第112話
話は数日前の事。
ここは日輪国、オリネオの町。
マサヒデ、マツが暮らしていた田舎町である。
隣の村にトミヤス道場があり、最近はこの町の冒険者ギルドに、師範代のショウジ=マスダと、指導員のナタノスケ=ナガタニが、門弟達を連れて、度々顔を出すようになっていた。
実際に真剣を交え、時には命の奪い合いもする冒険者達―――
冒険者とは、ただの町の便利屋ではない。
奉行所の手伝いで、凶悪な犯罪の捜査も行う事もある。
魔獣退治。用心棒。野盗退治。山賊退治。そして、時には傭兵。
そういった命懸けの仕事もあるのだ。
そのような者達と手合わせするのはどうか、とマスダとナガタニから進言があり、道場主であり、日輪国の今代剣聖であるカゲミツ=トミヤスも、それはもっともである、と、許しを得、希望者を募って、冒険者達と立ち会い稽古をさせるのである。
冒険者の方も、高名なトミヤス道場のマスダ師範代、ナガタニ指導員からの指導をタダで受けられるので、中々の好評である。
最初は、師範代のマスダの凶悪な容姿に怯える者も多かったが、その容姿と言動に反して、的確かつ丁寧な指導が、意外な人気を生んだ。
ナガタニも冒険者の多くが使う剣の指導員であるし、元々、故郷では冒険者仕事で稼いでいたという事もあり、すぐに馴染んだ。
時には、マサヒデが旅立つ前に、冒険者の指導を、と頼んだ、アブソルート流のジロウ=シュウサンと共に、豪華な稽古になる日もあるのだ。
そして今日も・・・
----------
「マスダ先生ーッ!」
冒険者が1人、訓練場に駆け込んできた。
何だ? とマスダが見ると、稽古着にも着替えず、鎧を着たままの冒険者が慌てて駆け込んできて、倒れるように四つん這い。
「うっ!? てめえ、革鎧着て来るんじゃねえ!」
虎族のマスダの鋭敏な鼻が、革鎧の臭いを捉えて、ぐっと顔をしかめる。
だが、ナガタニもジロウも、何事かと顔を引き締めた。
「ご勘弁下さい! 危急の報せです! ナガタニ先生! シュウサン先生もお聞き下さい!」
む、とジロウが頷く。
「落ち着いて下さい。何事かあったのですか」
「あったのです! 大事です!」
「落ち着いて。息を整えて」
はあ、はあ、と冒険者が息を整え、ごくっと唾を飲み、もう一度顔を上げた。
「お聞き、お聞き下さい。トミヤス先生と、マツ様、婚儀が、明後日」
この冒険者ギルドで『トミヤス先生』とは、剣聖カゲミツ=トミヤスではなく、マサヒデの方を指す。マサヒデはここで冒険者達の指導をしていたからだ。
「何いッ!?」「なんと!?」「本当ですか!」
マスダも、ナガタニも、ジロウも、3人共、マサヒデとは縁が深い。
ジロウはマサヒデとは剣友であるし、父のコヒョウエ=シュウサンはカゲミツの師である。
ナガタニも同じく剣友でもあり、日輪国北方のゾエの地では、共に死線を潜った。
マスダは元々マサヒデのファンで、マサヒデと戦った後、トミヤス道場に来たのだ。
「それと、それと、もうひとつ! トミヤス先生は既に魔王様と謁見を! もはや2位以下とは飛び抜けて点差が離れていて! 魔王様のご親族か、側近の龍人族でも倒さないと、追いつけない点差が! つまり、つまり、もはや勇者に!」
「なんだってーッ!?」
と、大声を上げた、このマスダを倒したから、勇者確定なのである。
マスダは250年近く(地下に籠もっていたので、本人は100年くらいと思っていた)無敗の勇者祭の参加者であったから、とんでもない得点がついていたのだ。
マスダは長くマフィアの闇闘技場にいたのだ。マフィア共はそこら中から勇者祭の参加者を用意して(時には攫って)は戦わせる。それを殺しまくって、すごい得点がついてしまっていたのである。知らぬは本人だけ。
その250年近く重ねに重ねた得点が、マサヒデに乗ってしまったのだ。
「先程、広場の、放映で・・・発表が、あって・・・」
