、でも結構です」
「はい」
「では行きましょう。ふふ。そんな顔ではいけませんよ。引き締めて下さい」
「む、むむ」
ニヤつく顔を押さえるイザベルと、爽やかな笑顔のアルマダは、すぐに戻って来た。
「マサヒデさん、マツ様、お待たせしました。さ、行きましょう」
マサヒデがイザベルの顔を覗き込む。
「大丈夫なんですか?」
「あ、は! 抜かりございませぬ! お任せ下さいませ!」
皆が歩いて行くと、メイドがドアを開けた。
ロビーはしんとしており、警備の近衛兵が立っているだけ。
そして、静かなロビーの向こうから、多くの人の声がさわさわと聞こえてくる。
「ふっ」
小さく息を吐いて、ロビーを横切って行く。
少しづつ、人の声が大きく聞こえてくる。
これから、婚礼のパーティーが始まるのだ。
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メイドに案内されて、大きな扉の前に立つ。
もう、この扉の向こうには、大量の政治家、貴族、軍人が待っている。
分厚いドアでくぐもって聞こえるが、明らかに大量の人数だ、と分かる。
「少々お待ち下さい。準備が出来ましたら、ドアが開きますので、お入り願います」
「はい」
メイドは細くドアを開け、するりと中に入って行った。
「・・・」
マサヒデ達はしばらく待っていたが、静かになった様子もなく、ざわざわと声が聞こえる。
「・・・まだですかね?」
「さあ?」
マツがマサヒデに苦笑を向ける。
「・・・」
マサヒデは落ち着かないように、襟を引っ張り、袖を引っ張り、帯をいじり。
「まだですかね?」
「さあ?」
人の声は止まない。
行きたくないのに、なぜこんなに焦るのか不思議だ。
脇差の位置を確認し、鉄扇の位置を確認し、髪を手で押さえ・・・
「まだで」
じゃあーん・・・!
銅鑼の音が響き、マサヒデがぴたりと口をつぐんだ。
聞こえていた人々の声も、ぱったりと止んだ。
「そろそろですよ」
マツが言うと、すっ、とドアが開いた。
「ん、ん」
小さく咳払いして、ドアに歩いて行く。
暗い。
(ああ。闘技場と同じだな)
マサヒデとマツが並んで入口に立つと、ぱぱぱ! と光が当たる。
(やっぱり)
と、思った瞬間、わ! と声が上がり、ばちばちばち! と凄い拍手。
(ううむ、闘技場に出て良い経験になった)
「ふふ。参りましょう」
す、とマツが進み、マサヒデも一瞬遅れて足を出す。
後ろから、アルマダ、カオル、イザベルも、静かについて来る。
周りがうるさいので、本当に静かについて来ているかどうかは分からないが。
歩いて行く2人に合わせ、光はついて来る。
暗くて奥が見えないが、パーティションで区切られた花道は、奥まで続いている。
魔王様はどこにいるのだ? とりあえず、奥だ。




