第117話
マサヒデ達が城の前に着くまで、1刻以上もかかってしまった。
二之門を過ぎた辺りからかなり足を早めたのだが、広い広い。
もう日は沈みかけで、マサヒデ達や近衛兵の影が、長く伸びて落ちている。
もう民衆は見えなくなったが、その間、ずーっとぴしりと背を伸ばした近衛兵が並んでいる。マサヒデも顔を崩せない。ぴしりと背を伸ばし、かっちりと身体を固め、速歩の黒嵐に揺られていく。
やっと城が見えた! と思ったら、大きな扉は開けられていて、人がみっちりと隙間なく並んでいる。
(うはあ・・・)
あれが全部貴族やら政治家やらだ。
少し近付いて分かったが、パーティションが置かれていて、通路は開いている。
呼び止められたりしないだろうか?
あそこを歩いて行き、着替え直し、パーティー会場へ。
もう日は落ちて、良い時間になっている・・・
(はっ)
マツは着替える。
ドレスに着替えるなら、やたらと時間がかかるに違いない。
クレールがいつもそうだから・・・
大丈夫なのか? 流石に、事前に決めてあるだろうか?
事前に決めてあっても、やっぱり今日は・・・なんてよくありそうな話。
大丈夫か!?
貴族様達の顔が見えてきた。
(いかんいかん、俺が心配することではない)
大人しく、言われた事をしていれば良いのだ。
でも、会場ではアルマダに近づかないでおこう。
もしかしたらパウラが、なんて事があるかもしれない。
それでなくても、女連中がわらわら群がるのは、既に分かっている。
(誰の側に居るのが良いだろうか)
やはり魔王様か。
気軽に声は掛けられまい。
だが、動き出したら大変だ。
マサヒデ君、誰々を紹介しよう。さあこちらへ・・・
そうなると、際限無く挨拶回りだ。
次点でマツ。
マツは大人しくしていてくれそうだが、新郎新婦が近くにいると、これまたわらわらと群がってきそうだ。やはり魔王様がいないと。
その次にイザベル。
きりっとしていると、ちょっと近寄りがたい雰囲気はある。
しかし、ロブ家の者がわらわらと来る恐れがある。というか必ず来る。
だが、リチャードもそうだったが、軍人貴族の方が、普通の貴族よりましかも。
クレールは危険そうだ。
あーっ! マサヒデ様ー! このお方はどこどこの誰々で何々があれで・・・
目に浮かぶ。
そうこう考えているうちに、扉が目の前。
アルマダが馬を止めた。
(ああっ! ついにか!)
マサヒデも馬を止め、後ろの馬車も止まった。
アルマダの騎士達が、ぽっくりぽっくりと馬を進め、扉の左右に綺麗に並ぶ。
アルマダが歩きながらマサヒデに小さく頷いたので、マサヒデも馬を降りる。
近衛兵が来て、黒嵐の口を取って離れていく。
「マツ様を。走らない」
こそっとアルマダが囁いてくれた。
目で頷き、すたすたと馬車に歩いて行くと、近衛兵がドアを開け、踏み台を置く。
ドアの前に立つ。
マツがこちらを見る。
手を差し出すと、マツがにっこり笑って、マサヒデの手を取った。
そして、マツが降りると、大きな拍手が上がった。
手を取り、2人で歩いて行くと、さり気なくアルマダが前に立つ。
「頭は下げない。笑顔だけ。通り抜ける」
アルマダが囁いて、2人を先導して行く。
扉へ―――
扉までの階段にも、入り切らない貴族達がみっしりで、歩いて行くマサヒデとマツに笑顔を向け、拍手を送る。
(耳が割れそうだ)
もうアルマダの声も聞こえない。
パーティションで区切られた間を、アルマダが歩いて行く。それに着いていく。
(うーわ!)
広いロビーが、人で一杯。
これが全部、貴族やら政治家やらか!
当然だが、お七夜のパーティーなど霞むようだ。
マサヒデは固く、マツは柔らかく、左右に並ぶ人々に、笑顔を振り向きながら、パーティションで区切られた通路を進み、廊下まで来て、やっとドアが閉じられた。
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ぱたん、とドアが閉じ、拍手がくぐもった瞬間、
「おお・・・」
と、マサヒデが小さく声を上げ、がっくりと肩を落とした。
「これからですよ。さあ」
アルマダが言ったと同時に、手前のドアが開き、ぞろぞろメイドが出て来る。
「お色直しに行ってきますねー」
マツは軽く手を振って、大量のメイドを引き連れて廊下を歩いて行く。
アルマダの周りにも、メイドが群がる。
「では私も。ほら、マサヒデさんも早く」
はっと見れば、がっくりしているマサヒデを、メイド達が並んで待っている。
慌てて背筋を整えて、
「う、すみません。部屋は」
「こちらへ」
すぱすぱと草履を鳴らして、メイドについて歩いて行く。
5分程歩いた所で、マツが部屋に入っていくのが見えた。
次の部屋にアルマダが入る。
前の人混みが消えた所で、先が見えた。
「あれ」
イザベルがドアの前で立っている。
メイドに付いて近付いて行くと、こちらを向いて、ぴしりと膝を着いた。
「マサヒデ様、お疲れ様でございました。今宵、太刀持ちを務めさせて頂きます。このイザベル=エッセン=ファッテンベルク、栄誉に身が震えております」
「は?」
太刀持ち? なんで?