はあ、はあ、と息をついて、冒険者が下を向く。
ナガタニが膝をついて、興奮する冒険者の肩に手を置き、
「さ、座って。腰を下ろし、少し休んで下さい」
「はい・・・」
どっしゃりと腰を落とし、あぐらをかいて、冒険者が下を向く。
「はて? 少々お待ち下さい」
ジロウが首を傾げる。
「マツ様は? 確か向かいの魔術師協会にいるはずでは?」
お? とマスダがジロウを見て、にやりと笑う。
「ジロウさんよお、奥方ん所に顔出してねえだろ」
「ああ、まあ、はい・・・いや、会話に困ってしまうもので、どうも足が遠のいて」
「ふふん。薄情なこったな! 今、魔術師協会に居る、ありゃあな、影武者さ! 偽物だ!」
「なんと!?」
「「「はあーっ!?」」」
ジロウと冒険者達が、大声を上げる。
驚くジロウと冒険者達を見て、マスダがげらげら笑い、腕を組んで仁王立ち。
「はーっはっは! もう発表されちまったから良いだろ! 知らねえ奴らは聞いて驚け! マツ様はー・・・なあんと! 魔王様の娘! お姫様だったんだぜ!」
「「「げえーッ!」」」
「がはははははー! 放映されて当然だろ! 魔の国で大式典って事!」
「・・・」
皆、驚愕で言葉を失ってしまった。
喜ぶのは、マツが影武者であったと知るマスダとナガタニだけ。
「マスダ先生! この事、カゲミツ先生と奥方様に、急ぎお知らせせねば!」
「おう! そうだな! よし、皆、悪いが、今日はもう引けるぜ!」
「は・・・」
「おおっとそうだそうだ! 明後日だな! 俺が大盤振る舞いしてやる! 広場に集まれよ! 来た奴全員に酒奢ってやるぜ! 道場の奴は全員ここで待ってろ! 金持ってくる! 町の酒、買い占めねえとなあ! 俺の金で町中の酒買ってこい! 酒なら何でも買ってこい! 町になくなりゃ、酒蔵行って来い! タダ酒だあ! 1日盛り上がるぜ!」
マフィア闘技場で永世チャンピオンだったマスダには、馬車何台分もの金貨の蓄えがあるのだ。ほぼ外に出ず、長年地下に籠もっていた為に、その額は途方もない。
勿論、マツやクレールの貯金額には負けるが。
「おう! ジロウさんも、ぼけっとしてねえで! オヤジさんに報せなくて良いのかよ!」
「はっ!? あ、はい!」
ジロウが慌てて走って行く。
「よーし、今日の稽古は終了! タダ酒は明後日だぞ! 腹が割れるまで呑ませてやるぜーッ! わはははははー! ナガタニさん、先に道場行け! 俺は金持って来てから追っかける!」
「はいっ!」
どどどど! と砂煙を上げて、マスダが走って行く。
その後ろを、ナガタニが袖で顔を隠しながら、追って行った。
「・・・マジかよ・・・」
冒険者の1人が、ぽつっと呟いた。
魔術師協会は、冒険者ギルドの向かい。
すぐ隣に、魔王様の姫がいたのだ。
----------
その日の早朝、日輪国首都、ウキョウ。
「おっ」
「あ、これは」
2人の老剣客が顔を合わせ、頭を下げた。
王宮剣術指南役、ヤナギ車道流宗家、ヨシヒラ=ヤナギ。
森戸三傅流宗家、ヒデノブ=フギ。
「ヤナギ先生、お早いですね」
「ああいや、私も年ですから、少しは爺らしく、朝の散歩という感じで」
にやり、と2人が笑う。
「いやあ、ヤナギ先生、足を運ぶと書いて運足とは、良く言ったものですよね」
「ふふふ。バレちゃいましたか」
「はっはっは。で、ヤナギ先生、どんな?」
「ふふふ。いや、最近、南方の空手で面白いのを。これは剣にも使えるかなあ、と、試してみてるんですよ。うちと似ているようで、微妙に違うんですよね」
「南方の空手・・・と言うと、こう、釵を使う?」
すす、すす、とフギが左右に身体を動かす。
う、とヤナギが一瞬身を固めた。
「む! 流石はフギ先生・・・」
「いやあ、色々な武器、試しているものですから。運足というと、足の裏全体を使って。ですね」
ぺし! とヤナギが額を叩く。
「参ったなあ。フギ先生には、隠し事出来ないねえ」
「ヤナギ先生、私ねえ、あの釵の扱いを教えてもらった時ですよ。身体をですね、釵がですね、導くと。釵についていけば、勝手に身体が決まる、みたいな」
「ああ。私もそう教えて頂きました」
「ところで、トミヤス君、覚えてます?」
「勿論」
「刀が向かってく方に身体を持っていくだけ。そうすると、軸が勝手に決まるんだって。そんな事、言っていたんですよね。似てません? そう、刀が身体を導く」
ヤナギが、おっ! と驚いた。
「おお・・・そうだったんだ・・・あの若さで、そこまでたどり着いてたのか。ただ使えるってだけじゃなかったんだ」
「そう! これが太刀の道なのかなあ、なんて言ってました」
むう、と唸って、ヤナギが腕を組む。
「ううむ! 中々ではありませんか! もう少しうちにも来て欲しかった!」
「あ、そうそうそう。ヤナギ先生、トミヤス君の事、何か聞いてません? 陛下にはお手紙が届いているとか。私ね、気になってるんです」
「ああ、もう魔の国に着いて、ファッテンベルク家に行ったとは聞きました。米衆連合の事、あんまり聞いてないですけど」
「ファッテンベルク! あの狼族のお嬢さんの家」
「そう! 武門のファッテンベルク! いやあ、憧れますよねえ」
「もしかして、米衆の活躍は、ご存じない?」
「え? 何かあったの?」
いやあ、とフギが笑う。
「ヤナギ先生ー、駄目ですよお。それで米衆相撲ファンだなんて」
「ええ?」
ヤナギの怪訝な顔に、フギがにやにやして、
「私はね、門弟の知り合いの貴族の方に頼んで、放映を見せてもらったんです。ヤナギ先生の所、貴族の門弟、たくさん居るんですから、見せてもらわないと」
「どういう事? 何を見たんです」
怪訝な顔のヤナギ。
フギは、ぱん! と手を叩き、指を立てる。
「米衆相撲ファンなら、当然知ってますよね? グレート・マッカラナ」
「そりゃ・・・ええ!?」
「そう! やったんですよお。あのグレート・マッカラナと!」
「ほおんとう!?」
「ヤナギ先生、これ読売にも出たんですよ? グレート・マッカラナ、休場3ヶ月」
「ええっ!? あの休場してたの、トミヤス君とやったから!?」
「そうですよお」
「ちょっと待って下さい、フギ先生、それって、これじゃなくて」
ヤナギが手刀を上げ下げ。
刀ではないのか?
フギが首を振る。
「いやいや、無手」
「お、おお・・・知らなかった・・・」
「向こうの人には分からなかったみたい。ラリアットのぶつかり合いに見えたみたいですけど、マッカラナがラリアットで突っ込んで来た所を、トミヤス君が、天地返しで、ずっどーん! あれで休場がたったの3ヶ月ってのが凄いですよ。ね」
「はあー! そうだったの!」
「で、それから後の事、聞いてないんです」
ヤナギが腕を組み、ううむ、と考える。
「ファッテンベルクに着いたって連絡が来たの、結構前だからー・・・現地では、もう首都には着いてるんじゃあないかなあ? 脱落って話は聞いてはないし、何処かに潜伏してるのかなあ? 忍の子、いましたから」
「ううん・・・でしょうねえ。正面からは難しいでしょうけども、どう入るか。ですよね」
マサヒデの動きの予想をしている2人に、声が聞こえた。
「号外! ごうがーい!」
「ん?」
2人が顔を向けると、号外の束を抱えた若者が駆けてきて、
「号外でーす!」
「見せ・・・てえーっ!?」
何をそんなに驚く?
ひょいとヤナギが覗き込む。
「はっ!?」
『勇者マサヒデ=トミヤス 魔王家マツ姫と結婚』
『式典、明後日予定 放映決定』
『夜会にて演舞 時差により演舞放映は深夜か早朝の予定』
「フギ先生、やられましたね・・・こりゃあ私も参った・・・」
「いやあ・・・参りました・・・」
「演舞、一緒に見ませんか?」
「いいですねえ・・・ええ・・・」