「では、ここにてお待ちしております」
太刀持ちってなんですか???
「はあ?」
マサヒデの頭に疑問符がいくつも浮かんだが、がちゃりとドアが開けられ、メイドが手を差し伸ばす。
「あ、はい。じゃあ、イザベルさん、頑張って下さい?」
「ははっ!」
後から続くメイドに押されるように、マサヒデは部屋に入って行った。
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朝と同じよう、ばばば! と服を脱がされ、着替え素っ裸にされ、着替えさせられ。
「香りはこちらが良いかと」
そして今回は香水まで。
「ええっ? いや、私は分かりませんから、お任せします」
オリネオの町で選んだ物も、マツとクレールの見立て。
別のメイドが出て、
「マサヒデ様は爽やか系が」
「柑橘系が」
「夜会ですから、敢えて大人の」
さっぱりなので、困ってしまう。
「じゃあ・・・じゃあ、ええと、皆さんが選んだのなら、どれでもハズレはないと思います。私には決められませんから、くじ引きで決めて下さい」
「はい」
メイドの1人が、きゅきゅ、とこよりを作り、手に握る。
す、す、す、と引いていき、
「では今回は私の」
ぴちりと1滴。
マサヒデの胸辺りにするすると。
羽織もめくって、裏側にもさり気なく。
別のメイドがふわふわと手で扇ぎ、
「宜しいかと存じます」
「ありがとうございます」
慌ただしい事である。
「ではマサヒデ様、こちらを」
メイドが差し出したのは、オリネオの町の坊主からもらった念珠。
「あっ! これは、どうして」
「ハワード様が、得の高いお坊様から授与されたと、こちらを是非にと」
「ああ・・・いや、ありがとうございます」
大事な物なのに、すっかり忘れてしまっていた。
婚儀の式であれば、絶対に身に着けておかねばならない物であったのに。
すっと手首に回すと、
「マサヒデ様」
執事が出て来て、マサヒデに差し出したのは、愛刀・雲切丸。
見た瞬間、ぴりりと引き締まった。
「むう」
右手で受け取り、きらきら光る青貝微塵塗の鞘を睨むように見つめる。
これから始まるパーティーで、演舞。
見せるような型もないので、今回は鎧を切って捨てる。
「すみません。確認したい事が」
「は」
「鎧はいくつ」
「3、用意致しました」
「鎧は立てられていると思いますが、中の、支えの棒みたいな。分かりますかね」
「はい」
「木で立てられていますか。金属で立てられていますか」
「木でございます」
「木・・・分かりました。ちょっと失礼」
喋りながら、マサヒデからぐんぐん威圧感が出たのを感じ、メイド達がひやりとして、皆、身を固めている。先程まで、ふわふわしていた姿は微塵も見えない。
く、と鯉口を斬ると、眩しく輝く雲切丸の鍔元2寸。
「おおっ」
執事が思わず声を上げた。
名研師であり、マサヒデの抜刀の師でもある、イマイが手掛けた研ぎ。
どうしても見たいからと、窓開けした鍔元2寸。
「必ず、斬ってみせましょう。3・・・3ですね」
「はい」
くい、と雲切丸を納めて、マサヒデが顔を上げた。
「ただの余興ですよ。演舞なんて大層なものではありません。皆様を楽しませる事が出来れば・・・ええ」
すとマサヒデが立ち上がった時、何かどっしりした重い空気を、皆が感じた。
魔族の本能から、危険を敏感に感じているのだが、この細身の若者から、何を、どうして、これ程に危険を感じるのか。殺気は全くないのに。
「では行きます。マツさんは、まだ準備は出来てないでしょうね。待ちます、か」
かちゃ、と静かにドアを開けると、イザベルが待っていた。
「イザベルさん」
「は!」
「太刀持ち、でしたね」
「は!」
マサヒデは雲切丸を立てて、イザベルに差し出した。
「しばらく預かって下さい」
「ははっ! しかと!」
やはり、刀を持ったマサヒデは、急に威圧感が出る。
先程と打って変わったマサヒデを見て、イザベルは急に誇らしくなった。
(やはり我が主は違う!)
ちらりと手の雲切丸を見て、何だか嫉妬心のようなものを感じてしまった。
私が居るだけでは、主をここまで持ってくるには、未だ不足か。
「む。イザベルさん、今日は違いますね」
「は?」
「首。いつも付けてないのに。家から持ち出して来たんですか」
なけなしの金を払って買ってきた、インペリアルトパーズのネックレス。
ファッテンベルク家の石はシトリン(黄水晶)だが、金のないイザベルには買えなかったし、そもそもオリネオの町の宝飾店にはなかった。
安いトパーズで揃えたが、これには満足している。
「いえ。しかと自分で稼いだ金で揃えた物。恥ずかしき事に、我が家の宝石とは違いますが、同じ色で誤魔化しております」
「ふふ。なら結構。家から持ち出してきたのなら、あなたをクビにしないといけませんでした」
軽口のような物言いで、重みを感じる。
マサヒデの目は、この先の演舞に向いているのか・・・




